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2013年11月12日

京都行

喪中でこんなにバタバタしてる人も珍しいんじゃないか、と自分でも呆れるような今日この頃、京都での還暦同窓会と講演を終えて無事帰宅いたしました(^0^;)
還暦同窓会では、絵に描いたようなジャイアンが病院長を務める医師になっていたり、いじめっ子の悪ガキが高校の教頭になっていたりと、世も末の不条理というか、ホント人生いろいろの感慨を深くしつつ、それぞれ幼い頃の面影もはっきり認められての楽しい時間を過ごすことができました。
翌日京都ホテルオークラで開催された並木会の講演も盛況の内にご静聴戴いて感謝しつつも、ご挨拶もそこそこに実家へ戻って母親のお骨を安置した仏壇ならぬ神棚に合掌ならぬ偲び手を打ち、父親と今後の話などをいろいろとした上で、夜は祇園「川上」で妹と互いの慰労をかねた会食。
それにしても気落ちしてグッタリしたりボケたりするんじゃないかと心配された父親が、意外や意外めちゃめちゃ元気で、近ごろになく精神も非常にクリアな状態だったのは姉妹ともども何よりの驚きで、そういえば母親の生前に「一分一秒でもママのほうが長生きしてや〜パパが遺されたら可哀想やさかい」と姉妹ふたりで口が酸っぱくなるほど言ってた時に「私が先に逝ったら、案外あの人は活き活きしはるような気がするけどなあ。そういう人やで、あの人は〜」と母親がフシギと冷めた言い方をしていたのが想い出された。別に仲の悪い夫婦ではゼンゼンなくて、むしろ共同経営者としても生活者としても非常に仲良く過ごしていたふたりだったはずなのに、母親からはそうした発言が出て、またそれが実際に当たっているみたいなのだから人間というものは実に面白くて、一般的にこうだと思われているような事柄は案外こうだと思い込まされているだけなのかもしれな〜とか、やっぱり人をひと括りにして論ずることはできないもんだな〜という気もしたのでした。
ところで先年亡くなった勘三郎が、舞台でハエがうるさく飛びまわった時に、親父の十七代目が出てきたと思ったというような話を確かしていた記憶があって、その時はなぜハエを親父だと思ったのか非常に不思議な気がしたのだけれど、今回私たち姉妹にも同様のことが起きてちょっとびっくりしている。母親が亡くなる日の午後私たちは北山通りのフレンチレストランでランチをしていて、およそハエが現れるような店でもないのに、なぜか私たちのテーブルの上をしつこく飛びまわって、店の人が慌てて追い払っても一向にテーブルから離れないので、「これきっとママやで〜」と冗談で言ってたら本当にその日の夕方に亡くなったのだった。その後も妹の家には時々ハエが現れるのだといい、今日も実際に私が妹の家で話をしていたら、どこからともなくハエが現れてずーっとまとわりつくように飛びまわっており、ふつうなら殺すところなのだがとても殺す気になれなかった。そのあと納骨の日取りを決めるために行った泉涌寺の雲龍院で担当の方にその話をしたら、やはり同じような話をよく聞くのだと仰言っていて、なぜ人間がハエになるかはナゾのまま、「虫の知らせ」ってホントにこういうことがよくあるから生まれた言葉なんだろうか?と思ったくらいでした。


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コメント (2)


ハエの話は思い当たることが無いのですが(しょっちゅうハエにまとわりつかれることはたまにあるのですが)、この前のお母様のお話は大好きで時々思い出してはニヤついています。
 男やもめに蛆が湧くではなく花を咲かせる方もたまにいますね。私の知っている限りで子どもの頃から三十年ほど男やもめな方がいて人当たりのいい方でほとんど悪口を聞かなかったのですが、晩年近くにたまたま話した折に、いつ死んでもいいよう枕元に着替えを置いて寝ていると聞き参考にしたいと思ったことを思い出しました。
 しかし、不思議なことに連れ合いを亡くすと元気と思っていたのに、2-3年後に後を追うように・・・の方も多いですので油断は禁物です(余計なお世話かも?)。

投稿者 nao : 2013年11月12日 23:16

西洋人も、かようなことがあって、ベルゼバブ(ベールゼブブ)を創造したのでしょうか?と、想いました。さて。

投稿者 でじょん : 2013年11月13日 21:52

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