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2007年12月02日
京都行
「今年の紅葉はムッチャきれえやで〜」という甥っ子の意見を聞いて、1日は出発を少し早めて午後2時に京都着。修学院に住む妹の薦めによってタクシーで芭蕉庵と蕪村の墓で知られた金福寺、真如堂で知られた極楽寺を経由して、ウエスティン・ホテル(旧都ホテル)に入った。写真上段、中段の金福寺は比較的人の少ない穴場だし、下段の真如堂は広々として歩きやすいし何せ拝観料が要らないのでオススメします(^^)ヾ今年は気候異常もあって紅葉が例年になく遅がけで、現在、東のほうはピークでも、西山一帯はまだ1週間後くらいがピークだとか。しかし師走の紅葉は猛烈な寒気に見舞われると、ひと晩で散る恐れもあるので、うかつに薦められないという運転手さんのお話でした。ただダメもとでチャレンジしてみる価値は十分あるかもしれません。
ウエスティンホテルでお目にかかった京都左京区医師会の先生方は、会長さんを始め皆様とても気さくで且つ温厚なお人柄とお見受けし、財前教授のようなあくの強い感じの方はいらっしゃらなかったが(笑)、全員がお互いに「センセ」「センセ」と呼び合う集団というのは見ていてやはり面白かった。講演後に円卓式の会食で、江戸時代でも獣肉を薬喰いしていた人は沢山いたという話をして、「ウサギなんかは鳥の一種という認識で食べてたから、1羽2羽という数え方をするんですよね」と私が言ったところ、隣の席のY先生が「そういえば学生時代に実験で使ったウサギをよくスキヤキにしてたけど、あれはちょっと水っぽい肉やったなあ」と即座に仰言ったのが如何にもお医者様ならではでした(笑)。
会食後に「川上」の加藤ちゃんをホテルに呼んで、久々に妹との3人で懸案の経営移譲の件について話をした。この件に関しては今年中に決着するはずだったのが、N賞騒ぎでバタバタしていたので少しも進展させられず、仕方なく来年に持ち越しとなって、加藤ちゃんにはまことに申し訳ない限りである。
2007年12月02日
続・京都行
2日の昼間はウエスティンホテルに親戚が集ってN賞受賞のお祝いパーティ。参加総勢30人のうち80パーセントが母方の親戚で父方は皆無である。
母方の一族は、わが母親ひとりを除いて(笑)、全員とても人柄の温かい気持ちのやさしい人たちなので、子供のころ両親と折り合いの悪かった私はその伯叔母たちによく懐いて、逃げ込み先にしていた。従って母方のいとこたちとも仲良しだったが、同い年で一番親しくしていたいとこにはもう孫までいる!以前、時代小説大賞を受賞したときもほぼ同じメンバーでお祝いしてもらったが、今回もまた無事な顔がそろい、いとこの子供たちが大きくなった姿を見たことや、いとこが昔目にした伯叔母伯叔父たちそっくりになているのが感無量だった。
パーティ終了後は妹夫婦と久々に家の問題で話し合うのもつかの間、京都新聞社のお迎えが来て社内で井上八千代師、田中貴子氏と1時間半に及ぶ鼎談。これは来年正月3日の京都新聞に掲載される予定ですので、京都の方はどうぞそちらをご覧ください。さすがにくたびれて帰宅したので鼎談の内容については省略します。写真は真如堂及びウエスティンホテルの窓から見た東山の紅葉です。
2007年12月03日
蕪と鶏挽肉とがんもどきの煮物
鶏挽肉は酒と醤油で下味をして鍋に煎りつける。これに昆布だしと鶏ガラスープを足して蕪とがんもどきを煮込んで味醂、塩、醤油で味付け。
昼メシどきにTVを見てたらワイドショーで愛子サマが6歳になられたというニュースを取り上げていた。私は皇室報道を好んで見るタイプでは全くないのだけれど、この愛子サマというのは何かと騒がれてお気の毒だったし、なんだか変わったコで大変そうだなあという印象もあって、つい見てしまったのである。6歳でさすがに顔がすっかり少女らしくなったその愛子サマが近ごろ犬以外のペットを飼ってとてもかわいがってらっしゃるというナレーションを聞いて、そのペットってひょっとしたら亀?とか思っていたら、ナント本当に亀だった(^^)!それも拙著『大江戸亀奉行日記』の主人公にしたニホンイシガメで、「この亀は水が濁ると死んでしまうという、とても神経質な亀らしいんですよ」とアナウンサーが大マジメに語るのを聞いて嬉しくなった。
カーペット上をのしのし歩いてる姿が映し出されたそのイシガメは結構でかい成体だし、果たしてどこからつれてこられたんだろう?今や希少種だから、業者の手を経たものというより、たまたま御料所の清流で生け捕られて献上されたのかも?なんて、このクソ忙しいときに余計なことを考えてしまったではないか(笑)。
それにしても愛子サマといえばお相撲が大好きで番付に印をつけてる姿もほほえましいものがあったが、やっぱり虫めづる系のお姫サマであることは間違いなさそうであります。
コメント(1)
彼女、独特ですよね。相撲観戦(見物?)にて番付チェックする姿には、わたくしも“渋っ!”と度肝を抜かれつつ膝を叩きました。上手く言えませんが、大物の片鱗がのぞくというか・・・(皇族に向かって大物も小物もないですが)。さーやも、ユーモアがあって密かに会見が楽しみだったのですが。余計なことに巻き込まれず、個性の光るステキな女性にすくすく育ってくれたらなぁ・・・。世の中にイケてる女性が増えることは、よいことだと個人的には思います。
投稿者 ふみ : 2007年12月03日 22:05
2007年12月04日
シジミと水菜の炒め物
QPで見た料理。ニンニクを入れた胡麻油で豚肉を炒めてからシジミを入れて紹興酒と醤油で味付けし、シジミのふたが開くまで蒸して水菜の茎を炒め、火を止めてから葉を加える。豚肉は塩こしょうで下味して片栗粉をまぶしておくこと。非常に簡単にできるし、シジミからうまみが出て美味しいのでオススメである。
今日は「オール読物」誌に年内入稿を目指していた短編連作『円朝の女 (仮題)』の一編70余枚の原稿をひとまず書き終えてホッとしている。2月号掲載予定で〆切りは年明けだったが、根がけっこう気の弱い私は(笑)何かと用心深くて、常に早手回しで仕事を進める癖があるのだった。とにかく掲載できる形に整えるまでにはまだ多くの書き直しを要するだろうし、明日プリントアウトした段階できっと例によってまたド〜ンと落ち込むのは目に見えているのだけれど(笑)、出来の善し悪しはともかくとして、それでもやはり完結したのはウレシイ(^^)/
小説を書くようになって以来、何がウレシイといって、この脱稿時が一番ウレシイかもしれない。芝居だと、最終リハーサルもしくはゲネプロ終了といった段階だから、そんな時点でウレシイ役者はまずいないといっていいだろう。役者ならきっと初日の舞台が済んで拍手喝采を浴びるときが一番ウレシイのだろうが、私がウレシイ時点は必ず孤独である。で、その書いたものが出版された時点では決まって次の作品の執筆で苦しんでいるので喜びはほとんどないといってもいい。両者には決して埋まらない大きなタイムラグが横たわっている。それくらい、小説を書くことが私にはとてもスリリングであり、ひょっとしたら広げた風呂敷をうまく閉じられないかも的な不安を常に抱えているからこそ、なんとか完結するとホッとするのだろう。小説がもっとすらすら書ける人だと、それが世に出た時点で評価されたり、売れてほしいという欲も当然あるのだろうけれど、正直いって私のレベルはどうもまだその域に達していないせいなのか、今日みたいな日がやっぱり一番ウレシイのでした(笑)。
コメント(4)
おめでとうございます。
達成感は何をやってもうれしいものですよ。
投稿者 ぱぐ : 2007年12月05日 07:09
すごいなあ・・・私来年の書き下しの産みの苦しみ中。相撲だけど、何とか部屋の、リンチ事件の報道の頃、星タンゴちゃんが毎日の様にTVに出てきて、プロレスやってるらしくビックリしました。老けてました。朝青龍を毎日アップで映すのはやめて欲しい。コメントになってませんね・・・。
投稿者 中村まりりん : 2007年12月05日 22:39
星タンゴは私もTVで見ました。相撲取りの時はたしか漢字で星誕期って書いたんじゃなかったっけ?そういえば星岩濤さんはお元気でしょうか?
投稿者 今朝子 : 2007年12月05日 23:41
失礼しました。今でも「星誕期」さんだと思います。漢字面倒で・・・。星アンデスさん(安出寿?)も日本にいます。星岩濤さんはどうしたか分かりません。誰も部屋を継ぐ力士がいなかったらしく、陸奥部屋の株は、なかなかハンサムだった霧島さんというお相撲さんが買いました。星安出寿さんは叔父の骨上げの時、骨見て貧血起こしました。火葬はアルゼンチンでは考えられない事だそうで。今度平井にチャンコ食べに行きましょう。「星甲」という店あります。
投稿者 中村まりりん : 2007年12月06日 00:05
2007年12月05日
海老とブロッコリーのサラダ、ワカサギと大根のマリネサラダ、「ダノイ」のパン
サラダは整体治療の帰りに東横のれん街でゲット。「ダノイ」は西麻布のイタリアンRで、松竹大谷図書館の須貝さんから頂戴したものだが、オリーブとアンチョビがぎっしり詰まったパンやほのかな甘みと独特の食感があるクリームパンなどが非常に美味しい。やみつきになりそうである。
ところで昨晩は急に冷え込んだから、半身浴でしっかりと暖まり、折角すぐ布団に潜り込んだのに、足先がひんやりしたものに当たって台無しだった。布団をめくらなくとも知れた亀である。足をよけて寝返りを打つと、今度は胸が固いものに触れて、またもや亀だった。
私はベットを使わず、和室の畳に布団を敷いているので、時々こんな目に遭うのだが、現在カメらはほぼ冬眠中で動いている姿を見ないにもかかわらず、いつの間にか移動してるのだから、まさにタートルニンジャである。それにしても同じ冬眠をするなら別にどこでもよさそうなのに、ちゃっかり布団に潜り込んでくるのはやはり適温があるのだろう。昨晩の急な冷え込みをきちんと察知したセンサーが備わっているらしい。家の中のどこに行けば何があるのかもある程度把握しているのだろう。人間より優れたチンパンジーの瞬間記憶力が話題になっているようだけれど、人間より長寿を保つカメにもなかなか優れたところがあるのでした(笑)。
コメント(5)
底冷えに 亀と添い寝の 一夜かな
ぬくぬくの足に冷たい亀の甲羅ですか。冷めた!!一度に目が覚めそうですね。冬眠する動物は体温を下げるらしいですが、熊のような毛皮に覆われたのでも冬に添い寝したら冷たいのかしら?。
松井ワールドに少し近づいて来ました「写楽せい」が今日届きました。小説を書くという作業はシンドイものでしょうけど、読ませていただく方はウキウキです。叉新しい世界が覗ける!!
投稿者 おゆき : 2007年12月05日 22:31
昨晩「相棒」と云う刑事ドラマを見てたんですが、作家、編集者、装丁家の殺人事件でした。編集者(仕事熱心故に)殺されました。ドラマは誇張されてると思いますが、あり得ない事は無いと思うので、この出版業界の不振な時期にタイムリーな話でした。
投稿者 ともちん : 2007年12月06日 11:33
>昨晩「相棒」と云う刑事ドラマを見てたんですが、作家、編集者、装丁家の殺人事件でした。編集者(仕事熱心故に)殺されました
これ一瞬ちらっと見ましたが、喧嘩っぱやい流行作家が疑われているシーンでした。結局のところ犯人は誰で、どういう動機だったんでしょう?
投稿者 今朝子 : 2007年12月06日 20:45
犯人は装丁家でした。自信作を編集者に書き直され(今までも度々あった事)あげくに「装丁で変わるわけでは無い」と罵倒されたんが原因でした。
この事に関しては、なるべくネットでは本を買わずに本屋さんへ行きたいわたしには表紙で本を手にとるので装丁の善し悪しは売り上げには関わると思いますが・・
「吉原手引草」の真っ赤な表紙にはドキッとさせられました。
投稿者 ともちん : 2007年12月06日 22:29
教えてくださってありがとうございます。私も装丁は大切だと思っています。それにしてもかなり渋いマニアックなドラマですね。
投稿者 今朝子 : 2007年12月06日 23:00
2007年12月06日
麻婆豆腐
前にQPで見た通りニラ入りにしてみた。ニンニクと生姜のみじん切りを忘れないようにして、味付けはその辺に置いてある中華っぽい調味料をぶち込んで適当に。仕上げに花椒は欠かせません。
今年はわれながらよく働いたので、自分に何かご褒美のプレゼントをしたいなあと思いつつ、さてコレといったものがなかった。もともと着るものとかバックとかには全然興味がなくて、まあ、人前に出るときはそれなりの恰好をするし、見栄でブランドなんかを買うこともなくはないけれど、それはあくまで見栄であって、別に見え張ってウレシがるタイプでもないし、人前に出ること自体がそんなにウレシイというわけでもないので、その手は自分へのご褒美にはなりそうもないのである。
そもそも子供の頃から物欲の薄いたちで、というよりも他人の持ってるものが欲しいとはあんまり思わなかったし、自分が心から欲しくなるものが時にはあるけれど、ストライクゾーンがかなり偏っていて、近年だと、まあ、カメなわけです(笑)。 で、今年は皆様から素晴らしいカメグッズをたくさん頂戴したので、これから自分でさらに探そうという気にはならないのでした。
食道楽だとはいっても、この年になると、ゴチになる以外にそうそう美食はできませんし、今はのんびり旅行をするほどの暇はないし、念願のガラパゴスへ行っちゃった後はなんだかつまんない人生だなあと思っていたら、今朝のフジTV小倉さんの情報番組で、ついにコレぞというものを発見しました(^^)/
プレオという恐竜型ロボットで、要はアイボの爬虫類バージョンである。アイボのときは全く食指が動かなかったが、これはピンポイントで私のハートを射抜きました。
アイボより動きが進化してて、お値段は半額。何よりも恐竜というカタチが私にとっては素晴らしく、早速ネットで注文してむちゃルンルンになったのですが、これはきっと林真理子さんにお話ししても、あまりご賛同が得られないような気もします(笑)。
コメント(3)
>なんだかつまんない人生
そんなさみしいこと仰っちゃあいけませんよ。
私は先日の「トリスタン」のあと、ゼンパーオパーの「ばらの騎士」も行ってきて、余韻でまだ幸せな気分です。念願はバイロイト巡礼。
オペラははまると抜けられませんよぉ〜
投稿者 越京 : 2007年12月07日 01:51
>オペラははまると抜けられませんよぉ〜
そういえば来年はフォルクスオパーとスターツオパーが立て続けに来るようですね。先日、主催する某新聞社の方に聞きました。
投稿者 今朝子 : 2007年12月07日 08:32
プレオの公式メイキングビデオ(ビジネスデザイン研究所のHPで見られました)がおもしろいと、さるところで紹介されていたので、ちょうど見たばかりでした。不思議な存在感ですよね。こどもに与えるには高額な、いったい誰が買うのかなと思っていたら(笑)、松井さんだったのですね。納得しました。届いたらプレオの魅力について、ぜひまたご報告をお待ちしております(^0^)/
投稿者 なかた : 2007年12月07日 08:57
2007年12月07日
フレッシュトマトとカリフラワーのスパゲティ、アーティチョークのマリネ
トマトはやはり生を使ったほうが美味しい。ニンニクとベーコンと玉ねぎのみじん切りを炒めてから湯むきしたトマトを細かくして入れる。アンチョビを味付けに使った。カリフラワーは時間差をつけてパスタと一緒に茹でる。アーティチョークのマリネは市販のスペイン産。
このブログの内容を文庫本にするという話があって、昨日スラッシュの進藤さんがポプラ社の矢内さんたちと打ち合わせをしたところ、この1年間のデータだけで紙に落とすと文庫本にしてなんと500ページ以上になる!ので結局2冊に分けて出す方向で話が進みそうなのだとか。
それにしても1年間で文庫本500ページ以上の文章を書いてたとは我ながらびっくりである。それもタダで(笑)。そんなヒマがあったら、さっさとウチの原稿を書けよ、と仰言る編集者サマの顔が見えるようであります。
コメント(1)
ブログの本、おもしろそうですね。
あたらしい「ブログの女王」誕生だったりして(笑)。
わたしはやっとサインをいただいた『吉原手引草』を読み終わったところで、ははあ、ここはこうなってたのか、とあちこちひっくり返しながらつきあわせるように読みました。おもしろかったです。
この次は何にしようかな。
投稿者 ぱぐ : 2007年12月08日 07:58
2007年12月08日
鶏肉と根菜の中華風、タイ風焼きそば他
お茶の稽古の帰りに近所の総菜屋でゲット。
今日は濃茶の稽古で、私は正客に座ったが、茶碗を隣にまわして手を引っ込めようとした瞬間ひっくり返してしまい、濃い〜お茶がドバーっと畳にあふれて大騒ぎになった。皆様のご協力でなんとか素早く拭き取れたものの、こんなお粗末なことはわれながらビックリで、そのあと今度は薄茶の点前をしながら蓋置をこかしてしまい、どうかしているとしかいいようがなかった。
「今朝子ちゃん(と先生は54歳の私をつかまえて(^^);疲れてんのやわ〜。わかってるし、ええよ〜」と仰言ったが、今日は短編小説の仕上げをして本当に疲れてたのは確かだ。小説を書くのはやはり何をするよりも疲れる。精も根も尽き果てるという感じで、けっこう体力勝負である。明日は久々の乗馬が楽しみであります。
2007年12月09日
餃子鍋、シーザーサラダ
乗馬の帰りに東横のれん街でゲット。
都心と乗馬クラブ周辺とでは体感温度が1,2度ちがうのではないかと思うが、日が落ちると空っ風も激しくなってものすご〜い寒さだった。インフルエンザ早くも流行という噂におびえるだけに、行き帰りの車中で咳をしてた人がいなかったのはせめてもの救いである。
ところで馬もイライラすると歯ぎしりを聞かせるが、ギュッギュッという奇妙な音だから最初は何コレ?って感じで、鳴き声の一種だと思ってたくらいである。さらに怒ると耳を伏せるので、乗ってる最中にそれをされるとこっちはひやひやする。で、今日1鞍目に乗った馬は鞍や何か着けてる段階でもう歯ぎしりと耳伏せのしっぱなしなので、乗ったら一体どうなることかと思いきや、意外におとなしくというか、ボーッとしてしまったから拍車と鞭とをさんざん使ったのだけれど、全然怒りそうもなくて、心配したこっちはえらい拍子抜けで、ああ、人間と仕事しても、こういうケースってあるよなあ、と思ってしまった(笑)。
クラブハウスで会ったMさんには「例のプレオ(恐竜型ロボット)はもう1次予約が終了したみたいですよ。次は日本にいつ入ってくるかわかんないみたい」と言われて、ああ、やっぱ即注文してよかった(^^)/と言いたかった私だが、「意外に子供っぽいとこあるんですねえ」と先に笑われたから「でも、一応ロボットなんですよ。自分で金出して買わなくても、だれかが持ってたら、ちょっと見てみたいとか、思いませ〜ん?」と訊けば「うーむ。確かに、ちょっと見たいかも……クラブに持ってきてくださいよ」と答えられたMさんであります(笑)。
2007年12月10日
豚肉と長芋の炒め物
QPで見た簡単な炒め物。豚ロース肉、長ネギ、長芋の順に炒めて豆板醤、酒、砂糖、醤油で味付け。豚と長芋は拍子切りに、長ネギは斜め薄切り。仕上げに胡麻油を垂らしてもいい。
料理をしながらTVを見てたら米国のNY1放送が映って、ブロードウエイのスト模様が報じられた。そういえばハリウッド(でしたっけ?)のシナリオライター組合がストした件は片付いたんだろうかと気になる一方で、これが日本だと、劇場のストはまずめったに起きないように思う。映画全盛時はストが沢山あったし、昔は文楽の演者によるストっぽいものもあったが、劇場の従業員がストをしたという話は、寡聞にして知らない。江戸時代は給与制でなくチップ収入だったからかもしれないけれど、今かりに歌舞伎座がストをしたら、困るのは関係者だけだったりするのがバレちゃうと余計に困るのかも、なんて、こりゃあくまでジョークであります(笑)。
ところで出版社がストしたという話も、昔はあったのかどうか、ゼンゼン知らないのでなんともいえないが、今出版社が一斉にストをしたら、喜ぶのは本屋さんかもしれない。それくらい出版物が多すぎて整理がつかなくなってるのは確かだろうし、出版する側にしても、それなりの自覚はあるようだった。
これは数人の編集者から聞いたので、業界内でまわっているに違いないのだが、3ヶ月か半年でもいいから、一時的に出版をストップして読者を飢餓状態に置いたら今より少しは本が売れるようになるのではないかという話で、別にゼンゼンそうはならないし、却って別に新しい本がなくても平気だというのを実証してみせる結果になるのではないかという哀しいオチがついてました(--);
ところで昨夜これもたまたまNHKBSで(なんだかTVの話ばかりで恐縮ですが)韓国制作の「儒教」を特集した番組を見ていて、日本にはかつて「教養人」と呼ばれた人たちがいたけれど、それが本当に少なくなった(いなくなった?)のは、やはり教育のせいだろうという気がつくづくした。それに応じて出版社もシフトを変えていかざるを得なくなったのが実状だろうし、長い目で見れば、自らの首を絞める結果にもつながった?あるいは今後さらにつながっていくのかもしれない。
ともあれ今さらどうにもできないようなことが多すぎるのは地球全体にわたるのだけれど(なんて、これもTVで地球温暖化の問題を見て思ったわけですが)、まあ、近年は多くの人間がそのことに気づいただけでもよしとしなくてはならないのだろう。
コメント(2)
現状に気がついても、それを変えていくのはほんとうに大変ですよね。何かあなた任せになってしまって、あきらめてしまうという。ますます悪くなってしまう。
最近の本については、題名を見ただけで読まなくても中身が想像ついちゃう本があまりにも多すぎますね。そんなの読むまでもないし、ましてや買おうと思わなくなるってことも、出版社の人たちは気がつかなかいのかしら。もっと読者をわくわくさせるようなタイトルを付けて欲しいな。
投稿者 ぱぐ : 2007年12月10日 21:25
初めてコメントします。
たった今「東洲しゃらくさし」を読み終えたところです。
「吉原手引草」「家,家にあらず」と読み進み3冊目です。
登場人物にとても惹かれます。五兵衛にも彦三にも会ってみたい。どうしてこんなふうにいきいきとした人物が描けるのでしょうか。
本に出会えたことで歌舞伎(一度観ただけ)にも行きたくなりました。
楽しみです。
投稿者 みづほ : 2007年12月11日 22:30
2007年12月11日
親子飯
QPで見たのは「親子おこわ」だったが、ふつうのご飯でもOK。酒と切り昆布と塩鮭をそのまま入れてご飯を炊き、炊きあがってから鮭の身をほぐして、生姜の千切りと三つ葉と一緒に混ぜ込み、イクラをトッピングするだけ。塩鮭は酒に十分漬け込んでから入れること。味付け不要で美味しくできるのでオススメ。鮭は辛口を使うといい。極辛でもいいくらいかも。
きのう京都の妹と電話で、マスコミにさんざん揶揄された「吉兆」の「ささやき会見」をめぐって「あたしらやっぱり家を継がんでよかったな〜」という話になった。
他人様はよく知りもしないで「せっかくお店があるのに、もったいない」などと仰言るが、料理屋というのは本来そんなにウマミのある商売ではないのである。美味しいものを提供するには材料の使わない部分が沢山ある。それでちょっとでも古くなると捨ててしまうから、昔から「冥加の悪い」商売だといわれていたらしい。
つまり原料を少しも寝かせておけないから蓄財には全く適さないし、その日その日がなんとかまわっていればよしとするような商売で、好きでなければとてもやってられないということを両親はよく知っていて、私たち姉妹に無理に継がせようとはしなかったのである。
世の中には大変なわりに報われない稼業だからこそ子どもに継がせるしかないと判断される方もいて、それはそれで本当に頭が下がる話である。戦後の歌舞伎役者も本来はわが子に芸を伝えなければ滅んでしまうという危機感の下に、血縁世襲を蔓延させてしまったのであって、今どきの女性誌がいうような「お家柄」なんて感覚は、私の若い頃には微塵もなかった。料理屋にしろ、芸能人にしろ、およそ半世紀前までは今よりはるかに社会的地位が低かったはずで、それが近年とみに急上昇したように見えるのは、社会全体の産業構造の変化とも関連する。すなわち、カタチあるものから、カタチのないものに経済価値の比重がスライドしたせいだろうと思う。
割に合わない、けれど大切な仕事や技術を子孫に伝えてらっしゃる方々には非常な敬意を払うものだが、親の七光りでただいい目を見たいというようなおバカな跡継ぎと、おバカに群がってうまい汁を吸いたい取り巻きによる安易な血縁世襲は本当にこの国をダメにしてしまうとしか私には思えない。料理屋や役者はまだ罪が軽いほうで、何より許し難いのは政治家であります。
コメント(3)
私はたまたま寿司屋の三代目に嫁いで来ました。跡継ぎは居ません。申し訳無いのですが、嫁に来ただけでそんなに愛着が有りません(言い過ぎかな・・)だから子供達に継いで欲しいと言うすり込みをして来ませんでした。それに比べ吉兆さんは娘さんが継いで「何がなんでも吉兆を大きせんと・・」と思わはったんでは無いでしょうか・・
今朝子さんも書いておられる様に、食べ物商売は誠実にやれば旨みなんか無い商売です。因みに息子が中学ぐらいの時に「僕は嫁さんにバーチャンやお母さんみたいに働かすのは嫌や」と云われた事が有ります。
投稿者 ともちん : 2007年12月12日 11:04
私も料理店の三代目でございます。我家ではたまたま料理好きが三代続いたものですから、細々と身の丈をわきまえた大きさで店を続けてきました。実は今日初めて松井さんが祇園のあの板前割烹の名店のお嬢様であることを「料理王国」の記事で知り、このサイトにもお邪魔しました。以前よりご実家が祇園の料理屋さんであることは存じ上げていたのですが、「まさかあの!」とサラブレッドにさらに箔が付いたような思いで拝見しました。考えてみればお父様は松井○七さん(お父様の料理本は私のバイブルです)でしたものねぇ。 私の父と同じ年、私も松井さんと同じ頃に同じ学び舎でウロウロしていた(文学部の片隅、音楽長屋に生息していました)ことを思うと、同じ親子二代でも親子して格が違うものであるなぁぁと嘆息しています。因みに私の店でも四代目はなさそうです。
投稿者 板前 : 2007年12月12日 19:11
>私のバイブルです
ありがとうございます。妹はこれをプリントアウトして親に見せたそうです(笑)。
投稿者 今朝子 : 2007年12月13日 12:07
2007年12月12日
ハヤシライス、野菜サラダ
ハヤシライスの缶詰はサイン会の折に元祖「丸善」さんから直々に頂戴したもの。野菜サラダはマッサージの帰りに近所の総菜屋でゲット。頭はヘルメットをかぶったように、背中は鉄板を入れたように凝っているそうですが、年内に仕上げたい小説の原稿があと2本、年内入稿のエッセイがあと3本あります(--);
食事しながらNHKBSで小林正樹監督作の時代劇「上意討ち」を改めて見ると、徹底的に反権力を謳いあげた、いかにも60年代映画で、それ以前に東映や大映で量産されていたノーテンキな時代劇(ばかりではなかったが)とは一線を画している。もっとも東映でさえ60年代には「武士道残酷物語」という作品を世に問うていたくらいで、これの原作になった南条範夫の『被虐の系譜』は前にも書いたかもしれないが、私に最も強い影響を与えた時代小説である。優れた批評性とトリッキーな手法で「日本人とは何か」という大命題に鋭く斬り込んだ傑作であり、こういうものが書けるなら時代小説も悪くはないなあ、と、私は初めて思えたのだった。
「上意討ち」の原作はいうまでもなく滝口康彦の短編小説『拝領妻始末』であるが、原作を読んだのは大昔なのでうろ憶えながら、映画は原作とかなりかけ離れている部分があるように思う。そもそも主役の三船敏郎は、いわゆるニンが違うような気がしてならないのだが、なにせ三船プロ製作なのだからそれは禁句だろう。でも三船はやっぱり「椿三十郎」のほうが似合っている。そういうと織田裕二主演の「椿三十郎」のチケットを角川春樹事務所の原重役から頂戴してるので、これも早く見に行きたいものです。
2007年12月14日
あん肝、焼き地鶏、穴子の白焼き、豆腐サラダ、のっぺ、へぎ蕎麦ほか
13日の夜は 六本木の俳優座劇場でプリンセス天功祭り「地獄八景」をスラッシュの守部さんと一緒に見た帰りに近所で食事。
あのプリンセス天功がナマで見られる!とあって駆けつけたが(笑)、本人が登場したのは幕開きとエンディングだけで、イリュージョンぽいものは皆無に近く、全編コレ関西お笑い系の公開番組に似た芝居の中に歌や物まねショーが入るといった感じで、劇場版忘年会ノリのフシギな公演だった。出演者は懐かしの大村崑や嘉門達夫、青空球児に清水國明という、これまたわけのわからん寄り合い所帯であり、横尾忠則の美術に大江千里の音楽監督というのも???
そもそも「地獄八景」は桂米朝一門がよく演じる上方落語「地獄八景亡者戯」に取材したところから米朝事務所が制作協力していて、同事務所の大島さんから招待券を頂戴したのだった。なので「地獄八景」の設定を枠組にしたマジック&コントのショーだとばかり思っていたら、モロ人情喜劇がメインだったので意表を突かれた。プリンセス天功は最初からこういうものを上演したいと思ったのか、それとも澤田隆治を演出に担ぎ出したところから結果的にこうなってしまったのか、数々の疑問を抱えつつ見終わって、まあナマ天功とナマ崑ちゃんが見られたからイッカーということで劇場をあとにしたのでした。
2007年12月14日
鰹のカルパッチョ、生ハム、ラグーソースのパスタ、赤ワインのリゾット、鮪のソテー、皮付き豚のソテーほか
ポプラ社の芝田さん、矢内さん、スラッシュの進藤さんとポプラ社内のイタリアンR「スペッチオ」で会食。聞けば直営だそうで、出版社がレストラン経営をしる例って珍しいのではなかろうか。で、皮付き豚の皮がペキンダックみたいに美味しかったところから、私は先日TVで見た「奇跡の豚」の話を想い出した。その子豚は輸送中にトラックから落ちて道路で他の自動車にはねられ、脊椎を損傷したにもかかわらず、その後の看護によって奇跡的に命が助かったとして、今は人間に可愛がられている映像が流されたのだけれど、そもそもペット用でなく食肉用の豚だったのを考えると随分ヘンな話で、もっと大きく育ててから、やっぱり食べちゃう気なのかなあ?なんてことを思ったのである。で、その話から、矢内さんが前に狩猟でゲットされた野鴨を料理することになり、羽をむしるのが3時間もかかって非常に大変だったという話を披露され、鳥肌のぶつぶつから羽を一本一本抜く手間をリアルに物語られて、お互い食べながら、よくこんな話ができるよな〜という気がしたのでした(笑)。
2007年12月15日
白菜の蟹ミルクあん
前にQPで見た料理。白菜を長ネギの薄切りと炒めて酒、鶏ガラスープ、ミルクを足して水溶き片栗でまとめて蟹のほぐし身を入れ、仕上げに卵の白身を泡立てて加えて塩胡椒で味付け。白菜を炒めるときに塩を少々振って水分を引き出すといい。ミルクを加える前に少しトロミをつけて分離を防ぐのがポイント。
昨夜は帰宅が遅くなったので佐世保の銃乱射事件はけさ知った。事件が起きたスポーツクラブ「ルネサンス」の系列店舗がわが家の近所にもあって、私は以前そこに通っていたからなんとなく雰囲気も察せられた。スポーツクラブはどこによらずリラックスモードで無防備な状態だろうから、事件に巻き込まれた人たちのショックはさぞかし大きいだろうと思う。
夕方、美容院に行ってもその話になり、「ホント怖い人多いですから、注意してくださいよ〜」といわれたけれど、どこでどう注意したらいいのかもわからないのがこの手の事件の恐ろしさである。アメリカほどではないにしても、今後のこの手の銃犯罪がまだまだ起きるような気がするし、とにかく人がキレやすくなってるのは間違いなさそうなので、最近は道ですれ違う人にも妙に気を遣ってしまう。たまたまその人がキレる寸前に出会って、うっかり最後のボタンを押してしまうことがないよう、できるだけ注意を払うにこしたことがないような気がするのだ。
それにしても人がこうも壊れやすくなってるのは人間社会に問題があるのはあきらかで、昨日たまたま取材を受けた「週刊文春」の高橋クンとは、「とにかくなんで皆がこんなに忙しくしなくちゃならないんだろうねえ」という話になった。出版業界だけを例に取っても、私が「ぴあ」誌等でライターをしていたときはまだFAXさえなかったから、原稿用紙わずか1,2枚程度の記事を書くだけでも、発注時と提出時の2度も編集者と直に会って何かと話をしていた。スラッシュの進藤さんや守部さんとはその当時の付き合いが今に及んでいるわけで、今日のように一度も顔を合わせぬままメールで依頼されてメールで入稿というようなことは当時は全く考えられなかったのである。
で、こんなに通信が便利になったのだから、時間に余裕が生まれてラクになったかといえば、だれもがゼンゼンそうなってはいないはずで、こと出版業界に限らず、社会のあらゆるところで同様の、便利になったのに前よりもっとタイヘン!というような現象が起きていて、人間という動物が悲鳴をあげているのである。
とにかく、これ以上忙しくするのは生物としての人類を破壊に導くものだと生物学者の長谷川真理子先生も断言なさってたのだけれど、先生自身めちゃめちゃ忙しいみたいでお気の毒だった。私も今年は生半可な忙しさじゃなかったので、来年はもう少しゆったりと仕事をしたいように思うのですが……(^^);
2007年12月16日
江戸前ちらし、ヤリイカと水菜のサラダ
乗馬の帰りに東横のれん街でゲット。
めちゃめちゃ寒ーい1日だったがクラブは相変わらず盛況で、ユニクロのフリースが大活躍である。馬たちも冬毛に生え替わってモコモコしてるが、体温が高くて毛足が短いのにフシギと寒さには強い動物で、今日も元気に快走してくれた。
クラブハウスでは『吉原手引草』を大変面白く読んだというSさんに声をかけられたが、Sさんはかつて池袋にあった三業地(色町)でお生まれになったとかで、先日画家だったお父様の遺品を整理していたら、春画の絵巻物が出てきたので、それを是非見せたいと仰言る。春画は前に日本橋の某画廊で大量に見せてもらったが、軸装されたものは珍しいので、機会があればこちらも拝見したいものだ。Sさんの息子さんは関西でフリーの映画プロデフューサーをなさっていて、現在「宮城野」(?)という映画を製作中とのことで、「私は歌舞伎をゼンゼン知りませんので、名前は聞き逃してしまったんですが、関西で今一番人気のある若い歌舞伎役者さんで撮ってるんだそうです」と仰言ったから、たぶん片岡愛之助主演の映画ではなかろうかと拝察した。
たまたま一鞍目に乗った馬が洗い場でSさんの馬と隣り通しになったので、こうして長々と話していたのだが、そしたらそこへ先日わたしが大迷惑をかけたMさんが現れて「ああ、どうしよう、ボク大変なことしちゃったんですよ〜」と仰言る。「一体どうしたんですか?」と訊いたら「ケータイをトイレに落っことして、そのまま流れちゃったんですよ〜」と、まるでコメディのワン・シーンのような出来事を物語られたが、本人的には笑いごとではささそうでした(笑)。
帰りはまたバリキャリのOさんと一緒になり、先日オススメしたヘレン・ミレン主演の英国TVドラマ『エリザベス』のDVDを買って見たら素晴らしかったとのこと。「で、松井さん的には、今年一番よかったお芝居って何ですか?」と訊かれてウーン…と唸ってしまった。今年は芝居もけっこう見てはいるのだが、自身に色んなことが多すぎたせいもあって、コレぞと押したい芝居は今ひとつなかった、というのが正直なところです。
帰宅して食事をしながらテレ朝の「敵は本能寺にあり」を見る。原作が『信長の棺』かと思っていたら『明智左馬助の恋』のほうだったようで、金子成人の脚本はさすがにきちんとしたセリフだから違和感なく見てられたし、キャスティングもそこそこ渋い、本格派の時代劇なのだけれど、何故かイマイチ面白くなかった。活字で読んだほうがずっといい作品なのだろうと思う。
ところで主人公の左馬助は馬術の達人という設定だから、主演する市川染五郎も馬に乗るシーンがよく出てくるが、後ろ向きで撮られた映像はともかく、あきらかに本人が乗ってるとわかる映像では、どうもこわごわ乗ってる感じで、ちっとも達人には見えないんですけど……なあんて、つい余計なチェックが入ってしまいました(笑)。
コメント(5)
「宮城野」は歌舞伎の手法を駆使した、少し変わった映像になっているそうですよ。たとえば歌舞伎の「だんまり」とかが入っているそうです。先日愛之助丈のトークショウでお聞きしました。
主演は毬谷さん、共演が愛之助丈で間違いありません(^o^)
投稿者 お : 2007年12月17日 00:45
さっそく教えてくださってありがとうございます!それにしても世間は狭いというか、ネット社会は何でもわかっちゃいますね(笑)。
投稿者 今朝子 : 2007年12月17日 07:35
はじめまして。
「吉原手引草」楽しく読みました!
まだ中学2年なので、わからない言葉がたくさんあり、辞書を片手に読みました。
中学校の帰りの学活で
「この本は、直木賞を取った本です!」
と宣伝しておきました。
投稿者 松 : 2007年12月17日 22:39
>わからない言葉がたくさんあり、辞書を片手に読みました。
えらい!
投稿者 今朝子 : 2007年12月17日 23:51
松さん心配しなくて良いよ!!我が家の30歳の娘も「解らへん言葉がいっぱい有った」と云うてました。とにかく完読して読み直せば次に進めます。
私は「源氏物語」を中学の頃から色々な訳者で読み進め、未だに原語は四苦八苦してます。
投稿者 ともちん : 2007年12月18日 00:37
2007年12月17日
鰺の干物、具だくさんの味噌汁
鰺の干物は大家さんから頂戴した小田原産。味噌汁の具は大根、にんじん、油揚げ、こんにゃく、舞茸。
他人はいったい何を考えてるかわからないから怖い……というような気持ちにさせるのは別に佐世保の銃乱射事件に限ったことではなくて、近年とみに増えつつあるのだけれど、自分は一瞬たりともまともでなかったことはないと言い切れる人が果たしているのかどうか、言い切る人がいたらそれこそアブナイのかも?と疑うくらい、現代人は心をハザードに捕らわれやすく、病に冒されるケースがだれしもあるような気がする。
一昨日の晩、久々に電話で話した旧友のKさんは「わたし仮面鬱病になりましてん」と笑いながら話すので、コトバだけで知っていた病気をなるほどと理解した。この1,2年不眠と体調不良に悩まされ続けて、ありとあらゆる検査を受けても原因のわからなかった病気が、ようやくセロトニン不足によるものと診断されたそうで、本来なら精神に障害が出るはずがもろ肉体に現れたかっこうだ。彼女は関西の某大学で教授をしているが、原因はいずこも同じで過度の多忙と人間関係のストレスらしい。こいつが元凶とおぼしき同僚から来たメールを読もうとすると、本当に気分が悪くなって昏倒したという話だから、昔の人が言うようにやっぱり「病は気から」なのだろう。
「今の大学の先生は、どういうことでそんなに忙しいの?」と素朴にたずねたら、「うちの大学は公立やから、これでも少ないほうやけど、入試が7つもあって、それの問題を作ったり、管理をしてるだけで半年は潰れますねん」との答えで、要は少子化のために、多種多様の年齢や国籍の人びとに大学の門戸を開いた結果、教員の負担がどっと増えたのだという。
今や大学といえど聖域とはほど遠い状況で、経済社会の歯車としてギリギリと締めつけられ、組織を維持するために研究は二の次三の次になるという本末転倒ぶりだと聞けば、日本の未来は託せそうもない気がしてしまう。いっそ純粋に、利潤追求型の組織のほうがまだしも健全でいられるのではないか。
ともあれ近年わたしの身近でも鬱病にかかった人がこれで5人目で、それも、えっ、まさか!と思うような本来的には健全な人たちばかりだから、こちらのショックも大きい。とにかく作家という商売は日常的な人的ストレスを最小限に抑えられるという点だけは、非常にありがたいと感謝しなくてはならないのだろう。ただし、綱渡りの人生で、終わり哀れは覚悟の前という度胸がなくてはやれない商売でもあります。
なお電話でのKさんは終始ご機嫌で、一応「おたくの話ブログに書いてよろしか?」と訊いたら「アハハ、そんなん別に構いませんよ〜」とのことでした。
2007年12月19日
バーニャカウダ、鶏のコンフィのリゾットほか
シェイクスピアの翻訳で知られる松岡和子さんとは前にある雑誌の企画でお知り合いになれて、劇場で何度もお会いしているのであるが、家が近所なのでお互い一度ゆっくりお話したいですねといって、今宵ようやく近所のイタ飯屋でそれが実現した。
共通の話題は芝居ばかりではない。なんたって松岡さんは自分の馬をお持ちなのである。ああ、うらやましい〜!御殿場の乗馬クラブに所属なさっていて、これで3代目という自馬の写真を見せてもらったが、これが結構イケメンの馬で、動画も見せてもらったが、とても利口そうな走りをしていて、ああ、うらやまし〜!の連続でした(笑)。
もちろん芝居の話題もあれこれ出て、今年あまり本数が見られなかった私としては、貴重な情報を戴けて有り難かったし、何よりご専門の翻訳についてのお話が拝聴できて有意義だった。中でも非常に面白かったのは「日本語に『未来形』はないんですよ」という話で、翻訳に際して「でしょう」とか「ましょう」とかいうコトバは出来る限り使わないようにしているのだとか。確かにそう言われてみれば意志的な未来を表すのに「でしょう」「ましょう」を使うのはおかしな話であるが、無意識的にそう訳すように刷り込まれているきらいが多分にあるようで、松岡さん自身それに気づいたのは日本版「ハムレット」を英国で上演したときだったという。
たとえばハムレットが死んだあとに親友のホレイショウが、事の顛末をこれから「私が話しましょう」とするか「話します」にするかでニュアンスは全く違ってくる。そのとき舞台ですでに死んだハムレットを演じていた真田広之は、「話します」とホレイショウに言われたことで、死んでも浮かばれるような気がしたらしい。
今日の松岡さんの話によって、翻訳家は日本語の特質に関してある意味で一番敏感にもなり且つ意識的にならざるを得ないという事実を、私は改めて強く認識させられたかっこうだ。
ほかにもキャリル・チャーチルの「クラウドナイン」を翻訳なさったときのエピソードやら、仕事の話のみならず、ステキなご家族の話もいろいろと伺って、4時間があっというまの楽しい忘年会でした(^。^)/
コメント(1)
はじめまして
松岡さんとの会話、とても楽しそうでしたね。
月に2回程の観劇を楽しみに暮らしている私にっとって、
松岡さんがちくま文庫から出版されている「シェイクスピア全集」は愛読書です。
注釈が多くとてもわかりやすいので、新しい発見も多くお勧めです。
松岡さんに幸運にも劇場でお会いすることができ、失礼にも突然お声をかけてしまいました。
それなのにとても気さくにお話をしていただき、素敵なお人柄に感激致しました。
以前埼玉で松井さんと蜷川さんの対談を拝見して、松井さんのお人柄も存じておりますので、お二人の会話がとっても楽しそうだと想像してしまいました。
いつかお二人の対談が実現できないものかと、勝手に期待しております。
投稿者 小黒 恭子 : 2007年12月19日 13:02
2007年12月19日
しゃぶしゃぶ、イカめしほか
スラッシュの進藤さん、守部さんと近所で会食。
韓国大統領選は下馬評通り李明博氏の圧勝で終わりそうだが、日本の田中角栄を想い出させる立身出世譚の持ち主を国民が支持したのは、韓国の現在が日本の70年代並に元気な証拠なのかどうかはともかく、少なくとも日本の現在を覆う病的なまでのアパシーとは無縁だろう。それにしても、これでまたひょっとして現・廬武鉉大統領、さらには金大中前大統領の逮捕という事態も大いにあるのがこの国の怖さだよね〜という話になった。政治がいまだ原始的なともいえる権力闘争の場となってるのもどうかと思うが、業界的馴れ合い政治と化した日本の不幸も救いがたいものがあるのでした(--)〟
2007年12月20日
燻製の盛り合わせ、シーザーサラダ、魚介のグラタンほか
明日は京都出張で早朝に発つので料理を控えて、スラッシュの守部さんと外食するつもりで事務所を訪ねたところ、守部さんの学生時代のお友達と近所の「燻製屋ヌーベ」でご一緒することになり、食品会社の女社長であるそのお友達に、なんと私まで厚かましくゴチになってしまう(^^)ゞという超ラッキーな晩ご飯でした。
昼間は講談社の堀さんがあらわれて新聞連載した『そろそろ旅に』の単行本化について打ち合わせ。なんとか3月末に出版できるようスケジューリングして、書き改める点についても何かと相談に乗ってもらった。堀さんとは連載時のかなり前からお会いしてるのでけっこう長いお付き合いになる。お会いしたときはたしか文芸誌から単行本の部署に異動されたばかりで、担当を引き継いだ国兼ブチョーに「今はまだ日が浅いので彼女も不馴れな点があるでしょうが、松井さんの本を作る段階ではそれなりに腕をあげてるはずですので」と言われたのをよく憶えている。そういう国兼ブチョー自身も、私の担当になったときは週刊誌から単行本の部署に異動したばかりの駆け出しだったのを思うと、そう長い年月が経ってるわけでもないのに隔世の感があった。で、この間に彼女のほうは佐藤多佳子氏の担当として『一瞬の風になれ』という大ヒットを飛ばしてもいるのだけれど、わたし的には新聞連載中に何かとフォローしてもらって大助かりだった。一見タカラヅカの娘役がピッタリくるような楚々たるお嬢様っぽいキャラなのだけれど(実は既婚者)、意外や意外ちょっとやそっとでは動じないオオモノで、精神的に相当きつい連載期間中は彼女に本当によく支えてもらって、いうまでもなく国兼ブチョーより(笑)はるかに頼りになる編集者なのでした。
コメント(4)
はじめまして。
本日、やっと手に入れた(どこにも売ってなかったんです;)「仲蔵狂乱」を読み終え、どうしても感想が言いたくて書き込みさせて頂きました。
おもしろかったです。もう、とにかくおもしろかった。本当に夢中で読みました。一気に読むのがもったいなくて、我慢しながら(?)、朝夕の通勤電車図書館の楽しみにして読みました。
「吉原手引草」→「家、家にあらず」→「非道、行ずべからず」→「東洲しゃらくさし」→並木拍子郎シリーズ→仲蔵と読み進め、読むほどに引き込まれて行き、
久しぶりに先が読みたくてたまらないのに、終わりに近づくにつれて読み終わりたくない気持ちになる本と作家に出会えた喜びでいっぱいです。
私にとって今年一番の”出会い”になりました。
明日からはもう一回「仲蔵狂乱」の好きなくだりを読みます。それも楽しい。
投稿者 のりすけ : 2007年12月21日 01:31
>一気に読むのがもったいなくて、我慢しながら(?)
同感!
私も残り三分の一くらいになると
一日5ページずつ!と決めて読んだりします
ついつい枚数オーバーしてしまいますが。
それでもあと2冊で
出版されている本は全て読了になるので
お正月はじっくりゆっくり今まで読んだ本を再読するつもりです。
あとはこのブログを楽しみに!
投稿者 天 : 2007年12月21日 08:27
いきなり失礼いたします
小生が書いておりますブログ(現在落語論)で 落語の中に
鰻や蕎麦・饂飩鮨が多く出てくるのに お稲荷さんを除いて
握り鮨が出てこないのは どういう理由なのか分らずに 困っ
ております 松井先生がお解かりでしたら お教えいただくと
幸いと考えコメントいたしました 無礼をお許し下さい
投稿者 Arthur・Coachan : 2007年12月21日 12:05
>握り鮨が出てこないのはどういう理由なのか分らずに困っております
ウーン。そうなんですか。いわれてみると確かにフシギですね。私にもわかりませんが、今度何かの折に友人を通じてでも、落語家さんに訊いみますね。
投稿者 今朝子 : 2007年12月22日 10:38
2007年12月21日
美々卯のうどんスキ
今日は年内最後出張で、午前中に京都入りして、午後一で17代目永楽善五郎師とご自宅で対談をした。これは表千家家元の古希記念展示会が来春早々に高島屋で開催されるに当たってのイベントで、一応表千家に入門している私としてはお断りもしづらいし、永楽さんのご自宅とわが実家はご近所で、当代の善五郎師とは何度かお目にかかったものの、きちんとお話をしたことはまだ一度もないので、これを機に何かとお話が伺えたらありがたいという気持ちもあったのである。
茶道を嗜む方には説明不要かと思うが、永楽善五郎は千家十職のひとりである。千家十職とは茶釜や茶碗やその他もろもろの茶の湯に関わる道具を十人で手分けして作っている職人集団で、家元が代々世襲されるように十職も代々世襲で続いており、いわば家元を王と仰ぐ騎士団のような存在なのだが、今どき天皇家でも公然とこうした関係はないはずで、世界でもあまり類例をみない特殊な立場の人びとである。当代の善五郎師もその特殊性を十分意識なさってはいるようで「他国では聞いたことありませんが、タイの王室の周りにはちょっと似たような感じの人たちがいるそうですわ」と仰言った。で、その十職の人びとは、家元のために茶道具を作るのがメインの仕事で、その合間に作った品を他の人にお裾分けする、といった感じなのかどうかは知らず、永楽さんの作品を一般人が買い求めたら一つあたりン十万はおろか、ン百万!するものが少なくないのだった。
そんな方をつかまえて、「こういう家の跡継ぎになるのはイヤだと思ったことありませんか?」とか、「子供のころ、お父さんが焼いたお茶碗をうっかり割って叱られたことあります?」とか、「失敗したお茶碗は、その場で叩き割ったりするんでしょうか?」とか、私はここぞとばかりおバカな質問を浴びせたが(笑)、全部きちんと丁寧にお答え戴いた。とても親切でやさしいお人柄なのである。
とにかく特殊な家に生まれ育った方ではあるが、ご自身は若いころ東京芸大で日本画を学び、釉薬のさまざまなデータを取って、それを元にまず90%は仕上がりが予想できるという極めて合理的な製作方法を取っておられるし、焼物にする土の仕入れ方法や、意匠の考案に関わること、家元と日頃どんなふうに付き合っているのか等々、極めて貴重な話を面白く聞かせてもらった上で、茶道においては伝統の中に自らの個性を打ち出していくことがいかに重要なのかを、私は改めて認識させられたのである。
対談終了後、ひとまず実家に立ち寄ったが、なにせ年末の決算時でてんてこまいだから親とゆっくり話もできす、早々に退散して、同行したスラッシュの進藤さんと一緒に「美々卯」で食事をして引き揚げました。
コメント(2)
松井さんも表千家さんでしたか。もう30年くらい前に四方棚までお稽古して、それから私ははたまにしかお稽古していませんが、時間が急く中、ずっと続けておられるのですね。
お茶を立てる、頂く、時間は止まって何よりも「癒し」だと思うので、叉お稽古したくなりました。
楽善五郎氏に松井さんがお尋ねになった事、私も訊いて見たかった事です(^o^)
投稿者 お : 2007年12月22日 21:55
>私も訊いて見たかった事です(^o^)
家を継ぐのがイヤだと思ったことはないそうです。
子供の頃にお茶碗を割ったこともないそうです。
失敗作はその場ではなく、ある程度たまったところでまとめて割るそうです(笑)。
投稿者 今朝子 : 2007年12月22日 23:13
2007年12月22日
豚しゃぶ
われながら安易だなあと思いながら、寒いのでコレにした。
けさ目覚めたらなんと9時をまわっていて、寝過ごした日にありがちなことだが、気も躰もゆるんで仕事がさっぱり捗らない。1本のエッセイすら書き上げられずにボーゼンとする始末だ。昨日の疲ればかりでなく一年の疲れがどっと出てきたのだろうが、なんとかあともうひと踏ん張りしないと年が越せません(--);とにかく明日は乗馬に行って、まず躰からビシッとさせたいものです(笑)。
ところで勘定奉行こと中村京蔵丈の芸術祭新人賞受賞を今日知って、早速おめでとうメールをした。初参加なのでご本人は受賞にびっくりしたそうだが対象となった「海人二題」は彼が持ち出しで長年続けてきた自主公演でも出色の舞台だったので、応援団のこちらも嬉しく、心からお慶び申し上げる次第だ。
2007年12月24日
鶏の丸焼き、ビーフシチュー、水菜のサラダ、パスタ各種ほか
23日の夜は乗馬の帰りに福光邸のクリスマスパーティに参加する。元ミセス副編集長の彼女は健啖家だし、仕事がら食器、食材の知識量も豊富だから料理はプロ級で年に1,2度その腕前を披露してくれる。お味もさることながら量もど〜んと出てきて毎度完食できずに残念な思いをするが、今回は葡萄酒を丸ごと1本使ったというビーフシチューがあまりにも美味し過ぎたので、残った分をずうずうしくお土産に持ち帰らせてもらいました(^^)ゞ
ごく内輪のパーティで、元会社の同僚や親友のイラストレーター百田まどかさんのほか、ご自身の実のお兄様ご夫婦もおいでになり、お兄様とは何十年ぶりかにお目にかかって非常に懐かしかった。
大学の先生をしてられるお兄様が「近ごろの大学生は日本地図も描けないんですよ。北海道はなんとかカタチになるけど、四国なんかゼンゼン」と仰言れば、今度は医師の奥さまが「今は産婦人科や小児科の先生が足りなくて困るという話ばっかりしてますけど、見ててごらんなさい、あと10年もすれば、外科の医者がいなくなりますから!」などと、恐るべきニッポンの未来も語られながら、全体にほんわかムードで和気藹々とお話できたのは、福光さんとそれを取り巻く方々のお人柄だろうと思う。なのでアッと気づいたらなんと午前をまわっていて、帰宅したのは2時過ぎ!でした。
コメント(1)
早速に楽氏の質問のお答えを書いて頂きありがとうございます。
やはり、あれだけのお家の跡取として育たれるとお茶椀も粗雑に扱う事無く、叉家業に誇りを持たれていたのですね。
数日前に、30歳のお嬢様が松井さんの御本が難しいと言われていると言う書き込みが御座いましたが、今「辰巳屋疑獄」を読んでおりまして、自分のもの知らずに愕然としています。
元、大阪市福島区亀甲町に本籍地があった5代前からの大阪人で先祖は商人でしたが、まあ大坂の商人の暮らしよう、商い、殆ど知らない事ばかりが書かれていまして、目から鱗をパラパラ落としながら読んでいます。
投稿者 お : 2007年12月24日 22:20
2007年12月24日
明太子スパゲティ、蟹サラダ
クリスマスイブに蟹サラダはともかく、明太子スパってどうよ!といわれそうだが(笑)昨夜はごちそう攻めであきらかなカロリーオーバだったから、今宵はその反動であっさり系の安易な献立になってしまった。
それにしても買い物に出たら、近所のKFCにずら〜っと行列が出来てるのを見て、これまた安易だなあと思わずにはいられなかった。クリスマスがいつの間にかKFCを食べる日になってしまったのはカーネルサンダースがサンタクロースっぽいからなのだろうか?ところで日本人がサンタクロースというものを初めて見たのは明治7年だが、最初はどんな恰好をしていたかを知りたい方は『銀座開化おもかげ草紙』をお読みください。これはあきらかな宣伝でした(笑)。
ともあれ3連休に組み込まれたクリスマスで巷は大賑わいなのだろうけど、私はそんなの関係ないっ!てな感じで朝からずっと原稿に取り組んだおかげで、年内入稿分は完全に片付きました(^^)/あとは余力で前倒しをしてお正月をゆっくりと過ごせればいいのだけれど、その前に今年は色んなことの整理がドッサリ溜まってて、まだまだ予断は許しません。
コメント(1)
なんと!私も今日明太子スパゲティを食べました。私は寒いとお腹がすくタチでして、3時からの稽古の後次の稽古までの間小腹がすいて、いつもはお握りかパン一個くらいでOKなのに今日はそれではとても足りず、パスタにしました。で、稽古が終わってPCに向かい、ここにアクセスしたらいきなり「明太子スパゲティ」で、一瞬だれかに覗かれているのでは、と思ってしまいました(笑)。
ちなみに私は明太子にレモン汁と小口切りにしたあさつきをたっぷり乗せて食べるのが好みです。
今年一年本当にお疲れ様でした。どうぞよいお年をお迎えください。
投稿者 越京 : 2007年12月25日 20:48
2007年12月25日
ポークカレー、根菜の炒め物、イカのマリネ
今日は朝から本の整理をして、ゼンゼン片付かないまま近所の総菜屋でゲット。
以前このブログにも書いた気がするが、私が小学生のころ「図書館ごっこ」という独り遊びをしていた話をすると、相手は一様に、ああ、この人は昔から本当に自閉症ぎみのヘンジンだったんだ……と気の毒そうな顔をする。自分の本に分類記号と図書カードを付けて、貸し出すときにちゃんと記録するのだが、借り出すのはいつも私1人という遊びだった(笑)。で、なにせ子供で蔵書が乏しいから、同じ本を何度も借りる(?)はめになり、最高で60回以上も貸し出した本があった。ちなみにその本は宮沢賢治の短編集で、方言が難しくて何度読んでもわからなかったからしつこく借りたのだった。
要はそんな遊びをするくらい、私はそもそも本の整理が好きなのであるが、このところずっとそれを怠っていて、今年の後半はとくに忙しかったから、気がつくと資料も何もかもムチャクチャである。で、とにかく書庫の中をなんとか通れるくらいの隙間を残して書棚をびっしり並べることにした。資料は重い本が多いので、作り付けの本棚でない限り、結局は堅牢なスチール製が一番だから、まず2つ買い足して今日はそれを組み立てるところから始めたのである。
乗馬で筋力がついたせいか、案じられた組み立ては意外にすんなりいったものの毎度新作のたびに購入する資料の山もさることながら、自分の本まで今年は増刷が重なったので異常に増殖してるし、もちろん他人様のご本も読んでいるから、それら全部を分類して棚に収める厄介さは想像以上だった(--);
もともと分類しないと気が済まないたちなので、資料以外でもこれは演劇書の棚、これは海外文学の棚というふうにおおざっぱに分けた上で、著者や内容でさらに細かく分類をするのだが、判型がまちまちなので、同じ分類なのに判型が違って同じ棚に収まらなかったりすると、ついカッとなるのである(笑)。
悪戦苦闘の末に、まだ足の踏み場もない状態のまま放り出して、さっきマッサージに行ったら、「この凝り方はすごいですね〜今年わたしが受け持ったお客さんの中でダントツのナンバーワンですよ!」と言われたが、そんなナンバーワンちっとも嬉しくありませ〜ん。
コメント(3)
来年の2月号「家庭画報」にお父様達お店の方が載ってました。前から一度お聞きしたかったんですが、お父様が巨人の川上哲治さんがお好きなんで屋号を「川上」にしたと云う話を聞いた事が有るんですが本当ですか?
投稿者 ともちん : 2007年12月26日 20:39
「図書館ごっこ」という言葉で、私も小学生の頃似たような事をした、と思ったのですが、分類記号と図書カードを付けて記録して遊ぶとは、作家になる方は、子供の頃から違うんですね。私のは、近所の子達に持っている本を貸しただけでしたから。私も本の並べ替えが大好きですが、常にグチャグチャで、好きと上手いのは私の場合、別なのですが、年末でもあるし、明日にでも又、しなくては。読書家の亀治郎丈は、出版社別・作家別・サイズ別に並べ、本の高さまで揃えないと、気がすまないそうですが、それにはスペースが必要でしょうし、うらやましい気がします。
ところで、「宮沢賢治の方言が難しくて、何度読んでも分らなかった」というくだりで、(おお!教えて差し上げたい!)と、又、メールを書く次第です。母方の曽祖父は小学時代の賢治を教えて、その息子である大叔父は賢治の教え子、一方、母方の祖母は乳兄弟でした。90才近い伯母は子供の頃、賢治が夜、訪ねて来たのを覚えてるそうです。私の高校時代、国語の教科書の「永訣の朝」は、数十キロ離れた県南出身の先生も、うまく読めず、アクセントやイントネーション、微妙な発音など独特なようです。私は松井さんと同世代ですが、大学で東京に出て来るまで、祖父母と一緒に暮らしてたので、花巻弁は今もネイティブ(笑)で、「しつこく借りた短編集」は何だったのかな、と気になりました。
投稿者 ウサコの母 : 2007年12月26日 21:44
>ともちんさんへ
川上哲治ファンだったのは母のほうで、母の実家(大阪にあった大野屋という旅館)の顧客だったので、名前を使わせてくれとご本人に頼んだという話を聞いたことがあります。ところが父に話を訊くと、最初の店が高瀬川のほとりにあったので「川上」にしたとのこと。たぶんどっちも本当なのでしょう(笑)。
>ウサコの母さんへ
「風の又三郎」がメインタイトルになってた本で、私がゼンゼン理解できなかったのは「水仙月の四日」という短編です。
投稿者 今朝子 : 2007年12月26日 23:37
2007年12月26日
ラ・ボンバンス
今年度最後の会食はなんといっても『吉原手引草』版元の幻冬舎である。見城社長以下、石原氏、永島氏、ヒメこと木原さんとの5人で西麻布の和風創作料理に舌鼓を打った。福田屋で修行したという岡元シェフは欧風の贅沢な素材をふんだんに使いつつ、和のテイストを活かしたきめ細やかな料理を披露。まず焼き白子の入った蕪スープの味わいがみごとだし、虎河豚のリゾットにたっぷり散らしたリゾットや、フォアグラのソテーと揚げ海老芋にそぼろあんをかけたものや、マスカルポーネを使ったイカめし等は意表をつかれつつも、どれも口に入れるとしっくりきて、実に豊潤な味覚を堪能できた。穏やかそうなお人柄にお見受けするが、料理人としてはなかなかの冒険家で且つスタイリッシュである。
見城さんとまともにお話しするのは意外にも今度が初めてだが、業界の色んな話を率直に語られて、「この前ある会合で文春の某さんと会ったら『松井さんはもしかして文春がお嫌いなんでしょうか』と言ってましたよ」との話にびっくりしつつも「まあ、男尊女卑と保守反動の権化みたいな出版社に見えたので嫌ってたのは確かなんですけど」と答えた私も私である(笑)。
面白く聞かせてもらったのは作家にまつわるエピソードの数々で、五木寛之氏が幻冬舎の社名を考案されたときの話や渡辺淳一センセイの女性観、故半村良氏の無頼ぶりや、故中上健次、有吉佐和子のキレまくりぶり、そのほか名だたる作家の、もの凄く面白いけどここでは絶対にバラせない異常さを次々と物語られた上で「作家というのは、やっぱりみんなどこかフツーでは折り合いのつかないものを抱えてる人たちで、付き合うのは大変だけど、だからこそ僕なんかは生きてるのがウレシイんですよね」と仰言ったのは本音だろうと思う。残念ながら私は、だからこそ作家に成りたくなかったわけだし、あんまりお近づきにもなりたくないという、フツーの常識人なのであります(笑)。
写真上段は前菜であん肝のコロッケとヤリイカめし生湯葉と生うにのあんかけ、中段はフォアグラソテーと海老芋のフリットそぼろあんかけ、下段は蟹肉とからすみの盛り合わせ。
2007年12月28日
豚しゃぶ
27日の夜は米朝事務所の大島さんと一緒にシアタークリエのこけら落とし公演「恐れを知らぬ川上音二郎一座」を見た帰りに有楽町で食事。
ふたりともこのクソ忙しい年末にわざわざ出かけたのは、旧芸術座がどのように生まれ変わったのかを見たかったからでもある。ホテルの地下にできた劇場は旧芸術座と打って変わったスタイリッシュな劇空間で、三谷幸喜作品でオープンするのも好企画といえるだろう。ただしユースケ・サンタマリアと常磐貴子主演はいくらなんでも無理がありすぎで、ハメ書きが得意な三谷も相当な苦戦を強いられたに違いない。結果、ほとんど主役は印象に残らず、戸田恵子や小林隆、阿南健治といった、三谷作品常連の脇役陣が舞台を支えるかっこうだ。中でも出色の出来だったのは、ヒロインの川上貞奴が日本初の女優となる瞬間に立ち会ってあの世に旅立つ女形というめちゃめちゃオイシイ役を演じた浅野和之である。この人は何を演じても達者な男優だが、「女形」というマカ不思議な存在が、ここまでリアルに且つ客観的に演じられた例は他にないような気がする。女形に対する憧れと真似から出発した「花組芝居」の加納幸和とは違った批評性が感じられる分、私には浅野のほうがはるかに面白く感じられ、彼を見るだけでもお金を払う値打ちは十分あるように思ったのだった。元歌舞伎役者のマネージャーをしていた大島さんも大受けで「スゴイね〜ホントにああいう人いるよね〜」と互いにささやきながら見ていたのである。主演を替えてぜひ再演を望みたいものです(笑)。
コメント(1)
そんな事よりブットさん。同い年ですよ・・・。我々は最低に見掛け倒しの軟弱女です。
投稿者 中村まりりん : 2007年12月28日 22:22
2007年12月28日
バラ寿司、アスパラとブロッコリーのサラダ、ワカサギのマリネ
整体治療の帰りに東横のれん街でゲット。
今年が何とか乗り切れたのも、ジモン先生のおかげです、と思わず言ってしまったくらい、ハードでスリリングな1年もようやく無事に暮れようとしている。
前半のハイライトは、なんといっても萩尾望都さんたちとご一緒したガラパゴス旅行である。 こないだ本棚の整理をしたら「生物コーナー」と呼びたいような一連の書籍群があって、いずれもガラパゴス旅行前後に集中してゲットした代物だった。
去年は新聞連載と雑誌連載が重なって、ずっと目先の仕事に追われていたので、今年はガラパゴス旅行を皮切りに、少し世の中を俯瞰した感じで色々な思索にふけりつつ、仕事を少し抑えてもっぱら蓄えの時期と設定していたにもかかわらず、初夏の頃からバタバタし始めて、真夏以降は俯瞰どころか疾風怒濤の渦に巻き込まれて
しまい、溺れなくて済んだだけまだましだったとしかいいようがないのだが、去年に増して目先のことを片付けるので精一杯の状態だったから、世の中の動きに多少とも鈍くなった感じは否めない気がする。
そんなわけで一昨日暗殺されたブット元首相と自分が同い年だということにも、中村まりりんさんのブログ投稿でやっと気づいたのだが、彼女が演説している映像をたまたま今日見てその凄まじい迫力に圧倒されながら、およそ今日の日本とはかけ離れた政治風土を感じた上で、日本が斯くもくだらない政治家ばかりなのに、それでも国家の体裁をなんとか保ってられるのは、ある意味で幸せというべきなのかもしれないなあ、などと皮肉なことを考えてしまった。
それにしても、同い年だからといって何もまりりんや私がブット女史に張り合う必要はないと思うのだけれど(笑)、世界はいうに及ばす、アジアの中だけでも日本の女性政治家が全くパッとしない原因は奈辺にあるのかと考え出すと、これはただ単に政治風土だけでは片付けられない日本の男女関係全般にわたる大問題に発展しそうだから、ここで一気に答えを導き出すのはやめにして、小説やエッセイの中で小出しにしていこうと思っております。
コメント(3)
張り合えない。でもスー・チーさんとかブットさんは大好き。日本人でただ1人マザー・テレサの葬儀に出た土井たか子さんにもっと頑張って欲しかった。エッセイ楽しみにしてます。
投稿者 中村まりりん : 2007年12月29日 02:49
今朝子さん、今年は大変な一年でしたね。本当におつかれさまでした。また来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。ちなみに今年のお節もとても良い出来です。楽しみにしておいてください!では、良いお年を!
投稿者 加藤 : 2007年12月29日 20:31
一介の主婦がなんですが、私もアウンサン・スーチーさんやブットさん大好きですし、土井たか子さんにはもっと頑張って欲しいです。
小説やエッセイの中で日本の女性政治家が何故パっとできないのか?解明して下さいます事を期待してます。
「辰巳屋疑獄」面白かったです。防衛省でも幹部の人数だけお買い上げ頂けばよろしゅうございますのに。
投稿者 お : 2007年12月29日 22:42
2007年12月29日
鰻丼、根菜サラダ
乗馬の帰りに東横のれん街でゲット。
ええっ!とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、年内の予約を消化するために、本日も乗馬に出かけてしまった私であります。ずっとお世話になっていたインストラクターの方に「松井さん、いいかげん上(のクラス)に進んでください」と言われ続け、今日ようやくなんとかクリアできました(^^)ゞ で、いくらなんでも今日のクラブはガラガラだろうと思っていたら、結構たくさん来ていてビックリ!みんな他に何かヤルことないのか〜!なんて他人のことは言えませんでした(笑)。
それにしても今年の下半期は多忙を極めたにもかかわらず、週一の乗馬はほとんど欠かさず、半分意地のようになって通ってました。躰は疲れても、精神的には乗馬でリセットできたからこそ、この半年を乗り越えられた気がします。
というわけで年内は今日が乗り納めですが、新春早々にまた出かけたいと思っておりますので、馬トモの皆サマ来年もよろしくお願いいたします。
コメント(1)
見極め合格、おめでとうございます。
年明け早々から、広い馬場での寒風を切っての駈歩ですね。
今からワクワクしていらっしゃるのではないでしょうか。
今朝、66歳の日本の方が馬場馬術でオリンピックに出られるかもしれないという朝日新聞の記事を見て、乗馬というスポーツをやっていて良かったと実感しました。
来年50歳を迎える私でも、当面は(健康とお金さえ続けば)乗馬をやり続けられそうです。
来年もよろしくお願いいたします。
投稿者 馬トモのM : 2007年12月30日 18:02
2007年12月30日
オムライス、野菜サラダ
大掃除の合間に近所で食事。それにしても、ただでさえ忙しい年末に日本人が一斉に大掃除するようになったのは意外に最近のことなのではないか。昔は師走にすす払いはしたけれど、昭和初期の頃まで、大掃除は春か秋のものとされていたようで、考えてみれば商家にとって大晦日は大勘定期だから、大掃除どころの騒ぎではなかったはずである。おそらく掛け取りという習慣が廃れたのと軌を一にする現象なのかもしれない。
ともあれ私は大掃除に取りかかる前にまず写真やら何やら色々とたまったものを整理するうちに、今年は本当によくあちこちに出かけたし、例年の数倍増しで多くの方にお目にかかったことを振り返って感無量だった。
ああ、今年はこんなにも大勢の男性諸君とお会いしたのに、色目を使ってくれたのは結局ガラパゴスクルザー乗組員のミゲル君だけだったのか〜なんて50過ぎのオバサンがぼやくのは厚かまし過ぎるのですが(笑)、冗談はさておき、今年はふだんお目にかかれない大勢の方々とも、このブログを通じてコミュニケーションができるということを再認識させられました。なかでもN賞の受賞直後にお寄せ戴いたお祝いメールを再度拝読し、改めて皆様の応援を改めて有り難く感謝しつつ、今後とも長きに渡るお付き合いとご支援を願っております。
ところで今年はわが旧友であり仕事のマネージメントを依頼しているスラッシュの進藤さんのお父様が春に急逝されて、秋田にお住まいだったご高齢のお母様を東京に引き取って新居を構えられ、その新居にお伺いして年越しをする関係で、大晦日はブログをお休みし、新年は早くも元旦スタートの予定ですので、またよろしくお願い申し上げます。では、皆様、良いお年を!