トップページ > しみじみ日本・乃木大将

2012年07月12日

しみじみ日本・乃木大将

さいたま芸術劇場で井上ひさし作・蜷川幸雄演出「しみじみ日本・乃木大将」を観る前に講談社の堀さん、新さんと大宮ルミネの鰻料理専門店で会食。堀さんは故人の担当編集者でもあり「馬が出てくる芝居だし、場所もさいたま芸術劇場なので、松井さんとご一緒したいと思いまして」とのこと。
明治天皇の崩御に際して殉死しようとする乃木希典夫妻の心境を、愛馬たちが忖度しながら彼の生涯のウィークポイントを暴いて自殺への道に至る傾向を明らかにするという破天荒な筋立てながら、一頭の馬がさらに前肢と後肢に分裂して、建前論的な心境と本音っぽい気持ちを交互に物語る設定が面白い。おまけに何しろ馬が語り手なのでとても幼稚なレベルのスラプスティックな展開にもなる反面、明治という時代はあらゆる人が一所懸命にその役割における典型を演じることで(すなわち乃木は軍人の典型)近代国家としてのスタートが切れたとする、井上氏ならではの観念的な日本論が展開されるから、セリフがまだしっかりと腹に入っていない役者もある初日のきょうはなかなかスリリングな進行も見受けられたが、演出に遊びの部分が多いので、こなれてくればもっと爆笑シーンが増えるにちがいない。山県有朋と児玉源太郎のやりとりを元タカラジェンヌの香寿たつきと朝海ひかるが照れもせずに超クサイヅカ風演技に徹したのは初日でも大いに笑えたシーンであった。戯曲全体のキモになるのは、明治天皇が登場して乃木に言葉を賜るかたちで、典型たらんとする明治人の必要性を説き明かすくだりだが、大石継太はセリフをきちんと聞かせるばかりでなく天皇の存在感をも巧く表現し、乃木静子夫人の狂気を垣間見せる根岸季衣の演技と相俟って、この戯曲が持つブラックな怖さにリアリティを与えている。ラストで夫妻の死んだことが伝えられるシーンでは、厩舎につながれた馬たちが一斉にアッという表情を浮かべるのだが、馬の顔の作り物が非常にデフォルメされつつもこれまた妙にリアリティがあるため、胸に応える幕切れとなり、エピローグではそれぞれの馬たちの最期が紹介されて、まさしく「しみじみ」した気分にさせられたのだった。もちろん主演クラスの役者達が皆その作り物をかぶって登場するという奮闘ぶりは、この蒸し暑い時期だけに、大いに讃えないわけにはいかないところである。


このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kesako.jp/cgi-bin/mt/mt-tb_kesako2.cgi/2336

コメントしてください




ログイン情報を記憶しますか?


確認ボタンをクリックして、コメントの内容をご確認の上、投稿をお願いします。


【迷惑コメントについて】
・他サイトへ誘導するためのリンク、存在しないメールアドレス、 フリーメールアドレス、不適切なURL、不適切な言葉が記述されていると コメントが表示されず自動削除される可能性があります。