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2015年06月20日

 木ノ下歌舞伎 三人吉三

19日は午後から池袋の東京芸術劇場で木ノ下歌舞伎「三人吉三」を観劇。五時間十分の長丁場を少しもだれることなく観られたのがまず特筆に値しよう。原作のストーリーをできる限り忠実に再現するというここの方針に従って、今回は黙阿弥の『三人吉三廓初買』の全場面を上演し、通常では観られない「文里と一重」の件が大きな柱となっていて、結果この作品の本質がよく理解できるので、興味のある方には是非とも観劇をオススメする。初日に観たらもっと早くにオススメできたのだが、こちらも何かと仕事が重なって、紹介が遅れてしまい残念です(>_<)ゞ
一重はお坊吉三の妹という設定で、吉原の花魁。これに木屋文里という醜男ながら廓で評判のいい粋な客が惚れて、振られ続けたあげくに立派な意見をする場面は黙阿弥が有名な洒落本から拝借したものであり、後に彼の弟子が今日にもよく上演される「籠釣瓶」に応用したと思しい。この木屋文里のモデルは森鴎外の小説にもなった細木香以という人物で、幕末期に大名相手の金融をして、今紀文と呼ばれるほどの資産家でありながら一代で没落している。本人と親交もあった黙阿弥はその急激な没落ぶりと一家の無惨さを描いており、それが三人吉三の滅び行くありさまと重なることで、全体として「江戸の終焉」を象徴したような作品に仕上がっているのを、今回の上演は意図的に伝えるのに成功し、南北に比べしてとかく形容本意に捉えられがちな黙阿弥戯曲の再評価につながる試みともいえそうだ。
お坊吉三の妹がクローズアップされたことによって、従来の三人吉三のストーリーも自ずと印象が変わってくるのは面白い。お坊と一重兄妹の親である亡き安森源次兵衛と、和尚吉三おとせ十三郎兄妹の親である土左衛門伝吉との間で起きた事件が発端であるとはいえ、従来の歌舞伎だとお嬢吉三のほうに目を奪われがちだが、今回の上演では安森家と土左衛門一家の両家の因縁譚が主軸だとはっきりする。百両の金が登場人物の間をぐるぐると回ることは、あたかも彼らが因縁の輪に封じ込められたことの象徴とも受け取れて、そこに幕末の閉塞感を痛切に滲ませた作品の意図が明瞭となり、黙阿弥もただ単に七五調の形容的なセリフを書いていただけの作者ではなかったのがよくわかる。
ともあれ、こうしたことをよくわからせるのはテキストレジーの妙でもあるが、役者たち全員がセリフを非常に説得力を持って聞かせるのに成功している点が実に大きい。いわゆる歌舞伎調と現代調の言い回しをスムースに移行させつつ内容をしっかり伝えきれているのはフシギなほどである。木ノ下歌舞伎は劇団ではなく公演毎のユニットであるらしいので、ふだんどういう芝居をしている役者さんたちなのかはわからないのだけれど、一体どれだけの稽古をして声のトーンのアンサンブルまで調えられるものなのか、説得力があるばかりでなく声のアンサンブルもいいので五時間聴いていて疲れなかった。
一点文句があるのは三人吉三の最期で、ここは原作通り三人が刺し違えて死ぬようにしないと、三人吉三のヒーロー感が薄まってしまう気がした。しがない連中ではあっても、彼らは彼らなりに「俺たちに明日はない」的な幕末のヒーローとして黙阿弥は描いているはずなのだ。木屋文里の没落をどう見るのかという点も、台本を練ってもう少しくっきりさせる方法もあるかとは思う。今回見逃した人たちのためにも再演を期待したい。


コメント (2)


初めて見た木ノ下歌舞伎、5時間超でも長く感じず、最後まで惹き付けられ、素晴らしく魅力的でした。俳優の動きは見事でセリフも聞き易く、一体どんな稽古をしているのか?特に、声も姿も変幻自在で幼子まで演じる謎の役者は一体何者?そもそも木ノ下氏とはどんな人物か?等々、あれこれ疑問が浮かびながらも、舞台から目と耳が離せず、これほど神経を集中して、かつ楽しめた芝居も久しぶりでした。幸運にもアフタートークで制作の裏側が聞けて、木ノ下氏・演出の杉原氏の歌舞伎背景が分かり、大満足の6時間でした。配られたプリントで複雑な人間関係や粗筋が説明されていて、歌舞伎では分からない時間の経緯も分かり、巡る因果の悲劇が丁寧に描かれて、しかも現代人にも理解できる話になっていました。「地獄の場」は唐突でよく分からなかったのが、ほぼ原作通りとは意外で、幕見があるのも良心的です。木ノ下氏がまだ20代とは驚きでしたが、歌舞伎の可能性を広げた木ノ下歌舞伎の役割は大きく、今後を期待せずにはいられません。「黒塚」を見られなかったのは残念ですが、まずは今秋の「心中天網島」が楽しみです。
花の会のお話はとても楽しく、江戸時代のグルメ事情が興味深かったです。昔も今も食べる楽しみは変わらず、料理本が人気の江戸土産だったり、現代では口に出来ない品々など、想像をめぐらせ、私が子供の頃は、祖父など「お振舞」に呼ばれると必ず、折詰土産を持ち帰ったのを思い出しました。「江戸の献立」を読み返したくなり、江の島に行ったことがないので、八百善でお昼を食べる日帰り旅に行こうと思っています。

投稿者 ウサコの母 : 2015年06月20日 22:11

以前「黒塚」のお勧めがあって、その時は非常に面白く、今回も気にはなっていたのですが、結局出不精で逃してしまいました。ここの所、休日はひきこもり状態で、外のことに関心が薄くなっております。
是非色々と面白いことを紹介頂きたいと思っています。

投稿者 江口和郎 : 2015年06月23日 12:27

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