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2011年08月06日
バーニャカウダ、前菜各種、海老のパスタジェノベーゼソース、イベリコ豚のソテーほか
乗馬クラブで知り合ったバリキャリのOさんと大宮の副都心に近いイタリアンR「イルクオーレ」で食事。
クラブをやめて久しいOさんは「いや~体力がすっかり落ちちゃって」と仰言るので、「クラブのめちゃ近所に住んでるんだから、また始めたらいいじゃない」とオススメした私である。例年ほとんど夏休みがとれないほどハードなお仕事をなさっているOさんだが、今年は節電休暇が1週間も取れたため、「大宮でお食事しませんか~」とお誘いを戴いて前に翻訳家の松岡さんとご一緒したそこそこ美味しくてリーズナブルで雰囲気のいい店にご案内した次第。
コンピュータ関連のお仕事だけに、節電に伴う影響もかなりのものだったらしいが、久々に会ったので、やはり震災の当座お互いどうしてたかという話になり、当日もちろん会社に泊まり込んだOさんは、翌日のお昼に上野駅に行ったら、物凄い混乱状態だったので、タクシーで帰宅したとのこと。高速はひどく空いていてスイスイ走り、赤羽を過ぎて荒川を越えたとたん「いや~埼玉はホントのどかだな~という気がしました」
と仰言るくらい東京は殺気立った雰囲気だったらしい。高層ビルの低層階にいても、いつ窓ガラスが割れるんじゃないかとヒヤヒヤするほどで、窓から隣の高層ビルが「まるでコンニャクみたいにぐにゃぐにゃして見えるんですよ。もう怖くて怖くて、隣の女の子に抱きついてました」とナマで聞かされると確かに怖い。自宅はどんなに悲惨なことになっているかと怯えながら帰って見たら、「馬の絵を入れた額が一つ倒れてたくらいで全く問題なかったんですよ。だからやっぱりあまり揺れなかったんでしょうね」とのこと。
それにしても、震度5強くらいでそんなに怖い体験になってしまった東京の高層ビルは本当に大丈夫なんだろうか。わざと揺れやすく造ってあることがわかっていても、中にいる人が怖いことには変わりがないのではなかろうか。吉村昭氏の「関東大震災」を読むと、江戸時代の安政大地震と比べて関東大震災のほうが東京直下ではなかったにもかかわらず火災の被害が甚大だった理由の一つに、なまじあてにしていた水道管が破裂して全く使い物にならなくなったことが挙げられていたように記憶するが、文明が発達すればそれだけ災害が防ぎやすいはずだとばかり考えるのはいささか楽観的すぎるのかもしれない。とにかく
地震ばかりはあらゆる点において常に想定不可能だし、一体いつ起きるかもわからないものを相手に、残りそんなに長くない人生をビクビクして過ごすのもシャクなので、自身にはGOOD LUCK!と声をかけるしかないのだろうか。
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