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2012年08月17日
トロイラスとクレシダ
さいたま芸術劇場でシェイクスピア作・蜷川幸雄演出の「トロイラスとクレシダ」を観る前に大宮ルミネの「石庫門」で食事。
トロイ戦争を背景に男女の別離を描いた悲劇というくらいの予備知識しかなくて観たのだが、なかなかどうして単純なメロドラマとして一口には括れない、それだけに予想以上の面白さが感じられた芝居である。トロイ戦争はただの背景かと思いきや、実はギリシャ悲劇とは全く違った趣きながら、シェイクスピアはやはり薔薇戦争などと同様に、この作品で「戦争」というものを真っ向から描き切っているのではないか。
ストーリー自体はトロイが滅亡する直前の状況までしか語られていない。しかしながらトロイの王子トロイラスと恋仲で結ばれながら、戦争捕虜との交換でギリシャ軍に引き渡されるクレシダは、滅亡後のいわば「トロイアの女たち」の運命を象徴している。すなわち敗戦国の女が生き延びるには娼婦になるしか道はないことの象徴として、彼女はトロイラスを裏切り、敵将ディオメデスを誘惑する不実の女として振る舞うのだ。彼女の語るひと言ひと言、一挙手一投足は矛盾に満ちていながら、トータルで女という存在そのものを象徴しているだけに、これは生々しい女優よりもむしろ女方にふさわしい役なのであろう。蜷川組の名女方といっていい月川悠貴が演じているが、落ち着いた声のトーンといい、無表情を活かした蠱惑的な表情の作り方といい、後ろ姿にすら女性を感じさせる佇まいといい、これまた予想以上の好演ぶりで、この芝居の悲劇性に大変なリアリティを与えている。トロイラス役の山本裕典も前半はやや慌てすぎでセリフの内容が伝わりにくいが、後半は見ちがえたように好演している。
もっともこの芝居は一筋縄ではいかず、完全な悲劇ともいいきれない面があって、ギリシャ軍の英雄達はことごとく戯画的に描かれ、またトロイ、ギリシャ双方に道化役がいて、彼らが隙あらばアサイドで芝居を異化しにかかるという展開だから、観る側は大変に現代的な印象を受け、それだけに「戦争」という隠れたテーマがより鮮明に浮かびあがるのかもしれない。戯画的な雰囲気に始まりながら、最後は無惨な戦闘シーンになる演出の運びもスムースで、ギリシャ軍トロイ軍の武将はそれぞれ原康義や横田栄司ら蜷川組の常連が手堅い演技を見せ、同じく常連たかお鷹のギリシャ方道化役も危なげなく見てられるが、トロイ方の道化役として蜷川組初参加の小野武彦が今回は非常に光っていた。
ところで今日は結局降りそうで降らなかったが、突然の豪雨が心配されて、わが家から劇場まではタクシーで1500円くらいの距離なので、往きと帰りに乗ったら、二台とも運転手さんのほうから声をかけられて、ディオメデス役で出演している塩谷瞬の話をされたのにはビックリしつつヾ(℃゜)々ちゃんと演じてて別に悪くなかったですよ〜と答えた私である。
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