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2013年11月09日

母のこと

そんなわけで、ブログ再開して間なしに明日明後日とまたまた京都行でお休みさせて戴きますm(__)m
こんなにバタバタするのも母譲りの性格なのでご容赦のほどを(^^ゞ
とにかく親の葬儀は、仕切る身となれば誰しも感傷に耽っているどころの騒ぎではないはずながら、自身が還暦ともなれば一段とその傾向が強まるし、まして近年は年に一二度しか会ってない相手だけに、およそショックらしいものを受けなかったのは自分でもちょっとした驚きでした。
今後何かの折にふと想い出して感傷に耽ることもあろうかと思いつつ、やっぱりDNA的にも自分とかなり同じような人物であるわけだし、かつて私が何かで行き詰まって泣いた時に、「泣くなら芝居や映画で泣きなさい。自分のことで泣いたらあかん!」と厳しく叱った人だからして、その死に接して、私がほとんど泣けなかったことは可としてくれそうな気もするのだった。
刻々と変わる遺体を観察しながら、ちょうど執筆中の時代小説のあるシーンの表現を変えなきゃダメだよな〜と思ったりもして、たぶん俳優や映画監督や演出家といった職業の人たちも同様の観察をするのではなかろうか。
葬儀をごく内輪に、親しい人のみにお知らせして、香典や供花の類は一切辞退する形にしたのは母の性格に鑑みてのことだったが、そういう点はともかくも、相当ユニークな人物だったことは今回さまざま人たちの証言で明らかになった。私の思い出の中で一番変わってるのは、中学生の頃に一緒に乗った京阪電車の中で「尻取りでもしよかあ」と急に言いだして、「ふつうの尻取りでは面白ないさかい、汚いもんの尻取りしよ」と続けて、いきなり「パンツ」と口にしたことだった。私は啞然として、この人は一体何を考えてるんだろう(^◇^;) と我が親ながら、空恐ろしくなったくらいだが、若い頃からそういう他人を啞然とさせるようなクセがあったという様々な例を、70年来の親友の口から聞けて大笑いしたのは火葬場での待ち時間であった。戦後は大阪ミナミのスケバンだったという話は本人からも聞いているが、叔母たちの話を聞いても相当なワルだったらしく、ジェーン台風の時に家出したりとか、何かと兄姉に手を焼かせていたようで、にもかかわらず一貫してあんなにエラそうにしてたのは何だったんだろう?とか、いろいろと話を聞けば聞くほど本当にナゾが多い人物でもあるのだった。N H KブックスW EB連載の「師父の遺言」の中でも書いたが、私が子供の頃はしょっちゅう口癖のようにして「あんたみたいな変わった子は見たことない!」と文句を言っていたけれど、「あんたには言われとうない!」と今なら言い返したであろう。他人様には、この子にして、この親あり、と言われちゃうだろうか。


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コメント (6)


うわあ、私もかなり変わった親ですねんなあ(;一_一)
子供が泣いたら「自分の事で泣くな」と言って育てました。
自分の子供時代を思いましても映画を見たり、本を読んで「可愛そう」とオンオン泣きましたが、自分の事は「こんな事もあるわ」と醒めていて泣いた記憶がおまへん。皆そんなもんやと思ってました。うちの子もエライ親に育てられて気の毒やったんですなあ(^◇^)

投稿者 お : 2013年11月09日 22:41

突然のブログ休止にて、お察し申し上げておりました。
お母様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

投稿者 モイラ : 2013年11月09日 22:54

心よりお悔やみ申し上げます。
 初めて先生にメールを差し上げます。ペンネーム権兵衛でございます。とにかく、先生の大ファンでして、吉原十二月、壺中の回廊、吉原手引草などを読破し、現在、円朝の女を読んでいます。さらに、西南の嵐・・・・・を待機させています。
 江戸時代、明治時代、大正、昭和と知らない時代が覆いかぶさってきます。始めてみる言葉もあり、恥ずかしながら、例えば、敵娼も調べながら読みました。先生は、学者の方々より時代考証や、日本の文化に精通なさっておられますね。
 本当に楽しいです。また、メールさせていただいてよろしいですか。 きょうはこの辺で失礼いたします。

投稿者 権兵衛 : 2013年11月10日 20:17

 心よりお悔やみ申し上げます。
お母様の思い出がいろいろな場面で思い出されることと存じます。ご冥福をお祈り申し上げます。

投稿者 はっち : 2013年11月10日 22:04

お母様のご逝去 お悔やみ申し上げます
以前から花の会で伺っていたお母様についてのお話を思い出しております ご冥福をお祈り申し上げます

投稿者 花の会 まさこ : 2013年11月11日 11:27

ブログの記事と関係ない感想を書かせていただきます。

「師父の遺言」連載中はネットを休んでいましたので、今日まとめて拝読しました。

わたしは昭和40年生まれで、中学高校の時の恩師が学校演劇の芝居書きだった関係で新劇の舞台を10代のころにたくさん観ました。羽田澄子監督の「早地峰の賦」というドキュメンタリー映画や、栗崎碧監督の「曽根崎心中」も学校で観たものです。まだ文楽は生で観たことがないのですが……
恩師の授業が面白かったので国文科に進んで古典をもっぱら勉強しました。好きな本しか読まない、読めないのは子どもの時から変わっていませんが……

芝居とか文藝の現場の話は、あとから研究書で読むとなんだか紙の上のことになってしまいますが、松井さんのは生きた話でたいへん面白かったです。
加筆後の著書が出るのを楽しみにしております。
長文で失礼いたしました。

投稿者 ぱぐ : 2013年11月11日 13:41

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