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2007年08月29日
苫舟の会
幻冬舎のヒメと校正者の渋谷さんはN賞パーティの3次会で吾妻徳弥さんと親しく話をされていたようで、「28日は渋谷さんと一緒に徳弥さんの息子さんが出られる踊りの会を見に行く約束をしました」とヒメに聞かされて、私としても放っておくわけにはいかなくなり、徳弥さんに電話をかけて何の会なのかと訊いたところ、現八世藤間勘十郎が主宰する「苫舟の会」だという。苫舟は勘十郎の筆名で、自ら作・演出・振付を手がける研究会なのだそうだ。現勘十郎については、なかなかの才人だという噂を耳にしており、そちらの興味もあったので、自宅で各雑誌等の取材を受けてから、ヒメと同行して日本橋劇場に足を運んだ。
で、徳弥さんの息子=中村壱太郎が出演したのは『新書小町桜容彩(いまようざくらすがたのいりどり)』と題し、人気舞踊曲『積恋雪関扉』に前場を付けたいわば復活狂言だが、これが実によくできていて、新勘十郎の才気と実力を窺わしめるに十分な作品だったといえる。
そもそも「関扉」は『重重一重小町桜』という天明期の顔見世狂言の大切り所作事で(拙著『仲蔵狂乱』参照)、台本はもう残っていないが、当時の「評判記」等でかろうじて粗筋だけが伝わっている。新勘十郎はその粗筋を元にして台本を書き、自らが大伴黒主をつとめ、まだ十代の若手歌舞伎役者中村梅枝と壱太郎に2役を演らせて、みごとな復活を成し遂げた。配役を変えるか、2人の成長を待った上で、このまま歌舞伎座の舞台にかけても通用する作品だ。歌舞伎座の座付き振付師を運命づけられた藤間宗家に、こうした才人が現れたのは歌舞伎界の将来にとって大変に心強いことだと、関係者の皆さんはお慶びだろうと思う。
現在上演されている「関扉」には、ふいに鷹が飛んできて「二子乗舟」と血汐で書いた片袖を良峰宗貞に渡すという、これだけだと全く意味不明のシーンがあるが、「関扉」の場の前に宗貞の弟安貞が乗った躄車を恋人の墨染が曳いて登場する『箱根霊験躄仇討』風の場面が付いて、何よりまずストーリーが非常にわかりやすくなった。この場の大詰は安貞の立回りと切腹で大いに盛りあげ、安貞役の壱太郎も相当に健闘している。しかし肝腎の「関扉」の場で小野小町役にまわるといささか腰高が目について、女形としてはまだまだ不安定な感じがぬぐえない。片や一日の長ありと感じさせたのは宗貞と墨染の大役を若年ながらもみごとに演じ分けた梅枝で、私は彼の頼りない初舞台を見ただけに、成長ぶりにほとほと感じ入った。このまま順調にいけば、きっと親父の時蔵よりもいい役者になるだろうと今から予言しておきたいくらいである。
黒主役の新勘十郎はへたな役者そこのけの愛嬌をたっぷり備え、むろん舞手としても達者なところを存分に発揮したかっこうだが、この長尺な舞踊大曲を、素踊りで且つ未熟な若手役者2人を擁しつつ、全く
飽きさせずに見せた点が実に素晴らしかった。地方の常磐津や端役に至るまでメンバーの揃え方も充実しており、そのプロデュース能力も高く評価できる。
帰りは3人で人形町の「喜寿司」に行って江戸前の鮨を堪能したが、私はうっかり写真を忘れて、申しわけに電光看板を撮りました(笑)。
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コメント (1)
はじめまして、Doloresと申します。
ときどき拝見させていただいており、
はじめてコメントをさせていただきます。
この会、梅枝さんが出られるということで気になっていたのですが、参上できず、残念に思っておりましたところ
梅枝さんが褒められていてとても嬉しく思いました。
梅枝さんは昨年あたりから、めきめきと上手になられ、
あの年代の役者さんの中で最も注目しております。
昨年「船弁慶」だったと思いますが
義経役を務められ、
しどころがない難しいお役ですが
悲劇の御大将の風情を出していて
将来が楽しみに思われました。
またお邪魔させて頂きます。
投稿者 Dolores : 2007年08月29日 13:14