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2023年09月21日

英語歌舞伎「弘知法印御伝記」

昨夜早稲田の大隈講堂で上演された英語歌舞伎「弘知法印御伝記」は米国ポートランド州立大学のコミンズ博士が江戸初期の古浄瑠璃を歌舞伎化されたもので、今年の5月に同州で世界初上演。昨夜が本邦初演で、さすがに現地のメンバー全員が来日して初演通りに上演することは適わず、また大道具を輸送搬入することもできなかったようだが、それでも初演の映像を交えたり、英語台本に日本語訳を付けたプログラムの配布等で、ストーリー全体が十分わかるように上演された非常に意義深いイベントだったといえる。今日ではむしろ英語版のほうが万人に理解しやすいのではないかと思えたのは、この作品が古浄瑠璃らしい縁起譚で、それが西洋語で語られることでミラクルプレイ(奇跡劇)と容易に置き換えられるからだし、また比較的平易な英語で書かれた台本なので、今や日本人の耳にも古浄瑠璃の言語より届きやすい気がするのだった。
そもそも素朴なミラクルプレイが多い古浄瑠璃を歌舞伎化するというのは日本の演劇人や研究者が持ちにくい発想のように思えて、わたしもコミンズ博士から初めてお話を伺った時は余りピンとこなかったのだが、実際にその舞台を観せられると素朴な物語の持つ普遍性が如実に感じられて博士の見識に脱帽せざるを得ず、また博士が浄瑠璃と歌舞伎の舞台化の違いにも大変精通されていることを改めて認識したものである。博士がこの古浄瑠璃を歌舞伎化向きと判断されたのは、縁起譚といい条、主人公の弘知法印が根っからの聖人ではなく最初は廓遊びに夢中の放蕩息子であり、そのことによって妻が無惨な死を遂げたりする点に着目されたからと思しいが、廓の場面は歌舞伎らしく踊り仕立てで華やがせてあるし、他にも原作をかなり大胆にテキストレジーされているのは弘知法印の修行を妨げる悪魔、第六天魔王を蜘蛛の精にして蜘蛛の糸をふんだんに撒き散らす歌舞伎らしい見せ場に仕立てている点だろうか。また序幕は「忠臣蔵」の大序のように紹介される登場人物が全員人形振りで、それも一人遣いの人形らしく演じたのがご愛敬だった。博士はテキストレジーや演出演技指導のみならず、自ら見台を前に英語版の文弥節を語ってナレーターの役割を果たし、さらには出演者が足りないのを補うために弘知法印の父親の役まで演じて舞台に立つという文字通り八面六臂の大活躍で、以前に英語で義太夫節らしく語ったことにも驚かされたが、今回はそれをたしかに文弥節らしく聞かせるという多才ぶりを発揮。今回の上演で惜しむらくは大道具や照明がほぼ省略されていたことで、それらと出演者の人数がきちんと揃っていたらもっともっと素晴らしい舞台に見えたはずだが、少人数の出演者で且つ装置もほとんどない舞台なのに、最後まで飽きさせずに見せたのはやはり出演者の魅力によるところが大きいのかもしれない。去年来日して「鰯売恋曳網」を演じた男女の学生さんたちも実にチャーミングだったが、今回の弘知法印を演じた男性は見るからに Saintな雰囲気を湛えて高僧役にぴったりだったし、妻の柳の前を演じた女性も身のこなしといい顔立ちといい、日本人でもこれだけこの役に似合う人は少ないような気がするくらいで、他にも魔王を演じた女性や弘法大師を演じた男性いずれも達者な演技で感心させられた。出演者全員所作が違和感なくきれいに見えることも特筆すべきで、日本人でも今どきこれだけ日本らしい所作をこなせる学生が一体どれだけいるかを考えたら、ポートランド州立大学のコミンズゼミに参加していた人たちの存在に改めて敬意を表したいところである。


コメント (1)


素晴らしかったです!(古浄瑠璃の歌舞伎化って分かり難いかも…)との心配は吹っ飛び、純粋に歌舞伎として楽しめました。セリフも古語より多分わかりやすく、俳優陣、特に主演俳優は魅力的で、高僧の頭の形もよく(笑)ピッタリでした。コミンズ教授の語る浄瑠璃とキーン誠己さんの太棹三味線が心地よく、シンプルな舞台装置と合っている気がしました。大英博物館で300年近く眠っていた江戸時代の台本が陽の目を浴びて歌舞伎化される経緯は劇的で、この上演に至った鳥越先生、キーン氏、コミンズ教授の交流も脇筋のドラマに思えて、キーン氏と養子縁組したキーン誠己氏が(この実話の舞台となった)新潟出身なのも奇縁と言え、貴重な体験に感謝しました。帰りは池田さんとお茶をして、なんとも充実の一夜でした。

投稿者 ウサコの母 : 2023年09月22日 13:38

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