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2015年06月11日

戯作者銘々伝

井上ひさし没後に待望されていたこの新作の上演は、故人の遺志を十二分に忖度した脚色が「こまつ座」ファンを裏切らなかった点で評価されるべきだろう。そもそも原作の短編オムニバスは当時の戯作者の実説的諸事情を踏まえた作品であるため、そうした背景を全く知らずに読んでも面白い「唐来山和」を小沢昭一が一人芝居で演じた以外は劇化しづらいものと見られ、正直あまり期待はしていなかったのだ。それが今回の上演では松平定信の寛政の改革による言論弾圧や綱紀粛正に焦点を当てて登場人物を絞り込んだことで、結果的に「こまつ座」らしい社会性の強い作品に仕上がっている。その寛政の改革で手鎖の刑に処せられた山東京伝と版元蔦屋重三郎の関係を中心に、筆禍で自害を強いられた恋川春町と朋誠堂喜三二の交情、手鎖の刑で逆に名を売った式亭三馬と曲亭馬琴との確執などを『戯作者銘々伝』から抽出したのが前半で、後半は故人の短編小説『京伝店の煙草入れ』に拠る京伝と花火師幸吉との関係を軸に、庶民が権力の弾圧に屈せざるを得なくなってしまう恐ろしさを強く印象づけた。文人の脆弱さを象徴する山東京伝役を北村有起哉が好演している。


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