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2007年08月08日

ロマンス

世田谷パブリック・シアターで井上ひさし作『ロマンス』を見る前に近所で食事。
「かもめ」「ワーニャ伯父さん」「三人姉妹」「桜の園」の4大名作によって日本の近代劇壇に多大な影響を与えたチェーホフの一生を綴ったこの芝居は段田安則、生瀬勝久、木場勝巳、井上芳雄、大竹しのぶ、松たか子といった芸達者をずらりと揃えての上演だけに、これで面白くなかったらどうしてくれる!と逆に心配されたくらいだが、近年の井上戯曲の中では求心力もあって完成度が高い作品で、3時間という長さをあまり感じさせなかった。それは何よりも戯曲のコトバが説明的にならずにうまく流れているせいだろう。その分チェーホフの伝記劇というふうに見れば多少わかりづらい面があり、むしろチェーホフ作品を通して彼が目指したものは何だったかを探るディスクールと捉えたほうがよさそうだ。前半は帝政ロシア崩壊時の現実がエピソードで綴られる中で、チェーホフが見つめたもの、目指そうとしたものが語られてゆく。現実が苦に満ちたものであればこそ人は笑いを必要とし、当初その笑いを生みだすことを目指したチェーホフが、抒情的な短編の名手として「文学」に取り込まれていく過程で舞台に救いを求めたという切り口は、同じ劇作家井上ひさし自身のある意味で自己表白とも受け取れなくはない。
 かつてよくチェーホフ劇は果たして喜劇か悲劇かという問題が日本の劇壇で論議されたが、井上作品はこの問題を中心に据えて、作者自身は「喜劇」を志向したにもかかわらず、初演のスタニスラフスキーの演出で抒情的な悲劇と誤読された点を強調し、そのやりとりを敢えてボードビル風に処理した後半の終わり近くは圧巻で、なにしろ前半は大竹が後半は生瀬が芸達者ぶりを存分に発揮してボードビル的演技を披露してくれたのが上演成功の大きな要因だろう。ただしラストシーンは妙に理に落ちて且つセンチメンタルで、あきらかに蛇足の感がぬぐえなかった。その昔『イーハトーボの劇列車』でも私はラストが蛇足で戴けないと思ったし、今回も同様の感想を抱いてしまったが、この点は好きずきで、井上戯曲ファンの中でも意見は割れるところだろう。
 ところで全然話変わって、幕間のロビーで江波杏子さんに「ファンです」と言って握手を求められたのはビックリ!で、なんだか妙に嬉しかった。秋山奈津子さんもご一緒で、ご両人ともカッコよくて好きな女優さんで、往年の江波さんには「こちらこそファンです」だし、秋山さんにも「よくお舞台を拝見してます」と正直に言えるのが有り難かった。ほかにも松竹の我孫子専務やライターの徳永さん、土井さん、文春の内山さん、もちろんシス・カンパニーの北村さんと、とにかくやたらと人に会う久々の観劇でありました。


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コメント (1)


こちらこそ、劇場でお会いできるなんて、先日の書き込みが杞憂だったと思えてとてもうれしかったです。
私、実はあまり期待せず(笑)に出かけたのですが、帰り道、数人の知人にメールを送ったくらい大満足でした。でもやはりラストの1曲は、劇中のチェーホフの「明日を楽しく生きるための芝居」とは逆方向にハンドルを切られたような、演劇における喜劇のコンプレックスを急に吐露されたような、ちぐはぐな印象を受けました。
残暑ではなく酷暑お見舞いを申し上げたほうがいいような毎日ですが、お体ご自愛の上、ご活躍ください。また劇場で。

投稿者 トクナガ : 2007年08月09日 02:59

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