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2007年03月04日
海老サラダ、もっちり豆腐、昨日つくったチラシ寿司の残り
乗馬の帰りに東横のれん街でゲット。
今日はもう春うららどころか暑くて顔から汗が噴きだす乗馬であった。今からこれでは夏がコワイ。
2鞍目に乗ったのは去年の夏に落馬して以来ずっと当たらなかった馬で、半年ぶりのリベンジと相成ったが、馬装しているときにこちらの顔を妙にジィッと見つめるので、いくら記憶力が良いといわれる馬でもまさか半年前のことを憶えてるはずはないのだけれど、しばしにらめっこで応じてやったら今度は頭をぐいぐい押しつけてくる。もともと人なつっこい馬で、要は顔が痒いらしいとわかり、掻いてやったら鼻の下を伸ばして実に気持ちよさそうにしていた。
ところで「黒幕」とか「さしがね」とか「どんでん返し」というコトバはそもそも歌舞伎のタームが一般用語化したものであるが、馬に関する用語で一般化したのも相当たくさんあるように思う。らちがあく、あかないの「らち」はそもそも馬を囲う柵だというのは知っていたが、古語のように思い込んでいたそれが今でもちゃんと乗馬の用語として使われていることに最初は驚いたものだ。で、馬が気持ちよさそうにすると鼻づらの下の部分がビローンと長く伸びるので、これも最初見たときはビックリしつつ、なるほど「鼻の下を伸ばす」というコトバはこれから来たんだ!と思い当たったのであります。
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コメント (4)
南座にて花形歌舞伎「霧太郎天狗酒もり」を見て来ました。「並木正三」と言う作家の事がパンフレットに書いて有りましたが、今朝子先生の「並木拍子郎」はこの人の縁の人ですか?
芝居の善し悪しですが、前から上演されてなかった演目の掘り起こしは、上演されて無かった理由が有るのかな・・と思わすぐらい筋書きが面白く無いです。
勘太郎君も「顔見せ」で見せてくれた踊りの力(とっても良かったです)を発揮する場面が無かったのが残念でした。
投稿者 ともちん : 2007年03月05日 12:39
>ともちんさんへ
>「並木拍子郎」はこの人の縁の人ですか?
並木拍子郎は並木五瓶の弟子という設定ですから正三の孫弟子に当たります。
>前から上演されてなかった演目の掘り起こしは、上演されて無かった理由が有るのかな・・と思わすぐらい筋書きが面白く無いです。
ああ、それは残念でした。今日に残された戯曲を読む限りにおいて、並木正三はある面では鶴屋南北よりも面白い作品を書いた偉大な作者だと私は思っているのですが、残念ながらこれまでに復活上演されて面白かったためしがありません。凡庸なセンスの脚色では彼の天才的な作風を再現するのは無理だということもあり、また現代の歌舞伎の演技そのものが当時とは全く質が異なるために上演しきれないという問題もあります。とにかく膨大なセリフによる人間同士の巧みな駆け引きと、ストーリーのめくるめく展開が正三作品の身上で、今だと戯曲を読んでいたほうが面白いというのが正直なところかもしれません。もっとも『霧太郎天狗酒醼』は彼の中ではそう面白い作品とはいえず、ただ主人公が縦横無尽の宙乗りで客席の頭上を飛びまわるという趣向が大いに持て囃されてわりあい近代(明治期)まで上演されていたようです。今回の復活上演も恐らくそこを狙ってのことだったと思われます。
投稿者 今朝子 : 2007年03月05日 21:11
あれ、イマドキの乗馬クラブでは埒というコトバは使ってないのですか?
馬術競技でも競馬でも、フツーに埒というと思ってました。馬術部だった頃は、そうでしたから。
少なくとも、私は一度も古語だという印象を持ったことはありませんでした。特殊だなと思ったのは、馬匹管理を「ばしつかんり」と読んだことくらいかなぁ。
歌舞伎のコトバといえば、子供の頃に読んだ本に「幕が切って落とされた」と出てたのを読んだのと前後して、初めて浅葱幕が落ちるのを見たので、「これかぁ!」と妙に感動したことが、今でも記憶に鮮やかです。
投稿者 猫並 : 2007年03月05日 22:27
>猫並さんへ
>少なくとも、私は一度も古語だという印象を持ったことはありませんでした
ああ、馬術をしてらした方にとってはしっかり現代に生きてるタームだったのですね。私は今のクラブで乗馬を始めてからそうだと知ったのでした。馬が鼻の下を伸ばすと非常にマヌケな顔になりますね(笑)。
投稿者 今朝子 : 2007年03月06日 08:21