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2014年04月29日

わたしを離さないで

さいたま芸術劇場で蜷川演出の「わたしを離さないで」を観る前に大宮ルミネ内の「石庫門」で食事。
カズオ・イシグロの原作は私が21世紀になって読んだ小説のベスト1といいたいくらいの深い感銘を受けたし、英国での映画化がこれまた今想い出しても胸が痛くなるほどの印象深い作品だったが、舞台化は想像もつかなかっただけに今回は実に興味深く拝見した。そもそも舞台化の想像がつかなかったのは原作が一人称の静謐な文体で綴られているからで、そうした文体と近未来暗黒SF的なストーリーとのただならぬ違和感が斬新かつ魅力的な小説だったのだけれど、映画なら一人称をカメラワークに活かせても、舞台に活かすのはさすがに難しいのだろう、三人を主人公としたふつうの芝居仕立てにしており、これが原作や映画とはかなりテイストを異にしている。また背景を日本の土地に変えてリアリティを出そうとしたことで逆にSF的なストーリーが浮いてしまい、リアルさを却って削ぐような面も否めなかった。ともあれクローン人間の少年少女たちがきちんとした教育を受け、それぞれに才能を開花させ、恋愛をして三角関係にもなるような「心」をしっかり持ちながらも、自らの臓器をふつうの人間に次々と提供することで生涯を終えるしかないという残酷なストーリーは、人間存在そのものの不条理な運命を暗喩するものだが、今回の舞台化では特に現代の若者が自らを社会に「提供」させられ続けることでしか人生を歩めなくなってしまった現実を鋭く突いた一種の群衆劇に仕立てており、その点が原作とはテイストを異にしながらも舞台化の一番の成果といえそうだ。主役を演じる若手俳優三人もそれぞれナチュラルな熱演に好感が持てたのだけれど、中でも三浦涼介の健闘が光った。


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