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2006年05月11日
仲蔵狂乱
なかぞうきょうらん
1998年 講談社
1500円(税別)
ISBN4-06-209074-0
初代中村仲蔵。稲荷町(いなりまち)から出発して千両役者となった実在の歌舞伎役者。天性の愛嬌と踊りの腕を買われた子役時代を経て、いったんは芝居の世界から身をひいた仲蔵だが、それは逆に芸への思いを呼び覚ます。3年後、年七両の給金で稲荷町からの出直しをはかる仲蔵。下積みの境遇にありながら役者としての夢を忘れない男は、周囲から過酷な苛めを受けるようになる。屈辱に耐えかねて、ある夜、大川へ身を投げた仲蔵を救ったのは、布袋のような容貌の武士、三浦だった。やがて、仲蔵に『忠臣蔵』の定九郎(さだくろう)の役がめぐってきた。端役にもそれなりの人生はあるはずと、町で見かけた浪人者の姿を写す工夫で舞台に臨む仲蔵。その型が今の舞台にも残る、生涯の当たり役との出会いだった。
キャラクターガイド
中村仲蔵 なかむらなかぞう
孤児の身が、中村座に縁のある家にもらわれたことで、歌舞伎の世界へ。苦労の末に座頭を務めるまでになるが、最後まで「初代・中村仲蔵」の名を貫き通す。
志賀山おしゅん しがやまおしゅん
仲蔵の養母。中村座振付師の家名を継ぐ踊りの師匠で、夫は中村座座付きの唄うたい中山小十郎。芸の虫で、ひきとった仲蔵に、幼いころから厳しく踊りを仕込む。
中村伝九郎(二代目) なかむらでんくろう
中村座の座元である六代中村勘三郎の次男。仲蔵の踊りの腕を買って子役として初舞台を踏ませ、その師匠に。座元の家の誇りと豪胆な気性をもつ。
三浦庄司 みうらしょうじ
川に身を投げた若き日の仲蔵を助けたのが縁で、その後も仲蔵の出世を遠くから見守るようになる。三百石の旗本から老中に上りつめた田沼意次の用人。
市川団十郎(四代目) いちかわだんじゅうろう
木場に住んで“木場の親玉”と呼ばれる大立者。自宅で催す修業講に招いたのをはじめ、折あるごとに、仲蔵に芸の道を示してくれた大恩ある役者。
松本幸四郎(三代目) まつもとこうしろう
四代目の実子。子供時代に、仲蔵が世話をした“坊様”。五代団十郎となるが、父の弟子である瀬川錦次との確執から、一時は座を追われる羽目にもなる。
瀬川錦次 せがわきんじ
色子からはい上がり、市川染五郎、市川高麗蔵などと名を変えながら、ついには四代松本幸四郎の名跡を手に入れる。仲蔵とは対照的な、野心に満ちた男。
書評ピックアップ
初代中村仲蔵にスポットを当て、歌舞伎役者の家柄や身分が固定してきた江戸中期にあって、下回りから座頭にまで出世した仲蔵の波瀾に満ちた生涯を描いている。特に躰を悪くしてからの仲蔵の舞台にかける執念を描いた後半は圧巻である。(菊池仁氏評・朝日新聞・1998年3月14日付夕刊より)
歌舞伎という一つの競争社会で役者たちの思惑や陰謀が絡まりあう姿にはいつの時代のどんな社会にも普遍的な人間の業のようなものが感じられ、最後まで興味がつきなかった。「わっちはこの先、死ぬまで中村仲蔵の名を改める気はござんせん」など口調も小気味よく、絢爛豪華な色彩と所作のあふれる舞台をいくつも文字で追っているうちに、明日にでも実際にこの目で歌舞伎を見に行きたくなってしまう。歌舞伎入門書としても面白く読めることうけあい。(「晴」氏評・婦人公論・1998年6月22日号より)
文庫あとがき抜粋
仲蔵が旅先で“道成寺”を演る時、寺の桜の片枝を伐ると、苔むす大樹の伐り口がぷんと香る、という話がある。この物語は、まさに数百年の伝統を持つ歌舞伎の世界の一枝を伐り、中村仲蔵という伐り口を見せてくれた。そこにはやはり、瑞瑞しく生の人間の香り立つ世界があった。よく育ち、よく生き、よく病し、よく死んだ。そして芸を残した。人としてよい一生だったとやはり思う。(文=萩尾望都氏)