トップページ > はなやぐらの会
2012年04月08日
はなやぐらの会
毎年このシーズンにふさわしいネーミングの会が、紀尾井町ホールというふさわしい場所(周辺は写真の通り)で催されるな〜と、いつも感心している鶴澤寛也さんの会である。今回は「堀川」の演奏で,技量の程も今までに増して感心させられた。何しろこの曲は義太夫節研究の基礎を築いたといってもいい杉山其日庵が、一体なぜこの曲の作曲家名が今日に伝わっていないのか!!!と激怒するくらいの名曲であり、今回は名曲であることを改めてしみじみ感じさせられただけでも寛也さんのお手柄としたい。
義太夫節にあまり詳しくない方のためにストーリーを簡単に説明しておくと、今でいうなら、お客さんが自分のために殺人を犯したホステスさんの一家のお話であり、その一家は盲目の母親と小心者で無教養な兄の二人暮らしで、二人は当然ながら殺人犯として指名手配中のお客さんとすっぱり縁を切るようにホステスさんに迫るし、けれどホステスさんのほうはこういう商売でも落ち目になった人を見捨てるのは人間としてサイテーだというそれなりのプライドもあって、お客さんと心中する気でいる。で、母親も兄貴も最終的にはホステスさんの気持ちを汲んで、ふたりが情死行に向かうのを知って見送るというような話なのだが、人間としての道を守るためにむしろ人情のほうを犠牲にしようとする弱者の気持ちを描いたこの手のドラマ作りは義太夫節のオハコともいえて、いわゆる現代の多くの人がイメージする人情劇とは180度違うものであることだけは認識しておいて戴きたい。
で、今回これを語った竹本駒之助師はやはり女性だからだろう、母親の気持ちを感じさせる語りがみごとであり、「可愛いわが子を心中に、合点してやる親心〜」のくだりには涙がこぼれた。文楽や歌舞伎の舞台で見ると、どうしても兄貴の与次郎のほうにスポットが当たってしまうが、本来は母親が中心のドラマなのだ
というのが今回初めてわかった気がする。与次郎はかなり抑えめの人物造形ながら、実直な小心者の感じがよく出ていたし、情死に向かう男女の門出に縁起物の猿回しを披露するくだりも全体にストイックな語り口の中で、「ああ、よい女房じゃに」と暗に妹を惜しむ情が覗くあたりは、目にキラッと涙が光る様を想わせて秀逸だった。
とにかく三味線は先にも書いたように名曲中の名曲とあって、オープニングで母親が「鳥辺山心中」の稽古をするくだりや、ラストの猿回しのくだりといった連れ引きで賑やかに演奏する箇所もあれば、義太夫節屈指の有名なアリアといっていい「そりゃ聞こえませぬ伝兵衛さん〜」の艶麗な節付も聴きどころだけれど、
今回わたしが寛也さんに感心したのは、状況を描写する細かな手がきちんと弾けて、ことに「ふけ行く」のオクリの前から状況がガラッと一変する様子を巧みに演出できていたように聞けた点である。
ただしこの作品は舞台で一度も観たことのない人がいきなり素浄瑠璃で接するのは難しいかもしれない。なにしろ劇中劇ならぬ曲中曲から始まって、最後は猿回しのシーンでこれまた劇中劇的なやりとりになり、また家の中と外に誰がいるのかが問題になるシーンもあるので、舞台面が浮かばないまま聞いていたお客さんはさっぱりわけがわからなかったかもしれない。次回からは、こうした演目だと事前にもう少し舞台面についての説明をしておいたほうがいいだろうと思われました。
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kesako.jp/cgi-bin/mt/mt-tb_kesako2.cgi/2241
コメント (2)
こんばんは。
私も会にうかがったのですが、ギリギリに到著したせいか、
お目にかかれず残念です。
おっしゃるとおり、構成が技巧的な分、せっかく事前にお話の時間があるのなら、作品解説でポイントに触れておけると良かったですね。
駒之助師の語りを堪能、寛也さんの三味線も素敵でした。
投稿者 ヤナイユウコ : 2012年04月08日 21:41
良い会が東京ではあるのですね。羨ましいです。文楽と歌舞伎とでは与次郎と伝兵衛の扱いが少し違いますが、盲目の母親の扱いは全く同じでどちらも母親のくどきに涙が浮かびます。一度素浄瑠璃で聞きたいと思っているのですが、毎年国立文楽劇場でも素浄瑠璃の会があるのですが、私が行く時には違う演目で残念に思ってました。
しかし、ホステスと殺傷事件を犯した客の設定、判りやすいです、笑い。文楽の番付もこのような説明があると若い方もとっつきやすいですね。
投稿者 お : 2012年04月08日 22:54