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2024年07月20日

昨夜観た「ふくすけ」の感想

松尾スズキの「ふくすけ」を観るのは3度目で、今回が最も腑に落ちたというか、この作品の迫真性に強い共感を覚えたものである。初演はたしかバブルが弾けた直後で、私が最初に観た世田パブの再演は20世紀末だったが、当時はまだ露悪的な毒気の振り巻き方を面白がる程度だったのに、その後の日本社会はどんどん下り坂に突入して底なしの淵に瀕するせいか、今回は日本のある種の現実そのものをリアルに映しだす作品に見えたし、俳優陣も意外なほどのリアルな好演が印象的な舞台であった。
これから初めてご覧になる方もあると思うのでストーリーを詳述は避けるものの、薬害で福助頭の奇形児として生まれた少年ふくすけと歌舞伎町の風俗業界を取り巻く人間模様を軸にして、孤児のDV夫に盲目の妻、双極性障害を持つ妻に吃音症で苛められっ子だった夫といった、いずれも歪な人間の歪な夫婦関係が次第に説き明かされて、最後にふくすけ誕生の秘話に結びつく因果物めいた展開はまるで幕末の黙阿弥劇を彷彿とさせるかのようだった。津軽三味線によるいわば下座音楽も今回の演出で採用した恰好だから余計にそうした印象を受けやすかったのだろうし、時代の閉塞感をリアルに映しだした点で両者を重ね合わせやすかったのかもしれない。
ともあれ今回は黒木華と岸井ゆきのという現代の極めて芸達者な若手女優が参加した上演であることに興味を覚えて観劇し、実際に黒木はハマリ役だったし、岸井も予想を上まわる好演でこの人の可能性を広げて見せたのだが、ホストに貢いで立ちんぼ売春するフタバを演じた松本穂香の存在がさらにこの作品をリアルに見せてくれた点も忘れるわけにはいかない。双極性障害の妻を演じた秋山菜津子もまた相変わらずの達者な演技で、あり得ない展開をみごとに実現して見せてくれる。孤児のDV夫を演じた阿部サダヲはいつもより控えめな演技に見えながら最後に妻に異常な執着を見せて暴力を振るう迫真性の怖さはやはり彼ならではだったし、今回は荒川良々が吃音症の夫を意外なほどの抑えた演技で終始リアリティを持たせたことや、嫌なヤツをマジに演じきった皆川猿時も印象的だったし、他のメンバーいずれもこの戯曲の構造をくっきりと際立たせつつ厚みを持たせる好演だったことが、今回の上演を成功させたのは間違いない。もちろん歌舞伎町のど真ん中に建つ劇場での上演だったことや、折しも異常な都知事選直後の上演だったことも功を奏していたのは、皆さん劇場に行ってご確認を!


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