2006/05/05
幕の内弁当
 幻冬舎のヒメと明治座の「石川さゆり」公演を見て幕間に食事。これにはワケがあります(笑)。
 「叔父が『石川さゆり公演』の演出をしていて招待券を送って来たのですが一緒に如何ですか」というメールをヒメから頂戴したときは?が飛びまくったのであった。なにせヒメの父上はお医者さまで(しかも大学の研究医)小学生のヒメに大江健三郎を読ましたというスゴイ人!のイメージが定着していたから、石川さゆりがどうしても結びつかなかったのであるが、母方の叔父上が商業演劇界でつとに知られた金子良次氏だというのを今回知って、またまた驚いてしまったのであります。
 で、私は正直いうと、やはり石川さゆりのほうに興味があったのでした。この演歌界屈指の歌手が一時事務所の金銭トラブルか何かで表舞台から姿を消していたころは逸材だけに勿体ない気がしていて、一昨年あたりからようやく復帰できたのを喜ばしく思っており、今回せっかくの機会だからあの「天城越え」をナマで聴いてみたくなったのである。「天城越え」の歌がどうしても浮かんでこないという方には是非一度ちゃんと聴いてみられることをオススメしたい。とにかく物凄い歌詞で私は<演歌の純ブンガク>と読んでおります(笑)。
 公演はお定まりの二部構成で、第一部がなかにし礼原作金子良次脚本演出の芝居「長崎ぶらぶら節」。これが意外に良かったのは簡潔スピーディーな脚本演出もさることながら、石川さゆり本人の演技力に拠るところが実に大きい。歌手で演技の巧い人は少なくないし、ことに石川さゆりの演歌は芝居がかった歌なので、そこそこの演技力はあるはずだと思っては見たのだが、想像以上に舞台勘が良くてコミカルな味を発揮するのはオドロキだった。演歌にイメージされるべたついた自己陶酔的な雰囲気は微塵も感じさせない演技であり、本人たぶんとても頭がいい、且つ気性がさっぱりしている人なのだろうという好印象を受けた。熊本出身のこの人が長崎芸者の役を演じたという点も企画の勝利だろう。
 歌のうまい芸者の役だから劇中でもたっぷり喉を披露してくれたが、これが第二部になると長時間独りで歌いっぱなし、おまけにMCまで巧くやってのけるのだからそのパワフルな多才ぶりに圧倒されてしまう。それにしても、この人の演歌は何曲聴いても演歌特有の常套文句の羅列が非常に少なくいことに改めて気づいた。「転がる石」なんて曲も聴いてビックリだったし、MCを聞いていると本人が非常に自覚的に歌詞にこだわりを持っているのがわかるのだった。演歌界でもこの人と坂本冬美は傑出した存在なのかもしれない。
 それでもやはり演歌歌手だからプレゼントコーナーもあって、観客が次々とプレゼントを持って舞台に近づいていくが、これまた定番の花束は皆無!石川さゆり自身が客に訊いて何を持ってきたかを言わせると、図書券!中華饅頭!バナナ!入浴剤!と意表をつかれるものばかりで、石川さゆりファンは相当な変わり者ぞろいであるのか、はたまた演歌ファンのプレゼントってこういうのが主流なのか私にはさっぱりわからないのだった。とにかくオドロキの連続だったとはいえ、ラストは待ってました!「天城越え」の熱唱でめでたく幕を閉じ、私は大満足でヒメに感謝して帰宅したのであります。
 

2006/05/04
麻婆豆腐、レンコンの練り胡麻マヨ和え
 QPで見た麻婆豆腐はトウチを入れるのと、仕上げに酢を少しきかせて味をしめるのがポイント。で、私は花椒をたっぷりきかせるのが好きなのだが、きょうは入れすぎてしまい、舌が痺れて味がわからなくなりました(笑)。
 夕方、仕事が一段落すると必ず散歩に出る私だが、今日は家から数歩のところで「松井さん」と声がかかってびくっとした。見れば金髪の大柄な男性で、確かにお会いした人なのだが、またしても名前が出てこない。幸い向こうから「杉江です」と名乗られてほっとした。そういえば杉江松恋氏は近所にお住まいだと前に伺った気もするが、今日は奥様とお子様がご一緒で、幸せなパパといった感じだから余計にわからなかったのでした。
 それにしても、この近所でバッタリというパターンに私はどうも弱いようである。近所なら薬屋さんのお母さんとか、洋品屋のオジサンの顔はちゃんとインプットされていて、道ですれ違うと互いに会釈もするのだが、仕事上の知り合いに会うと大いに狼狽するのは、まずスッピンでかなり手抜きした恰好で歩いているからでもあった。以前、真夏にノーブラ・タンクトップに短パンで散歩していて、世田谷パブリックシアターの高萩さんに声をかけられたときは、さすがに頭に来て「君は武士の情けってもんを知らんのか!」と怒鳴りたくなったほどであります(笑)。
 ところで新潮社のクスノセ氏からつい先日、ゲラと同封のお手紙によって、民主党小沢党首のスピーチにヴィスコンティの「山猫」が引用されるのは今回に限らず以前からだったという鋭いご指摘を頂戴した。これは大分前に私がこのHPに書いた話を受けてのものだが、近いうちにこのHPも書き込み可能なブログに致しますので、皆様どうぞこうした間違いのご指摘や反論などをドシドシ書き込んでください。

2006/05/03
バーニャ・カウダほか
 急に友人があらわれたので、即席でまずは今日のQPで見たコレ。

2006/05/02
鰆の唐揚げ
 付け野菜はズッキーニの素揚げ。
 昨日は初夏の陽気だと思ってたら、今日の昼間は低気圧の通過で体調がおかしくなった。仕事をしている最中に猛烈な睡魔に襲われてダウンし、ほんの束の間に夢を見た。他人の夢の話とレンアイ話ほど聞いてくだらないものはないというが、個人HPだから強引に書いてしまう。
 夢の中でも私は人に芝居のチケットをゲットするように頼まれており、それが永井愛の新作で「それからの門」という芝居。むろんそんな芝居はないのだけれど、なんだか漱石物のパロディとしてありそうなタイトルなので、目が覚めてからおかしくなった。中途半端にリアルな夢であります(笑)。

2006/05/01
エンドウ豆のポタージュ、トマトとベーコンのスパゲティ
 QPのレシピ通りに作ったスープとベーシックなパスタを合わせてみました。角切りにしたジャガイモ、玉ねぎ、エンドウ豆、レタス(これがなぜ入るのかわからない。発色効果を狙ったものか)をバターでしっかりと炒めてからスープの素と一緒に10分程度煮込む。あら熱を取ってからこれをミキシングして牛乳とさらにスープの素を加えてしばらく煮て、塩、胡椒で調味する。煮込むときにベイリーフを忘れずに。エンドウ豆は調理する直前に殻を取ること。
 昨夜力尽きて書けなかったNHKの歌舞伎放送を想いだしながら、今日ここでもう少しコメントしておきたい。これでも以前は歌舞伎の関係者で、今や「ガメラ」のメイキングしか語れない人間になったと思われると困るからである。
 で、仁左衛門の「熊谷陣屋」はやはり近年わたしが見た中ではベストであった。中村京蔵にこのことを早速メールで書き送ったら、やはり同感で、もちろんナマのほうがもっと良かったとのことであるから、見逃したのは実に残念だった。とにかく大病から復帰後の仁左衛門は何を演じてもいい。どちらかといえば人気先行型で器用な役者とは言い難かったこの人が、これほどの名優になるとは摩訶不思議なくらいで、ことに丸本の時代物に関してはこの人の舞台だけをご覧なさいと皆様にオススメしたい。
 吉右衛門はたしかに巧い役者で、丸本の時代物が一見向いているようだが、実はちっとも向いていない役者であると私は断言して憚らない。ガラは大きいくせに、芝居が小さいのである。故に丸本の時代物になると、如何せん、業界用語でいうところの「芝居が世話」で、つまりは英雄的な主人公を現代人の目で見てわかりやすい等身大的な人間に表現しようとするために、逆に芝居全体が不条理で、観客としては気持ちがついていきにくい話として感じられる。敢えて平たくいうと、子どもを殺したあとでそんなに泣くんだったら、最初から殺さなきゃよかったじゃない!と思わせる演技なのだ。丸本物の主人公を現代人の目から想像した心理でつなげて見せようとするから、そうした間違いが生じる。演じている当人が、とても自分はこうした心理にはならないけど、まあ、昔の人だからこうなんだろうなあ、というような批評的視点を無意識に持ち込んでしまうからおかしくなるのである。吉右衛門に限らず今はこういう役者のほうが多くて、吉右衛門はその中でも一番巧い人だから敢えてここに例として取りあげたのだった。
 昔、某紙の演劇評論をしている記者で、江戸時代の人は主人のためにわが子を殺す覚悟があったなんて書いた大バカ野郎がいるが、いくら江戸時代の人だって日常的にそんな真似をするはずがないのであって、丸本の時代物は当時でも普通の感覚だと不思議な話に感じられる演劇であり、なにせ人形浄瑠璃が元だから、人物はあくまで壮大な物語を運ぶためのキャラとして創造されているのだという点を決して忘れてはいけない。
 仁左衛門の熊谷は、今後そうした丸本時代物の演技はかくあるべしという見本を見せてくれたような気がする。びっくりしたのは劇中で熊谷が敦盛を討った過去を再現する「物語」のくだりにおいて、「逃げ去ったる平山が、後ろの山より声高く」と竹本が語った一瞬、仁左衛門の顔が熊谷からぱっと平山のそれに変わったことで、少しあざといと言えなくはないけれど、なるほどこれが「物語」本来のあり方なのだと今回あらためて気づいた次第である。
 丸本物を演じる基本はあくまで浄瑠璃の言葉を信じて、その言葉をリアルに立ち上げてみせる一瞬一瞬にある。人物のアウトラインを勝手に役者が描いてしまうのではなく、言葉に完全に身を預けて自らの心がそこに運ばれてしまうのが正しい演じ方なのである。こういうことが素直にできないと古典劇を本当に演じられる役者にはなれないのだと思う。この点では西の仁左衛門と東の団十郎が双璧だろう。俳優としてもっと巧い人はほかにいくらもいるが、ただ巧いというだけでは古典劇は演じられないのである。

2006/04/30
天ぷら、刺身ほか
 今月は仕事でヘトヘトになったので、今日は思う存分ハネをのばすつもりで早朝8時に乗馬に出かけ、そのあと柳橋のルーサイトギャラリーで「山本タカト展<月逍遊戯>」を見る。山本氏は知る人ぞ知るお耽美系アーチストで、緊縛されて魔物に犯される美少女やサロメ、聖セバスチャンの殉教、天草四郎といったお馴染みのモチーフを繊細なタッチで描いた絵に集うギャラリーがいずれもまた、ああ、やはりいつの時代にもこの手の愛好者っているんだよね……と思わせる風変わりなファッションの若い男女で、乗馬帰りの場違いなファッションで私がこれに出かけたのは、何を隠そう、主催者が今野裕一&ミルキィ・イソベだったからである。
 元ペヨトル工房の社主且つ「夜想」の編集長として、早くにアンダーグラウンドカルチャーの旗振り役として名を馳せた今野氏と知り合ったのは私が「ぴあ歌舞伎ワンダーランド」を手がけた直後のことで、以来ときどき遊び相手としてお会いしていた。今野氏のベストパートナーがミルキィさんで、彼女はつとに装幀家としても名高い方だが、拙著「非道、行ずべからず」「家、家にあらず」の装幀もミルキィさんにお願いしている。ミルキィさんとは久々の再会で互いに抱き合ってしまった。
 このお二人はこれまでもいろいろと面白い場所でイベントをなさってるが、今回の展示場所はかの市丸姐さん(若い人はご存知ないだろうけど、大昔に一世を風靡した芸者出身の歌手)の住まいを今にそっくり保存した建物 (外観しか撮影できず残念)で、浅草芸者のお点前も付くという凝った演出の個展であった。集まったギャラリーが肝腎の絵画よりも芸者さんのほうに群がってるのはどうよ!という気がしないでもないが、まあ、これもご愛嬌だろう。てなわけで、私も浅草芸者さんと一緒にカメラに収まりました(笑)。
 会場で会った岡野夫妻と共に柳橋から浅草まで歩いて「中清」で夕食を取り、帰宅は9時過ぎ。丸半日しっかり遊んで今夜は早く寝ようと思ったのに、ついテレビを点けたのがマチガイだった。
 NHKで仁左衛門の「熊谷陣屋」をやっていて、これが近年久々に泣ける舞台で思わず最後まで見てしまい、続けて吉右衛門の珍しい「雨の五郎」がまた妙にいいのである。さらに続けて富十郎の「願人坊主」とくれば見逃すわけにはいかず、とうとう日付が変わってしまった。ふつうならさすがにここで寝てしまうところだが、どっこい、このあとの「芸能花舞台」でわが最愛の名優六代目歌右衛門のVTRを見せるとあってはそうもいかない。まあ、なんと盛りだくさんな1日であろう。もうヘトヘトであります。

2006/04/29
中トロの刺身、水菜とお揚げの煮浸し、アスパラガスの胡麻和え
 近所で美味しそうな本マグロの中トロを見つけて思わず買ってしまった。で、あとは適当に。
 世間はいよいよゴールデンウィーク突入だが、私にはあんまり関係ありません。今月は小説だけで3本も入稿をかかえてもうヘトヘトで、2本は入稿、あと1本もなんとかメドがついたので、明日は早朝から乗馬に出かけるという程度である。
 旅行は込むはボラレルはのこの時期に、フリーの仕事をしてる人間がわざわざ出かけるはずもなく、思えば若いころ興行会社に勤めたために、休みだから芝居や映画を見に行くという感覚がまるでない。で、ゴールデンウィーク映画というものにも本来まったく興味はないのだけれど、つい先日JR車両の映像モニターで映画の予告編を流してるのをたまたま見て、コレ行きたい!と思っても、人を誘うと絶対バカにされるし、さすがに独りで見に行く勇気はないのが「ガメラ」だった(笑)。
 これまでのガメラはワニガメがモデルとされているが、予告編を見るかぎり今度はアフリカケヅメリクガメがモデルだと思う。小さいのは本物のケヅメリクガメの子を使って撮ってるようだ。どうしてこんな映画のメイキングを得々と語ってしまうのか、われながらアホである。

2006/04/28
豚肉と筍とスナップエンドウの炒め物
 生姜の千切りをたくさん入れるのがポイント。味付けのベースは酒と塩と胡椒で、隠し味に砂糖、香り付けにほんの少し醤油をきかせる。整体治療から帰って簡単に作った。
 基本的にわが家で仕事をしている私は電車に乗ると眼や耳をめいっぱい開いて現代のいろんな情報を取り入れようとするのだが、最近は他人様をパッと見て何をしてる人なのか、どんな関係にある人たちなのかを一発で見抜くのが非常に難しくなったように思う。で、今宵はヒップホップ系ファッションの若い男性が「うちのお父さんユーミンが大好きなんだよねえ」と連れの同系ファッションの男性に話すのが洩れ聞こえて思わず聞き耳を立ててしまった。ユーミン好きのお父さんは48歳だそうなので、要は私の子どもより若いくらいの男の子だけど、それでも20歳は過ぎてるだろうと思われた。で、そのお父さんがとても優しい人だということを息子が熱心に物語るので、今どきこんな父親好きの男の子もいるんだ!と感心して聞いていたのだが、彼自身もすごくやさしい話し方をする男の子で、とにかくふたりでえらく親密に話し合っている。「ユーミン好きのやさしいお父さんなら、話したらわかってくれるんじゃないの」ともう一方の男性が言うと、「でも、やっぱりこういうことにまでは理解はないと思う」とかグスグス言ってて「だけど今のうちに話しといたほうがいいんじゃないの」と、またもう一方が押し返すので、そのお父さんに打ち明けたほうがいいけど打ち明けられない話というのがえらく気になってしまい、電車を降り際にふたりの様子を見て、突如、あっ、そうか、そういうことだったのかと閃いてしまったのでした。当たってるかどうかまではわかりません。これを読んでわからなくて気持ちが悪いという方は個人的にお尋ねください(笑)。

2006/04/27
鰹のトウチ漬け
 フジテレビでちらっと見てうろ覚えのレシピで作ったが美味しいのでオススメ。ニンニクと生姜のみじん切り、トウチ醤、豆板醤、オイスターソース、醤油、ごま油を混ぜ合わせたタレに鰹の切り身を漬け込む。鰹は漬け込む前に少し塩を振ってキッチンペーパーで水気を拭き取ると生臭みが抜ける。付け野菜は新玉ねぎとルッコラ。
 それにしても初鰹シーズン到来だってのに、なんだってこんなに肌寒いんでしょうか!

2006/04/26
中華弁当
 整体治療の帰りに東横のれん街でゲット。
 渋谷の山の手線ホームに珍しく大きな歌舞伎のポスターが張ってあって、五月興行は例年「団菊祭」のはずなのに、なぜ吉右衛門が座頭なの?と不思議に思ってよく見たら、それは歌舞伎座ではなく新橋演舞場のポスターだった。近ごろ私は歌舞伎に全くご無沙汰してるが、演舞場が五月も歌舞伎をやるようになったということは、同劇場がいかに興行的に苦しくなってきたかを証明してるように思われてならない。ここに来てさすがに旧来の商業演劇はどうにも立ちゆかなくなってきたのだろう。土台あんな大劇場を常に埋めることは今後もう無理である。出版界がいかに不況といえど、私にいわせれば出版社は結局のところ宣伝費も興行ほどにはかけず、印刷代がかかるくらいで当たったらボロ儲け、当たりそうもない場合は極力部数を抑えてリスクを回避できるからいいけど、興行会社はとてもそんな風にはいかないので実に大変だろうと思う。
 けどまあ、いずれにせよ、どんな業界もあと10年の寿命と思ってまちがいない、と私は近ごろ会う人ごとに言うのである。団塊世代が60才から70才の間はまだ元気な消費者でいてくれるだろうから、この10年はきっとどの業界もそこそこ潤うのではないか。で、その10年間にまた何も考えずに浮かれてしまい「失われた10年」に次いで後世に「取り返しのつかない10年」と呼ばれるに違いないと睨んでいる(笑)。その後は世の中がというよりも、人類全体がガラッと変わる気がするので、今はだれしもできれば他人様に迷惑をかけない範囲で、自らの心のままに生きるのが賢明であるように思うのでした。

2006/04/25
二色丼、アスパラガスの練り胡麻和え
 前にもたしかこういう丼を作ったことがある。鮪のヅケと納豆の味噌和えの2種。ご飯には大葉を敷いた。納豆には味噌のほかに万能ネギを混ぜ込んだ。鮪の醤油漬けにはワサビをたっぷりきかせた。

2006/04/24
豚肉とキャベツのさっと煮、汲み取り湯葉
 QPで見た超簡単料理。ニンニクと鷹の爪を入れて味醂、塩、砂糖、醤油で味付けした出汁で豚バラ肉と春キャベツ、ニラを煮込むだけ。最初に肉を入れてさっと火を通したあと、一度取りだしておくのがポイント。ニラは最後に入れて火を通しすぎないこと。要は一時大流行りしたもつ鍋の味である。湯葉は市販のものをゲット。
千葉の補欠選挙で民主党が辛勝したことで別にケチをつけるわけじゃないけど、とにかく選挙に勝つのが最大の目標になってる政治ってどうよ!といいたくなるのは私ばかりでしょうか。地方公演で役者が人力車に乗って挨拶回りする感じ(私は一度それに付き合ったことがあります)によく似ていて、政治家はホント今や地べたを走り回るただの芸人なわけですが、国から支払うギャラとしての歳費に見合うだけの芸達者はどうもいそうにない気が致します。それにしても政治は選挙に勝たないと意味がないという本音論法がこうも当然のごとく前面に出てしまうと、そのうち作家は町をまわって自分の本を売り歩かないといけないということにもなりそうで私はコワイです。社会の建前が崩れたことは一面いいことでもあるのだけれど、建前としての理念をなくせば人間落ちるとこまで落ちても平気になっちゃうわけでして、今や日本中のあらゆる業界が落ちるとこまで落ちてる気がしないでもないのであります。

2006/04/23
海老サラダ、筍御飯
サラダは乗馬の帰りに東横のれん街でゲット。筍御飯は昨日の残り。

2006/04/22
春野菜の天ぷら、筍御飯
 わが家で友人と食事。

2006/04/21
「弁松」の白二重弁当、アスパラガスのホットサラダ。
 弁当は整体治療の帰りに東横のれん街でゲット。
 代々木にある整体治療院に通い出して半月ほどになるが、顔面の不快症状は頻度が減ってきているが、それより嬉しいのは宿痾ともいうべき肩こり症状がなくなったことである。一見サーファー風のカリスマG先生のおかげだろうと思う。ヒメにも感謝である。それにしても人間は年を取ると原因がわからないさまざまな症状に悩まされるものだと思う。いや、この治療院に通ってる人は私より若い女性が圧倒的に多いので、単に年齢だけの問題ではないのだろう。思えばこうやって私はずっとパソコンに向かって物を書いているわけだが、その昔「テレビには近づいて見ちゃいけません。躰に毒です」とさんざん言われたのに、それと同じことをしてるのだから、躰が悪くなって当然なのである。マイクロソフト社はまたまたウインドウズのニューバージョンを発売するそうだが、大儲けしてるビル・ゲーツよ、ソフトを開発するのもいいが、その前にまず全世界のユーザーに整体治療費を補助しろ!と私はいいたい(笑)。

2006/04/20
田舎そば定食
 新国立劇場で岩松了作・演出の「マテリアル・ママ」を見る前に食事。
 私は観劇から完全に離れていた期間がしばらくあって、その間に演劇界で急浮上した劇作家や演出家も多い。で、その中には名前は伏せるがどう見ても才能があるとは思えないのにえらくメジャーに活躍してるのがとても不思議で「人がちょっと目を離したすきに誰がこんなヤツを持ちあげたんだ!」と怒りの対象となったのが何人かいて、その人たちは別に私が罵ったからではないと思うが、演劇界で急に失速してしまったのはやはり私が見てない隙にいい加減な持ちあげ方をした似非評論家がいた証拠だろうと思う。
 で、この岩松了に関していうと、私が知ってる時代は「東京乾電池」でコントを書いてる人で、結構面白く拝見してたが、いつの間にか劇作家になっていて、しかも非常にメジャーな俳優が沢山出演していたにもかかわらず、これまでなぜか縁がなくて拝見しなかった。その大きな理由は元ぴあ演劇担当の進藤さんがあの蜷川さんの前でボロクソに貶したことだろう。てなわけで今回も見るのを非常にためらいつつも、ご贔屓の仲村トオルが出てるからという超ミーハーな理由で見てしまったのだが、どう見たらよいのかノリがイマイチわからないままに終わってしまい、だからといって再チャレンジすることはたぶん無さそうだ。
 ストーリー的にはそう複雑でもなくて、座敷に車を飾っているちょっとシュールな家の中で兄妹相姦らしき一組の男女と夫と娘を事故で先立たせたらしき女の過去が浮かびあがってくるというような仕掛なのだが、「マテリアル・ママ」というタイトルから想像させて且つ作者自身がチラシに書いている「車という物質文明の象徴のようなものを扱いながらその先にあるものを探って」というような話では全然ない。そもそもこの岩松了は「マテリアルと人間」の関係に踏み込む前に、人間と人間の関係でイッパイイッパイになるほどセリフがねちこくからむ作家だが、その感じは別役実と似てるようでいて非なるもので、もっと湿度の高いからみ方であり、唐十郎のようなシュールな抒情性を感じさせるセリフがありつつも、それがドラマとしては構築されていかないのでる。で、部分的にお笑いギャグが入ったりするので、本当に見ているほうとしては盛りだくさんな割にどう見てたらよいのか混乱するのであった。一見非常に演劇的に見えるのだが、どうもホントは違うのではないか。実にアヤシイ芝居である。このアヤシイ感じはタモリの4カ国語麻雀で、どれもがそれらしい言語に聞こえるのに全くどれも違うというのによく似てて、ひょっとすると岩松了は演劇界のタモリではないかと思った次第。だからむろん才能はある人なのである。

2006/04/19
筍の土佐煮、アスパラガスの練り胡麻和え、キャベツスープ
 食欲はほぼ完全に復活したが、今日は取り敢えず昨日の残りと冷蔵庫にあるものを片づけました。

2006/04/18
キャベツスープ、筍の土佐煮
 今日は朝4時に起きて仕事開始。執筆は快調に進んで夕方にはノルマ終了。昨日のアレは一体何だったの?と言いたくなるが、要はオーバーワークに過食と風邪が重なったのだろう。一日休んだだけでこんなにもラクになるんだから、仕事が躰にいけないことはハッキリしてる。誰でもそうでしょうが(笑)。
 で、絶食明けは定番のキャベツスープだが、昨日差し上げた筍を大家さんが茹でで親切に一本分けてくださったので、明日食べるつもりで土佐煮にして、もう今日食べ始めてしまいました。

2006/04/17
絶食
 昨日電車の中で、今どき風邪?というような女性と隣り合わせてしまい、これが冬場ならとっとと席替えするところだが、油断してそのまま座ってたのがいけなかったのか、今日は朝から頭が痛くて胸がむかむかする。近ごろ仕事によるストレスでちょっと過食症気味だったので、取り敢えず漢方胃腸薬を呑んだら、早速これを吐いてしまい、吐き気が止まらず黄水も全部吐いても収まらない。ちょうど運悪く実家からドッサリ京の朝掘り筍が送られてきて、筍は何せ即日処理しないといけないので大家さんに全部差し上げるはめに(涙)。躰を縦にするのも辛いくらいだが、月曜早々仕事をしないわけにもいかず、パソコンに向かって原稿を二、三行書いては横になるというのを繰り返して、新聞連載1回分のわずか二枚半をようやく書き終わったのが夜の7時。ほかの連載分は全く手つかずのまま、そこからまたしばらく寝て、今、夜の9時過ぎでなんとかお茶を飲めるくらいまでに回復した。いやー、どんな仕事でもそうだろうけど、物書きに一番必要なのは体力であります(笑)。

2006/04/16
スープカレー
 乗馬の帰りに流行りのスープカレーの素を近所のスーパーで見つけて作ったが、簡単にできて(当たり前か)案外イケル。具は新じゃが、人参、鶏肉、玉ねぎ、キャベツ。新じゃがと人参はチンしてから、あとはすべて生のまま一度素揚げしてからカレースープに入れたました。
 クラブ周辺は早や桜が散って今日は梨畑の花が満開でした。馬は抜け毛のシーズンなのか黒いセーターに短めの茶色い毛が一杯くっついてしまったが、どうやらあきらかにストレス脱毛とおぼしきハゲハゲの馬がいて気の毒だった。なにせ今や会員数は2千名を突破したというからオドロキである。馬場が拡張されたばかりでなく設備がぐっと充実して、各馬に専用の洗い場とロッカーができて、鞍も全部新しくなった。馬もインストラクターの人数も増えたとはいえ、私のようなヘタクソな会員がどっと増えたのだろうから、馬のストレスもまた増しているにちがいない。哀れである。

2006/04/15
バジルパスタほか
 今日は14:30から前進座に招かれて深川の江戸資料館で講演し、会場で著書を何冊か販売してくださることになって、講談社文庫編集部の神保さん、スラッシュの進藤さんにお付き合い戴いた。神保さんは休日返上のボランティアだったので、もし一冊も売れなかったらどうしようと心配してたが、案ずるより産むが易しで『奴の小万と呼ばれた女』が意外に売れ行き好調。ひとりで何冊も買ってくださる方がいらして有り難い限りである。もっとも苦手なサイン会をするはめになったのは、右腕を痛めているときだけにちょっと参りました(--);講演後どっとお腹が空いて近所でパスタを食べてしまい、家に帰って適当に果物や乾物を食べて晩ご飯はオシマイ。
 神保さんとは久々にお目にかかって、息子さんがお飼いになってる亀の話をする。息子さんが亀キチでお困りのご様子であるが、私はいっぺん息子さんとサシで話し合いたいものだと思っています(笑)。で、帰ってTVを見たらNHKでガラパゴス特集をやっていて、ゾウガメの映像を盛りだくさんに見て満足いたしました(^ ^)/NHKもこういう番組をやってる分にはいいけど、続けて見てしまった江角主演ドラマは脚本があまりにもひどいので呆れてしまう。所詮トレンディドラマのシナリオライターのレベルなんてこんなものだろうとは思うが、断じて受信料を取って見せるような代物ではない。またこの手のシナリオをなんとかこけおどしで見せる演出テクもNHKには無いのである。大体この局は若年層に媚びる番組作りをしてまず成功することがないのは何故なのか?若い局員だっているだろうにと思うが、私もかつて松竹という老舗の興行会社にいたから、新しい感覚を本当に理解はできていない人たちが、無理に新しがって作ろうとすると恥ずかしい結果になるのを体験的に知っている。永井多恵子さんに、他局に追随するのはやめたほうがいいですよ、と、ご忠告を申しあげたいくらいである。

2006/04/14
鰺の干物、空豆と湯葉の白和え、筍とゴボウのおかか揚げ、きび御飯
 鰺の干物は大家さんから頂戴したもの。あとは整体の帰りに渋谷のデパ地下でゲット。
 デパ地下で総菜を見てるとどれも実に美味しそうで、つい買ってしまうのだけれど、本当に美味しいものはまずないといってもよい。それにしても素材にやたらと冠をつけるようになったのは近年の傾向だろう。ただの豚ではなく「もち豚」だったり「新ゴボウ」だったり「京野菜」だったりと、なんだかやたらニギニギしいのであるが、食のブランド化が進行するにつれて昔本当に美味しかったものは姿を消したり、味が劣化している。今どきの京野菜なんて、肥料が違ってるから京都で食べても昔に比べると明らかに味が落ちているのである。こういうことを私が言うと本当に嫌みだけれど、だんだん言える人が少なくなってきてるから敢えて言うのである。
 食事しながらTVを見てたら近年の就職戦線にまつわる問題が語られていて、とにかく企業でもなんでもブランド信仰が強まっているのであろうが、ブランド名しか信じられない味オンチ的な人間ばかりが寄らば大樹の陰とばかりに入社してきたら、うちの企業は潰れるのではないかと私が社長なら心配するだろうと思う。
 それにしても今の若い人の根本的な自信のなさって何に由来するのか色んな原因があるのだろうけど、ひとつにはお受験や何かで早い時期から選ばれることばっかり覚えてしまうせいではないかと思う。幼稚園から就職までずっと選ばれ続けてる人生だったら、それがかりに超有名ブランドばかりを通過しても、結局本当の自信にはつながらないのじゃなかろうか。あきらかに親の問題なのだけれど、その親たちが一体何を思って子供をそんな風にしたのかといえば、別に自分の子供を特別スゴイものにしたかったのではなくて、なんとか無事に育って、ただ損をしない人生を歩んで欲しいという、ささやかな願望に過ぎなかったのだろう。積極的に得をする人生を選ばせるのではなくて、子供に損をしない人生を考えてやるという親のつまらなさが、子供をどんどんつまらなくさせているのではなかろうかと私は思うのである。私の世代は損か得かでなく面白いか面白くないかを生きる基準にしてきたはずなのに、その子供たちがつまらなくなってしまったのは何故なのか、子供を作った時点で基準を変えた人が大勢いたのだろうと思うしかない。 

2006/04/13
イカ明太子スパ、アスパラサラダ
 今日は仕事が押せ押せで超簡単メニュー。QPで見た明太子スパのポイントはレモン汁をたっぷり入れること。確かに味がひきしまる。

2006/04/12
鰻重
 整体治療の帰りに東横のれん街でゲット。
 職業柄というのが自分ではまだ何だかヘンな気がするのだが、いつしか物書き生活に突入して、おまけに自宅のある三軒茶屋が買い物にとても便利だということもあって外出が極端に減り、近ごろでは観劇と乗馬とこの整体治療以外には三茶の町をほとんど出ない。なので渋谷の駅もそうしょっちゅう通るわけでもないのに、今日はたまたま服を直すためなのか改札口の隅っこでジーンズを脱ぎかけて半ケツ状態になってる若い女性を目撃し、イヤー、ほんと渋谷の街を通るオジサンたちってスリリングだよなあと思いました(笑)。
 で、近所まで帰ってくると、白髪の多いオジサンが私の顔を見て一瞬「あっ」と叫んで何か話しかけようとしながら止めて立ち去ったのが、とても気持ち悪かった(別にオジサンが気持ち悪いのではありません)。顔はねじめ正一さんにとても似てたけど、ねじめさんとは何の面識もない。どこかでお会いした方なのだろとは思うが、全く心あたりがない。
 私は昔からこういうことが多くて、原因はたぶん若いころに色んな業界に身を置いて、しかもそれが妙にヘンな立場で悪目立ちしたからだろうと思う。一例をあげると、劇場でそこそこ年配のご夫人に「先生」と妙に丁寧に挨拶をされ、どうも私の講座を受講なさってる方でもなさそうだし、一体ダレなんだろうとさんざん頭を悩ませ、ほかの人にまで訊いてようやくわかったのだが、それは私が演出助手を務めた歌舞伎の芝居に出ている子役のお母さんだったのである。当時歌舞伎で女性のスタッフはかなり目立ったので、向こうは稽古場でこちらの顔を覚えられたのだろうが、子役が沢山出る芝居だったから、こちらはさすがにお母さんの顔まで覚えてはいなかったというわけである。
 これはどなたでも経験があると思うが、顔はなんとか覚えているのに名前が全然出てこないというのがもっと困る。相手の名前が出ないのはなんとかなっても、少なくともナニ関係の人だったかは想いだせないと話もできない。比較的よく知っていたはずの人でも、会う場所が違うとさっぱりわからなくなることも多い。劇場で会えばまあソレ系だろうと察しがつくが、いつぞやデパ地下で某有名演劇評論家にバッタリ会ったときは一瞬このオジサンよく知ってるけどダレだっけ?と思ったものであります(笑)。

2006/04/11
茹で鶏のニラ醤油かけ
 QPで見た料理。鶏モモ肉は生姜とネギの青い部分を入れたお湯で茹でる。堅くならないように、中火で12,3分かけてじっくり茹であげるのがポイント。細かく小口切りにしたニラにはまずごま油をまぶすのがポイント。それに醤油、オイスターソース、酢をからめて最後にゆで汁でのばす。ゆで汁は調味してワカメスープにする。
 京都にいる妹からメールが来て、昨日は黄砂がひどかったらしい。東京にいるとさほど感じないけれど、関西はやはりそれだけ大陸に近いというわけなのだろう。これは別に今に始まったことではありません。私は拙著「奴の小万と呼ばれた女」のモデルが詠んだ漢詩を見て、江戸時代の大坂にも黄砂の影響がちゃんとあったのを知っております。 

2006/04/10
浅蜊と豚肉のワイン蒸し、ペペロンチーノ
 QPで見た超簡単料理。フライパンにまず浅蜊を、次に豚の細切れ肉をかぶせるように入れて、ニンニクとセロリのみじん切り、ワインと胡椒を加えて蒸し煮にしただけ。浅蜊から塩分が出るので調味の必要は全然なくて、結構おいしく食べられる。TVではパセリのみじん切りも加えたが、パセリはいつも余って結局ムダにするのでカットした。葉野菜の残りは飼ってるリクガメに与えられるのだが、どういうわけかパセリには見向きもしないどころか、近づけると逃げだしてしまうのであります(笑)。
 今日はシアタートラムで「父帰る/屋上の狂人」を観た進藤さんが突然うちに訪ねてきて、草g剛はやっぱ天才役者だよね!という話になった。で、私がこのHPで書いたことでもう一つ彼女に受けたのが3/24に載せたヴィスコンティの「山猫」の話。小沢一郎が民主党の選挙でこの映画を引用して挨拶したのがあまりにもタイムリーでおかしかったそうである。このHPを最初からずっとお読み下さってる方はおわかりだと思うが、私は昔からこういったシンクロニシティーがよく起きるほうで、これも賑わし神運のバリエというべきか。ともあれ小沢氏もたまたまBS放送でちらっと見て昔懐かしの気分になったのでしょう。でなきゃ余りにも唐突でポピュラリティの薄い引用であります。

2006/04/09
ウドの八幡巻き
 スーパーのパンフで見た料理。ウドに粉を振った薄切り牛肉をしっかり巻きつけてフライパンで表面を焼いたあと、菜の花と調味料(酒、砂糖、味醂、醤油すべて同量)を加えて蒸し煮にする。思ったよりも簡単にできて、いかにも春めいた味わいなのでこの時期オススメの一品である。ウドの皮はキンピラにした。今年は突如ウドのおいしさに目覚めてしまいました。
 今日は午前中に乗馬を済ませてお昼ごろに渋谷駅を通過すると、ガタイのでかい学生とおぼしき集団が何か書いたプラカードを持った女性に引率される恰好で改札口付近にかたまっている。ガタイがでかいけれど、いわゆる体育会系というノリとは微妙に違って、皆さんどうもなんだか虚弱そうだし、身なりは今時どうよ!といいたくなるダサイ感じで、これって何の集団だろう?と思ってプラカードを見たら「東京大学ボート部」と書いてあったので爆笑してしまった。東大ボート部OBの編集者を私はお二方存じあげていたのであります。たぶん入部希望の新入生を部の活動場所へ案内しようとしてたのだろうけど、いくら東大とはいえ、体育会に入ろうとする男の子たちの感じもずいぶん変わったものである。で、ハチ公口に出ると、今度はそこに「天皇陛下万歳」の幟を掲げた右翼の街宣車が駐まっていたので、こうした右翼の青年も今時はどうなの?と、このオバサンは冷ややかな目で見て通り過ぎたのでした(笑)。それにしても右翼の街宣車が堂々とハチ公前に駐まって一体どんな演説をしてたんだろう。「国家の品格」について語ったのだろうか、なんて思ってしまったのは電車の中でこの本を読んでる人が今日ふたりも目についてしまったからである。新潮社の方々はさぞかしお喜びであろう。

2006/04/08
筍の黄金揚げ、タラの芽の白仙揚げ
 QPで見た料理。一個の卵を黄身と白身に分け、黄身には練り辛子を混ぜ込んで衣を作る。白身には薄力粉ではなく片栗粉を入れて衣を作る。辛子は大量に入れて香りをきかせるのがポイント。どんなに入れてもからみは抜けるので大丈夫。

2006/04/07
鰺鮨、海老サラダ
 整体治療に行った帰りに東横のれん街でゲット。
 治療をしてもらってる先生は一見サーファー風だが、大変にオーラが強い人で、カリスマの雰囲気がある。整体と鍼治療の混合で、毎回全然やり方が違っていて、ある種の勘だけに頼ってられるのだろうけれど、何をするにも確信があるのが治療を受けていると実によくわかる。カリスマのカリスマたる所以であろうか。で、スタッフにいろいろ指示出しをしながら、わりあい気楽な感じで服の上からブスリと鍼を打たれるのに、ブルっと震えが来るくらい効くのがスゴクて、ちょっとした必殺仕置人といった感じなのだった(笑)。鍼が効き過ぎて少しコワイ気もするほどだが、整体とか鍼治療といったものは本来こうした直感力と確信に満ちた人だけがすべきなのだろう。いや、物事なんでもそうかもしれないのだけれど、そんなことをいってたらほとんどの人が職業に就けないので、そこは自他ともに大目に見てとにかく色んな職業に就いてしまうのである。かくして教師にも医師にも建築士ににも政治家にも、ほかにも色んな職業でろくでもない人が出てしまうのだった。中では役者とか作家なんてまだ罪が少ないほうではないか(笑)。ともあれ小沢一郎には直感力と確信があるのだろうが、小沢一郎に投票した民主党員の多くは何の確信もない人びとにちがいない。田中角栄の弟子と市川房枝の弟子のどっちかを選べといわれて、ふつうなら迷うはずはないのであります。

2006/04/06
鴨せいろ定食
 シアタートラムで「父帰る/屋上の狂人」を見た帰りに近所で食事。
 SMAPの草g剛が主演とあって、キャパ200名の小劇場にキャンセル待ちの行列が4,50人もできるという異常な事態のなか、私みたいなオバさんが招待されていいのだろうかと申し訳なさ一杯で前から4列目の席に着いたところ、演劇評論家を称するおジイさんたちが後ろにどっと詰めかけたので、ナーンダ私なんてまだ可愛いもんジャンと開き直って拝見した次第です(笑)。
 草gは以前つかこうへいの「蒲田行進曲」に主演したときコイツは天才だ!と確信したので、せっかくこの人を押さえながらなんだって今どき菊池寛の「父帰る」なわけ?!と制作者のセンスを疑ってしまったけれど、ドッコイ舞台というものは見てみないとわからない。意外とこれがイイのである。実にシンプル過ぎて、ドラマってこんなものなのよという説明にしか使えない戯曲のように思っていたが、だからこそ誰でもシンプルに感動できるのだろう、ハンカチで目頭を押さえていた観客が大勢いた。で、私も少しはほろっと来そうになったのである。
 草gという人は本当にふしぎなくらいピュアな役者で、小さな舞台だとそれが余計に際立つ。たとえば梅沢昌代は巧い女優さんだけれど、舞台に立つとやはり女優がやっているようにしか見えないのに、草gは舞台でただ座って新聞を読んでいるだけで、逆に明治の青年がそこにいるようにしか見えないのである。これって本当にスゴイことだと思う。役者がだれでもそれを目指してほとんどができないことをすらっと出来てしまう。天才の天才たる所以だろう。というわけで、この人に教科書的ドラマをやらせたのは悪くない。逆に今どき舞台でこんな芝居ができるのは、この人しかいないことを改めて知らしめたようにも思えるのだった。

2006/04/05
水餃子
 フジテレビで見たものを参考に作った。市販の20枚入りの皮を使うと、豚挽肉100グラム、ニラ1輪、卵1個でちょうど適量の餡ができる。肉には塩胡椒でしっかり下味し、ごま油少々加えるのがポイント。パンクさせないコツは茹でる途中で何度か水を差すこと。ニンニクのすり下ろしと砂糖、ごま油を加えた酢醤油で食す。餃子を手作りするのはさほど面倒でもない。決して仕事が暇だから作ったというわけではありません!と編集者の方々に申しあげておきます(笑)

2006/04/04
青梗菜の蟹あんかけ、新じゃがの炒め煮ほか
 整体治療の帰りに近所の総菜屋でゲット。
 操法の前に短時間でどっと汗を出すデトックスをやるが、これがなかなかキモチよくてハマってしまった。デトックスのやり方は他にもいろいろあるのだろうが、この不要物を排泄して浄化するという概念は是非とも社会に適用して、国会議員とか会社の役員とか法人の理事とか、もうどんどんデトックスしちゃってほしいものであります(笑)。

2006/04/03
海老と菜ばなと卵の炒め物
 QPで見た簡単にできて春らしい彩りのいい炒め物。卵は塩胡椒して先にさっと炒めておく。菜ばなは切る前に水につけてシャキッとさせてから炒めるのがポイント。海老は酒、塩、生姜汁で下味して片栗粉とサラダ油をからめてから炒めること。酒とナンプラー少々で味付け。
 三軒茶屋に住み着いてもう四半世紀以上にもなるが、なにせ物価が安くて暮らしやすいので離れがたい土地である。今日は仕事を終えて買い物がてらブラブラ歩きをしていたところ、数あるダンピングショップの一軒が店じまいセールしてるのを発見。ふつうでも安かったのが値札を見るとそれぞれ半額くらいになっていて、超目玉とおぼしき大人用のゴルフセットはなんとオドロキの\999!(3ケタで間違いありません)で、千円以上買い物をすると支払額をさらにその半分にしてくれるというので、エプソンのプリンター用インクをドッと買い込んでしまった(^ 。^)/ で、次にスーパーで見つけたのが苺の「博多あまおう」で、これまたオドロキの\298だから亀にもやれるつもりで買ってしまった。この三茶ではデフレスパイラルがまだ終結していないようである。それとも「格差社会」の反映で、ここはUPPERな人びとが暮らさないことを前提にした街なのだろうか?でも友人の松濤に住む奥サマがわが家に遊びに来ると、食料や日用品を大量に買い込んでお帰りになるのであります(笑)。

2006/04/02
明太子スパ、生ハムとルッコラのサラダ
 乗馬から帰って作ったお手軽メニューである。
 花曇りの中で久々に乗馬して、今日は雨になるからと思って早めに切りあげたにもかかわらず、家にたどり着いたときはドシャ降りで、昨日からベランダに出しっぱなしにして全身ズブ濡れになってた亀を慌てて取り込んだ。きれいに拭いて乾かしてやったにもかかわらず、よほど頭に来てたのか、こちらの顔を近づけた途端いきなりガブリと唇に噛みつかれ、離そうとして立ちあがったが、そのままブランとぶら下がって、もう痛いなんてもんじゃない!ぼろぼろ涙が流れて、私は一瞬ホラーサスペンスなんかによくある凶悪な殺人鬼に唇を喰いちぎられて無惨な顔になるシーンが目に浮かんだ。なんとか離したが、唇にはくっきりと嘴の痕がついて今も腫れています(涙)。
 写真は乗馬クラブとその駐車場付近の景観ですが、昨夜と打って変わった今宵の荒天で、今年の桜も今日で見納めとなりそうな雰囲気です。

2006/04/01
花見
 かつて私自身の年上の友人でもあり、現在の友人である大島やす子さんの御父君、杵屋花叟さんの七回忌に当たる今年は例年この命日にしている花見の宴会を少しゴージャスにしようということで、やす子さんが屋形船を借りて総勢60名で墨堤の花見に繰りだした。花見は本来だともう一週間あとのはずだが、今年は開花が早くてちょうど満開。船宿は品川の「船清」で船はキレイだし、酒類は飲み放題だし、意外に料理が美味しいのでビックリ!ゲストの江戸屋まねき猫さんが動物鳴き真似芸を披露なさったりして、往復3時間をたっぷり楽しませてもらった。花叟さんを全然知らない私の担当編集者の方々もふるってご参加戴き、久々にお目にかかれた筑摩の磯辺さん、集英社の八代さんと栗ちゃん。角川事務所の原重役、幻冬舎のヒメ、文春の内山さんと彼女の大親友で職業はなんと今話題の一級建築士の渡辺さん。さらに現代人形劇センターの塚田さん、CGデザイナーの三村さん、スラッシュの守部さん、進藤さん(あたりになるとだんだん苦しくなるが)いずれも美人揃いだったにもかかわらず、夜に揺れる船上で撮影したために写真は残念ながらこのようにボケボケでした(笑)。

2006/03/31
中華弁当
 整体の帰りに東横のれん街でゲット。
昨日から通い出した整体治療院では施術の前後にデトックス(要は体内の毒出し)をするが、短時間に大量の汗をかいて、これが結構キモチイイ。私はふだん薬物をほとんど口にしないので、体内に蓄積されている毒素は少ないほうだと思うが、近ごろ流行りのこの毒出しをしてもらって、ある種の感慨を覚えた。
 大むかし私がまだ20代の頃、惚れてた男性があるとき「物書きの女は皆なぜああ醜いのかと僕が考えるに、書く中で色んな毒を躰に溜め込んでって、それが顔に出るんだろうなあ」てなことを言ったのをよく憶えていて、私は当時物書きで生活しようなんて全然思ってなかったのだけれど、それを聞いて物書きの女にはゼッタイなるまいと心に誓ったのであります(笑)。今でこそ綿矢さんのような可愛らしい女性でも小説を書いてしまうわけですが、当時はまだ女流作家になるのはブスのルサンチマンだと思われていたふしが多分にあって(逆さまにいうと女は美人にさえ生まれときゃ何の問題もないじゃんと思われたことにもなるのですが)、私は美人でもなければブスで何が悪いのよ!と開き直る勇気も出ない中途半端な人間だったので、物書きは毒がどんどん躰に溜まって顔に出るという彼の表現がなんだかリアルでとても恐ろしく思えたのでした。で、この年になるともうさすがに美醜には頓着しませんが、物書きは躰にどんどん毒を溜めていくというコトバは今も心のどこかに引っかかっていて、やっぱデトックスは欠かせないなあと思うのでした(笑)。

2006/03/30
皿うどん
 整体の帰りに近所で食事。
 例の脳ドックまでするはめになった顔面の痺れが治まらず、脳でなければたぶん頸椎の異常だろうと思い、それをたまたま先日わが家にあらわれた幻冬舎のヒメに話したところ、同じような症例を治した整体の先生がいらっしゃるとのことでご紹介してもらい、今夜さっそく診て戴いた。見かけはちょっと意外なサーファー風の先生なのだが、いきなり打たれた針が実にキクーっ!て感じだったのでしばらく続けて通うことにしました。顔面の症状ってのは本当に嫌なもので、来月は講演の仕事もあるのでなんとか早く治さねば。原稿書きの仕事をやめれば一発で治りそうなのですが……(笑)

2006/03/29
鯖のソテー野菜あんかけ
 QPで見た料理。鯖は塩でしめて水気と臭みをしっかり抜いた上で胡椒を振って粉をまぶして焼くのがポイント。セロリ、人参の千切りと玉ねぎの薄切りをごま油で炒めて、カレー粉で味付けし、だし汁、味醂、醤油で調味して、最後に絹さやの千切りをいれてひと煮立ちさせてから水溶き片栗でまとめる。セロリ、絹さやの香りがきいてなかなかいけます。

2006/03/29
ヂンギスカン
 幻冬舎のヒメこと木原さんと地下の「寅々」で食事。ヒメは最近グーグルアースというソフトをダウンロードしてハマっているそうである。アメリカの衛星カメラが撮影した文字通り地球の画像が見られるソフトだが、住所をローマ字で打ち込むと、な、なんとヒメのマンションや実家の建物まではっきりわかるほどの精密な画像があらわれるという話にビックリ!!「それってコワイよねえ」なんて言いながらも、早速自分もダンロードしてみるつもりの私であった。 

2006/03/27
春野菜と高野豆腐の卵とじ
 QPで見た料理。油でまず茹で筍と、もどして短冊切りにした高野豆腐を炒めて、出汁だけでしばらく煮含め、同じく短冊切りにしたウドを入れて砂糖、塩、醤油で味付けしてから少しまた煮込み、最後に溶き卵を入れて三つ葉をトッピングする。油で炒めた高野豆腐やウドの味がうまいアクセントになって結構おいしく食べられるのでオススメしたい。

2006/03/26
「柿傳」の懐石弁当
 今日は雛の茶会で麹町の稽古所に出かけました。このお家に伝わる雛のお道具を拝見できるというので、私はよくあるお雛様のミニチュアセットのようなものを想像していたら、これが全然違って、茶碗、水指、風炉、茶入れ、台子、懐石膳一式、花生け、衝立の類に至るまで、要はすべてのお茶の道具が通常の3分の2くらいのスケールで拵えられた、この世に七組しか存在しないという非常に貴重な品々。プロデューサーは先々代の表千家家元で、楽吉左衛門、永楽善五郎、中村宗哲、中川浄益などなど千家十職のやはりいずれも先々代が参加して大正九年に製作されたものだといいます。十職が勢ぞろいして、絵柄を柳桜に統一した遊び心満点の逸品をここに写真でご紹介できないのは実に残念です。特に緑がかった鼠色の地に爪紅をきかせた台子はアール・ヌーボーやデコなんて所詮目じゃないといいたい素晴らしいデザインで、日本人の美的センスを再認識させられると同時に、製作年代からみて戦前の日本の豊かさが改めて偲ばれました。現代ニッポンの豊かさは果たして後の世に何を残すのだろう?というようなことも考えずにはいられませんでした。

2006/03/25
豚とネギの味噌マヨグラタン
 昨日のQPで見たときはヘンな料理だと思ったが、食べると意外にイケるし簡単に作れるのでオススメ。豚は酒と醤油で下味して粉を薄くつけてフライパンであらかじめ熱を通しておく。ネギも同様にフライパンで焦げ目をつける。両者をプチトマトと一緒にグラタン皿に盛り、味噌マヨネーズを上にたらして10分くらいオーブントースターで焼く。写真はおわかりの通りちょっと焦げてしまったが、それでも美味しかった。ただネギとプチトマトで口の中をやけどしないようご注意ください。

2006/03/24
菜の花ちらし寿司
 酢飯にはチリメンジャコ、ミョウガ、新生姜の酢漬、茹で海老が加えてある。菜の花と卵の薄焼きをトッピング。昨日からなんだか酸っぱい物を食べたくなってるのは疲れてるせいだろう。おめでたではなさそうである(笑)。
  NHKBS2でヴィスコンティ監督作「山猫」を見ながら食事。ヴィスコンティの中で一番好きな作品だと思っていたが、この歳で見ると、若いときに見ても実感できない点が多々あったことに改めて気づかされた。
 イタリアの統一(明治維新のちょい前)を背景に、時代の変わり目に遭遇して没落していく人びとと、成り上がっていく人びとをくっきりと対比させた名画だが、やはりホンモノの上流社会を肌で知ってるヴィスコンティならではのリアルな映像は見応えがある。鋭い先見性を持つがゆえに自らの滅びを自覚する貴族が主人公(バートランカスター主演)だが、ラストの舞踏会のシーンを今見ると、老舗企業の社長が六本木ヒルズのパーティに参加してすっかりくたびれたふうに感じられるのがおかしい。それでいて成り上がりを目指す若き男女(アラン・ドロンとクラウディア・カルディナーレ)も案外それなりに美しく魅力的に撮られており、つまりは没落する側と成り上がる側双方を均等に描いて、且つそこに若さの魅力と老いの哀しみを重ねたところにこの映画の値打ちがあるのだろう。今回改めて見て、老貴族の目に若い男女が美しく見えたということが妙に切実に感じられたのは、要は私が老いの哀しみをわかる年齢になっちゃったってわけなんでしょうか(^-^;

2006/03/23
アスパラガスと挽肉のコチュジャン炒め、鱸とキュウリの梅酢和え
 炒め物はニンニク、生姜のみじん切りを入れて、コチュジャン、醤油、砂糖、紹興酒、鶏ガラスープで味付け。酢の物は前に角川事務所の原重役にもらった梅干しのエキス(ジュース?)を使って美味しくできた。魚は鰺にするつもりで、手に入らなかったから鱸の刺身を使ったが、コレは失敗。堅くしまって酢の物には不向き。

2006/03/22
天ぷら
 仕事が一段落してから近所の大島さんちに届け物をして、4月1日の花見の件や何かで話してたら、TVで新橋演舞場火事のニュースが流れた。お互い知り合いがいるのでえらく心配して、他のニュースを探すなどしてつい長居をしてしまい、晩ご飯はお手軽にできるタラの芽と椎茸と竹輪の天ぷらになってしまった。天ぷらは慌てて作ると美味しく揚がるのを発見!
 ところで大島さんがネットで演舞場関連のニュースを探しているうちに同劇場が6月に有吉佐和子原作の「和宮様御留」を小川真由美、ピーター、加納幸和というアヤシイ座組で上演するのがわかったのだけれど、公演の謳い文句が有吉佐和子二十三回忌追悼となっているのにビックリ!役者の追善は興行のオハコだが、作家の追善を謳い文句にした興行は私が知る限りなかった気がする(劇作家宇野信夫あたりの追善でも演目に銘打ったくらいだろうと思う)。劇団四季が先ごろ「鹿鳴館」を上演したときは三島由紀夫の遺影をカーテンコールで舞台に飾ったそうだが、この伝でいけば松竹は三島追善興行だってやってもよさそうである。ともあれ有吉さんの追善なら新潮社がやれよ!と私はいいたい(笑)。

2006/03/21
明太子スパ、春キャベツのサラダ
 サラダはキャベツとベーコンを蒸して塩胡椒し、レモン汁を垂らして温泉卵をのせただけ。先日乗馬の帰りの電車の中で携帯のサイトで見たもの。超お手軽な晩ご飯になった理由は、お察しの通り、仕事が押せ押せになったせいです(笑)
 王JAPANありがとう!仕事をサボって見た甲斐がありました。7回あたりは文字通り薄氷を踏む思いで各選手のプレッシャーがひしひしと伝わり、こちらもカラダがかたまってしまうようなゲームでした。
 それにしても初の世界大会でMVPに輝いた松坂大輔だが、高校野球の最終戦以来、この人はもはやドラマチックな状況に置かれないと本気が出せなくなったんだろうし、またしてもそういう状況に置かれてしまったあたり、やっぱり並の人間ではないのである。しかし今後ますますフツーのゲームだと気が抜けたプレーをしそうでコワイ。西武の伊藤監督も今シーズンは頭を抱えるんじゃなかろうか。 

2006/03/20
鶏肉の牛蒡ソース
 久々にQPのレシピ通りに作ってみた。和洋折衷のふしぎな味わいだが、カラダによさそうな料理である。まず下味して薄力粉をまぶした鶏もも肉をニンニクを入れた油でカリッとソテーしておく。その油を少々残してゴボウの千切りを炒め、蜂蜜をカラメル状にしてゴボウにからめ、赤ワインと醤油で味付けし、水を適当に足して鶏ごと煮詰まらないにじっくり炒める。最後にセリを加えてひと煮立ちさせる。付け野菜は長芋をレンジで熱してマッシュにしたもの。ゴボウはまず斜めの薄切りにしてから縦に千切りにするといい。

2006/03/19
イイダコの煮込み、新ジャガのうま煮、レンコンとアボガドのサラダ
 乗馬の帰りに近所の総菜屋でゲット。
いやー、今日はナンジャラホイといいたくなるような一日でした。
 来週の日曜はどうしても乗馬に行けないので、2週あくのはマズイと思って、WBCの日韓戦があるにもかかわらず出かけたところ、クラブハウスでも珍しくTVが点けられてライブ放送を見せてるではないか。で、私は騎乗までまだちょっと時間があったのでTVの前に腰かけてた見たら7回でスコア0:0。多村にバントなんかやらせて失敗に終わるので、ああ、今日もダメかも……おまけにずっとアタリが出てない福留がピンチヒッターに指名されて、こりゃますますダメだと確信したのに、なんとホームランでいきなり2点ゲット。「よくやった、福留!」と叫んだのは私ひとり。もともと見てる人が少なかったし、見てる人もどうやら選手の名前を知らないみたいで、同じスポーツでもジャンルが違うとこうなんだ……と、やや驚き呆れてしまったのでした。
 で、いよいよ騎乗したら、猛烈な風が吹き荒れて馬が大昂奮。立ちあがりそうになるは、横走りするはで、私は馬の首ねっこにかじりついてしまい、落馬する人が相次いでついにレッスンは中止。風で中止になったのはクラブ始まって以来だとか。皆で怖い怖いといいながらハウスに戻ると、こんどはTVのまわりにどっと人が群がって、画面を見たら競馬中継に変わっていた。「阪神大賞典」のディープインパクト優勝の瞬間にはワーと歓声があがって拍手の嵐。まあ、当たり前だけど、乗馬クラブでは野球よりも競馬のほうがはるかに人気が高いのでした(笑)。
 レッスンはすべて中止になり、息ができないほど凄まじい砂嵐の中を文字通りジャリジャリと砂を噛みながら送迎バスの駐車場にたどり着き、なんとか白岡駅まで行ったものの、なんとJRが風でストップして復旧のメドなし。仕方なく東武動物園駅にまわるつもりでタクシーを待っていたら、前に待ってる人たちが東京まで行けるだけのお金があるだろうかと心配そうに話してるので、「あのう……」と思わず話しかけて、東武線の存在を教えてあげた。お彼岸で白岡霊園に墓参りに来ていたその人たちには大いに感謝され、駅まで相乗りをさせてもらい、社交ダンスで大会に出た話などを伺って、本当に世の中には色んな趣味の人がいるもんだなあと、今日はしみじみ感じてしまった次第である。ようやく帰宅して鏡を見たら顔は砂で白くなり、耳の中もさわるとジャリジャリしてる。てなわけで、運が好いんだか、悪いんだかわからないけど、奇妙にイベントフルな一日だったことは確かであります。

2006/03/18
おはぎ、野菜ジュース、鮭チップ
 めちゃめちゃジャンキーな晩ご飯である。大家さんにもらったおはぎが美味しかったので、いっぺんに4つも口にして、晩ご飯が食べられなくなり、適当にカルシウムとビタミン補給をした恰好だ。まあ、たまにはこういうこともあります。
 今日は仕事を済ませてから脳ドックに行った。去年の暮れから片側の顔面と後頭部がときどき痺れるようになって不安を感じ、50代になったのだから取り敢えずMRI検査をしておこうと思ったのである。
 横たわって真っ暗な箱に頭を突っ込むと何だかお棺に入ったような不気味な感じで、不快な音を聞かされること30分。脳の輪切り写真を見せられて「まだ少しも縮んでなくてミッチリ詰まってます。白い影もありません。血管も全く異常ナシ」といわれてひと安心。自分で見ても惚れ惚れするような(笑)まるで生まれたてのようにキレイな脳の映像だったが、てェことは、ひょっとすると私はなんだかんだえらそうなことを言ってても、実は普段まったく頭を使っとらんじゃないのか!という気もしたのであります(笑)。
 

2006/03/17
肉詰め椎茸、アスパラガスのソテー
 近所のスーパーで山形産の立派な椎茸がわりあい安く売られてたのでコレにしました。鶏挽肉に長ネギのみじん切り、塩、味噌少々、胡椒、粉山椒、卵、片栗粉を加えて詰める。大葉でふたをして弱火でじっくり火を通した。
 世の中何が起きるかわからないと皆様がお思いになったであろうWBCの日本準決勝進出!あまりにも意外なアメリカの予選敗退は誤審の罰が当たったのだろうか。

2006/03/16
シーザーサラダ、ゴルゴンゾーラピッツァほか
 パルコ劇場で三谷歌舞伎『決闘!高田馬場』を講談社の国兼ブチョー、堀さん、新潮社の小林姐さん、クスノセ氏、ポプラ社と国立劇場の矢内さんご夫妻、スラッシュの進藤さんと近所で食事。
 イヤー、面白かった!とにかく役者たちの大奮闘に圧倒されて2時間半をいっきに見せられてしまいました。出だしはなんだかNHKの「お江戸でござる」みたいなノリで、こりゃダメかと一瞬思ったのだけれど、それを救ったのはやはり亀治郎である。異常なほどハイテンションな「新作歌舞伎的演技」のパロディ(これによって、新作歌舞伎の演技もすでに型物になっているという事実を改めて知らされた)でくすくす笑いを誘われているうちに、ほかの役者たちの演技が歌舞伎役者にしてはリアルに見えてきて、たぶんそれが三谷幸喜的世界の真実味をうまく醸し出してくれたのだと思う。とにかく亀治郎はとても頭のいい役者である。けっして主役に向く人とは言い難いのだけれど、私は将来意外にこの人がちょうど球界の古田のような存在になって、歌舞伎界を率いていくのではないかと見ている。
 ほかに今回特筆すべきは長屋の婆さん役をやった市村萬次郎で、この人は以前国立劇場でやった「盟三五大切」で非常に面白い演技を見せてくれたが、今回はそれ以上の大ヒットで、たぶん多くの人にはこの役で記憶されるのではないか。無人芝居だけに他の役者たちもみなフル回転で、三谷さんが相変わらずそれぞれの個性をうまく発揮できるように芝居を仕立てている。下座や竹本の連中まで芝居に駆り出されて、しかも良い味を出しているのだから、三谷さんのこの種の手腕はさすがというべきか。
 しかしながらこの芝居の主役はあくまでも染五郎が扮する中山安兵衛後の堀部安兵衛なのだ。世の中で主役を張るべきこの男が、ともすればそこから逃げだしてしまう心の弱さを描くあたりもまた実に三谷さんらしいドラマ作りで、数々の犠牲のうちに最後は主役となるべき男が主役となって幕が閉じる。つまりはメタシアター的でもあるこの芝居の主役を務め果せた染五郎にもむろん拍手を送っておこう。

2006/03/15
豚肉と菜の花の辛子醤油和え、おさしみ湯葉
 QPで見た和え物のポイントは、まず菜の花を茹でる前にしばらく水に浸してシャキッとさせること。茹でてから水で冷まさずに、醤油を少し垂らして自然放置しておくことの2点。豚はしゃぶしゃぶ用の肉を使う。おさしみ湯葉は市販のものをゲット。

2006/03/14
カルボナーラ、生ハムとブロッコリーとアスパラガスとプチトマトのパスタ、鮪とアボガドのワサビ醤油和え
 現代人形劇センターの塚田さんが久々にあらわれての会食。彼女は仕事でほぼ毎年のようにインドを訪れているが、今年もすでに行ったそうである。初めて行ったのは15年前で、当時は国際電話をかけられるポイントがなかなか見つからず泣きそうになったのをふと想いだし、今では町の至るところでかけられること一つを取っても、この間のインフラ整備は素晴らしくて、急成長を遂げつつある国の勢いはまさに肌で感じるという。
 去年の冬はオマーンにも行ったそうで、あそこはインド人が非常に働き者に感じられるほどにゆったりとした国だったとか。一年のうちで最も人が働く冬場でも、人形の展示会は午前中2時間、夜2時間だけの開催で、あとは何もしなくてよいという暮らしぶりに馴れると、日本に帰るのが嫌になったらしい。ごもっともであります(笑)。

2006/03/13
山ウドの豚ロール、山ウドのキンピラ
 QPで見た料理。山ウドの皮を厚めに剥いてキンピラに。中身を千切りにして塩胡椒で下味をした豚の肩ロースに巻く。TVは人参の千切りと一緒に巻いたが、私は好きなアスパラにした。ある程度火を通して、豚から出た脂を拭き取ってから、酒、醤油、味醂で味付け。子どもの頃は何だかよく食べさせられていた記憶があって、あまり好きになれなかったウドだが、今食べると春の悶々とした気分を思わせる独特のえぐみが美味しく感じられる。アクが強いので皮は千切りにしたらあまり時間を置かずに炒めること。
 食事をしながらNHKBs2放送の懐かしの米映画「大いなる西部」を見て、私が乗馬に強い関心を持ったのはやはり子どもの頃に「ララミー牧場」とか「ローハイド」とか日本のTVでやたらに西部劇をやってたせいではないかと思ってしまった。西部劇ではないけど「怪傑ゾロ」なんてのも大好きだった。当時は何せ日本で製作したTVドラマが非常に少なくて、今の若い人よりはるかに日常的にアメリカのドラマを見ていた口である。で、私たち世代の多くにとってアメリカはとても素敵な国だったのだけれど、9.11以降というか、私はそれ以前にブッシュが大統領になった時点で、こんな2世のアホを選ぶようではこの国もオシマイだと思ったのだが、世界中でアメリカが積極的に嫌われだしたのも恐らく同時期だろう。で、今日のニュースでWBC戦における王監督激怒の疑惑の判定というヤツを見て、アチャー!近ごろただでさえBSE牛肉やら米軍基地再編問題で嫌われてるとこにもってきて、なんだってまた嫌われる材料を増やしちまったんだろう!と笑ってしまったくらいであります。

2006/03/12
菜の花ちらし、揚げ鰆の黒酢がけ、筍の磯辺揚げ
 乗馬の帰りに東横のれん街でゲット。
 乗馬クラブは畑のど真ん中にあるので目に見えて季節の推移を感じる。今日は土の色も、草の色もあきらかに春のパステル調と見えるなか、私が乗ったのは白馬だった。白馬は少ないので、一年在籍して当たったのは今日が初めてである。数頭いる白馬の中には完全なアルビノと見られる姿もあるので、ふつうの白馬は要するにただ色が白いというだけなのだろうが、やはり目立つ。で、白馬には自分が白馬だという自覚が果たしてあるのだろうか?というヘンなことを、つい思ってしまった。
 一体全体、動物にとって見てくれとは何なんだろう?大きさとか強さについては動物もむろんそれなりの自覚があるにちがいないが、見てくれも生存に関わる重要な要素だったりするのだろうか。鳥類の♂がきれいだったりするのは♀を惹きつけるためだというけれど、ああいう柄にも微妙にイケメンとブーがあるのだろうか。
 そもそもイケメンだとかブーだとかいってる人間にとって、美醜の判断の根拠って何なんだろう?まあ、基準は時代や環境によっても随分と異なるようだが、やっぱり根拠となるのは生き物のお約束で、卵子や精子をいっぱい持ってそうな人が美形と感じられるようにできてるのだろうか?
 他人を見て、何だかイイひとそうだとか、こいつはゼッタイ悪党だろうなあとか思うのは、統計的な記憶がDNAに蓄えられているからだろうし、あくまで統計だから例外は勿論あるだろうけれど、社会性に富んだ動物にとってそうした勘はけっこう重要だろうと思う。きっと猿には猿柄のよさそうな顔と悪い顔とがあるはずだが、蟻とか蜂レベルになるとどうなんだろう?
 なんて、くだらないことを考えたついでに、先日河津の亀族館に行って一番のイケメンに見えたアルダブラゾウガメの写真をここに載せた。目がとても大きいので「カメ界の団十郎」と私は呼んでいる(笑)。

2006/03/11
ホタテ貝と黄ニラとスナップエンドウの中華風塩炒め
 近所のスーパーで珍しく黄ニラと国産のスナップエンドウを見つけたので作ったオリジナルメニューだが、彩りも味わいもよくて自画自賛である(笑)。生姜のみじん切りを入れた油で炒め、鶏ガラスープ、紹興酒、塩、胡椒、隠し味の砂糖でシンプルに味付け。素材は全て火を通しすぎないのがポイントだろう。

2006/03/10
ボンゴレロッソ&ホワイトアスパラガスのソテー
 要は浅蜊入りのトマトパスタでレシピは不要だろう。近所のスーパーでたまたま生のホワイトアスパラガスを見かけたので付け野菜にした。思えば私は子どもの頃から大のアスパラ好きで、むろん当時は缶詰しかなかったが、毎日食べても飽きなかった。今でもサイドメニューによく選んでしまう。
 NHKBS2でジャック・ニコルソン主演の「恋愛小説家」を見ながら食事。今まで見たくて見損ねていた映画だったが、評判に違わず、実によくできたラブコメディである。チョー偏屈な作家と子持ちのウエートレスという何ともパッとしない組み合わせで、ディテールを丹念に積みあげて、魅力的な映画に仕上げているところがスゴイ。カップルの巧演もさることながら、隣人のゲイの画家と彼が飼っている犬の演技が素晴らしかった!

2006/03/09
鶏レバーとピーマンの甘醤油炒め
 QPで前に見て作りたかった料理。鶏レバーは紹興酒、醤油、砂糖、生姜のすり下ろしに漬け込んで片栗粉と油を混ぜてから焼く。焦げ付かせないよう、また堅くしないように、弱火でじっくり火を通すのがポイント。ピーマン、長ネギと炒め合わせて紹興酒、生姜汁、蜂蜜、醤油で味付け。今日はわざわざ遠くに足を運んで新鮮なレバーを手に入れたので臭みもなくGOOでした。
 私は小児性結核を患って幼児期に全く日光にあたらなかったので全身サメ肌になり、それを治すために4,5歳のころは毎日鶏のレバーを食べさせられていた。毎日であります!それも潰したばかりの鶏の肝で、潰してるところに連れて行かれた記憶もあります。喘息でもあったので毎日「狐の舌の黒焼き」を呑んでいました。これは炭の粉のようなものでした。ハシカにかかったときは、伊勢エビの殻を干して煎じたものを薬として呑まされていました。こんな風に書いていると、われながらとても現代人であるとは思えません(笑)。ヘンな家庭でした。

2006/03/08
甘エビの薫製、イベリコ豚のパンチェッタ、鴨肉の薫製チャーハンほか
 角川事務所の原重役、廣瀬さんと近所の「薫製屋」で会食。並木拍子郎シリーズ第2弾「二枚目」がいよいよ6月に文庫化される予定で、今日はその打ち合わせ。原さんがお連れになった廣瀬さんは以前なんと松竹パフォーマンスに勤めてらした方で、直属上司の寺川さんを始めとして共通の知人の名前がどっと出て、久々に松竹オモシロ話で盛り上がった。それにしても世間は広いようでホント狭い!

2006/03/07
日替わり弁当
 近所の総菜屋でゲット。昨日遊び過ぎたのが祟って原稿がうまく書き進められず、気がついたら夜8時を回っていた。「人間万事塞翁が馬」というのは別にこんなことを指すのではありません(笑)。「禍福は糾える縄の如し」というのも違うと想います(涙)。

2006/03/06
伊勢エビの活け作り、金目鯛の煮付けほか
 朝9時に家を出て、伊豆の河津桜の花見をし、日本で唯一の亀族館で大いに遊び、河津温泉に入湯までしてちょうど夜9時に帰宅。とても充実して楽しい半日でしたが、これの紀行文が即日入稿を控えておりますので詳しくは「オール読物4月号」をご覧ください。

2006/03/05
ブロッコリーとアスパラと豚肉の胡麻ドレ和え柚胡椒風味
 適当に作ったら結構いけた。ブロッコリーとアスパラ、彩りのパブリカ、豚肉はすべて茹で、生のオニオンスライスを加えて手製のドレッシングをかける。ドレッシングは練り胡麻、酢、砂糖、味醂、醤油、柚胡椒をバランスよく混ぜること。
 WBCの日本韓国戦を見ながら食事。今日はさすがになかなかいい試合をしてるじゃないと見てたら、ナント負けてしまった!昨日一昨日とバカ勝ちしたのがまずかったのだろうとは思うが、スポーツでも世界に通用するのは女子だけなぞと言われないようにして戴きたいものである。
 今日は乗馬日和だったがキャンセルして春先の大掃除にあてた。明日は日帰り旅行をするので、ケガをしないまでも筋肉を痛めてはまずいという判断である。河津桜を見に行く予定だが、ただの遊びではなくこれもお仕事である。詳しくはまた明日のことに。

2006/03/04
鶏ささみと空豆と高野豆腐のスープ煮
 スーパーのパンフで見た味も彩りも春らしい優しさがあふれる料理。ささみはそぎ切りにして、空豆は軽く茹でて皮を剥いて使う。高野豆腐はもどして小さく切ってもいいが、私は最初から小さくした市販の製品を使った。酒、塩胡椒でシンプルに味付けし鶏ガラスープで煮るだけ。最後に水溶きカタクリでまとめる。

2006/03/03
ちらし寿司
 雛の節句には毎年ちらし寿司を手作りするが、今夜は市販のものをゲットして、世田パブシアターで野村万作・萬斎親子の「狂言劇場」を見る。
 上手、下手、正面に橋がかりをかけ、ホリゾント全体を黒幕で闇にした空間は、照明をそんなにあざとく用いずに求心力を発揮できるので、野村親子の「あくまで狂言だがそれをできるだけドラマチックにして見せたい」という意図にぴったりだが、今回はことに演目の選定も「闇」が意識されているようだ。今夜のBプロの「瓜盗人」は夜中に畑に侵入した瓜ドロボーが案山子を人と見間違えることに端を発するし、「悪太郎」も酒に酔って道ばたで寝ている間に悪太郎は坊主にされてしまうので、共に夜の話なのだということが能舞台で見るよりも鮮明に伝わってくるのは面白かった。
 萬斎の「悪太郎」を見るのはなんとこれで2回目なので、この人はよほどこの演目が気に入ってるのだろうと思われるが、今回は前回よりはるかに堂に入って、こちらは面白く見せてもらった。最近の萬斎では一番いい出来ではないかと感じさせる舞台だった。萬斎は「悪太郎」という、自身とはおよそ対極にありそうな単純粗暴な若者を、外側から描写して内側に至り実にリアルな存在として立ちあがらせることに成功している。西洋的な意味での演じるとは本来そういうことなので、シェイクスピア劇でもギリシャ劇でも外側から描けばいいのに、なぜか内側から演じるという日本人の役者にありがちな蹉跌をきたしたのは残念でならなかった。誰か彼にそのことを言ってあげてほしいものです。

2006/03/02
鰆の味噌漬け、アスパラガスの胡麻和え、小松菜と油揚げの煮浸し
 きのう買った鰆を石野の白味噌に丸1日漬けて焼いたが、どうもシマリ過ぎた感じでイマイチだった。当たり前だが「川上」の味にはほど遠いものでありました(笑)。 
 昔から同じ姉妹でこうも違うかと思われる八つ年下のわが妹は、子どもの頃から主婦になるのが夢で(わが家は母親が女将だったので仕事をしない女性に憧れがあった模様)、某女子大でゴルフ部に入ってJJを愛読していた関西お譲の典型で、腰かけ就職を1年して数々の恋愛を重ねたあげくに見合い結婚で歯医者の妻となり、今は何不自由ない暮らしのなかで中学校に通う男児を育てている母親なのですが、近ごろは何だか妙に憂国の情(?)に溢れ、電話をしてくるたびに日本はもうオシマイだ!と嘆いています。
  彼女に言わせるとまず情けなくなるような事件が多すぎる上に、TVに出てくる芸能人にしろ、基幹産業の社長(JALばかりじゃなくて)にしろ、日本人にはどうしてこんなに下品な顔の人が増えたのかと!思うそうなのですが、なにせこれまで民主党支持者でもあっただけに、例のメール問題では永田議員に「ほんまに子どもやで」と怒りまくっていて、「そやけどお姉ちゃん、私の周りの若い人見ても、ええ学校出たはる人に限って皆あんな感じやねん。素直というか、世の中に裏があることが考えられへんというのか、社会性がものスゴク幼稚やねん。あんなんでは世界の国を相手にして駆け引きなんか出来へんで」というのであります。そしてまた「ほんまに今の若い男を見てたらロクなんがいてへん。勉強ができてそこそこ見てくれが良うて、あの永田みたいな男やで。あとはオタクか、ホストか、お笑いみたいなんしかいてへんねんで。日本はもうお先真っ暗や!」と嘆くのであります(笑)。

2006/03/01
鰆の山椒焼き、水菜と椎茸のサラダ
 スーパーのパンフを参考に作ってみました。鰆の切り身は塩と山椒をまぶしてこんがり焼く。サラダは白髪ネギ、焼き椎茸、水菜を塩とごま油を合わせただけのシンプルなドレッシングで食す。これは結構オススメ。

2006/02/28
蛸とキャベツのスパゲティ
 スーパーのパンフで見た春らしいパスタ。ニンニクと鷹の爪、アンチョビで味付け。具は蛸とキャベツとパプリカ。パスタをあげる直前にキャベツを入れて一緒に茹でるのがポイント。

2006/02/27
挽肉とアスパラガスのコチュジャン炒め
 スーパーのパンフで見た料理。春先らしい炒め物で彩りもいいのでオススメしたい一品。生姜の薄切りを入れた油でまず豚挽肉を炒め、細めのアスパラと太めの千切りにしたウド、ニンジンを炒め合わせてコチュジャン、酒、醤油で味付け。最後にごま油をまわしかける。ウドは厚めに皮を剥いて、酢水でさらしてしっかりアクを抜くこと。

2006/02/26
大阪寿司ほか
 乗馬の帰りに東横のれん街でゲット。
 土砂降りの中でもクラブハウスは満杯!去年の今ごろは閑散としてたのに、一体どうなってるの?って感じであります。東武動物公園との境をなしてた林がきれいに無くなって、馬場も厩舎もロッカーも拡張され、インストラクターが足りなくて今や養成講座まで出来る始末。
もともとは気晴らしでたまに乗りに行ければいいなあくらいに思っていた私ですが、とにかく新しい人がどんどん入ってきて、前からいる(ったって私はわずか一年前からなのに)会員はより上級のコースを目指さないといけない雰囲気のなか、インストラクターが異様に熱心に面倒をみてくれるので、その熱意にほだされてというよりも気圧されて(笑)、週1で通うはめになりました。前もこのHPに書きましたが、私はいわゆる「賑わし神」で、どこに行っても、何をしても、よくこんな目に遭います。
 水商売ではその人が開店そうそう現れたらあと誰も来なくなるようなお客さんが必ずひとりはいて「貧乏神」と呼んで忌み嫌います。そのちょうど逆さまが「賑わし神」で、うちの母親が若いころそうだったから、娘の私が才能(?)を受け継いだものと思われます。超能力と呼ぶにはおおげさ過ぎますが、これと同じ能力を持つ大島さんという友人がいて、大島さんと私がたとえばゆっくり話そうと思って、わざわざ人が誰もいない喫茶店を選んで入っても、すぐに人がドヤドヤと入ってきて、コーヒー一杯でねばることは不可能となります。
 要するに「賑わし神」は周囲に福運をもたらしても、本人は何も得をすることがありません。もっとも大島さんは「賑わし神」ならどんな業界に行っても必ずそこが繁盛して、喰いっぱぐれはしないはずだといいます。確かに私も自分が関わっている間はそこがなんとか保ちこたえてくれて、関係が切れた途端に潰れたり傾いてしまうケースがこれまで多々ありました。なので今後も転職を大いに視野に入れて生きて参ろうと存じます(笑)。ちなみに彼女は元ヅカジェンヌで当時は第一次「ベルばら」ブームのまっ只中、その後歌舞伎役者のマネージャーをしてたときは歌舞伎ブームが起こり、今は落語家のマネージャーをしています。
 乗馬ブームになったのはどうやら癒しとダイエット効果にあるようで、ひょっとすると「ロデオボーイ」という痩身マシンのTVCMも影響したのかも知れませんが、私の場合はそんなに太ってるわけでもないし、癒しはわが家で飼ってるリクガメで十分なので(笑)、動機は全然別のところにあります。
 とにかく物書き商売は何を見ても聞いても喋っても、頭の使い方がどうしても一定方向に偏りがちで、自身気づかぬうちにだんだん物事の考える範囲が狭まってしまい、多少巧くは書けても誰もが考えそうなつまらないことを書いてしまう恐れがあるので、脳みそを毎週リセットする目的でしてるという、苦しい言い訳をしておきます(笑)。つまりは頭がパアっと白くなって、アドレナリンだかドーパミンだかの脳内ホルモンがドバッと放出される瞬間が欲しいので、昔はスキーをしたらわりと効果的だったし、ジェットコースターでもいいのです。要は乗馬にスリルを求めているというわけです。故に乗り馴れてくると効果が薄まる気配があるので、今日は思いきって速歩から駈足にトライしたところ、これは大いにスリリングで、明日からまた原稿を書く意欲が湧いてきました(^。^)/

2006/02/25
フレッシュトマトとルッコラのパスタ
 結構おいしく出来たのでオリジナルレシピを記す。ニンニクと鷹の爪を入れたオリーブ油で細切りにしたベーコンと薄切りの玉ねぎをじっくり炒め、フレッシュトマトと白ワインを足して煮込む。モッツァレラチーズを加え、最後にルッコラを入れて塩胡椒で味を調える。
 TVでワールド・ベースボール・クラシックの壮行試合を見ながら食事。イチローが打ち、松坂大輔が投げるというドリームチーム王ジャパンだが、そのイチローは三振にダブルプレー、松坂はホームランを浴びるというさんざんな出来で、だ、大丈夫なの?と思いつつも、まあ、これは本番でなんとかなるでしょうという気がした。それよりも心配なのは和田と松中の打順を3番4番に据えたことで、このふたりはとてもいいバッターだけれど、日本シリーズで全く打てなくなる人たちで、何か責任を感じるとやたらに緊張するところがあるようだから、打線の中軸に据えるのはどうなんだろう……と素人ながらに思ってしまいました。

2006/02/24
石狩鍋
 QPで見た作り方はベースが昆布だし。ジャガイモと人参、玉ねぎの順で味噌を少々を加えて煮たあと、鮭とキャベツ、酒と味噌を足してさらに煮る。バターと胡椒を仕上げに使う。鮭は煮る前に塩でしっかりしめておくのがポイント。私は市販の甘塩鮭を使ったがこれでもOKだと思う。
 けさ目覚めたら外は暗くて時計はまだ6時10分を指していたので、もうひと眠りしようと思ったが、そうだ確かトリノで女子フィギュアの試合をやってるはず!と気づいてTVをつけた。そしたらちょうどサーシャ・コーエンが尻餅をついたところで、その後の試合をライブでばっちり見てしまいました(~。~)/
 フィギュアの技術なんてサッパリわからない素人でも、荒川静香の曲を効果的に使った盛り上げ方には昂奮させられたし、それより何より日本人女性の足がこんなに長く美しく見える!ようになったことに、中年の私としてはある種の感慨を覚えた次第。この前早朝にNHKに行って久々に通勤電車に乗ったが、そのときも若いOLにスラリとした美人があまりにも多いのにびっくりしてしまい、女性の容姿に関する限り、日本は確実に右肩上がり維持し続けているように思えたのだけれど、さて男性は?とその場を見渡して、残念ながら彼女たちとお似合いに見えそうな男性は皆無!でした(笑)。しかしこれって中年のオバサンは笑って済ませられるが、若い女性にとっては様々な点でとても深刻な問題ではなかろうかと思い、少子化の原因の半ば以上は男性にあるような気がしたのでした。

2006/02/23
ポルチーニのクリームパスタほか
 お茶の稽古の帰りに麹町で食事。
 お茶の大きな楽しみはなんといってもお菓子である(笑)。阪本師がお出しになるのは「鶴屋義信」特注の見た目にも美しい和菓子で、それらは言うまでもなく季節に因んだ花鳥風月を象っており、こちらは頂戴する前に必ず菓子銘をおたずねする。で、今日は鮮やかな黄色い煉切(ねりきり)の真ん中に緑色の餡をぽつんときかせた派手な色遣いのお菓子だった。いつもより少し遅めに行ったので、幸い稽古場は空いていて、弟子は私と友人のふたりだけだったが、一応こちらは型通りに「銘は何ですか?」と訊いた。するとセンセイはすかさず「卯の花やねん」と京都弁でお答えになる。「卯の花???卯の花てたしか白いし……それに季節もちょっと早すぎるんちゃいます」と私がぶつぶつ言うと、センセイはしばらくして「あっ、菜の花や」と叫ばれた。「どないしょう、今までのお弟子さんにはみな卯の花て教えてしもた。誰か気ィついて、おかしいて言うてくれはったらええのに!」
 私はもうおかしくておかしくて飲んだお茶を吹きそうになったのでした。

2006/02/22
テンペのソテー
QPで見た料理。テンペって何?と思ったら、近所のスーパーですぐに見つかったので作ってみた。インドネシアの伝統食材で、そういえば一昨年バリ島に旅行したとき食べたような気がする。大豆をペンテ菌で発酵させているのだというが、納豆のような感じでは全然なくて、ただ煮豆をつぶしてぎゅっと固めたようなもの。クセが無い味なので、大豆食品を非常に必要としている更年期の女性にオススメ(笑)
 テンペは酒、醤油でしっかり下味をし、小麦粉をまぶしてソテーする。付け野菜は茹でたほうれん草と空炒りしたシメジ、榎茸を合わせたもの。酒味醂醤油に長ネギのみじん切りと鰹節を混ぜたタレをかけて食す。
 実にタイムリーにインドネシアのクーデターを背景にした名画「危険な年」をNHKBSで放送。私は封切り時に見ているはずだが、改めて見るとすっかり忘れてるシーンが一杯あった。それもそのはずメル・ギブソンがまだ若い二枚目だし、シガニーウイーバーも肩出しドレスが似合うお嬢様である。インドネシア人の小男を演じている名女優リンダ・ハントはこの後どうなったのだろう?

2006/02/21
芙蓉蟹
 近所のスーパーでカニ缶を安売りしてたので今晩はコレにした。レシピは不要だろう、なんてダジャレではありません(^。^)/
 芙蓉蟹といえば昔は最もポピュラーな中華メニューで、私は子どものころ「秀水亭」という近所の店で食べた味が忘れられない。小さな安い中華食堂で、やる気のないオヤジさんがやってて、見た目が実に雑な出来映えだったにもかかわらず、妙に美味しかったのである。
 実家は祇園という花街にあったので、ふだん手軽に入ったり出前が取れたりする洋食屋にしろ、うどん屋にしろ、余所の土地よりも比較的美味しかったのだろうとは思うが、そうした店がここ十年か十五年ほどの間に祇園から姿を消した。きっとほかの多くの町でもそうした地味だけど安くて美味しい食堂の多くは姿を消して、代わりに大量仕入れ大量消費で採算ベースだけを考えるチェーン店がどっと増えたのだろうと思う。そうでなければ雑誌やTVに取りあげられるか何かして、とにかく名前を売らないとラーメン屋でもなんでもやっていけないのだろう。地味に気張らずにただ自分の目の届く範囲内で料理を作って、近所の顧客だけを相手にするというような商売が成り立たなくなった現実と、そこから本当の味覚が失われて外食自体がどんどん荒んでいく感じ、こうしたことは何も外食産業だけにいえる問題ではないように私は思います。

2006/02/20
根菜和風カレー
 QPで見た料理。ネギ、ゴボウ、人参、大根をほぼ同じ大きさに切りそろえて、大根以外をまず炒め、これにカレー粉と醤油で下味した鶏肉を焼き色がつくまで炒め合わせて小麦粉をふり、出汁、味醂、おろし生姜を入れて煮込んだ後、ふたたびカレー粉、醤油で味付けし水溶きカタクリでまとめ、最後にバターを入れる。思ったより美味しいし、何よりカラダに良さそうなのでコレは久々のおすすめ。
 今朝は例の「わくわくラジオ」に出演のためNHKに行った。私の入りの時刻がちょうど出勤ピークと重なってたのか、玄関で通行証を手にした職員がほぼ1メートル間隔でぞろぞろ通過するのを目撃して、ここにはこんなに沢山の人がいるんだ!と改めて実感し、つい例の視聴料問題を想いだしてしまいました(笑)。
 TVは何度か出てるが、ラジオは今回が初めてなので何かと驚かされることが多かった。まずラジオにも料理番組があるのはビックリ!今日は「ホタテ貝と白菜のクリーム煮」で、作り方が大体わかったので今晩さっそくと思ったが、帰ってきてTVを見たらやっぱりいつものQPに負けてしまった(笑)。
 で、料理番組はもちろんスタジオの外で待つあいだに聞いたのだが、放送の内容は全部スタジオの外に聞こえていて、そこには技術系の張り付きスタッフのほかに、何をしてるのかわからない人たちが大勢いて、暇そうに新聞を読んでるかと思ったら突然色めきたって何やら騒ぎだすのがおかしかった。ラジオはもちろん途中でニュースも入れば道路情報も入るし、何しろ即時性が強いので、放送内容がどんどん変更になるらしく、スタジオから村上アナが急に出てきて「何か富士山の曲ないかなあ」といったら若いスタッフが例の「あーたまをくーもーのー」の童謡CDを取りだすといった塩梅である。ひと通りの進行表はあっても台本とかは無いに等しいから、常に遊撃スタッフが何人もスタンバってなくてはならないようだ。
 私のインタビューに関していうと、こちらはただ訊かれることに適当に答えてればいいので実に気が楽だったが、村上アナのほうはこのHPを大量にプリントアウトしたものや、ほかのサイトで私について書かれたものをたっぷりお持ちで、質問内容をびっしり記したぺーパーをもとにインタビューをなさる。それがお仕事とはいえ、毎回これでは大変な労力であろうと思う。おまけに生だから、こちらがたとえばサベツ用語などをうっかりペロっと口にしたら一体どうフォローなさるのかと思うと、なかなかスリリングな現場である。だからこそまた面白いのかもしれない。
 さらに驚いたのは放送の最中に聴取者からの反応がわかることで、なんと私の高校時代の下級生からFAXが届いて村上アナがそれを読み上げられたときは、人間悪いことはできないものだとつくづく思った次第。で、帰ってパソコンを見たら、いつも私が年賀状の印刷をお願いしている近所のハンコ屋さんから「聞きました」というメールが入っていて、私に関する限りは特殊な人しかまず見ないTV番組に出るよりも、不特定多数を相手にしたラジオに出たほうが意外と反響はあったのでした。



2006/02/19
浅蜊炊き込み弁当、地鶏のサラダ
 乗馬クラブの帰りに東横のれん街でゲット。

2006/02/18
あん肝の薫製、海老とアボガドのパスタほか
 友人が来て近所で食事。

2006/02/17
蕪と牛肉の炒め煮
 QPで前に見た料理。下味した牛肉に片栗粉をまぶしてごま油でさっと炒めてから取りだしておき、その油で蕪を葉も一緒に炒めて出汁っで煮る。砂糖、酒、醤油でシンプルに味付けし、蕪がとろとろになるまでじっくり煮込んで水溶きカタクリでさらにとろみをつける。簡単にできるのでオススメ。
 今朝は近所の猫が例のヘンな声で鳴きっぱなし。昼になると部屋の中で俊寛(♂亀)が千鳥(♀亀)を追いかけてドタバタする。いよいよ春到来!

2006/02/16
鯖とブロッコリーの揚げ物
 QPで見た料理。ブロッコリーと塩胡椒して薄力粉をまぶした鯖の切り身を少量の油で揚げて、ピクルスのみじん切りマヨネーズ、マスタードを混ぜ合わせたソースで食す。ブロッコリーは生で揚げると美味しい。

2006/02/15
おでん他
 新国立劇場でイリーナ・ブルック演出の「ガラスの動物園」を見た帰りに近所で食事。
 テネシー・ウイリアムズの自伝的要素が強いといわれるこの作品を、イリーナの意図は明瞭な回想劇と仕立てることにあったようだ。まずふつうなら若い役者が扮するトム役を、白髪頭の中年男である木場勝己が演じて作者の分身であることを強調し、舞台に出てくるほかの登場人物はすべて彼の心象風景として語られていく仕組みだ。従ってトムと母親アマンダのぶつかり合いは生々しさが薄れた一方で、後年物書きになったT.ウイリアムズが若い頃に家族を切り捨ててしまった心の傷みがくっきりと浮かびあがって、ああ、これは彼がどうしても書かなくてはならない作品だったのだ!ということを改めて感じさせた。これはこれで正解かもしれないと思わせた演出である。とにかくT.ウイリアムズ作品をこれほど非リアリズムタッチで見せられたのは初めてだったので、見るこちらに多少の戸惑いがなかったとはいえないが、抽象化されることによって人物それぞれの痛ましさが普遍的に受け取れて、今日の日本社会でも大いにありそうな話に見えた点は可とすべきだろう。母アマンダ役の木内みどり、すぐ壊れそうなガラス細工にも似たピュアで儚げな魂を持つ姉ローラ役の中島朋子は共にいつもよりぎこちない感じが目についたが、それはイリーナの指導によるものだったかもしれない。現実を直視できず生きることに不器用な点において、この母娘は実によく似ていたのだということも、今回の演出はあらためて強く感じさせたのである。

2006/02/14
和風スパゲティ
 具材は毎回替えるが今宵はホタテ貝、ネギ、小松菜、舞茸で味付けはいつもと同じ生姜汁に味醂と醤油。
 今や玄関に日の丸の旗を立ててもよさそうなバレンタインデー。おとといの日曜日、渋谷の駅を通りかかったら、大勢の女性客がチョコ売り場に殺気だって群がってたので、500億円の経済効果説もまんざらウソじゃないようでした。私がOLをしてた頃はまだ無かったはずの義理チョコなるものが、いつ頃から始まって、いかなる経緯で現在のような凄まじい発展を遂げたのか、後に日本文化を語る上で絶好の研究課題となりそうな気もします。今日たまたま整骨院で治療を受けながらラジオを聞いてたら、インタビューに答える人の中に義理チョコのお返しに悩む主婦やら、義理チョコを欠礼したくて親戚の葬式と偽って会社を休んだというOLがいて、いつの間にか世の中えらいことになってるので私はもうただただビックリ!まあ、年賀状にしろ、お中元お歳暮にしろ、したくもないのにしなくてはならないという強迫観念が生まれて自縄自縛に陥るのはどうやら国民性と見てまちがいないでしょう。私はチョコ大好き人間なので、いつもこの季節2/14が済んだとたんにスーパーでチョコの安売りが始まるのを楽しみにしてたのですが、今年はなんとカメラマンの大橋さんから白金エリカのを送って頂いて有り難く頂戴しました。とにかく美味しいチョコが食べられるのは喜ばしいことなので、これは建国記念日なんかよりずっと有り難い日なのであります(笑)。

2006/02/13
ゴボウとシラタキの炒め物
 QPで見た料理。具だくさんのキンピラである。ゴボウは皮を剥かずに千切りして水にさらすこと。ごま油に鷹の爪を入れ、ゴボウ人参の次に、下茹でして余計な水分をなくしたシラタキをさらにしっかり炒めて水気を完全とばすのがポイント。肉は堅くならないように酒をふり片栗粉をまぶして炒める。ほかに椎茸と三つ葉を加え、砂糖、味醂、醤油、オイスターソース
で味付けする。
 今日の夕方は例のNHKラジオのCP辰巳さんとアナウンサーの村上さんがわが家にお越しになって、例のインタビュー番組の打ち合わせと相成った。なるほどラジオの生番組の場合は事前にアナウンサーとあるていど打ち解けておかないと成り立たないからだなあと、ひとまずは納得しながら、尋ねられるままに私の生い立ちから学生時代、松竹時代、ぴあのことや近松座のことやその後小説を書くに至った経緯に至るまでたっぷり2時間お話したのだが、歌舞伎のことはそんなに訊かれないので、途中からアレッ???てな感じでちょっと不思議な気がし始めたのである。ジャーマネの進藤さんの話だと「歌舞伎の日」にちなんでというので、こちらは何人かの人に歌舞伎について語らせる番組なんだろうと勝手に思い込んでいたのだ。ところが最後のほうで「いやーお話聞いてると松井さんの人生も波瀾万丈ですよね」と村上アナにいわれた瞬間、ひょっとしてコレって日曜の昼間に日テレでやってる「波瀾万丈」のラジオ版なわけ……という気がしてきて、ああ、だから私に曲のリクエストもさせたんだとようやく納得した次第(笑)。村上アナのお話だと最近では女優の中島朋子さんや男優の白井晃さんや劇作家の三谷幸喜さんが出られたようで、今回は一体なぜ私が選ばれたんですか?と訊きたいくらいだったが、まあ、毎日やってる番組だから出演者の中にはそれなりに派手な人も地味な人もいるんだろうと思うしかない。で、本番になったらその場の成りゆきで全然別の話になってもいいですから、ということで、要は生放送で村上アナと50分間適当におしゃべりをして過ごすみたいである。NHK第一放送でやってる「きょうも元気で!わくわくラジオ」という早朝から正午までの番組だが、私の出演は20日の10:05から10:55までだそうなので、もしご興味があればどうぞ。まあ、月曜の朝っぱらからラジオなんか聞いてられるか!と仰言るお方ばかりだと思いますが。


2006/02/12
穴子寿司ほか
 乗馬クラブの帰りに東横のれん街でゲット。
 ワタシ的には今日が一番寒い!と感じられた乗馬でした。なにせ冷たい空っ風がびゅんびゅん吹いて、馬場は乾燥してるから砂ぼこりで真っ白。馬耳東風なんてのは大ウソで、馬は風に過敏に反応することもわかりました。
 インストラクターの話だと馬は犬と比べて理解力は劣るが、記憶力は優れているそうです。というわけで、馬にはワイロがききます(笑)。私は今日初めて専用馬に家から持参したワイロをそっと渡しました。ワイロとは言うまでもなく人参です。 

2006/02/11
鶏団子と小松菜の鍋
 前にQPで見てコレはいけそうだと思ったが、本当に美味しいのでオススメしたい。鶏の挽肉には卵と片栗粉のほかに生姜のみじん切り(すり下ろしでないところがミソ)と山芋のすり下ろしを加えて醤油と味醂で少し味付けしておくのがポイント。鍋の出汁も醤油、味醂、塩で味付けしておく。鶏団子と小松菜が煮えたあたりで大根下ろしを加える。3つの味が抜群のハーモニーでどれが欠けてもいけない。
 TVでトリノオリンピック開会式の録画を見ながら食事。氷上でフェラーリを走らせたのとオノ・ヨーコが現れたのにはビックリ!ハバロッティの「トウーランドット」を聴かせてくれるのだから、やっぱりイタリアはステキだ。他国の開会式を見るたびに、日本だと出演させて世界に恥じない芸能人て誰だろう?なんてことを考えてしまうのでした。
 ところで今日は建国記念日だと思ってる人って世間にいるの?ってな感じで、今の学校ではこの日のことを一体どういう風に教えてるのだろうか。私が子どもの頃は、戦前の紀元節を復活させたこの日に抵抗のある人たちが大勢いて、結局何も教わらなかった気がするので、今の親や先生が教えられるとはとても思えないのだが、建国記念の日というご大層なネーミングだけして、こんなにいい加減にしてしまうのは、某歌舞伎役者が最近やった襲名公演に似てる気がしないでもありません。
 2月11日は神武天皇が即位した日といわれても、その神武天皇って本当にいたのかどうかもわからないのに、先日TVを見てたら皇室典範の改正論議をめぐって「神武天皇にまで遡る血を途絶えさせることになるわけですから」なぞと平気で仰言るコメンテーターがいて、これまた初代から十八代までの勘三郎がずっと血でつながっているように報道されてたのと同様に、頗る科学性を欠いた見識といわなくてはなりません。こうしたいい加減な報道を許しておくと、昔から本当につながってることも皆ウソだと受け取られてしまうから、建国記念日が廃れたように、保守的な人びとにとっては却ってマイナスになると思われるのですが、そんなふうにも考えられないくらい、保守的な人びとの脳みそは劣化しているのでしょうか。
 皇室典範論議も結局うやむやにされたように、本当にこの国の人びとは物事を曖昧にしてしまうのがお好きですが、私は曖昧なことが嫌いなので、近ごろ読んだ史料から天皇のことについて少し書いておきます。
 十返舎一九の著作などをいろいろ読むと、案の定というべきか、江戸時代の人は概ね天皇を神主の親玉のように思っていたようです。維新で御輿に担がれたのは確かですが、明治初期の新聞を読むと、意外なことに天皇と皇族は一般庶民と同じようにちゃんと戸籍に載せられています。古墳を曝いてDNA鑑定をすることまではまだ無理としても、せめて天皇にいつから戸籍が無くなったのか、そしていつ頃からどういう連中が神のごとき存在に祭り上げていったのか、歴史学者はその点をちゃんと指摘して戦争責任の所在を明らかにすべきだったはずですし、今後の皇室典範論議にも歴史科学的見地から発言をして戴きたいものなのですが、大体天皇家のことを研究しようとするような歴史学者を輩出する学閥自体がどうも信用がおけそうもないので、この問題はどこまでいっても明らかにならないのかもしれません。嗚呼!

2006/02/10
酒の粕揚げ
 QPで見た料理。要は天ぷらの衣に酒の粕を加えるというだけなのだが、ちょっと味の想像がつかないので結構ワクワクしながら作った。で、たしかにしっかり酒の粕の味わいがきいて、最初のひと口はなかなか乙なものでした。是非一度おためしを。酒の粕は水を加えて電子レンジで柔らかく溶いてから使う。揚げ油の温度は中温に。衣がはがれやすいので注意すること。塩と砂糖と黒ごまを混ぜたものにつけて食べるのだが、この取り合わせがまたなかなかいい。今回は海老と、アスパラと椎茸を揚げた。衣がはげやすいので、火の通りやすい食材がよさそう。

2006/02/09
カツサンド
 シアターコクーンでケラの「労働者M」を見て幕間に食事。なんたって終演が22:30と来てはもちませんでした(^ ^;とにかく3時間半は長すぎで、客席の反応もイマイチだったが、正直言って私はあまり期待しなかったわりに実のところ案外面白く見たのである。
 「革命」というテーマが今けっこう演劇にフィットするんじゃないかと思ったのは去年スカパーでペーター・ヴァイスの「マルキ・ド・サド演出のもと〜」(12/6の項を参照)を見たときにも思ったのだが、それは何も「格差社会」に移行した現実を反映してのことばかりではない。富める者も貧しき者も皆一様に市場原理に絡め取られてしまう現実から抜けだせない状況と、そこを脱しないと個人も全体も崩壊するという危機感は今や地球に住む人類全員が共有してるといってもよさそうで、「革命」は確かに待望されているのだけれど、それはかつての社会主義革命のように単純にはいかないのも皆よく知っているので、多くの人びとが躁状態か鬱状態に極端に振れているのはまぎれもない現実だろう。で、「労働者M」はそうした現実を極めてストレートに衝いた作品で、「認められたい、役に立ちたい、ステキに生きたい、そしてあともう一つの何か」に駆りたてられる人びとのリアルな日常と、それを俯瞰して見せるふたつの世界が同時進行する。一方の世界は「いのちの電話」に絡め取られてマルチ商法の一員となって働く人びとの事務所であり、一方はどうやら土星人(笑)に監視されている収容所であるらしく、シュールな設定がケラらしいディテールにこだわったセリフと仕掛でコミカルに展開する。ケラのセリフはどれもメタフォリックに非常にいいところを衝いていて、役者も大方それをうまくこなしているし、金がかかった大仕掛けも見せてくれるのに、ディテールがふくらみすぎて活き活きしすぎるあまりなのか、個々の場面は実に面白く見ていられても、ラストで膨大な時間を費やして見たという充足感が得られにくいことが観客の反応をイマイチにさせたのかもしれない。私はさらっとしたラストが好きだったが、その直前はもっと盛り上がってもよかったように思う。たとえば近ごろの野田マップのような妙に情緒的に盛り上げて誤魔化すみたいなことをしないのがケラのいいところなのだろうが、この芝居をほかの演出家がやったらどうなるだろうという興味も湧いた。とにかく役者は今回ケラの芝居に欠かせない犬山イヌコのほかも非常にいいメンバーを揃えていて、中でも松尾スズキがとてもいい味を出していた。私はこの人が物書きとしてよりも役者として好きである。堤真一もこの人のワイルドというより雑ぱくな持ち味がうまく活かされているし、キョン2も今まで見た中では一番マシだった。

2006/02/08
ほうれん草のミネストローネ、明太子スパゲティー
 ミネストローネのいい加減なアレンジだろうと思ったら、QPの先生はトマトが取れない北イタリアの料理だと紹介して、半信半疑で作ってみたら実に美味しいのでオススメ。ニンニクを入れた油でベーコン、人参、玉ねぎ、セロリを炒め、スープを足し、そこに湯でもどしたレンズ豆、軽く塩茹でしたほうれん草、最後にジャガイモを入れて煮込み、塩胡椒でシンプルに味付けする。材料を細かくするときにすべてほぼ同じ大きさにそろえるのがポイント。レンズ豆はとろみがつくのでなるべく加えたほうがいいと思います。

2006/02/07
牡蠣とアスパラとパプリカの炒め物
 牡蠣には片栗粉をまぶしておく。ニンニクと生姜のみじん切り鷹の爪を入れた油で炒め、酒、砂糖、醤油、胡椒で味付け。アスパラとパプリカは別々に炒めてあとで合わせたほうがキレイに仕上がる。
 NHKからまた仕事の依頼があった。こんどはラジオの生番組で2/20の「歌舞伎の日」にちなんで40分もインタビューを受けるという話である。そもそも「歌舞伎の日」なんていつ制定されたのかも知らなかったが、小林恭二氏の「カブキの日」と何か関係があるのだろうか? 2/20は阿国が江戸で歌舞妓踊りを披露した日として当時の記録に残されているものの、私が松竹に関係してた頃は「歌舞伎の日」なんて聞いたこともなかったので、恐らく最近ぞろぞろ出来た制定目的がよくわからない記念日(?)のひとつなのだろうと思うしかない。ともあれラジオの生番組ともなれば、言葉が出てこなくて穴があくのが何よりも恐ろしいので引き受けるかどうか迷ったが、ふだんそれだけ隙間恐怖症的おしゃべりをしてるんだから大丈夫じゃない、とジャーマネの進藤さんにいわれて引き受けることにした。で、番組の中でリクエスト曲を流すというので、それは当然リスナーのリクエストだと思っていたら、今日の昼間進藤さんが電話してきて「曲のリクエストはあなたがするんだって」と笑いながらいうではないか。「ええっ!私のリクエストなの……」とこちらは絶句しながらも、なんだかヘンに喜んでしまった。受験生のころによくラジオの深夜放送を聴いていて、リクエストのハガキも出したが当たったためしがなかった。ラジオで自分の好きな曲がリクエストできるなんて、しかも2曲も!と思っただけでにそにそしてしまう。人生ほんとに何が起こるかわからないというよりも、私もホントくだらないことに喜びが見いだせる人間だというべきなのでしょうか。てなわけで、だれかリクエストしたい曲がある方はどうぞ今のうちに仰言って下さい(笑)。

2006/02/06
里芋サラダ
QPで見た料理。ポテトサラダに飽きたらオススメ。
マッシュした里芋をマヨ、塩、レモン汁で和えて、マヨで炒めて醤油で味付けした椎茸、エリンギと混ぜ合わせ、小ネギと干しエビをトッピング。里芋は頭とおしりを落として皮付きのままで水から20分くらいじっくり茹でること。椎茸とエリンギはい1cm角にして炒める。干しエビは炒って香りを出すのがポイント。

2006/02/05
干し大根入り卵焼き、酸辛湯、イカ団子、腸詰め、ビーフン
 三村さんを乗馬に誘って帰りに渋谷の「麗郷」で食事。真昼に月が見えるほど空が澄んで、とにかく寒い日であるにもかかわらずクラブは相変わらずの大盛況でした。
帰ってネットニュースを見て、今日一番の面白ネタはなんたって007シリーズも手がけたリー・タホマリ監督が売春のおとり捜査にひっかかって逮捕された事件。「買春」ではなく「売春」というところがミソで、要するに女装して捜査官に言い寄って御用と相成ったわけです。著名な文化人で女装趣味の人のウワサは私もよく耳にしますが、売春までしてたという話はまだ聞いたことがありません。リー監督の周囲の人は皆ある程度彼の趣味を知ってたはずで、オイオイ捕まるようなドジ踏むなよ!と嘆いてることでしょう。

2006/02/04
鱈チゲ
 物凄く寒い!のでコレ。煎り子だしベース。味噌にコチジャンとニンニクのすり下ろしをたっぷり入れて味付け。ほかの具は白菜、白菜きむち、ニラ、ネギ、舞茸、豆腐。テレビの天気予報が明日は今シーズン寒気の底と伝えるなか、私はまたしても乗馬に出かける予定でおります。

2006/02/03
関西風おでんほか
 翻訳家の松岡和子さんから文春の内山さんを通じてご招待を戴いた『間違いの喜劇』を埼玉芸術劇場に見に行った帰りに近所で食事。
 シェイクスピアの数ある双子物の中でもそれが最もストレートに且つスラプスティックに展開されるこの作品は前に野村萬斎の演出・主演で見た覚えがある。彼がNHKの子ども番組で流行らせた「ややこしや、ややこしや」のフレーズはこの芝居が発信源で、文字通り二組の双子が入り乱れるややこしい展開を狂言ならではの仮面を巧みに使った演出で成功させた。これを萬斎が仮面劇に仕立てたのは中世イタリアのコメディア・デラルテの流れからいっても正解だったのだと思えたのは、今回の蜷川演出もその流れを汲んで、双子のひと組をアレルッキーノ仕立てにしていたからである。蜷川さんお気に入りの高橋洋がそれを演じて大奮闘を見せたが、如何せん、この男優は大ファンの内山さんも言うように、さほどシェイクスピア向きではないのと、何よりもアレルッキーノ(即ちピエロの原型)はかなりアクの強いコメディアンでないとやはり成り立たないという厳然たる事実を突きつけた感じである。もう一組の双子を演じた小栗旬はけっして巧くはないが、それなりに華があって、この人も近ごろは蜷川さんのお気に入りだ。で、私のお気に入りは女形でよく起用される月川悠貴で、近ごろ歌舞伎にあまりコレといった女形を見つけることができない私はこの人にハマっている。完全なニューハーフで、肩出し胸あきドレスを着ても何ら違和感がなく、大昔のピーターを彷彿とさせるアンニュイなセリフまわしがたまらない。もうひとり女役に扮した内田滋もまた、セリフには少々難があるものの、実に美しくて且つ妙に健康的なエロティシズムを発揮し、女形がもはや淫靡と頽廃で語られる存在ではなくなったという時代の流れを強く感じさせた。ほかに今回印象に残るのは宝石商をオカマっぽく演じるたかお鷹で、これは久々の儲け役といったところか。男優だけのシェイクスピア劇をアップテンポの祝祭的な演出でさらりと見せて遠い埼玉の劇場から早く帰してくれた(笑)蜷川さんと、楽しい芝居にご招待してくださった松岡さんに感謝!

2006/02/02
鯖のみそ煮
 レシピは不要だろう。わけぎが美味しい

2006/02/02
鱈豚鍋
 スーパーのパンフで見た料理。鶏ガラスープをべースにするのがポイント。ニンニクのみじん切り、すりゴマ、醤油、ラー油とスープを合わせたタレで食す。野菜は白菜、春菊、万能ネギほか。

2006/02/01
ホタテ貝とアスパラガスの中華風炒め
 わが家の定番メニュー。生姜のニンニクのみじん切りを入れて香り付けした油で炒めて、鶏ガラスープ、紹興酒、塩、胡椒でシンプルに味付けし、水溶きカタクリでまとめる。

2006/01/30
ハンバーグと蟹クリームコロッケの定食
 広尾の中央図書館の食堂で窓から六本木ヒルズを眺めながらの食事。周囲に高い建物が少ないせいか、ヒルズタワーは暗喩でなくバベルの塔っぽい見え方をしてた。で、学生風の男子がケータイで話してるのを何げなく聞いていたら、どうも友だちのカノ女について語ってるらしくて「胸デカイしさあ、まあ(タレントの)ダレかに似てるって言われて会ったらチョイへこむ感じ。でもまあ美人みたいな……」というような不毛な会話が延々と続いて、とにかく胸デカイというフレーズが何度も出てきたのには笑ってしまった。
 しかし私はわざわざ何も現代の若者を観察するために行ったのではなく、時代小説を書き進めている最中にどうしても調べなくてはならないことが出てきて、今日は午後から急きょ予定変更で資料集めをしてたのであります。そういうことは編集者に任せて執筆を早く進めてくれと思われる向きもあるだろうけど、調べ物を人任せにするセンスは持ち合わせていないもんで仕方がない。もっとも小説に使うすべての事柄に関して全部一から古文書に当たってたのでは仕事は一生かかっても終わらないので、さまざまな研究論文で学ぶはめになるのだが、それにしても我が国における人文科学系の研究論文ほど読みづらいものはない。いっそ一から原史料に当たったほうが早いのではないかと思うくらいに、読んでいて頭がちぎれそうになるのは、研究者の多くが整理能力に乏しくて文章がへたくそなのもあるけれど、何よりも内向きに書いてるので、内容の伝わる相手が限定されてしまうのであります。

2006/01/30
ニラ饅頭ほか
 乗馬の帰りに東横のれん街でゲット。
 空はもう完全な春の色とあってクラブはますます賑わいを見せるなか、今日乗ったのはまさしく春風的なのんびり屋の馬でなかなか走ってくれません。で、インストラクターからお腹を踵でもっとガンガン蹴って!もっと笞を使って!とアドバイスされ続けてるうちに、私はある時点で自分がブチッとSモードに切り替わったのがわかりました(笑)。性格の基調はどちらかというとMのほうだと思うのですが、SとMは+と−の違いで、絶対値の高い人は常にどちらにでも転がる可能性を秘めているものと思わなくてはなりません。よく周囲から日ごろおとなしいと思われてた人が突然ブチギレたりするのも、この手のケースではないかという気がします。私はふだんおとなしいとまではいえないものの、コワモテの割には温厚そうに振る舞っているつもりですが、昔から一旦キレると凄いSに転じて他人をびびらせてしまうところがあるので、そうならないよう注意しております。で、長期で見るとM傾向の強いときとSに傾くときとが交互にやってきて、近年はずっとM波だったのが、そろそろS波に切り替わる予兆かも知れないと思わせた今日の乗馬でありました。
 帰ってきてすぐに始めたのが去年の領収書の整理。税理士さんから今週中に来て欲しいといわれてるので、とにかくざっと仕分けだけすると、いつもながらに、ええっ、コレって去年のことだっけ!と驚くことが沢山ありました。こういう感覚はきっと皆さんお持ちになってらっしゃるはずで、一年があっという間にたつにもかかわらず、去年の出来事はなぜだか何年も昔のことのように思われるのですから、これまた裏腹の関係というべきか、人間の感覚とは実に摩訶不思議です。

2006/01/28
かぶら蒸し、えぼ鯛の開き
 かぶら蒸しはすり下ろすのが手間なだけで、案外カンタンにできるので最近よく作るようになった。えぼ鯛の干物は近所のスーパーで今日のサービス商品でした(笑)
 ええっ、もう土曜日なの!と叫びたくなるくらいに一週間のたつのが早い。明日はまた乗馬である。今年になってやたらに気ぜわしいのは毎日曜日に乗馬に出かけて、家でのんびりすることが全くないからだろう。この調子だと一年とてももちそうにないが、乗馬クラブの会員がどんどん増えてるために、早く入った会員にはレッスンのクラスアップをしてほしいようで、インストラクターが熱意をもってこちらに努力を求めるのである。なんだか私は根が怠け者のくせに昔から何をやっても大変になるのだが、まさかこの年でこんなに努力を求められるとは思わなかったのは、小説も同様である。去年の暮れから新聞連載が始まったので、平日は1日に2本の小説を書き進めるようにしており、これじゃまるでホントにプロの小説家みたいじゃない(笑)というようなハードな仕事ぶりなのであります。
 1日に2本の小説を書くと、私が私自身でいられる時間が減ってしまったような不思議な感じで、何本もの連載を抱えてる人はどんなだろうと思うと空恐ろしくなります。で、そこから残された人生で何が大切といって、私は私自身と付き合う時間のような気がしてきました。自分がこの世から完全消滅するのを一番惜しむのはだれあろう、自分でしかないというのは、別にナルシストに限ったことではなく、万人共通の真理であるような気がする今日この頃であります。

2006/01/27
ナシゴレンほか
 歌舞伎座で舞踊公演を見た帰りにお茶の阪本先生らと赤坂のキャピタル東京で食事。
 4題ある舞踊のうちで一番見応えがあると思わせたのは、やはりといううべきか、富十郎の「北州」だった。これは大田蜀山人(南畝)の作詞というだけあって、詞の連ね方の巧みさを今日の踊りで改めて実感させられた。つまりは富十郎は歌詞の内容をそれだけはっきりと伝えることのできる舞踊家だということである。日本舞踊においては実はそのことが最も大切なのだが、舞踊家でさえそれを自覚する人が少ないという嘆かわしい現状で、「北州」のような、歌詞の連ね方が巧みな分シチュエーションが次々変わる舞踊はかえって淡泊にサラサラと舞われてしまうケースが多い。今回はあのくそマズイ!家元延壽太夫の清元でさえ何を語っているのかがわかるくらいに富十郎が丁寧に躍り込んで、この格調高い難曲を非常に面白く見せてくれた。
 井上八千代の「弓流し物語」は当代の五世家元が得意とする二代目八千代振付、つまりは人形ブリに主眼を置いた作品で、このところいささか不振の続いた当代八千代が放った久々のヒットといえそうである。人形身でピタリと決まった姿は極めて鮮やかで且つ大きく見えたものの、この曲は残念ながら「長刀八島」のようなクライマックスのはっきりした作品ではないために、一般の観客にはイマイチ面白さが伝わりにくかっただろうと思う。
 問題は新勘三郎の「鏡獅子」で、これが本公演のいわばメーンエベントであるにもかかわらず、一体どうしちゃったの?と言いたいくらいの不出来。襲名を終えて休養明けでかえって疲れがどっと出ちゃったのだろうか。出てきたときから妙に精彩を欠いていて、白粉のノリも悪そうだと思っていたら、扇を何度も取り落としそうになったり、手が震えていたり、とにかく私は前から三列目のど真ん中で見ていたためにハラハラし通しだった。獅子の毛振りもあっという間に終わらせたから、やはりよほど体調が優れなかったのだろうと思うしかない。まあ、こういうことがあるから舞台は怖いし、また面白いともいえるのだ。
 もう1本は彼の息子たちによる「棒しばり」で、つまりは4題中2題が中村屋一門の演し物だから、客席はほぼ中村屋のお客さんで占められているのだろうが、こんな不出来な「鏡獅子」にもやんやの喝采を浴びせるご贔屓を抱えてしまった勘三郎の将来を思うと、他人事ながらちょっと暗い気持ちになってしまった。当人はもっと落ち込んでるんじゃないだろうか。
 で、子どもたちだが、長男の勘太郎は親父によく似てきたものの、踊りはそう器用なたちではない。まあ、それなりにカタチにはなってるという程度。役者としてもまあ素直な優等生タイプで、もっと弾けるところが欲しい。私は今のところ、例の不祥事を起こした弟の七之助のほうが将来ひょっとしたらバケる可能性があると見ている。

2006/01/26
回鍋肉
QPではこれの牛肉バージョンをやってたので、それと同じ調理法で通常の豚肉を使った。肉には下味をつけとくのがポイント。先にニンニクと肉を炒めて取りだし、その油でネギ、キャベツの順に炒める。キャベツには少し水を振って蒸し炒めのようにすると油をたくさん使わずに済む。味付けは記すまでもないがテンメンジャンと醤油。
 昨日からのニュースでずっと気になってるのは例のおかしな呪文で女性を身のまわりに11人も集めて暮らす一夫多妻男の顔だ。最初映像にモザイクがかかってたときは昔の「イエスの方舟」みたいな貧相なオジサンだろうと思ってたが、モザイクがとれたら意外にも濃い顔が現れた。で、私はその顔をどうしても初めて見たような気がしないのである。いわゆる役者顔なので、誰に似てるんだろう?と、あれこれ考えてはみたのだが、どうしても思い当たらない。私と同じような感想をお持ちの方はいないだろうか。それとも私はあの男にブラウン管を通して呪文をかけられてしまったのか(笑)とにかく気になって仕方がないのであります。

2006/01/25
カサゴと豆腐の煮付け
 この寒さでついにわが家のリクガメが風邪をひいてしまった。丈夫なので割とほったらかしにしてたメスのほうがやられて、朝から大きなくしゃみを何度も繰り返し、切なげな咳をする。笑い事ではない。カメは横隔膜がないから風邪は重病で、下手をすると死に至りかねないのである。前にカメを買ったショップで、ポカリスエットが人間の点滴薬代わりになるから風邪をひいたら飲ませるといいと言われたのを想いだして、なんとか飲ませようとしたが、もともと野菜や果物から水分を摂取して直に水を飲まないので大変に厄介である。温浴をさせるにも湯冷めしてはまずいので、こちらは付きっきりだ。で、暖房をガンガン入れて夜になったらくしゃみが治まってきたので、このまま少し様子を見ようと思う。爬虫類専門の病院がないわけではないが、遠いので一日がかりになるし、寒い外に出すのは余計にキケンだろう。で、これがただの風邪だといいが、亀インフルエンザだったりしたらどうしよう。私は世界初の感染者となって人類滅亡の引き金をひくのだろうか(笑)

2006/01/24
牛肉のサッと焼きレモンしょうゆがけ
 スーパーのパンプで見た料理。肉の上にのってる白いものは大根おろしではありません。玉ねぎをすり下ろしたもので、要は簡単シャリアピン。もも肉をオリーブ油でソテーし、付け野菜のアスパラガスは塩茹でするというヘルシーメニューです。

2006/01/23
牡蠣の味噌鍋、むかご御飯
 八丁味噌で甘めに仕上げた。具材はほかに白菜、春菊、ネギ、舞茸、焼き豆腐。牡蠣は先に入れて出汁をとったあと一度鍋から出してほうが煮え過ぎて硬くならない。いざ食べようとしてTVをつけたら、ホリエモン逮捕の速報がちょうど流れているところだった。
 この人物について、私は自分とあまりにもかけ離れた考え方の人だから、却って嫌な感じは持っていなかったほうで、まあ、ちょっと露悪的で挑発的なところが子どもっぽいなあと見ていたのだけれど、選挙に出たときは賢いように見えてただのアホなのか?と思ったものだ。「僕らは生まれたときから日本にちっともいいことがなかった。それがようやくいい方向に変わり始めてるんだから、改革の風は絶対に止めちゃいけないんだ」というようなことを、わりとマジに言ってたりするんで、ああ、確かにこの世代にとってはそうだったろうなあという同情を覚える反面、なんて世間知らずなんだ!こういう子はきっと親からして日本の国情に無知なノーテンキ世代なんだろうと内心バカにしたのである。で、今回の逮捕劇を見るに及んでもまた、こんなにスレスレのことを自覚的にやってる人間が、なんで選挙に出たんだ!人もあろうに亀井静香なんかを敵にまわして!と思わずにはいられなかった。亀井が警察OBであることを知らなかったとでもいうのだろうか。選挙で亀井にあんな苦渋を呑ませて、ヤバイとは思わなかったのだろうか。権力や富のある人たちはみな多かれ少なかれスレスレを犯してて、それが罪として裁かれていない例が多々あるのは(ここには書けないけど)私のような人間でも何人か数えられる。罪に落とすか落とさないかは昔から権力の胸三寸で、その権力も微妙なバランスで成り立ち、いうなればパワーゲームの所産が数々の疑獄事件なのである。ホリエモンは果たしてそのパワーゲームをマネーゲーム並にちょろいと見てたのだろうか?それともヤバイことを隠蔽するために権力を利用するつもりで、逆に利用されてポイ捨ての憂き目にあったのだろうか。いずれにせよあまり利口な人間のすることとは思えないのであった。

2006/01/22
揚げ豚とごぼうの黒酢和えほか
 乗馬の帰りに東横のれん街でゲット。
 馬場周りの畑が一面まっ白となるなかで今日もクラブは大盛況。世の中には小説好の人、芝居好の人に負けず劣らず馬好きの人が沢山いらっしゃるのであります。で、馬の顔はたしかに可愛いところがあるし、顔にもそれぞれ個性があるのはよくわかったものの、私はまだ馬面の美醜を判別できるところまではいっておりません。この馬はクラブNo1のハンサムボーイなんですよと紹介されても、はあ……てなもんなわけですが、今日乗った馬はクラブ1キュートだと評判の若駒で、乗るための準備をしてたら、若いきれいなお嬢さんが方がドッと群がってきて、その馬に抱きついたり、頬ずりしたり、写真撮ったりと、もう大変な騒ぎで、カレシ(もしくはそうなりたい男性)が見たらヤキモチをやきそうな光景でした。私は馬よりもまだ亀のほうに愛着があるので、たしかに亀の顔に可愛らしいのもあれば、ブサイクなのもいると断言できます(笑)。

2006/01/21
カリフラワーとブロッコリーと蟹の炒め煮
 スーパーのパンフで見た料理。ネギと生姜を入れた油でカリフラワーと蟹を炒め、酒をふり、スープと塩胡椒で味付けして蒸し煮にし、最後に別に下ゆでしておいたブロッコリーを加えて水溶き片栗粉でまとめる。蟹はロシア産の生タラバ蟹がとても安かったのでそれを買った。
 昨年末から蟹が急に安く市場に出まわりだしたのは、鈴木宗男が議員に返り咲いたからだと私はにらんでいます(笑)。これはあながち冗談ではありません。去年の春、旭山動物園に行って、帰りに旭川の鮨屋で食事をしました。北海道ならではの海産物がぞくぞく出てくる中で、なぜか蟹が出てこないので理由を訊いたところ、近年ロシア海域の良質安価な蟹がまったく入って来ないとのことで、「ほら、やっぱり鈴木さんが議員を辞めちゃったから」と言われ、それと蟹にどういう関係があるの?とそのときは思ったものです。で、昨日「あら輝」で北方四島沖で取れた素晴らしい海胆が出て、「プーチンが日本に来てたときは築地でこれ手に入らなかったんですよ」と言われてまた???となったけれど、ロシア海域の密漁品だからだと言われてナルホド!要するに海胆も蟹もいいものはほとんどがロシア海域の密漁品というわけで、鈴木宗男は恐らくロシアの末端の役人と太いパイプを持っていて、密漁を見逃すように働きかけているのだろうと、私は思うのであります。
 今日は丸1日雪が降り続いてさすがに散歩もできず、明日はかならず乗馬に出かけるつもりですが……

2006/01/20
あら輝
 中村京蔵と一緒に世田谷中町の「あら輝」で食事。この店はなかなか予約が取れなくて大変だが、今日はうまくいって久々に美味しい鮨を堪能した。ご主人の大サービスで今日は凝った酒肴をいろいろ出して戴いた。中でも茶で燻蒸した鰤の肝は他にたとえようのない絶妙の味わい。虎河豚の白子の握りももう一度食べたい!で、お腹一杯食べてお酒も呑んで、ええっ、やっぱりこの値段なの?と驚いて、これはご祝儀を置くべきかとは思いつつ、あいにく大きな札しか持ち合わせがなかったので失礼してしまいました(^ ^;
これまでもここで何度か触れた中村京蔵は30年来の親友で、近年は「勘定奉行」のTVCMで知られるようになったが、本業は歌舞伎役者で、師匠は現役最長老の女形、日本俳優協会会長の中村雀右衛門師である。雀右衛門師は御年85歳ながら、筋トレで肉体を鍛え、舞台ではいまだに美しく見える驚異の女形である。お人柄も大変に良い方で、私は以前この方に六本木の「キャンティ」でご馳走になったが、お年の割に食事量が凄いのに驚いて、お元気の秘密を教えられたような気がしたものだ。で、この雀右衛門師を弟子の京蔵は「旦那」と呼んでいて、今日も当然のごとく「旦那」の話が出た。
 先日、京蔵は旦那に衣裳を着せている最中に「おい、京蔵、お前こないだテレビで亀のニュースやってたの見なかったか。どっかの国の亀は百五十年も生きてるらしいぞ」と言われたそうである。京蔵が言うには「わたし思ったのよね。旦那も百五十年くらい生きたいんだろうなあって。で、わたしハッキリ言ってやったのよ。旦那はどうぞ長生きしてください。その代わり私も衣裳さんも他の弟子もみんな先に死んじゃいますから、旦那はこの衣裳を独りで着るんですよって」
 微笑ましい師弟関係を窺わせるエピソードだと思われ(笑)、京蔵の許可を取った上で、ここにご披露する。

2006/01/19
茄子とほうれん草のトマトスパ
 紀伊国屋ホールで井上ひさし作『兄おとうと』を見た帰りに食事。
 私は大昔は井上さんのファンだったのに、メッセージ性があまりにも前面に出過ぎた作品が多くなり過ぎて食傷し、一時少し遠ざかっていたが、近ごろはそれがそんなに嫌にならず、日本版ブレヒトを見てるような感じになるのは、この国がだんだんと右傾化してヤバイ状況になりつつあるのと決して無縁ではあるまいと思う。大体あの岸信介の孫で、しかも本人それがご自慢らしいキケン人物安部晋三(彼の発言をしっかりチェックしてみるがよい!)を総理候補人気No1にしてしまうこの国の人びとに、私はもうすっかり愛想をつかしているのだが、きょうの芝居は皮肉にも戦前において民衆本位の立場を貫き通した吉野作造を主人公にしたものだった。
 吉野作造といえば「大正デモクラシー」を象徴する憲法学者として日本史の教科書に出てきたが、さて実際はどんな人物だったのか、私は己が不明を恥じ入るばかりで、憲法論議がふたたび盛んになってきた今日、彼のことを早わかりで知りたいと思ったのがこの作品を見た一番の動機だと正直に告白する(2003年の初演は未見で今回の再演が初見)。 
 井上戯曲は歴史的人物や事件の周辺にへー、それホント!と叫びたくなるような事実を発見し、そこから物語をスタートさせることが多く、この点だけは毎回素直に感心させられるのだが、この戯曲もまた、吉野作造の弟に官僚から大臣の地位にまで昇りつめた人物がいて、さらにこの兄弟は姉妹を娶っていたという事実の面白さに負うところが大きい。国家を「法律の網」と認識する官僚の弟に対して、その法律をも上回るのが「憲法」だと憲法学者の兄は主張する。そして「国家」を成り立たせるのは民族でも宗教でも言語でもなく「ここに共に居て、皆でよりよい生活を目指したいという人びとの意志」であり、それを明文化したのが「憲法」にほかならないという、極めて明解な吉野作造の思想が本人の文章も交えて易しく語られてゆく。現代にも十分通用しそうなその作造の思想が持て囃された直後に、普通選挙が実施されていたにもかかわらず議会が無視され、昭和の暗黒時代へと突入した歴史の恐ろしさを暗示して幕は閉じる。再演ということもあってか出演陣みな堂に入った演技で安心して見られた。主演の辻萬長もさることながら、弟役の大鷹明良とその妻役の神野三鈴は今やもう井上戯曲には欠かせないといった感じだ。

2006/01/18
ニラ卵、ザーサイ御飯
 フジテレビで見た料理。ニラ卵はニラをたっぷりと長ネギのみじん切りを加えて、トマトケチャップにナンプラーとラー油をきかせたタレで食べる。TVでは卵にたくあんのみじん切りも加えてたけど、私はカット。御飯はザーサイのみじん切りと豆板醤、切り胡麻を混ぜただけだが、簡単にできるのでこれはオススメ。

2006/01/17
カレーうどん
 QPで見たカレースープをアレンジ。豚肉を炒めて白菜と煮込み、長ネギを加えてカレー粉で味付け。カレー粉はあまりたくさん使わずに塩胡椒で味を調えるのがポイント。

2006/01/16
ぶり大根、アスパラの練り胡麻和え
 少し暖かくなったせいか、ニュースで寒くて不漁だと聞いてた鰤カマの天然物とわりあい新鮮そうなアスパラが目に付いたのでこのメニューとなった。レシピは不要だろう。大根は皮を剥かないで作ったが、そのほうが美味しくできるような気がする。

2006/01/15
鯖の粕漬け焼き、ブロッコリーと海老の炒め物、小松菜の胡麻和え、ポテトサラダ
 乗馬クラブの帰りに近所の総菜屋でゲット。
 ほぼひと月ぶりの乗馬だが、「小脳」の記憶は「海馬」のそれより長持ちするらしく、意外とスムースにいった。2鞍連続で騎乗したのでヘトヘトになったものの、久々に晴天の下でいい汗をかいて風邪の菌も吹っ飛んだ感じ。前半生は超インドア派だったのに、後半生でこんなにアウトドアライフが楽しめるようになるなんて、やっぱり人生わからないものであります。
 今日は午前中に家を出て、三軒茶屋のホームで電車を待っていたら、ベンチの隣りに座ったのがなんと津坂匡章。で、そうこうするうちに古田新太がすーっと前を通り過ぎ、それを目で追っていくと名前は知らないけどTVのCMに出ているオジサンを発見。ホームにいる大勢の人たちは彼らに全然気づいてない様子だったが、私はトリプルのおいしさに(笑)顔がにやにやしてしまった。このHPで前にも書いたように思うが、昔から出会うべき場所で会ったり見たりする有名人には別にさほどコーフンもしないのに、ふつうの人があまり気づかないくらいの有名人を町で偶然見かけると、なぜか無性に嬉しくなるというヘンなミーハー根性があります。これは小説を書くための史料を読んでいて、たまたま他人が指摘していない新史実を発見したときの喜びと似ているのかもしれません。

2006/01/14
焼き餅
 お正月用に買ったお餅をなんとか松の内に処理しようと今日のメニューになった。フライパンにベーコンを敷いて、その上にお餅、長ネギ、生椎茸、ニラをのせて酒と醤油とごま油で味付けしただけ。ちなみに多くの地方では正月七日までを松の内とするようだが、私が京都にいたころは十五日までを松の内と呼んでいて、実家は今でもそうだ。で、その実家から今日のTV出演を見たという電話が入ったが、私自身はすっかり忘れてた「芸能花舞台」である。再放送が2度もあると思うので本放送はいつも無視してしまう。で、結局なんだかんだしてるうちに再放送も再々放送も見逃してしまい、妹が送ってくれるVTRでようやく見ることができたりするのでした。
 まだ少し風邪が残っているような気がするものの、明日は何が何でも乗馬に出かけるつもり。元旦以来の運動不足が祟って、鏡を見たら顔がふくらんでいたというのもあるが、この一週間フルに仕事をしたのでちょいと気分を変えたいのである。

2006/01/13
鶏手羽スープ鍋
 寒くてくらーい13日の金曜日にQPで見た温かいスープ料理を作ってみました。鶏手羽は軽く茹でて醤油をつけてから表面に焦げ色がつくまで焼いて鍋に入れるのがポイント。出汁はコンソメを生姜とネギで香り付けして塩胡椒し醤油を薄く垂らしたものを使う。胡椒はたっぷり。ほかの具はキャベツ、キクラゲ、ワケギ、春雨。TVでは焼き豚も加えて七色スープとかいって紹介したが、それは豚足じゃなくて蛇足だろうと思い省略。

2006/01/12
ニシンと根菜の煮物
 風邪もようやく抜けた感じで、今日は久々にQPを見る気に。で、最近よく売られているソフトタイプの身欠きニシンの扱い方を説明したので、それを参考に煮物を作ってみた。まずニシンは酢と鷹の爪を入れた水で下茹でするのがポイント。余分な脂と臭みをしっかり抜き、邪魔な骨も取り除いてから煮ること。酒を多いめにして出汁を入れ、大根と里芋を加え、しばらく煮てから砂糖、醤油、味醂、塩少々で味付け。彩りにインゲンを加えた。ニシンの下ごしらえはちょっと面倒だが、いい味が出てコクのある煮物に仕上がるのでオススメしたい。

2006/01/11
油揚げの味噌焼き、アスパラの胡麻和え、しらす、むかご御飯
 食欲はまだ蘇らず斯様な献立に。「コレだけ食べられたら十分じゃないの」との声アリ。厚めの油揚げを割って中に味噌を塗り、それを焼いて白髪ネギとかつお節をのせて食べるのはオススメしたい。アスパラガスはあまりの高値でさっぱり売れないらしく、しなびてる姿を見て気の毒になり、思わず買ってしまった。ほかの野菜も軒並み高騰して手に取る人が少ない。あげく棄てられたのではナンノコッチャである。食べられてナンボの野菜たちではないか。

2006/01/10
土鍋豚白菜ラーメン、ネギ胡麻ラーメン、水餃子ほか
 世田谷パブリックシアターに野村萬斎のトーク&パフォーマンスを見に来た進藤さん、守部さんと会食。私は体調不良だったために招待状の返信を出さずに欠席しました。ふたりの話ではゲストの川崎徹のトークが面白かったとか。

2006/01/09
鮭雑煮
 キャベツスープやポトフのあとはいつもならカレーにするところだが、いまだ完全復調には至らず、今晩は年末に頂戴した築地直送の甘塩鮭と餅のお雑煮ということに。
 連日TVの報道で日本一の豪雪地域として取りあげられる新潟の津南は、去年の10月秋山郷の取材旅行の際に通過した町だったので気にしていたが、今日のニュースで、やはり秋山郷のルートが通行止めになって、500人もの人びとが雪に鎖されていると知って心配している。絶壁を伝う国道とは信じられないくらいの細い道路だったので、私はタクシーの運転手さんに、「ここは雪が降っても通れるのですか?」と訊いた覚えがある。「大丈夫、通れますよ。降るとまた絶景ですしね」と聞いたので、雪のシーズンにもう一度行ってみようと思っていたが、まさかこんなに降るとは!1月初旬でこれだと先が思いやられて、秋山郷の皆さんはさぞかし不安に違いあるまい。袖振り合うも他生の縁なれば、「平家茶屋」の小母さんや、切明リバーサイドホテルのマスターの無事を祈るばかりだ。

2006/01/08
キャベツスープ
 相変わらずワンパターンの病み上がりメニューながら、スーパーでは異常気象による青果の高騰を実感した。ともあれ、今日はなんとか外出できるまでに回復して、ほっとした次第。薬は飲まない主義だが、ビタミンC錠やらアミノ酸系サプリやら生姜湯やらお茶をやたらに飲みまくり、ひたすら寝て、今のところこじらせずに済んではいるものの、まだ少し悪寒が残るので油断はならない。風邪の初期にはフリーランスの特権を存分に発揮して無理をしないようにしており、こんども歌舞伎座の襲名興行で義理を欠いたが、病気になったら誰にも助けてもらえない仕事なので、まあ勘弁して戴きたいものです。

2006/01/07
お粥
 七草粥ではない。ただのお粥である。これでもまだ食べられるようになっただけマシというべきか。昼間はぐったりしてずっと寝ていた。今ごろ寝正月とはなんともマヌケな話で、新聞連載に早くも暗雲が漂いはじめた感じ(--;

2006/01/06
絶食
 昨夜寒い中を出かけたのが祟ったらしく、朝から頭痛と悪寒と吐き下しが続いて完璧に風邪である。明日は歌舞伎座に出かけるつもりでチケットを買っていたが、この分だとどうやら無理そうなので、同行の大島さんにお断りをした次第。
 暮れに幻冬舎のヒメが同じような風邪に苦しんだ話を聞いていたから早速問い合わせてみたところ、初期症状がよく似ていて、ヒメの場合いまだ完治せずという話にぞっとした。仕事はどうなるの……。

2006/01/05
墨イカの刺身ほか
 日本橋劇場で桂小米朝の独演会を聞いて、帰りに岡本螢と食事。
 去年ひょんなことで岡本螢と連絡を取り、江戸落語には非常に詳しい彼女を上方落語の会に誘ってみた。この会自体は親友の大島さんが仕切っており、岡野夫妻の姿も見えたが、岡本さんとは15年ぶりの再会とあって、ふたりだけで彼女の縄張りに行って食事をした次第。もともと日本橋生まれの彼女は郊外の練馬辺に長く住んでいたが、4年前に古巣に転居したそうである。この15年間お互いどこで何をしてたのかはほとんど知らなかったが、思えばお互い最初の海外旅行をした相手!だということでもわかるように、一時は大の親友だったのである。彼女は知り合った当初からテアトルエコーに江戸物の戯曲を発表していた物書き志望の女性で、こちらは松竹の企画芸文プロデューサーとして物書きを育てたい志向が強く、まさか後年お互い物書き同士で再会するとは夢にも想わなかった。で、今や私より3才年下の彼女は宮崎アニメ『想い出ぽろぽろ』の原作者として悠々自適の印税生活に突入しており、「私はもうラク隠居したけど、あなたはまだまだ頑張らなくちゃダメよ」と発破をかけるのだから(笑)、ホント人生何が起きるかわかりません。
私の作品を勝手にいろいろと読んでいたのにもビックリしたが、去年たまたま私も昔からよく知っている文芸兼演劇評論家のO氏とTさんと、彼女の小学生時代からの親友で現クロワッサン副編の船山さんと会って、私のことが話題になったらしく、Tさんの私に対する批評をなんだかえらく怒っていて、肝腎の批評の内容を完全にすっ飛ばして話をするから私には何がなんだかさっぱりわからないのに、独り合点で話を進めて憤激するあたりが相変わらずの江戸っこで実におかしかった。昔なら当然その話し合いの中には私がいて、むしろO氏やTさんと一緒に岡本さんのことを話題するという形のはずだったから、私としてはこの間の身の変転を改めて思い知らされ、ちょっと不思議な気分になったものである。で、岡本さんはどうやらふたりと話し合った結果「松井さんにとって昔から何より重いのは『事実』なんだよね。だからこそあなたは歌舞伎みたいなばかばかしいフィクションでも愛せる人なのに、それをいまだに誰も理解できてないんだなあって思った」という結論に達したらしいのだが、その評言には私自身ギクッとさせられた。これは自分でも気づかなかったことで、さすがにかつての知己で且つ物書きだけのことはあると思ったのです。

2006/01/04
オイル焼き
友人とわが家で会食。

2006/01/03
かぶら蒸しほか
 三が日で食べるものはまだあるにもかかわらず、この寒さでとにかく温かいものが食べたくなり、早くも料理心が疼いて、かぶら蒸しを作ってしまいました。時間にゆとりがあると蕪が丁寧にすれるので、前に作った時より美味しくできて大満足。中の具はシンプルに鱈と椎茸。

2006/01/02
おせちの残りほか
 アジアンな『里見八犬伝』を見ながら食事。

2006/01/01
「川上」のおせち、白みそのお雑煮
 あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願い申し上げます。

2005/12/31
きりたんぽ鍋、はたはた味噌漬け、筑前煮ほか
 例年通りのメンバーで年越し。

2005/12/30
味噌カツ弁当、ブロッコリーのサラダ
 近所の総菜屋でゲット。
 昨日は久々に中村京蔵に会ったので帰宅が遅くなり、帰ったらこれまた「ミセス」副編の福光さんから久々に電話があって、深夜2時過ぎまでいろいろと話を聞いていて、寝たのは朝の4時だった。年末の忙しいさなかに私もやることがバカである。で、今朝も早から大掃除でヘトヘト。無事に年越しができるかどうかビミョー。

2005/12/29
海老チリソース、おこげほか
 尾上松助さんのお通夜で中村京蔵に会って上野で食事。
 松助さんがこんなに早く亡くなるなんて思いも寄らなかった。脇役として貴重な人材であり、且つ指導者としても優れた方だっただけに歌舞伎界にとっても大打撃だろうと思う。お具合がかなり悪いことは聞いていたので、演舞場の最期の舞台を拝見したが、朗々たる名調子は今も耳に残っている。
 知り合ったのは近松座で、私が『けいせい仏の原』の脚本を書き、それに出演していただいたのが最初だったと思う。武智先生没後に私が演出を兼ねるようになってからは、とても協力的でこちらが助けてもらった役者さんだった。
 『冥途の飛脚』の八右衛門を初役でなさったときは、根が江戸っ子だから馴れない関西イントネーションに大変苦労された。で、稽古が済んでからも私に指導を頼まれ、ベテランの役者さんなのに、せりふを何度も言い直して私に聞かせる真摯な姿勢に胸を打たれ、こちらもとことんお付き合いして、かなり完璧に近く関西イントネーションをマスターなさった時点で初日を迎えた。が、それをあまり気にし過ぎたせいかもしれない、あれだけ完全にせりふを憶えていたはずの方が本番で絶句され、舞台に大きな穴が開いたときは、客席で見ていたこちらも頭が真っ白になった。終演後に楽屋を訪ね、すっかり落ち込んでいる松助さんに、どう声をかけてあげたらいいのか困ったのを想いだす。躰が大きいし、メリハリのある役どころだったから、よくご存知ない方は大ざっぱな人柄だったように思われたかもしれないが、本当は小心なくらいに真面目な方だったのである。
 心よりご冥福を申し上げたい。

2005/12/28
肉まん、海老まん、黒胡麻まん、アスパラとビーンズのサラダ
 福引き第2弾(意味がわからない方は12/22をお読みください)。
 いよいよ大掃除モードに突入だが、何だかついこの間やったばっかりのような気がするのは私だけだろうか。一年たつのが今年は異常に早かった。こう感じるのはどうも歳をとったせいばかりでもないようで、私の娘くらいの年齢とおぼしき美容師さんも、今年はとても早かったと仰言るし、妹の話だと中学生の甥っ子でさえ一年たつのが早いとボヤくそうである。原因はたぶん皆がそれぞれに忙しくなってるからだろうが、とにかく老いも若きも全速力で人類滅亡に向かって突っ走ってるような不気味さを感じてしまう。
 ともあれ今年の私は大殺界で天中殺で0地点という(笑)、東洋系占術だと12年に一度の最悪の年回りだったから、なんとか無事に終えることができそうでホッとしている。
 思えば12年前は歌舞伎のCD-ROMを作る仕事に取りかかって本当にトラブル続きの大変な年となった。それによるトラブルが尾を引いて、徐々に歌舞伎の仕事や人間関係から心が離れてしまい、今日に至っている。それにしても、当時はまさか自分が12年後に小説を書いてメシを喰ってるなんて夢にも想わなかった。次の12年後は生きてるかどうかもわからないけれど、この12年間の心境や身のまわりの激変、さらに激しい世の移ろいを思うにつけ、まあ、何があってもおかしくはないと肚は括っている。

2005/12/27
鮎の甘露煮、レンコンのきんぴら、むかご御飯
 年の瀬は晩ご飯の献立も冷蔵庫整理モードに突入して、なんだか私らしからぬジミーな食卓になってしまった。鮎の甘露煮は某社から頂戴したお歳暮のひとつ。レンコン、むかごは整理品。

2005/12/26
アボガドと海老の春巻、鴨肉チャーハンほか
 幻冬舎のヒメこと木原さんと近所で会食。
 ヒメの郷里は新潟で、例の大停電のためにご両親は家の中で防寒コートを着て過ごされたそうである。山形の列車転覆事故といい、裏日本の天候はこの東京にいると想像もつかない荒れようであるのは確からしい。で、昨日は甥っ子が熱海から京都までの新幹線に乗って、車中から眺めた富士の積雪が少ないことに驚いたそうで、妹のメールに地震が心配だとあった。
 地球がどんどん狂い始めてる感じで、いくら今年から日本の人口が減り始めて大変なことになるなんていわれても、こんな時代に子どもを産む勇気はなかなか持てないというヒメの発言には、こちらとしても「まあ、そうでしょうねえ」というしかない。一方で、こんなに子どもが殺されたニュースばかり耳にした年も今まで無かったような気がするし、なんだか色んなことの悪循環で、子どもを産む不安は増大の一途をたどりつつある。ペットの亀でもメスは環境に少しでも不安があると産卵はしないそうで、それが生物界のオキテというもんだと私は思います。

2005/12/26
鮭とブロッコリーのクリームパスタ
 スーパーのパンフで見た料理。ブロッコリーとしめじをバターとオリーブ油で少し炒めてから白ワインと鮭を入れ、最後にクリームを加えて塩胡椒で調味。鮭は塩胡椒で下味しておくこと。
 いやー悲惨なクリスマスでした(--;
 執筆がわりあい順調に進んで、年末年始は楽勝で迎えられるはずだったのに、シマッタと気づいたのは22日の真夜中で、こういうことがあるから時代小説はコワイとつくづく思った次第。
作品に実在の人物を出すときは事前にかなり詳しい年譜を作って、それを完全に頭に入れて書きだすわけだが、書いている最中はもちろん年譜と首っ引きというわけではなくて、人物が勝手に動いてくれるに任せて筆を進める。で、人物が動きだすと一年くらいはあっという間にたってしまうから、時として年譜と狂いが生じてしまう。フィクションだからそう厳密にならなくてもいい場合と、ここだけは絶対に外せないという場合があって、今回新聞連載を開始した十返舎一九が主人公の『そろそろ旅に』において、その絶対外してはならない齟齬に気づき、大慌てで書き直すはめになったのである。幸い少し書き溜めがしてあるので、入稿にトラブルを来すようなことはないとはいえ、久々にイヤー焦った焦ったの一幕でした。 
 話には聞いていたが、新聞連載は本当に大変である。なにせ一回分が2枚半という短さだから、書き方が根底から違う気がして、それだけでもノイローゼになりそうで、今回のような滅多にないミスを犯しそうになったのだろう。事前に気づいたからよかったようなものの、新聞連載時は出版社で上梓する際のような厳密な校閲も経ないため、この手の伝記物の場合は作者の責任重大で、どっと憂鬱になってしまったクリスマスでした。が、幸いまあ今日でなんとか片が付いたので、無事に大掃除をしてお正月が迎えられそうです。

2005/12/24
カレー
昨日の残りをカレーに。

2005/12/23
ポトフ
中身はジャガイモ、蕪、人参、セロリ、ブロッコリー、玉ねぎ、ベーコン、ソーセージ

2005/12/22
肉まん、海老まん、黒胡麻まん、アスパラとビーンズのサラダ
 前に三茶商店街の福引きで1500円分の商品券が当たった(笑)ので、今晩はそれ使って「包包」でゲット。
 今日の夕方は京都新聞の野瀬さんがこの大雪を押して取材に来られた。新幹線が1時間半遅れたそうである。
 拙作『そろそろ旅に』がいよいよ各地方新聞で連載開始となり、早いところでは年内に始まるが、京都新聞は正月の12日からだという話で、今日はそれについてのインタビューを受けた次第だ。
 こういってはなんだが、地元紙に載るというのは旧い知り合いに見られる恐れが多々あるわけなので、それを思うとぞっとしてしまう。ああ、こんなに長く小説書きを続けるんだったら、なんでペンネームにしとかなかったんだろう……と今さら悔やんでも遅いのである。「他人に知られるのってどうも苦手なんですよね」と野瀬さんに言ったら「今さら何を言うたはるんですか」と笑われてしまった。当たり前か。
 一応は売名の職業に就いているわけだから、もちろん多くの他人様に知られることを望まなくてはいけないわけだし、経済的な観点ではそれを全く望んでいないわけでもないが、自分の書いたものが私個人と結びつけられることにはいまだに抵抗があって、できれば関係ないことにしておきたい気持ちが非常に強い。だから自分の書いた本や、載ってる雑誌や何かは決して中を開けて見ないようにしている。
 よく自分の作品は自分が産んだ子どものようなものだという人がいるが、なら子ども産めよ!と言いたいくらいで、そこまでベタベタした感情は到底持てない。といって別に淡泊に仕事をしてるわけでもなく、書いてるあいだは本人も異常に盛り上がっていて、ゲラのやりとりも熱心だし、装丁や帯にも強い関心を持ってるのだが、見本が刷り上がってわが家に届けられた段階で情熱は尽きてしまうのだった。
 涙を流しながら産卵する海亀の映像はよく母性愛の象徴のようにして紹介されるが、あんなアホな話はないのであって、そもそも海亀は卵を抱えているあいだに全く食事ができないから(甲羅はほかの動物の皮のように広がらないからです)産み終わったとたん餌を探しに物凄い勢いで海に飛び込んでしまう。つまりは完全な産み捨て状態なのである。私もあの感じに近くて、産みの苦しみから介抱されると、それまで読めなかった本や次の仕事の資料などをガツガツと貪って、自分が産んだ亀ならぬ本がその後どこの海で泳いでいようが知ったこっちゃないという気になる。作家の中には私と同じような感覚をお持ちの方が結構たくさんおられるのではないかと思う。
 書いてるあいだはその「世界」で生きる楽しさがあって、RPGに熱中する感覚に近いが、キャラも背景画もアイテムも全部自前なのだから、こんなに骨が折れて、且つ面白くて安上がりなRPGはほかにないだろう。精神的な労働時間を考えれば決して経済的にペイする仕事とは言えないけれど、これほど贅沢な快楽は他にないように思うから、私はこうして長々と作家をやるはめになったわけであります(笑)。
 久々にお会いした野瀬さんの話を聞くと、今の加熱した京都ブームについて、地元の方はやはりそれなりに考えるところがあるのだと改めて思った。「まるでテーマパークですよね」と私が言ったら全くその通り!と応えられ、近ごろ流行りの町家カフェなるものについて眉をひそめられ、「そうだ日本には京都があった」などというコピーを聞くと恥ずかしくてたまらなくなるとのこと。ふつう京都人だったらそうだよなあと私は思うが、観光を全面に押し出して金儲けに走るようになった京都にもう後戻りはできないから、恥ずかしくても地元の方は堪えて頂くしかないのである。
  もともと京都人は大変にプライドが高くて、武士は喰わねど以上に金が無くてケチケチしても(は、どうかと思うが)魂は売らないという職人気質の町だったのに、観光という人にサービスして金をもらう方向に転じた今では、妙にものわかりのいい人が増えて、その分、敷居は低くなったが、面白みは失せたであろうと思う。これはまあ、何についても言えることで、たとえば人間でも、誰から見ても気楽に付き合えるような人が面白かったためしはないのである。ゲームにしろ、人間にしろ、町にしろ、厄介だからこそ、なかなか攻略できないからこそ面白いのであって、それをなんでもかんでも簡単にわかりやすくしたほうが人は幸せになれると考えるのは、人間の本質をどこかで捉えそこなったとしかいいようがない。実はそこにこそ現代人が抱える病の根源があるように、近ごろ私は何を見ても感じるようになった。この点についてはいずれまた日を改めて書こうと思う。

2005/12/21
豆腐と鶏挽肉の香味野菜蒸し
 QPで見た料理。土鍋だけで簡単に作れるので忙しい年末にはオススメ。土鍋に昆布を敷き、水と豆腐を入れて、生姜汁とネギのみじん切りを混ぜ込んで塩味をつけた鶏挽肉を載せ、その上にさらにネギの薄切りとザーサイの千切り、エノキダケ、セリを混ぜ合わせて塩とごま油で味付けしたものをかぶせて火にかける。最初は強火で、沸騰してから弱火にしてじっくりと煮込む。ポン酢をかけて食す。

2005/12/20
鶏手羽元と大根と大豆の煮込み
 QPで見た料理。大根は皮付きのまま乱切りにして大豆と一緒に下茹でする。手羽元は酒と醤油にしっかり漬け込んで、ニンニクを入れたごま油で焦げ目がつくまで火を通してから大根と合わせ、砂糖、醤油を加えてじっくり煮込む。
 乗馬で夏から左腕を痛めてジムのマッサージや整形外科や整体やカイロプラティックやいろいろやったけど完治せずに一進一退を繰り返し、これはもう原点に帰るべきかと考えて、秋が深まったころに近所の整骨院に飛び込んでみた。昭和30年代の建物をそのまま使ってるようなレトロな医院で、最初に入ったときは患者がほかに誰もおらず、先生は綾田俊樹ふうの人物でなんだか怪しげだったが、意外とここの治療が一番効き目があったので、その後も乗馬に行く前後に必ず寄ってテーピングやマッサージをお願いしている。
 患者さんが全くいなかったのは最初の日だけで、その後は何人か見かけるが、近ごろ流行りのマッサージ屋に集まる人たちとは皆さんひと味違っている。若い患者は話を聞いていると今度ラグビーの試合に出るとかなんとかいってて、見るからに躰のゴツイ体育会系の男子ばかりである。地元商店街の中高年層も何人か来ていて、先生と話してる雰囲気がこれまた昭和30年代ふうの実に呑気な感じで、ここに行くと私はなんだか「三丁目の夕日」の世界に浸れて、それで結構気に入ってしまったということもある。
 で、今日もひとりの患者さんの話を聞くともなしに聞いていたのだが、この方は声も話し方も懐かしの東八郎そっくりで、たぶん下町っ子なのだろう。三軒茶屋は戦前戦後を通じて下町から移住してきた人が沢山いる町なのである。
 「あのね、先生、俺の弟はね、一月一日、そう、元旦の生まれなんだよね、いや、ホント」とその三茶の東八郎さんは話し始めた。「でね、病気して入院したらね、担当の看護婦さんがこれまた偶然元旦の生まれだったのよ。で、さあ、ふたり気が合っちゃってね、結婚したのよ」
 ああ、もう、おめでたい、としか申し上げようのない話でありました(^-^)

2005/12/19
メカジキとネギの和風炒め
 QPで見た料理。ぶつ切りしたネギを甘みが出るまでじくりと炒め、これにシメジを加える。酒と醤油で下味したメカジキを炒め合わせて、酒、醤油、味醂、柚の絞り汁を併せたタレで味付けする。最後に柚の皮をすり下ろしてトッピング。

2005/12/18
豚鍋
 日本上空にマイナス40度の寒気団が押し寄せてきたそうで、今朝はさすがに寒かったが、昔の冬は例年大体こんな感じだった。それに底冷えする京都で暗いうちから剣道の寒稽古をしてたし、お正月に比叡山の延暦寺にお詣りしたこともあったではないか。などと自分に言い聞かせて今日もまたクラブに出かけた私です(笑)。文字通り雲ひとつない青天の下、はるか遠くに富士のシルエットを望みながらの乗馬はやはりなかなか気持ちのいいもので、年末だというのにクラブは今日も大盛況でした。


2005/12/17
トマトとソーセージのニョッキ、ツナとアスパラとビーンズのサラダ
 今朝とうとう島崎夫人の訃報を受けた。お亡くなりになったのは十日以上も前だったが、ご遺言により、ごくわずかのお身内だけで荼毘に付されたそうである。生前きわめて社交的な方だったから、報せるとキリがないと思われたのだろう。奥様らしい始末のつけようである。
 私は十月に病院からお電話を戴いたのがお話をした最後となった。膵臓の深いところの癌だから手術ができず、年内もつだろうかと医者に訊いたら、何も答えてくれなかったとのことで「今朝子さんねえ、私も90年生きてきたんだから、もう十分だとは思うのよ。でもねえ、アハハ、やっぱり死ぬのはいやよ」と乾いた口調で淡々と語られたのが実に印象的だ。
 島崎夫人についてはこのHPでも何度か触れているが、思えばお付き合いさせて戴いて30年以上になる。もとは京都祇園の実家「川上」のお客様だったというだけなのに、よく可愛がって戴いて、ホテルオークラで何度もご馳走になった。年齢が四十も違うのに妙に話が合って、カメリアやテラスで何時間も一緒に過ごさせて戴いた。その間、次から次へと有名人が挨拶にあらわれるのに驚いたものだが、それは単にかの名優志村喬のご夫人だからというのではなく、個人としても非常に魅力的な方だったからなのは、私ごときが言うまでもあるまい。
 志村喬氏は意外にも戦前は左翼系の演劇人で、官憲に逮捕された経験がおありになって、そのときの恐怖の体験を一度お聞かせ戴いたことがあったが、やはり腹のすわり方が今どきの女性とは違っていた気がする。
 お生まれが関西なので関西訛りがあって、実にあけっぴろげになんでもズケズケ仰言る方で、拙著『奴の小万と呼ばれた女』の冒頭とラストを飾るお婆さんは島崎夫人がモデルである。夫人もこの作品を気に入ってくださって、私のほかの作品も全部読んでいろいろとご批評を賜ったものだ。
 女性で年を取ってもステキな人はいるが、カッコイイと思わせる人はなかなかいないもので、私にとって島崎夫人はカッコイイと思えた唯一人の女性であった。
 カッコイイの概念にはどこか自己保身を拒むニュアンスがある。本来子どもを産む性であるメスは生物として自己保身が使命だから、なかなかカッコイイにはなれないのだと私は常々思っている。島崎夫人にはお子様がなくて、それがカッコイイにつながっていたのかもしれない。志村喬氏とは絵に描いたようなおしどり夫婦で、先立たれたときは何年か鬱状態にも陥られたほどだが、それでいていわゆる女性らしさは全然なくて、むしろダンディズムとでもいうべき美意識を強く感じさせた方だった。私はいつもそのお姿を見て、ああ、年を取ったらこんなお婆さんになりたいと憧れていた。昔の武士の着流し姿に近い独特の着物の着方をなさっていて、着物道楽で一年に何着も誂えられて色はほぼすべて鼠系で統一をなさっていた。今どきの人は鼠色が地味だと思うかも知れないけれど、江戸時代には鼠系が最も贅沢で派手な色とされていて、そうした古き美学を言葉でなく自身で体現なされた最後の方ともいえる。
 私はこの前NHKの「芸能花舞台」に初めて着物を着て出演したが、それは夫人から頂戴した着物で、ぱっと見には地味だがモニターには派手に映り、スタイリストから「本当にいいお着物ですねえ」と褒められた。思えば形見となった着物である。来年1月の放映をご覧頂きたくて着たのだが、ついに間に合わなかったのが残念である。そして実に淋しい。ふしぎと涙は出ないのに、わーっと声をあげて泣きだしたいような気持ちだ。心よりご冥福をお祈り申し上げたい。

2005/12/16
小籠包ほか
 文春の内山さんにお誘いを受けて東京芸術劇場でロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの『夏の夜の夢』を見た帰りに池袋で食事。
 RSCの『夏の夜の夢』といえば私の世代だとピーター・ブルック演出が真っ先に想い浮かぶが、今回のグレゴリー・ドーラン演出はそれとは180度ちがった。要は「何もない空間」で上演されたP.B.のミニマリズム的演出と趣きを大きく異にして、衣裳や道具、照明を駆使しながらありとあらゆる設定を事細かに盛り込み、部分的にミュージカル仕立てにもして不統一感をを剥きだしにしたドーランの演出はどこか日本の小劇場的でもある。P.B.はやはりモダニズムの掉尾を飾る人であり、こちらは完全なポストモダンとでもいうべきかもしれない。この演出では何よりも妖精たちの世界と人間世界が同一空間にありながらけっして交わらないことが際立っているが、それは戸外と室内という設定をシンボリックな道具で意外とリアルに見せたことが大きいように思う。たとえば例のボトムたちの職人がたむろする空間には小さな電球が点灯されたり、消されたりして、はっきりと室内をイメージさせるが、思えば私は今まで彼らが芝居の稽古に寄り集まる空間がどんなところなのかを考えたこともなく、シェイクスピアの原作自体、特定の場所を設定するようなものではなかったはずだ。
 職人たちはイギリスの労働者階級を想わせる服装で、二組の(ハーミアやライサンダーたち)カップルは中上流階級のそれで、役者も今どきのソープドラマに出てくる若い子といった感じ。そして妖精たちは皆パンクロックのスタイルで現代化されている。空間もまた『キャッツ』を彷彿とさせる廃墟やバッキンガム宮殿の中を想わせる室内、労働者のたむろするダウンステアーを点々とするが、可動式の装置でなくシンボリックな背景と照明だけで表現され、ことにオープニングは月面を想わせる幻想的な光景が実に美しかった。とにかく歌あり踊りあり、宙乗りありのキッチュな演出で飽きさせることなく、これはこれで面白く見ることができた。

2005/12/15
蟹、餃子、牡蠣蟹玉雑炊
 今日は新聞連載の年内入稿分を仕上げるために朝から大変で、とても料理にまで気がまわらず、餃子はスーパーの前で実演販売してたのをゲット。雑炊は昨日の鍋の残りに牡蠣と蟹と卵を入れて作るという超手抜き晩ご飯である。で、無事に入稿を果たして、バンザーイ!明日はちょっとラクができます。しかしどんなに仕事が忙しくても、御飯も食べる暇がないという目には幸いまだ遭ったことがありません。というか、人間はそもそも喰うために仕事をするのであって、本末転倒は許されないのであります(笑)。

2005/12/14
タラちり
 寒いのと、簡単なのでコレ。

2005/12/14
蛸のカルパチョ、虎フグの握りほか
 シアター・コクーンで野田マップの『贋作・罪と罰』を観た帰りに萩尾望都さんとその姪御さんと近所で食事。劇場ではたいてい誰かと出会うが今日は入り口で望都さんとバッタリ。で、終わったらご一緒にとお誘いを受け、姪御さんにもお会いした。姪御さんはお顔がやはり望都さんとよく似ていて、スタイル抜群、見るからに育ちのいい、とても素敵なお嬢さんである。私がたまたまきのう見た『えびボクサー』の話をしたら、「ご存知ですか?日本でそれに便乗して『イカ・レスラー』という映画を作ったの」と言われて大笑い。ご友人が私の行ってる乗馬クラブ会員だったりしたこともあって、何かと歓談しながらの会食を楽しませて戴いた。
 で、肝腎の芝居の話。『贋作・罪と罰』は初演を見た友人間で評判が悪く、あまり期待しなかったせいもあるが、私は意外と面白く見た。で、初演を見た望都さんに話を訊くと、やはり今度の再演のほうがテンポアップされ、話がわかりやすく整理されていて面白いとのこと。また初演の大竹しのぶは松たか子と比べるとやはり巧かったなあとは思うけれど、松たか子のほうが何か心にぐっとくる瞬間はあったという話であった。
 私は初演を見逃しているのでなんともいえないが、今回は何よりもキャスティングが非常によかったのではないかと思う。その分、ごく普通の、つまりはウエルメイドな芝居としてそれぞれの人物がくっきりと立ちあがっていて、今日的な切実さをもってこちらに迫るものがあった。人が殺人を犯すとはどういうことなのか、殺人者の胸のうちはどうなっているのか。現在は初演時と違って、誰しもが日常的にそのことを考えずにはいられない時代である。野田秀樹は恐らく受け取り手の変化を見すえて、戯曲に多少の手直しを加えたのであろう。ラストにいささか人情劇風な傾斜が見られるのは、野田戯曲本来のあり方からいってどうかとは思うけれど、松たか子にしろ古田新太にしろ段田安則にしろ、役者陣がそう演じることによって、この戯曲本来の観念的な甘さは逆に払拭されたのではないか。演出は呆れるほどチャチいのだが、それもまた戯曲のシンプルな構造を見せつけて、よく解釈すればわかりやすさにつながっている。客席に泣いている観客の姿がたくさん目につき、これはこれで芝居の上演としては成功の部類なのだろうと思う。
 ストーリーはなにせドストエフスキーの原作を幕末物に仕立てたものだからある意味で実にわかりやすい。松たか子扮する主人公は「革命」を志す「思想」に殉じて「金」のために殺人を犯すという人間としての一線を踏み越えてしまう女であり、古田新太が演じるのはそうした貧しい「思想」に背を向けて「革命」もまた「金」で買うことが人を豊かにする道だと捉える男である。最後にふたりは対峙して、主人公は戦争や何かでどんどんと人が殺されていく現実の中で自分がしたことはちっとも悪いことだと思わないと絶叫した直後、人間として越えられない壁に突き当たって嘔吐を催したように虚脱する。ヒステリックに絶叫して自己を正当化しようとする松たか子の演技には妙に今日的なリアリティが感じられ、この女優の真骨頂を見せられた気がした。いっぽうの古田新太はとぼけた味わいの中に女を包み込む器の大きさを感じさせたところが魅力的で、望都さんはこれですっかり古田ファンになってしまったということです。

2005/12/12
豆腐とほうれん草の蟹あんかけ
 QPで見た胃にやさしい料理。味醂と塩で味付けしただし汁で豆腐を煮て、茹でたほうれん草と蟹のほぐし身、ネギの薄切りを加え、醤油で香りづけして水溶きカタクリでとろみをつけ、仕上げに生姜汁をしぼる。最初の段階で出汁に薄くとろみをつけておくのが豆腐に巣を立てないようにするコツ。
 スカパーで蟹ならぬ「えびボクサー」という超B級シネマを見ながら食事。この作品をだれかご覧になった方があるだろうか?あまりの珍品で目が離せなくなって見てしまったが、どういう観客を対象に製作されたのかがナゾ。海で巨大なエビをつかまえた男がそのエビをボクサーに仕込んでTVに売り込むまでに、だんだんとエビに愛情を覚えていくというようなストーリーなのだが、なんたってアナタ、相手はエビ!である。結構リアルに作られていて、触覚を動かしたりズルズルボコボコというような音を出したりする生き物に男が保湿クリームを塗り込んで妙にエロチックな場面が展開するのであります(主演男優はたしか「MrレディーMrマダム」の主役をやってたひと)。こういう手のヘンタイっているんだ……と、いささか唖然としてしまった映画でした。

2005/12/11
鶏肉団子鍋
 東武動物公園にある乗馬クラブは都心より確実に気温が1,2度低めで、馬に乗ってるとポカポカしてても、駅で待つ間にすっかり冷えてしまい、今宵は鍋で躰を温めたというわけである。
 電車に乗る時間は小旅行並みにあるから、いつもは本を持参するが、今日は忘れたので車内の人をそれとなく観察。車内は世間の縮図というべきか、いつも本当に色んな人が乗っていて、時にふしぎな光景を目にする。
  今日とても気になったのは、ちょうど目の前のシートに座った中年の女性で、半透明のビニール袋から新聞を取りだして読んでいるのだが、それが1紙や2紙ではない。スポーツ紙も含め駅売りしてるほぼ全紙とおぼしき新聞を次から次へと取りだして、いずれも同じ記事に目を通すのである。その記事は一面と三面の両方に載った昨日の京都女子殺害事件で、女性は一見ごくふつうの主婦に見えた。あるいは教育関係者だったのかもしれない。異常な行動だが別に病的な感じではなくて、あきらかに堅気のひとで、マスコミ人には見えなかった。子どもを持つ女性なのはまちがいないと思えた。年齢的には被害者の少女ではなく、加害者の塾講師の母親の世代である。
 事件の舞台となった塾「京進」の系列校に甥が通っていたので、今朝は妹からも「他人事ではありません。一体誰を信じればいいの……」というメール来ていた。わが子を持つと、他人に殺されないか、他人様を殺さないかの両方が心配になるという妹の愚痴は、世の多くの母親が思うところかもしれない。それにしても、こういう世の中に育つ子どもが今後どうなってゆくのかを想像すると、暗澹とした気持ちになるのはわが子を持たない身とて同様である。

2005/12/10
揚げ肉団子のマヨソース和え、むかご御飯
 QPで前に見た料理。挽肉を使わず、豚の細切れをにんにくのすり下ろし、紹興酒、醤油、ごま油で下味して片栗粉をつなぎに団子に固めて中温の油で揚げる。これをマヨネーズ、ケチャップ、紹興酒、蜂蜜、レモン汁を合わせたソースにからめれば出来上がり。結構いい年をして、よくまあこんな高カロリーの献立を!と誰かサンがまた呆れて文句を言ってきそうだが、人が何を食べようと放っといてほしい(笑)。むかご御飯は前にやったのでレシピ省略。
 スカパーの全チャンネル見放題のお試し期間は昨日の真夜中に団鬼六原作・石井隆監督・杉本彩主演の『花と蛇』を見たのが最後で敢えなく終了してしまい、今日はほかに見るものがないので仕方なく歌舞伎Chで『菅原伝授手習鑑』の「車引」を見ながら食事をした。
 思えば私は自分で小遣いをはたいて歌舞伎を見始めてから早や四十年以上になるので、今の若手が古典演目に挑戦すると、こちらは早や三代に渡って見てしまうことになる。今の勘三郎や三津五郎が若手で売りだしていたときでさえ「この人たちもまだまだお子チャマ歌舞伎だわねえ」なんて生意気を言ってた口だから、イマイマの若手にはもう何をか言わんやの心境で、ここんとこ舞台をロクに見てもいなかったのである。で、今日TVの映像で勘太郎・七之助兄弟の梅王丸・桜丸、海老蔵の松王丸を見て、いずれもカタチはまずまずだが、こんな代表的な型物の演目でありながら、セリフをあまりにもいい加減に、自分勝手に言ってるので、ちょっとビックリしてしまった。勘太郎はまだましだが、七之助はたぶん息継ぎの仕方をまちがえているのだろう、苦しそうな尻下がりのセリフまわしで間(ま)がコケてしまう。海老蔵はたとえば最後のほうの「梅も桜も落花微塵」というセリフで「らあ〜〜〜〜〜〜〜〜か〜〜〜〜〜〜み〜〜〜じ〜〜ん」なんて「勧進帳」まがいの言い方をするが、親父さんは発声に難がある人とはいえ、絶対にこんな風に教えたはずはないと断言できる。
 歌舞伎はそもそも古典主義的な芸能では決してない。代々の役者が古くさい演目の中でむしろ自らの個性を強く発揮し、新たな演技を次々に開発してきたからこそ、今日まで生き延びたのである。しかしそうはいっても、日本語を正しく伝えるという根本がなおざりにされたセリフまわしを認めるわけにはいかない。「落花微塵」というセリフは息の鋭さでまさに花がパッと散るイメージを彷彿とさせてこそニュアンスが伝わるのであって、それを崩したら型物を伝承する意味は全くない。
 あんなむちゃくちゃなセリフまわしをだれも注意しないのだろうか?Mr.タモツはあんなの聞いて黙ってるのか!いや、いくら批判しても当人が耳を貸さなければ所詮ムダなんだろうなあ……。S社のオカザキ氏は歌舞伎の型が急速に崩れていく現状を一体どう見てるのか!まあ、どうせ世の中むちゃくちゃだからどうでもいいわけか……などと、つい余計なことを考えてるうちにだんだん胃が重たくなってきて、ああ、やっぱり食事時に歌舞伎Chなんか見なければよかったと思った次第であります(笑)。

2005/12/9

渋谷で友人と食事。

2005/12/08
中華前菜、黄ニラと鶏肉の炒め物、フカヒレスープ、海老団子ほか
 縁がある人とか、縁の無い人とかいう言い方を日本人は昔よくしたものだが、翻訳するには難しいこの言葉でしか表現できない出会いは確かに存在する。
  私が安部譲二さんのお名前を知ったのは、朝日新聞の鶴見俊輔氏の書評で、すぐに『塀の中の懲りない面々』続けて『塀の中のプレイボール』を読んで、一度この人に会ってみたいなあと、そのときは漠然と思っていた。小説もさることながら麻布中、慶応高、英国のハイスクール、日航のパーサーを経た上に、どういうわけか本物のヤクザとなって長いムショ暮らし、三島由紀夫の『複雑な彼』のモデル(パーサー時代の話)にもなったこの方の経歴はあまりにも面白いという点が心惹かれた大きな理由でもあった。で、早くから人生で一度は会ってみたい人物のひとりに挙げていたのだが、当時は演劇界に身を置いて、まさか自分が小説を書くようになるとは思ってもみなかったので、ご縁が生じる機会はまずないとみていた。ところがどっこい、人生は何が起きるかわからないものです。
 あるとき角川事務所の原重役に「正直いって今の時代に会いたいと思うような作家は皆無に近いけど、唯一の例外が安部さんかなあ」と洩らしたところ、同社の村松さんが安部さんの担当なので「こんど機会があれば村松のほうから松井さんの話を安部さんに伝えてもらいますね」といわれて、そこから今日の素晴らしい会食につながったのだから、人間だれか会いたい人がいればとにかく周囲に「会いたい、会いたい」と叫び続けるべし!と私は皆様に申し上げたい。
 で、実際にお会いして、やはり安部さんとはご縁があって、会うべくしてお会いした方だという気がした。安部さんはなんとご自身が二十代のころ、昭和30年代に武智鉄二師の強い影響下にあった方で、私が全く知らなかった武智師の一面をよくご存知だったのである。逮捕歴41回でベストセラー作家になられたご自身とてもユニークな人生経験の持ち主だし、また多くのスゴイ人物をご存知のはずなのだが、その方をして「あれは驚くべきオヤジだった」と言わしめた武智師の知られざるエピソードは残念ながらここには書けない(出会い方そのものがスゴイのですが)。ただ安部さんの言葉を借りれば、武智師が一生を貫き通したのは「自由と反権力と世間の常識にとらわれないこと」であって、そこが自分の人生に強い影響を与えたと仰言る安部さんの著作に、私が心惹かれたのは当然の成りゆきともいえるのだった。
 安部さんは拙作もちゃんと読んでくださっていて、とても誉めてくださったのが、私はこの世の誰に誉められるよりも嬉しかった。武智師が安部さんの躰を通じて、私に「自由と反権力と世間の常識にとらわれないこと」を貫きなさいと、改めて叱咤激励なさったような気がしたのである。
 武智師と同様、安部さんの人脈もさすがに幅広く、古くは小林秀雄のやはりここには書けないエピソードや、近くは妹尾河童さんの異常に可愛いエピソードの数々、とにかくすべての話があまりにもユニーク且つエキサイティングで、「人生経験」とはこれくらい面白いエピソードが自らに蓄積されて初めて言えることだと思った次第。お話の仕方も独特で、下目で睨めつけるような怖い表情から一転にこっとした笑顔は実にチャーミング。別れ際に自らコートを着せてくださったやさしさ。ああ、20年前っだら私はまちがいなく略奪愛に走ったにちがいありません(笑)。ともあれこの貴重な機会を設けてくださった角川春樹事務所の原さん、片岡さん、日本文芸社に移られた村松さんには厚く御礼を申し上げたい。

2005/12/07
牡蠣とニラのチヂミ、かけ蕎麦
 QPで見た料理。いつもの生地に豆板醤、塩、砂糖、すりゴマを混ぜ込んでおくのがポイント。牡蠣を入れる前に粉を振っておくとうまく接着する。ごま油を最後にたらして香りを出す。酢醤油で食す。
 今夜もまた健サンの唐獅子シリーズを見ながら食事。これでほぼ全作見た感じですが、いやー、パターンにすっかりハマってしまいました。♪親に貰っただいじな肌を〜墨で汚して刃の下で〜という歌が耳について離れません(かの有名な「義理と人情を秤にかけりゃー」という歌詞はシリーズ第6作目で初めて登場します)。明日はいよいよ待望の安部譲二さんとの会食ですが、お会いしたとたんに「てまえ、関西は京都の生まれです……」なんて仁義を切ってしまいそうでコワイ(- -;
 

2005/12/06
タラの黄金焼き、里芋と高野豆腐の煮物
 近所のスーパーのパンフで見た料理。塩、胡椒、酒で下味した鱈に薄力粉と卵の衣をつけて油で焼くだけ。おろしポン酢を添える。里芋と高野豆腐の煮物はレシピ省略。
 スカパーで『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』を見ながら食事。この長ったらしいタイトルはドイツの現代劇作家ペーター・ヴァイスの戯曲として演劇人の間ではかつてよく知られていたものですが(今の演劇人はどうか知りません)、それをかの英国演劇界の巨匠ピーター・ブルックが映画化してたなんて私は全然知りませんでした。で、食事時にはどうかと思いつつも見たところ、
これが実に今日性のあるセリフに満ちた刺激的な作品だったのであります。ご存知マラーはフランス革命の理想主義的指導者ですが、劇中では社会主義の実現を空想する彼と、懐疑的で肉体の快楽に身をゆだねる個人主義者サドが、民衆について、あるいは革命について激論を闘わせていく。ラストはマラー殺害の後にナポレオンが出現し、民衆が彼に追従して戦争に駆りたてられていく末路を予感させながら、精神病院の暴動で幕を閉じる。こんなマニアな映画を今どき放送したのは、シネフィルイマジカChによほどの演劇通で且つ今日の世界状況を憂慮する人がいるものと拝察しました。ブレヒトもいいけど、今この戯曲の上演も見たいところだ。蜷川さんがやってくれないだろうか。

2005/12/05
海老とブロッコリーの紹興酒炒め
 QPで見たがこれは久々のオススメ。ブロッコリーはふつうより多いめに塩を入れてゆがく。海老は洗うときに片栗粉を使って臭みをしっかり取る。生姜汁、紹興酒、塩で下味して片栗粉と油をまぶして油通しをする。油通しするまでは冷やしておくこと。生姜の千切りと一緒に炒め合わせて、鶏ガラスープ、紹興酒、胡椒、片栗粉を混ぜ合わせたもので味付け。下ごしらえをしっかり、味付けはシンプルにして、紹興酒の味と香りを活かすのがポイント。
 スカパーで『昭和残侠伝』ご存じ唐獅子牡丹の健サンを見ながら食事。このシリーズや藤純子の緋牡丹博徒シリーズは封切りで何本か見ているが、さすがにシリーズ第一作は見損ねていて今回が初めて。主人公が堪えて、堪えて、堪えて、最後にぶち切れて「死んでもらいます」となるのは上方歌舞伎の侠客物(享保時代の姉川新四郎という役者が嚆矢か)に始まって仲村トオルの「ビーバップ」シリーズまで延々と続く日本人好みの王道パターンだったはずだが、それにしてもすぐにキレちゃう人がこんなに増えちゃった今の日本は、やっぱり食べてる物が悪いとか、何か絶対に外的要因あるはずだと改めて思われた次第。

2005/12/04
揚げブリとゴボウの甘酢あんかけ、レンコンの海老詰め、湯豆腐
 乗馬の帰りに東横のれん街で総菜をゲット。
 こんな寒い日でもクラブハウスは満員だったし、氷雨が降りだした中を馬に乗る姿が大勢見られました。で、一頭の馬が突如向きを変えて厩舎に戻ろうとしたところへ、インストラクターが慌ててバケツを持ってきて、いきなり雑巾で馬の顔を拭き始めたので一体何をするんだろうと思ったら、その馬はどうやら雨がぽつぽつ顔に当たるのが嫌なんだそうで、顔全体を濡らしたらおとなしく言うことをきいて健気に走り出しました。まあ、馬にもいろいろ個性があって、妙に神経質なヤツがいるもんです。
 日ごろ電車に乗ることが少ないので、乗馬クラブに行くときはきまって週刊誌の中吊り広告に目が行きますが、きょう思わず吹きだしそうになったのは、『週刊新潮』の「姉歯の一家は創価学会員」という見出し。おっとまた始まったというべきか、どっちの肩を持つつもりもありませんが、この新潮社と創価学会の喧嘩はいつ果てるともしれません(笑)。
 そもそも宗教というものは、必要な人と不必要な人とにくっきりと分かれていて、日本人の天皇崇拝や家元制度も一種の宗教だと考えれば、とてもわかりやすい気がします。宗教の必要な人が必ずしも知性の劣る人でないということは、オウムの例でも明らかで、宗教は必要な人にとっては絶対に無くてはならないものだし、そうでない人にとっては一種の恐怖を感じさせるものでもあるのだと思います。イスラム教であれ、キリスト教であれ、仏教であれ、いかなる宗教も究極的には人間が自己を捨てて人間以上の存在に身をゆだねることを是とし、そこに崇高さを見いだすことに変わりはないわけで、それができるかどうかが宗教的体質であるかどうかの分かれ目だという気がします。
 ちなみに私は幼いころ、育ててくれたばあやさんの愛人が熱心な日蓮宗の信者だったために、『法華教』の何章かを丸暗記して、この子は天才だ!といわれてました(笑)。で、母親はこれまた熱心な金光教の信者だったので、月に一度はその教会にも行ってました。さらに自分自身は幼稚園から大学時代に入っていた寮に至るまで、都合十七年間カトリック教育にどっぷり浸かってるので、今ちょうど近所のスーパーで流れてるクリスマス曲を耳にしながら、ついラテン語で(笑)歌ったりもするくらいなのですが、それほど宗教的環境に恵まれていても、当人に宗教的体質が欠けていると、いかなる宗教の信者にもなれないのでした。これはいいとか悪いとかではなくただただ気質体質の問題で、宗教が救える人もいれば、宗教によっては救われない人もいる、という事実があるだけのことです。
 で、宗教的でない人間は何にハマるかというと、これはやっぱり哲学でして(笑)、ことにシンプルな古代哲学は人間がすでに何千年も前からありとあらゆることを考え尽くしているのがわかってある種感動的なのですが、ちょっと前までプラトンにえらくハマってた私は最近「朱子学」の本を少し読んで、これが意外に面白い哲学だというのを発見しました。朱子学というと日本では江戸時代の体制的な御用学問としか認識されていませんし、本家の中国でも宋時代のやはり御用学問で、いわば「権力の道具」とされた結果、後世において完全に抹殺されてしまったのは周知の通り。ところが、これがある部分ギリシャ哲学にも似た形而上学なのだという事実を知ってビックリ。『論語』や『孟子』はいわば抽象度の高い処世訓のようなものとしか読めず、哲学的要素は少ないので、東哲はインドにお任せかと思ってたのだけれど、朱子はそれらをちゃんと哲学に変えた人なのだと知って、私は長年の不明を恥じ入るばかりなのでした。

2005/12/03
タラちり
 昨日の油物がこたえて今日はアッサリめに。明日は2週間ぶりで朝から乗馬に出かけまーす(^-^)/

2005/12/02
鶏肉とジャガイモの唐揚げ
 QP通りのタイトルだが、これは竜田揚げというべきなのでは?といった感じのレシピである。ニンニクと生姜のすり下ろし、醤油、酒、ごま油を合わせてそこに鶏肉をしばらく漬け込んで、卵、片栗粉を混ぜて揚げる。ジャガイモは電子レンジで熱して皮付きのまま櫛切りにしてタレの残りをつけて揚げる。彩りがあまりにも淋しいので私は青唐辛子を加えてみました。

2005/12/01
柚豚、アスパラの胡麻和え
 ネットでたまたま見たメニューを適当にアレンジして美味しく仕上がった。これまた爽やかなオススメの一品である。柚の絞り汁、柚の皮をおろしたもの、醤油、味醂、酒を合わせたタレにシャブシャブにした豚肉と茹でたシメジを漬け込んで万能ネギと大根下ろしの薬味で食す。豚肉を茹ですぎないようにするのがポイント。

2005/12/01
ホタテ貝と蕪のバジル炒め
 近所のスーパーのパンフで見たオススメの小洒落た一品。蕪とホタテに塩をしてバジル入りのオリーブ油に漬け込んでマリネにしてから、シメジを加えてさっと強火で炒める。サラダほうれん草を下に敷いて盛りつけ。蕪は塩をしてから水気を絞ること。オリーブ油には10分程度漬け込む。
 先日新国立劇場の「肝っ玉おっ母」で、客席に旧友の岡本蛍らしき人物を見かけたが、わざわざ席まで行って声をかけるのがためらわれるほどに別人のようにも見えた。その後も気になって仕方がないので、昨日から電話していて、今日やっとつかまって尋ねたところ、やはり本人で、7キロも太ったとのこと!わからないはずである。で、話を聞いたら、なんと以前私もやらされてた読売演劇大賞の審査員を今年からやるはめになって、月10本のハイペースで芝居を見てるのだそうで、これまた何かと縁のある人物の話がぞくぞくと出てしまった。久々に電話して、これだけお互いに縁がある人が出そろうというのは、まさに黙阿弥の芝居を見ているようで、ひとりの人間にとっての世界の人口は、まあ、数百人くらいなんだろうなあと思ってしまいます。
で、芝居を月に10本も見るひまよくあるねえ!と感心して、ふだん何やって喰ってんの?放送の仕事?と訊いたら、印税だけで暮らしが成り立つそうである。何せ彼女はスタジオジブリのアニメ「想い出ぽろぽろ」の原作者で、アニメは海外からの印税も入ってくるからボロイらしい。私の作品の中ではなんといっても『大江戸亀奉行日記』が一番好きなんだそうで、あなたもあれをシリーズ化してアニメになったら、乗馬だけして悠々自適で暮らせるわよ、と言われてしまった(笑)。

2005/11/29
鮭と白菜の蒸し煮、ふわふわ豆腐
 近所のスーパーのパンフで見た料理。鍋に白菜の芯、鮭、白菜の葉の順番に入れて、味醂、醤油、酒、塩少々の調味料と生姜の薄切りを入れて白菜がくたくたになるまで煮込むだけ。豆腐は市販のもの。

2005/11/28
おでん他
 新国立劇場で文春の内山さんとブレヒトの『肝っ玉おっ母(母・肝っ玉とその子供たちと改題)』を見た帰りに近所で食事。
 今の時代にこのブレヒト作品を演出家の栗山民也が取りあげるセンスは同世代の人間として非常に理解ができるし、主演の大竹しのぶというなかなか厄介な女優を栗山がどうさばくかという興味も湧いて見たくなった次第だ。同じ思いのの人が多かったせいか、初日とはいえ客席は関係者大会と化していた。
 この芝居の主題はもろに「戦争」であり、一応は十七世紀の欧州各地で起きた三十年戦争を背景にしているが、ブレヒトが第二次大戦勃発直前に亡命先で執筆した事実によって今日的意味があるのはむろんいうまでもない。日本ではなんといっても千田是也の演出で有名になった芝居だから、考えてみれば千田の孫娘婿に当たる栗山が国立で上演するのはそれなりに意味があることなのかもしれなかった(笑)。
 肝っ玉とあだ名される主人公は従軍して金を儲ける女商人であり、父親がそれぞれ違う息子二人と娘一人の母である。戦争があるからこそ商売で喰っていけるこの女は、同じ戦争によって三人の子供の命を奪われる。愚かしくもたくましい庶民の代表として描かれるこの女の役を、戦後の千田演出で主演した岸輝子は恐らく実体験に裏打ちされたリアリズムでやれたはずだし、観客の側にもリアルに受け取れる素地があった。如何せん、現代人の演者にも観客にもそれは求めるべくもないが、ならばそれに代わるどんなトーンでまとめ上げるかの演出プランにおいて、栗山はとても成功したとはいい難い。ことに前半はトーンの定まらなさで見るのが苦痛になるほどで、後半からラストにかけてようやく、まあ、この人にして及第点のまとめ方に落ち着いたといったところか。
  とにかく前半は大竹の勝手なセリフのいい方を全く野放し状態にしているために、こちらにまったく芝居が届いてこないのである。大竹はかつて女優としてこれほどの逸材はないように思えた時期があったし、今でもときどきあるのだが、野田秀樹らの小劇場演劇を摂取したことによる悪癖として、引き出しに用意された何パターンかの言い回しを適当に取りだしてつなげるいい加減なセリフ術を身につけてしまい(蜷川幸雄はそれを「大竹節」と評した)、楽するときはいつもその大竹節で逃げてしまう。なまじ技術のある女優だけに、それを封じられるかどうかは演出家の力量に関わっているものといえて、蜷川演出の『エレクトラ』ではもちろんだが、栗山演出でも『喪服の似合うエレクトラ』ではその悪癖を十分に抑えられていたはずなのに、今回はどうしたわけか大竹節がやけに耳について興ざめもいいところだった。前半は演出プランそのものが十分に練れていない憾みがありそうで、幌車に乗った肝っ玉おっ母と三人の子供が舞台に最初に登場するシーンの迫力のなさを見ると、栗山の力量は蜷川とあまりにも差があり過ぎるような気がしたのは私ばかりではなかった。「でも、あたし的には、栗山さんてもともとそう評価が高くないんですよね。なにせ最初に見た演出が南座でやったSMAP主演の『ドラゴンクエスト』だもんで」と内山さんにいわれて私は絶句。こと演劇批評に関して(だけじゃないかもしれないが)私よりもずっと辛辣な彼女は『夜への長い旅路』を見てようやく栗山民也を演出家として認めたのだそうである。

2005/11/27
桂林の中華総菜セット
 歌舞伎座で「梅津貴昶の会」を見た帰りに銀座三越でゲット。
 歌舞伎座での公演もこんどで十回目を迎えられた梅津さんの会にご招待を戴いたので、ご祝儀をもってかけつけたが、昨夜に引き続きお茶の阪本先生や井上八千代さんにお会いするのはともかくとして、あっ、いけない、向こうに国立劇場のIさんがいる!しまった、こっちには松竹常務のOさんが!などと、このところ歌舞伎の仕事をやたらと断りまくった私にとって、ロビーはまたしてもキケンに満ちたゾーンでした(笑)。
 序幕の「松竹梅」は松が翁、竹が三番叟、梅が千歳の格で「式三番」のような作品をイメージしていたが、歌詞も荻江節の曲調もさほどに祝儀じみたものではなく、もっと叙情的でさらりとした俳諧味のある佳品であった。梅津の松、中村勘太郎の竹と並んで、梅を舞ったのは吾妻徳弥ことエッちゃんだが、このひとは女流舞踊家でも昔から歌舞伎役者とよく共演しているだけあって、男性と伍して舞台姿に遜色がないのは何より。梅津さんの振付もこういう短くてサラリとしたものだと、歌詞に実に細かく対応している点がこちらも一々きちんと追って見られるので面白く感じられた。ところが中幕の「葵の上」は、坂東玉三郎という現代最適とおぼしき演者を得ての上演だけに、こちらも大いに期待して見たのだが、結果、裏切られたかっこうで、そんなに長くもないのに、あまりにも気が変わらない振付だったために途中で眠気を催す始末だった。梅津さんは歌詞の意味をきちんと把握して振付ができる、今や数少ない日本舞踊家のひとりだが、ともすればトリビアリズムに陥いるのが難点で、たとえば近代における藤間政弥の「時雨西行」や尾上菊之丞の「二人椀久」に代表されるポピュラリティーのある振付とは違って、どうしても晦渋な振付になってしまいがちだ。オリジナルを追求するためには先人とは違う行き方をせざるを得ず、そこから難しくなってポピュラリティーを損ねてしまうという問題は、現代のあらゆるジャンルに共通していえることなので、他人事とはいえない。これは実に解決の難しい問題である。
 最後はご本人が「鏡獅子」を素踊りで舞い、こ、こんなことがあるの!と一瞬ひやっとさせられたシーンもあったが、そこから全く乱れることもなかったのはさすがでした。
 一昨日は「アレグリア2」、昨日今日と立て続けに日本舞踊を見て、明日はなんと新国立劇場でブレヒトの「肝っ玉おっ母」を見る予定ですが、わずか四日間でこんなに幅広い(?)見方ができるのは日本でも私くらいではないでしょうか(笑)。こんなふうにしてるととまるで仕事をサボってるみたいですが、全くそんなことはありません。今は毎日2本の小説を平行して書き進めており、一日の執筆枚数は以前よりぐっと増しています。で、疲れたなあと思うと、みのもんたの仕事量を見ろ!と自分を叱咤する毎日なのであります(笑)。

2005/11/26
和風ハンバーグステーキ、シーザーサラダ
 国立小劇場で『舞の会』を見た帰りに近所のホテルで伝統文化放送の前川さんと食事。
  故武智鉄二師の夫人でもあった川口秀子師は今や舞踊会で最後の「名人」というべき舞踊家であるが、今回の演し物は私の好きな地唄舞の「珠取海女」だったので、ご招待を戴き歓んで出かけた次第。
  「珠取海女」は能の「海士」に拠った曲で、拙作『家、家にあらず』の中では荻野沢之丞がこれを長唄曲に直した(歌舞伎役者なので私が勝手に長唄に変えたわけですが)踊りを披露する。地唄舞の中ではかなりストーリー性に富んだ演目ではあるが、川口師が舞われるとやはりそのドラマチックさが際立つ。すでに何度か拝見しているが、年齢に応じて、躰が動けなくなればそれなりに振りを変えて、間然するところなき舞いぶりを見せられるのはさすがである。ラストの振付は子どものために死んだ海女がフラッシュバックで赤子を抱いてあやすシーンを挿入して、この曲の主題を強調し、ほろりとさせた。
  舞踊家としても勿論大変に高度な技術の持ち主だが(全盛期は武原はんや吉村雄輝も目じゃなかった名人だったが、惜しむらくは武智師が国立劇場からパージされた状態で、国立主催の公演には出られず、自主公演のみの出演だったため、きちんと見て評価した人がいなかった)このひとの素晴らしさは作品の解釈をストレートに表現できる能力で、これは日本の舞踊家には少ない、というかほとんどいないといっても過言ではない。武智師の演出もこのひとの力に与るところが大きく、今も歌舞伎でしばしば上演される「蝶の道行」は武智師ではなくむしろこのひとの作品といえる。
 で、終演後楽屋に挨拶に窺った帰りに廊下を歩いていたら「いやー、お久しぶりどすなあ」と声をかけられて、見れば川口師の直前に出演した井上八千代師で、こ、これはまずい……と、別にうろたえる必要もないのだけれど、ちょっと慌ててしまいました。先日のNHKに引き続いて、廊下はキケンがいっぱい(笑)。どういうわけか、私はある時期からやたらと日本舞踊の家元と知り合うようになって、そんなわけで明日は歌舞伎座の「梅津貴昶の会」にも招待されて行かなくてはならないのです。

2005/11/25
フォー、春巻き、水菜サラダほか
 友人とシルク・ドユ・ソレイユの「アレグリア2」を見た帰りに原宿で食事。
 その昔、神南に事務所を構えていた時分は会場も実に近かったので、フジのTVCMを見るたびに一度は覗いてみなくちゃと思いながらも、この手のものは誰かに誘われない限り重い腰が上がらず、今まで見そびれていたシルク・ドュ・ソレイユだった。で、今回自分から友人を誘って行く気になったのは、元マガハの中田さんから観劇(?)後の昂奮冷めやらぬメールを頂戴したからである。結果、一緒に見た友人ともども、中田さん、私たちに見るきっかけを与えて戴いて、どうも有り難う!とまずお礼を申し上げておきたい。
 サーカスの芸というと、綱渡りにしろ、空中ブランコにしろ、ピエロにしろ、いずれもメタファーとして用いられることが多いし(たとえばすべてに「恋の」がくっつけられます)、フェリーニや寺山修司は自作によくサーカスそのものをメタフォリカルに取り込んだりしたが、シルク・ドュ・ソレイユはそうしたメタファーとしてのサーカスが現実に存在してしまう!という不思議なショックをまず見る者に与える。それは音楽、美術、照明、演出すべてあまりにも計算され、完成されていて、まるで映像のワンシーンを見るように現実感がないせいだろうと思う。肉体を駆使しているのに、なぜか生身の肉体がそこにはないような奇妙な感覚に襲われるのもそのためではないか。中田さんは「あまりにも死のイメージが濃厚なのに驚きました」という表現を使われたが、たしかにそれもわかる気がするし、ことに後半はその印象が強かった。トーンが暗いというのとも違うし、冷めているというわけでも、頽廃的でもないのだが、いわゆる西洋的な前向き志向は微塵も感じられなかった。というよりこの集団は意識的に脱西洋を目指しているような気配がある。が、ただ、それだけではない。展開されるすべての芸が「重力」に逆らったものだから、あたかも「イカロスの翼」のように、人間が最大限の力を振り絞って死へ向かうことの虚無感を生むのかもしれない。だからこそいっぽうでまたサーカスは「反世界」の実にわかりやすいメタファーでもあり得るのだという気がした。昔からサーカスはどこかしら怖いものだと思われている理由はそれが紛れもなく「反世界」だからなのだという極めて当たり前のことを改めて考えさせられつつ、存分に楽しませて戴いた2時間である。 

2005/11/24
豚鍋
 今シーズン初の鍋である。具材はしゃぶしゃぶ用豚ロース肉、白菜、水菜、長ネギ、エノキダケ。おろしポン酢と柚胡椒で食す。

2005/11/23
天ぷら近藤
 京都にいるわが妹は絵に描いたようなミーハー主婦で、ちょっと前までは新ちゃん(現海老蔵)に夢中でしたが、今はすっかり韓流にハマっております。で、今日はわざわざ武道館にリュー・シウォンのコンサートを叔母と一緒に見に来て、その帰りに銀座で食事をしたいというので天ぷらの「近藤」を予約しました。ここは美味しいしロケーションも頗るいいわりに、お値段がリーズナブルなので私は気に入っております。  
それにしてもファンでもないのにコンサートに付き合わされて、姉妹に食事までご馳走するはめになった叔母こそいい面の皮とでも申しましょうか。この叔母は私たち姉妹が子どものころ母に代わってよく面倒を見てくれたひとでした。ちなみに実母は商売ひと筋の人生で、ドメスティックな要素が完全に欠落した、70代の人としては極めて珍しい女性であります。私自身も裁縫手芸の類はまるでダメだし、女性らしいとはおよそいえない性格ですが、それでもまだ料理をするだけましだと思えるくらい。実母は家事も子育てもほとんど人任せで、私は所謂ばあやさんに、妹は叔母に育てられたのでした。しかしだからといって姉妹共にそのことは全然苦にならず、むしろ子煩悩な叔母やばあやさんに育てられたことを今でも有り難く感謝していて、女性としては変わり者の実母に育てられずにすんでお互いラッキーだったと言い合うほどです。近ごろわが子を虐待したり、子育てノイローゼで殺してしまう母親のケースが増えていますが、子育てに向く人と向かない人は昔からあったわけで、子どもは必ず産んだ母親が育てるべきだとか、自らの腹を痛めて産んだ子は絶対に可愛いはずだとかいった余計なプレッシャーを母親にかける社会ってのも如何なものかと、私は自らの実感をこめて疑義を呈するのであります。

2005/11/22
ピッツェリア・ミッレ・ノヴェチント
 白金にあるカルミネのピザ専門店で友人と食事。白インゲンとカラスミの煮込み、生ハムの盛り合わせ、カジキマグロの温カルパッチョ、ゴルゴンゾーラのパスタ、魚介野菜パスタ、茄子とモッツァレラチーズとアーチチョークのピザ、ラムチョップのミントソース、鶫のロースト等々、いずれもさっぱりとした味付けで美味しかったが、食べ過ぎてお腹が苦しい。

2005/11/21
トマトとソーセージのパスタ、ルッコラとレッドキドニーのサラダ
 パスタは定番のレシピなので省略。サラダのドレッシングはお手製だが、これもごくふつうのフレンチドレッシングなのでレシピは省略。
 スカパーの洋画Chでゴダールの『モーツアルトフォーエヴァー』を見ながら食す。何も食事時に気取ってこんな映画を見ようとしたわけではありません。この次の時間帯に放送されるダン・エイクロイド監督主演のお笑い映画『コーンヘッズ』を見るつもりだったのが、それまでに食べ終わってしまったというだけのこと。若い頃、こんどのゴダールは絶対にわかりやすくて面白いからと騙されて、私は何本か見せられた憶えがありますが、わかりやすかった例しがありませんでした(笑)。
 そもそもスカパーに入ったきっかけは歌舞伎Chの設備費無料キャンペーンだったにもかかわらず、2週間は全チャンネルがタダで見られるとあって、まだカブキChは一度も見ておりません。前川さん、大沼さん、金田さんゴメンナサーイ。私にとって歌舞伎を見るのはもはや娯楽にはならないし、さりとて今はコレを商売にしてるわけでもなく、食事時に知り合いの顔を画面で見るのもどうかと思われて、ついつい後回しになってしまうのでした。
 

2005/11/20
寿司弁当
 乗馬の帰りに東横のれん街でゲット。
 今日は夕方5時のレッスンに参加して、わが家にたどり着いたのは夜9時過ぎでした。いつもの3時のレッスンは超コミコミで、5日前に申し込んでもキャンセル待ちの6番目というありさま。クラブは拡張されつつありますが人はドンドン増えていて、自分の「賑わし神」運が呪わしくなります。まあ「貧乏神」といわれるよりはずっといいですけど。
 で、今日は昼間TVで東京女子マラソンを何げなく見ていて、さあ、もうそろそろ出支度をしなくちゃと思ったときが35キロ地点。そこから高橋尚子が俄然スパートし始めたので目が離せなくなって、とうとうゴールまで見てしまい、こっちも猛然と駆けだす始末でした(^。^;

2005/11/19
太刀魚の塩焼き、レンコン汁、銀杏ご飯
 レンコン汁の具は椎茸と銀杏と三つ葉。銀杏は大家さんの姪御が家で拾ったというのを頂戴して、皮を剥くのは面倒だったが、剥いて売ってるのを買うよりやっぱり美味しい。銀杏は落ちた実でなくまだ樹上にあるのを採ったものは完璧な翡翠色で柔らかく風味もいい(これはまだわが実家でしか食べたことがない)。で、今宵はスカイパーフェクトTVのアニマルプラネットChでミーアキャットの交尾や海亀の産卵や虎の子育てを見ながら食す。
 お茶の阪本先生が歌舞伎Chのキャンペーンに応じてて機材工事費とも無料でスカパーに加入したという話を聞いて「タダなら私も入りたいくらいですよ」なんて好い加減な相づちを打ったら、それが阪本先生の口を通じて松竹の大沼常務の耳に入り、是非とも加入してくれということになって申込書が送られてきた。スカパーを見てるような暇はほとんどない身の上だが、食事時に見るTVが最近あまりにもつまらないので、この際だから、ま、イッカーという気になって加入したわけです。
 2週間は色んなChがタダで見られるとあって、クラシックChやAVとか色々ザッピングして、食事時は動物の映像を見てるのが一番気が休まるのを発見した次第。



2005/11/18
薫製甘エビ、鴨ロース炒飯ほか
 友人に誘われて下北沢の本多劇場に青年座の『パートタイマー秋子』を見に出かけ、帰りに近所で食事。
 これは永井愛作、高畑淳子主演でヒットした作品の再演で、劇場でバッタリ会った読売新聞の田中さんの話だと初演と全く変わらないそうだが、私は見逃していたので大変に面白く見た。
 永井さんは常に細かな日常の描写から意外に大きな今日性のある問題を浮き彫りにしてゆく作家だが、この作品の舞台というより、主役は弱小のスーパーマーケットであった。
 かつて地元の八百屋を潰したスーパーも、今はさらに大手スーパーの進出に圧されて瀕死の状態だ。そこでは一致結束して自らの働きやすい環境だけを維持しようとするパート従業員と、本社から派遣されて立て直しを図ろうとする店長との対立がある。いっぽうそこでは大手企業をリストラされた男性(山本龍二)や、同じ境遇にある夫を持つ女性(高畑)、引きこもりの青年といった社会の負け組と見られる人びとがなんとか前向きに生きようとしている。
 スーパーの日常を現代ニッポンの縮図として捉えた時点で作者の勝利はあったようなものとはいえ、そこに描かれる人物が、いずれもやや戯画的ながら実にリアルに立ち上がっているので、少しも観念的に陥らずに魅力的な群集劇として成立している。主演の高畑・山本両人以外の役者たちもそろって活き活きと演じているのは、作者の優しい眼差しが隅々にまで行き届いているせいだろう。かつて掃きだめに鶴が舞い降りたような存在だった主人公の秋子が、しだいにスーパーの不正に染まり堕落してしまった自身を嘆きながらも、今まで現実にさらされなかった自分が今ここで初めて人間を試されようとしているのだから、最後までここで自分を見届けたいというあたりは、芝居ならではの甘いセリフではあるが、爽やかなラストだった。芝居はやはり小説とはちがって、こういう甘さがないと見ていられないものである。

2005/11/17
チーズフォンデユー、茸のマリネ、アボガドの刺身
 今日のQPが教えたのは超簡単なチーズフォンデユーの作り方で、カマンベールの真ん中の白カビ部分だけを除いて、そこに味だしのベーコンと白ワインを入れて電子レンジで1分半ほどチンするだけ。茸のマリネは椎茸、エリンギ、シメジ、エノキをフライパンに入れて、オリーブ油と塩、黒胡椒を振りかけてフタをして8分ほど火を通し、食べるときにレモンを絞るという、これまた実に簡単なものでした。今日はNHK『芸能花舞台』の収録で意外と時間がかかって帰宅が遅くなったので、この簡単2品レシピ有り難く頂戴しました。
 なんだかんだいって私もNHKに初めて出演してからもう二十年になります。その後一、二年に一度くらいのわりで声がかかるから、素人にしては出演回数も結構あるほうでしょう。なにせ2度目の出演が34歳のときで、わが愛してやまぬ故・六世中村歌右衛門との対談だったというのは、われながらスゴイ!と思います。以来、世の中に怖いものはなくなりました(笑)。
 それにしてもTVはNHKに限らず(他局にも出たことがありますが)実にラフな作り方でいて、時間だけはキッチリ収めようとするから、素人といえどそれ相応のフレキシブルな対応を求められて、かなり気疲れします。『芸能花舞台』の司会の古谷さん、生稲さんのおふたりとはもう何度か顔を合わせているのでその点は緊張しなくて済むのですが、相手があると、そのつど適当に勝手なことをいうわけにはいかず、一応こちらが最初にいったことが台本となってカメリハ1回、次に本番1回で収録を済ませなくてはなりません。私はもちろんプロじゃないので、同じことを二度繰り返して言うのは実に難しく、その点で非常に緊張します。本番でつかえたり、噛んだりすると、撮り直しで共演のおふたりのみならず、大勢のスタッフに迷惑がかかるのでぞっとします。今回は私のミスで撮り直しということが一度もなかったのでホッとしました。
 というわけでNHKにはもう何度となく足を運んでいるにもかかわらず、中はいまだに迷路で、スタジオからはだれかに案内してもらわないと帰ることもできません。今日はCPの方が案内をしてくださって、ぐるぐる回っているうちに人がふたり並んでは通れないほどの細い通路に入ってしまい、すると向こうからやって来たのはなんと中村鴈治郎!な、何?こ、これってわざとなの……と思いながら、私はにこやかに笑ってすれ違ったのでした。この顛末に至るまでの事情をここには書けませんが、書かなくてもきっとおわかりになる方はあるだろうと存じます(笑)。
 ちなみに放送は来年の1月14日(再放送21,23)です。

2005/11/16
野澤菜とジャガイモの炒め煮
 フジテレビで見た料理。豚挽肉と長ネギを炒めて、そこに薄切りしたジャガイモ、カボチャ、みじん切りにした野沢菜を炒め合わせ、水を入れて煮込んで塩と黒胡椒で調味するだけ。薄切りしたジャガイモをあらかじめ電子レンジで熱しておくのがポイント。

2005/11/15
弁松の白二重弁当、アスパラガスの胡麻和え
 新橋演舞場の帰りに銀座三越でゲット。
 今日ひとつの入稿が早い目に済ませられたので、慌てて新橋演舞場に行って『児雷也豪傑譚話』の序幕だけを見て帰ってきた。尾上松助さんが重病を押して出演なさってると聞いて、もっと早くに駆けつけるべきだと思いながら、今日まで足を運ぶことができなかった。とにかく舞台に立っていられるだけでも頭が下がるが、マイクを通しての声とはいいながら口跡は実に立派なものだった。声のよすぎるのが難点だったようなこのひとが、力が抜けたおかげで、かえってセリフが粒だって聞こえるのだから、なんとも皮肉なものである。幕切れには思わず目頭が熱くなった。

2005/11/14
鮭の揚げ漬け
 QPで先日ちらっと見たのを想いだしながら適当に作った。多少ちがうかもしれないが美味しくできたので私のやり方で書いておく。鮭は塩と酒で下味して片栗粉をまぶせて揚げる。椎茸と青唐辛子は素揚げ。酢、砂糖、醤油を合わせたタレに長ネギとたっぷりの削りガツオを入れて揚げた3品にかければ出来上がり。削りガツオをたっぷり使ってうまみを出すのがポイント。

2005/11/13
レンコン揚げ餅ほか
 乗馬の帰りに東横のれん街でゲット。
 年内に入稿をお約束している原稿をきのう百枚まで書きおえたので、なんとか年が越せそうな感じになり(^。^)/心も空もすっきり秋晴れで乗馬に出かけました。今日乗った馬のお父さんはなんとあのダンス・イン・ザ・ダーク!で、私ごときが乗せて戴くのは勿体ないような毛並みの良さにちょっとタジタジ(笑)。人間の血筋はあまりあてにならないどころか、はた迷惑なヤツが多いために(ブッシュや金正日の例をだすまでもなく)問題にしたくもありませんが、馬の血統にはいささか畏れ心が湧いてしまいます。で、わが倶楽部にはシンボリルドルフの仔もいて、それより何よりサクラエンペラー、ダイキブラスター、キシュウクリスタルといった中央競馬で聞いたような名の馬がいるのはビックリでした。インストラクターの話だと、ひたすら速く走ることだけを求められていた競走馬が素人のヘボ騎手を乗せてゆっくり走るようになるのはとても難しいことらしく、それが出来るのも貴重な才能なのだとか。多くの競走馬はそうはなれずに廃馬処分に、要するに食べられてしまうのですから、サラブレッドの世界は残酷です(涙)。政界のサラブレッドとか呼ばれてる連中は、さっさと廃人にしちゃったほうがいいと思うのばっかりですけど。

2005/11/12
蕪の鶏そぼろ煮
 昨夜、一昨日と油っぽい食事だったので今晩は前に見たQPのやさしい和食メニュー。蕪を先に柔らかく煮ておき、鶏挽肉は味醂、醤油、生姜汁を混ぜてから鍋に入れるのがポイント。こうすると鶏肉がかたくなならずに仕上がる。ほかに別茹でした蕪の葉と市販の生湯葉を細かくして加える。最後に水溶きカタクリでまとめる。

2005/11/11
海老と松の実の炒め物ほか
 世田谷パブリックシアターで『偶然の音楽』を観た帰りに守部さんと近所で食事。
 ポール・オースターの小説を白井晃の台本・演出で舞台化。私が長年ごひいきにしている男優中村トオル主演で、昨日に引き続いて大いに楽しませて戴きました(~。~)/中村トオルはなんたって「ビー・バップ」以来のファンで、決して巧くなる役者ではないけど将来はきっと高倉健みたいな大物感のある男優になるだろうと期待していた。最近の映像ではだんだん巧くもなってきて期待通りのいい役者になった。で、今回は初めて舞台を見て、その声にビックリ!なまじな舞台俳優よりずっとよく通る声で、遠藤憲一にも負けないくらいのいい声である。さすがに主演映画を何本もこなしてるだけに存在感もあって佇まいがよく、舞台馴れしているとは言い難いが、思ったより安心して見ていられる。
 小説は未読なのでなんともいえないが、舞台はリアルな私小説風に始まって途中から若干シュールな戯画的展開になるのはオースター作品として予想通りだった。主人公は思いがけず転がり込んだ遺産を遣い果たす寸前に偶然出会った若い男に残りわずかな金を託してポーカーの賭け事をさせる。その相手はまた偶然のチャンスから大金を得て富豪になった奇妙な二人組で、ちょっとしたことでツキが変わった主人公と若い男は賭けに負けて借金の肩代わりにレンガ運びの仕事をさせられる。ところがここから舞台は一転してまるで『ゴドーを待ちながら』や『ベント』を見せられているような典型的な不条理劇に突入し、どんどんブラックな展開になるのはちょっと意外だった。不条理劇として見る分には台本も巧くまとまっているし、装置、照明、音楽ともに洗練された舞台に仕上がってはいるのだが、主人公が強制収容所のような世界から解放されたとたんに死ぬラストシーンのセリフ(これはたぶん小説のままだろう)と、それまでの展開とは多少の違和感があって、果たして原作が伝えるものはこの舞台で正解だったのかどうかという疑問が残った。またタイトルの「音楽」は一体何を意味するのかが最後までイマイチわからなかったという憾みもある。


2005/11/10
韓国風蛸炒め、チヂミ、ビビンバほか
 シアターコクーンで唐十郎作『調教師』を観た帰りに進藤さんと食事。
 現代の劇作家で誰が好きかといえば迷うことなく唐十郎を一番に挙げるし、今一番好きな男優は誰かといえば椎名桔平なので、唐十郎作・椎名主演という今度の公演は、ここんとこハードな仕事が続く私にとってまさに砂漠のオアシスだった。
 唐十郎の芝居は猥雑な言葉やシチュエーションによって、とてつもなく美しいイメージが紡ぎ出されるという大きな魅力がある。私は若い頃この人の芝居を見て、お前らの住んでるNEATな現実はニセモンで、こっちの住んでる世界が本物なんだよ!と頭をどやされた気がして、しばらく紅テントにハマり込んでいた時期がある。もっともそれは若き根津甚八や小林薫が実にカッコよかったという点も大きく作用してて、ふたりともいなくなってからはすっかりご無沙汰してしまった。二枚目のふたりばかりでなく、麿赤児、李礼仙はもちろんのこと大久保鷹や不破万作、十貫寺梅軒といった異形の役者たちが持っていた怖いようなエネルギーは今の若い役者たちに求めるべくもなく、「第七病棟」もなかなか観られないのでここしばらく唐作品には遠ざかっていたのだが、久々に観ると、ああ、やっぱり唐さんの紡ぎ出す世界は素敵だなあ、と、つくづく思ってしまう。
 泥水の中を泳がせられる犬を助け出して自由な世界に解き放ってやる調教師のイメージに、身を売る女を救いだそうとして無惨な最期を遂げるチンピラや、言葉を話せぬ少女と必死に心を通わせようとする善良な市民を重ね合わせ、そうした大人たちの姿を分裂症の女教師と一緒に目撃させられる少年に自らの少年時代を彷彿とさせたこの戯曲は、唐戯曲に決まって登場する男女の3パターンすべてが出そろった作品ともいえそうで、内藤裕敬の演出はそれをわかりやすく整理していた点は評価できる。チンピラ役の椎名はガラとしてはぴったりで、現代の俳優としてはちょっと古風なこのひとの持ち味が巧く活かされていて、本人も戯曲をある程度は消化している。ただし声量のわりに声に幅がないのはこの男優の欠点であることは認めざるを得ず、ともすれば一本調子に聞こえてしまうのが難点だろう。
 いっぽう善良な市民田口を演じる萩原聖人は前半のテンションとラストのテンションをがらりと変えて芝居をさらってしまうあたり、役者としての達者さを窺わせるものだ。しかし今回だれよりも感心させられたのはあの窪塚洋介の弟俊介で、顔もお兄ちゃんとよく似ているが、実に堂々とした演技でふたりに全くひけをとらない存在感を見せつけて、この少年が若き日の唐十郎だったに違いないと思わせてくれた。黒板消しで現実を消そうとする分裂症の女教師に心惹かれる少年が、チンピラが死んで水の中に沈んでゆく光景に直面して「先生、あんた一体どこ見てんだよ!」と叫んだ瞬間、私はほろりと来てしまった。唐さんはきっと少年のころに色んな現実を見て、だからこそ物書きにならざるを得なかったんだろうなあという気がひしひしとしたのである。
 チンピラが死んで水の中に沈んだ一夜が夢のように過ぎ去り、善良な市民に戻った田口はその後彼の着ていた皮ジャンを水の中から拾いあげる。彼が自らのコートを脱ぎ捨て、ずぶ濡れになったその皮ジャンを着込んだとたんに、水の中から真っ赤なダリアの花と化した女が忽然と浮かびあがる。ふたたび水中に没した女に田口が手をさしのべ、引きずり込まれるようにして水中に消えてしまうラストシーンは、やはり唐十郎でなくては書けない美しい世界の終わり方であった。
 

2005/11/09
インドネシア風ビーフン炒め
 QPで見た料理。具は豚肉、キャベツ、玉ねぎ、炒り卵。味付けはサンパル代わりにコチュジャンを使い、これにケチャップ、酒、ナンプラーを混ぜ合わせる。別にから煎りしておいた桜エビをトッピング。ビーフンをもどすときに柔らかくしすぎないのがポイント。

2005/11/08
牛肉とレンコンの甘味噌炒め
 きのう作り損ねた待望のQPメニューである。下味して片栗粉とサラダ油をまぶした牛肉を先に炒めて取りだしておき、その油に鷹の爪を入れ、レンコン、キクラゲ、長ネギを炒め、鶏ガラスープを加えて蒸し煮にし、肉をもどして赤みそ、砂糖、味醂、醤油で味付け。

2005/11/07
鮭のホイル焼き、むかご御飯
 QPで牛肉とレンコンの味噌炒めを見て作ろうと思ったら、悔しい!近所のスーパー2軒とも売り切れで急きょメニューを変更した。TV恐るべしである。
 で、スーパーのパンフを見て作った鮭のホイル焼きの具は玉ねぎ、エリンギ、アスパラガスで、オリーブ油と醤油を混ぜたタレで味付け。アスパラはあらかじめ塩茹でし、鮭は塩胡椒の下味をしっかりしておくことがポイント。同じスーパーでむかごを売っていたのでお米に昆布だしと酒、塩を加えてふつうに炊いた。むかごは皮を剥かずに洗うだけでOKで、簡単に美味しくできるからむかごが手に入ったらオススメである。
 

2005/11/06
過門香の中華弁当
 乗馬の帰りに渋谷でゲット。東横のれん街の弁当ではイチオシ。
 今日から駈歩の段階に入ってようやく乗馬らしくなってきたが、駈足は速歩よりかなり揺れが激しくて、傍目で見るより結構スリリングである。振り落とされるのではないかという恐怖を初めて味わったけど、まあこれにもおいおい馴れるんでしょう。何せ最初は鐙に足をかけて馬にまたがるとこまでだって大変だったんすから。
 スポーツはどちらかといえば観るのが好きで、体育の授業は苦手だったから、まさか中年になってこんなにスポーツに入れ込むとは思ってもみなかった私である。たぶんそういう人が増えてるのだろうと思うが、近ぢか三軒茶屋の駅前にまた巨大なフィットネスクラブが誕生しそうである。もともと三茶で一番大きな銀行(みずほ)があった場所で、長い間工事をしていて何ができるんだろうと思っていたら、五階建て全面ガラス張りのビルになった。相当大がかりな施設であることはまちがいない。私の通っているジムが最近きれいに改装して雰囲気がえらく変わったのは、このライバルの出現を見越してのことだったのだろうが、競合したら喰われるのは必至である。いやはや、いずこの業界も今や戦国時代で生き残りをかけて喰うか喰われるかの勝負を余儀なくされているようだ。
 でもなんだって、すでにあるところにわざわざ進出するんだろう。三茶に20年以上住んでいると、ここ五年くらいの世の中の異常さはひしひしと肌に感じるところで、とにかく店舗の入れ替わりが激しくなったのもさることながら、同じ業種の店舗がわざと競い合うようにかならず2軒あらわれて、また同時に2軒ともに去っていくという、不思議な現象が目に付くようになった。讃岐うどん屋が2軒向かい合わせで開店し、どちらか1軒残っていたらよさそうなものなのに、今度はそれが2軒とも今風の居酒屋になってしまい、駅前には現在巨大なカラオケボックスが2軒向き合っているが、それが今度は何になるんだろう?ってな感じ。こういうことはここ四、五年の現象で、一体何に起因することなのか、だれかに教えて欲しい気がしている。表面的には消費者にとって選択肢が増えるからいいように見えても、あっという間にどちらも消えてしまうのだから、人を馬鹿にすること甚だしいともいえる。まあたぶん資本主義がゲーム感覚でとらえられだしたことの一端でもあるのだろうけど、何かとてつもなく不毛で病的な現象のように思えてならない。人間は環境を自ら変えてゆく珍しい生物で、それがここまでなんとか保ったとはいえ、加速度的に落ち着かない環境(何も町だけの問題でなく)に生物として今後どこまで堪えられるのだろうか。堪えきれずにくるっちゃう人だって今後どんどん増えることだろうけど、もうだれにも止められないところまで来てしまってる気がする。ともかくもこうした世界はそう遠くない将来に終わりを告げるだろうし、あとは遺伝子操作か何かで人間が生物としてふたたび画期的進化を遂げ、まったく別次元に突入するのを待つしかなさそうだ。そこに関与できない身としては、せいぜいフィットネスで自らの心身を丈夫に保って、残りの寿命を全うするしかないのであります。

2005/11/05
ポテトニョッキのトマトソース、無花果の生ハム添え
 ニョッキは市販のディチェコ製で包装パックに載っているレシピ通りに作った。パスタソースと同じ要領なのでここには省略する。写真で緑に見えるのはバジル。サイドディッシュは冷蔵庫にきのう買った無花果があったのでそれと生ハムを合わせただけ。今晩はちょっと手抜きで気取ってみました(笑)。

2005/11/04
牛肉とシラタキのしぐれ煮、アスパラの練り胡麻和え
 簡単に見えて、QPに教わった通り結構手間をかけて作った逸品である。まず油をからめた牛もも肉を酒、砂糖、生姜、酢少々を入れた鍋で下煮して取りだしておく。この鍋に蜂蜜、醤油、味醂を入れてじっくりと煮詰め、肉をもどしてからめたあと、肉は再び取りだして、ささがきゴボウと下茹でしたシラタキを煮て別に盛りつける。たしかにこうして作ると肉が柔ら羅各仕上がるしタレが本格的な味になります。

2005/11/03
牡蠣の卵とじ
 近所のスーパーのパンフで見た料理。レシピを記す必要もないくらいに簡単な料理。酒1味醂2醤油2の割で調味した出汁で牡蠣と春菊と椎茸を入れて卵でとじるだけ。
 今日は予定枚数の執筆が早めに了えられたので久々にジムに行き、自転車こぎをしながらTVモニターでたまたま日本剣道選手権の中継を目にした。手拭いを頭に巻いて面をつけるまでがアップになり、原田悟という選手がとても美男子(敢えてイケメンとはいいません)なので思わず応援してしまう。するとどんどん勝ち進んでなんと優勝!おかげで私は40分も自転車こぎをするはめになってグッタリした。馬鹿である。

2005/11/02
白菜と春雨の中華風炒め煮
 フジテレビでちらっと見て、前にもやったのを想いだして作りました。ここに載せるレシピは今日私がやった通りです。ニンニクと豆板醤を入れた胡麻油で豚挽肉、細切りにした白菜の芯、葉の順番に炒めて、鶏ガラスープと酒を足し、緑豆春雨を加えて、オイスターソース、醤油、塩、胡椒で調味。最後に水溶きカタクリでまとめる。とにかくじっくり煮込むのがポイント。

2005/11/01
ホッケの開き、レンコン汁
 ホッケの開きは先日三村さんに頂戴したもの。写真はレンコンのすり下ろしと、椎茸、ネギ、芹を入れたお汁。
 今日は久々にTVドラマを見た。アニメで有名になった「火垂るの墓」の実写版だが、私はアニメのほうは見ていない。で、今日たまたまチャンネルをまわして思わず最後まで見てしまったのは主人公の子役ふたりに魅せられたからで、巧いとかなんとかいうより、今どきこんな子いるの!と叫びたくなるような「昔の子ども」風のマスクと佇まいに驚いてしまった。それにしてもヒロイン役の松嶋菜々子は最初から最後までただ意地悪な性格の人にしか見えなかったのだけれど、これってそういう話だったんでしょうか。

2005/10/31
ハタハタ、里芋の煮転がし、トマトとアボガドのサラダ、高野豆腐の煮物
 ハタハタは昨日三村さんに頂戴した品。あとの三品は美容院の帰りに近所の総菜屋でゲット。今日はハローウインだというので美容院でプレゼントをもらったが、いわれてやっと気づくぐらいに朝からめいっぱい原稿に追われてTVを見るひまもあまりないほどだった。なので晩ご飯も超手抜きであります。

2005/10/30
焼き鳥ほか
 今日は予報より好い天気だったので乗馬に出かけたら、同じ思いの人が多かったのか、乗馬クラブ始まって以来の大盛況だったらしく、120頭いる馬のほとんどが厩舎を出されて馬場は大混雑。どうやら会員も急増しているらしく、馬場拡張の工事も始まって、ああ、ここでもまた私の「賑わし神運」が発揮されたようであります(^^; で、ちょうど引き揚げかけたときに三村さんからケータイに連絡が入って、帰りは湘南新宿ラインで白岡から大崎まで行き、品川で三村夫妻、進藤さんと会食。

2005/10/29
カレー
 絶食明けはまずジャガイモ、人参、玉ねぎのたっぷり入ったキャベツスープを食べ、そこからカレーに移行するのは定番。今日は使い残しのクミンとコリアンダーパウダー、ガラムマサラを適当に入れた自家製カレーで、ターメリックが入ってないので黄色くありません。アスパラガスをソテーして付け野菜にした。

2005/10/28
キャベツスープ(昨日の残り)
 今や世の中全体ムチャクチャだから誰が何やってもいいようなもんだが、今日は和泉元彌プロレス参入のプリエベンのようなものがさかんにTV報道されて、さすがに唖然としてしまった。どうやらコミカルにショーアップされたリングに本気で立つらしく、以前おすぎだかピーコだかが「何かよほどお金に困ってらしたんでしょうねえ」と言ってたけど、往年の名画『嘆きの天使』を想いだしてしまうほどのエゲツナサである。彼がここまでマスコミの玩具になるまでに、誰かがそれこそ「おとなの知恵」を出して何とかできなかったんだろうか。狂言界の人びとはこの事態をどう見てるんだろう?たしか野村萬斎は又従兄弟に当たるんじゃなかったっけ?などと色んなことを思ってしまいました(^^;

2005/10/27
キャベツスープ
 今日はお昼まで寝て、午後は完全に復調し、仕事も速やかにこなしました。夜は例によって定番のコレ。なぜか絶食あけはキャベツがどうしても食べたくなります。
ところで日本シリーズはあっという間に終わってしまって週末の楽しみがなくなりましたが、昨夜はまだ悪寒と吐き気があって実に苦しかったにもかかわらず、最終戦の最後のほうだけTVでちらっと見て、今江が猛烈ダッシュで阪神のバントを阻止した素晴らしいプレーに拍手を送ったりしてました。それにしてもボビー監督に人気があるのは何故か。私が思うに、彼はわれわれ日本人がアメリカをこよなく信じ、愛していたころのアメリカ人の顔をしているからではないか。ブッシュのアホ面とは違う、何かしら日本人をほっと懐かしい気持ちにさせるアメリカ人の顔がそこにあるような気がします。人の顔って結構だいじなものなのであります。

2005/10/26
絶食
 疲れが出たのか風邪をひいたのか、微熱があり、朝からお茶を飲んでも吐くという状態。このHPを更新するのがやっとのことで終日寝込んでしまった。秋山行ではいろいろと面白い話があるが、そんなわけで写真だけ載せた手抜きの報告となりました。ゴメンナサイ。

2005/10/25
秋山行(続)
 上段の写真は宿のそばに架かる橋。昔はもっと原始的な吊り橋で、こんな余裕のポーズはとても出来なかったはず。橋の下の河原はどこを掘っても湯が湧き出して自家製温泉風呂が楽しめる。
 中断の写真は郷の中ほど大赤沢地区にある蛇淵の滝。写真だとわかりにくいが、結構大きな滝で、轟音は相当なものだった。
 下段は山頂に雲のかかった苗場山。このあたりは要するに昔私がスキーでよく行った三俣高原とか石打のちょうど裏側に当たる地域なのだった。ちなみにプリンスホテルのある苗場スキー場は苗場山とは別の山で、堤さんが勝手に名づけたのだという話である。

2005/10/24
秋山行
 江戸時代の文人で民俗学の草分けとされる越後のひと鈴木牧之が著作『北越雪譜』で「信濃と越後の国境に秋山といふ処あり」と、秘境中の秘境として紹介した秋山郷。東京から一番近い早い行き方でも越後湯沢からバスを一度乗り換えバスの待ち時間を入れると4時間かかり、しかもそのバスは一日2回しか運行しないというのだから今なお秘境であることはたしかである。
今冬から新聞連載を始める『そろそろ旅に』の主人公は十返舎一九だが、一九は人生最期の時にあたって秋山郷に強い興味を持ち、牧之に『秋山紀行』を書かせて亡くなったという事実を知って、私はここをどうしても自分の目で見たくなった。何人かの国文学者の年譜には一九が鈴木牧之の息子牧山と草津温泉から秋山に入ったように記してあるが、秋山郷と草津は距離的に近いとはいえ、当時は秋田の猟師くらいしか通れぬ難所だと牧之の「秋山紀行」に記してあるので、一九自身がここを訪れたという事実はなかったものと思われる。こうしたところ研究者はとかく一方向からしか史料を見ないので、疑わしき点がいろいろとあるのも勘定に入れておかなくてはいけない。
 牧之が何度も「筆舌に尽くし難し」と書いている絶景をこのHPでは手抜きして写真でお届けする。例年の今頃なら紅葉がピークで、もっと素晴らしい景色になるという地元の人の話だった。その地元の人は今なお山田さんと福原さんがほとんどだという、チャーターしたタクシー運転手さんの話を聞いてビックリ!中津川峡谷に点々と民家が連なるこの郷一体は江戸時代に平家の落人部落として知られ、土地の人びとは外界と遮断した風変わりな生活を送っており、牧之はいわゆる桃源郷と見ていた。非常に不便な土地ではあるが、今日にまで連綿と続く血脈はこの土地がいかに離れがたい魅力を備えていたかの証左でもあろう。私が泊まったのは秋山郷の一番奥まった切明(きりあけ)という地域にある宿で、中段の写真は宿のそばを流れる滝、下段の写真は宿の露天風呂から眺めた景色である。上段は秋山郷に行く途中で立ち寄った清津峡の渓谷。

2005/10/23
キャベツとアンチョビのパスタ、生ハムとルッコラのサラダ
 天高く馬肥ゆる秋。きょうは乗馬クラブでも近所の馬事公苑でも恒例イベントがあったのだけれど、ここは少しも迷うことなくわが家のTVで、ディープインパクトの三冠達成を見届けた私である。シンボリルドルフ以来となると、武豊でもさすがにプレッシャーがかかったのか、ダービーのときのようなブッチギリではなく、非常に慎重なレース運びだったのは少し意外でした。ガチガチ本命のレースだと並木橋の場外でときどき馬券を買ったりもするが、今日は、ハハハ、なにせ1倍なもんで見送りました。それにしても乗馬を始めた目でレースを見ると、改めて騎手の方ってスゴーイ!と尊敬してしまいます。
 夜はもちろん日本シリーズ第2戦で、君は高山樹里か!といいたくなる渡辺俊介投手の奇妙な投球フォームを見ながら食事。明日は取材旅行に出るので超簡単な定番メニュー。

2005/10/23
寄せ鍋
 スラッシュの守部さんが遅ればせながらといって私に誕生日プレゼント(カメのお風呂洗面セット(^!^)をお持ちになり、一緒に日本シリーズ阪神vsロッテ第一戦を見ながら食事。鍋の中身はすけそう鱈、鶏団子、牡蠣ほか。
 以前、千葉マリン球場の試合が霧で中止になったというニュースを聞いたときは一体どんな球場やねん?と思ってたが、今日のゲームではTVの画面がみるみる白くなっていくのにビックリ!ホームランの行方も見えなくなって、ついに7回で前代未聞の霧コールドである。

2005/10/21
秋鯖の塩焼き、里芋と紅葉麩の炊き合わせ
 生麩は実家から送ってきた、もちろん「麩嘉」製である。料理屋で出す炊き合わせだと一椀でこんなに大量に使うことはないが、私は生麩が大好きなので、見てくれを構わずどっと盛ってしまいました(~.^)/
 で、昔は婦人誌などで紹介される京都の生麩の店はまずこの「麩嘉」に限られていたし、私も生麩はこの店の味しか知らなかった。女性誌は美容院くらいでしか見ない私だが、それでも最近別の店の紹介をよく目にするようになり、営業妨害になるので名前は伏せるが何誌かで紹介していた某店の生麩をたまたま買って食べたところ、コレって本当に生麩なの!と叫びたいほどのまずさに呆然としてしまい、昨今の雑誌編集者の大いなる不見識と、いい加減な情報の氾濫に腹を立てたのである。
 ある時期から雑誌はすべてが情報誌化してきており、この情報誌というものは妙にバランスを取りたくなるものであるのはかつて自分も携わっていた経験上よくわかるのだが、この店はよく紹介されてるから、今度は別の店を、てな具合で各誌が次々と載せてるうちに、京都で紹介されてない店なんてもうない!という状態になってしまった。で、この問題は別に京都情報に限ったことではないわけでありまして……。

2005/10/20
もんじゃ焼き、トン焼き、イカバターほか
 今日は早朝から久々に日本晴れとなりそうな感じだったので、午前中にガーッと仕事をして本日分のノルマを果たし、午後は乗馬に出かけました。たまにこういうことをしないと、不安定なフリーランスの物書きでいる価値は全く無いのであります(^。^)/で、帰りは向島にお住まいの熊谷夫妻をお誘いして、曳舟のもんじゃ屋で会食。ジモティーの奥様が作られたもんじゃやあんこ巻きやあんず巻きを美味しく戴いて、つい食べ過ぎてしまい、今お腹がはちきれそうになってこれを書いております。

2005/10/19
鰺のひらき、鶏ササミと小松菜の煮浸し
 鶏と小松菜の煮浸しはQPで見た料理。鶏のささみは塩で下味し、まず電子レンジで酒蒸しにしてから小松菜の煮浸しに加える。とにかく鶏肉に火を通しすぎないのがポイント。仕上げの薬味に柚胡椒を使う。  かつて近所の三茶栄通り商店街に「井上」という、裕福そうな老婦人の姉妹がいかにも老後の趣味でやってる風の小料理屋があって、お値段のわりに美味しいし、器もいいのを使ってたので1週間に2回くらいのわりで通っていた。一時は知る人ぞ知る店だったのか、往年の樋口可南子とか業界人も何人か会ったことがある。私がその店でゆず胡椒なるものを初めて食べたのはもう20年以上前になるのかもしれない。当時は何コレ?とオドロキの味だったこの大分名産の香辛料も、今や近所のスーパーに常備される時代となって、栄通り商店街の飲食店もかつてのあの「井上」のようにのんびりと営業できる状態ではなくなってしまった。仕事にゆとりがなくなって、その分どんどんとマズイものが氾濫しているという状況は何も外食産業に限らない気がするが、誰しもそのことに気づいていながら、誰にも止められないこの状態がいつまで続くのかは、また誰にもわからないのであった。

2005/10/18
レンコンと豚肉のあまから炒め
 QPのレシピ通りに作った。ニンニクと生姜のみじん切りをたっぷり入れた油でまずレンコン表面が透き通るまで炒め、酒、塩、胡椒でしっかり下味した豚肉を加え、砂糖と醤油でシンプルに味付け。好みで私は鷹の爪も入れた。
 今日は年末までに入稿を予定してる執筆量のことをふとリアルに考えて、ぞーっとしました~~;。で、まあ、頂上を眺めずにひたすら足下だけを見つめて坂道を登ることにします。こうなると遊びの予定は絶対優先しなくてはなりません(^.^)/

2005/10/18
チーズリゾット、若鶏のソテーほか
 お茶の帰りに友人と食事。

2005/10/16
さんまの塩焼き、秋茄子と揚げの煮物、豆腐とあおさ海苔の吸い物
 今晩のメニューは飯屋の定食といった感じで、パ・リーグのプレーオフ、ソフトバンクVSロッテ戦を見ながら食す。この間TV各局は株の買収劇にやたらとプロ野球チームの帰属問題をからめてたくせに、何故この大切なプレーオフを放送せんのだ!昨日なんて物凄くエキサイティングな逆転試合をやってるのにNHKBS7でも放送しないなんてひどすぎる!と怒りくるってた私です。で、今晩ようやくテレビ東京が放送に踏み切ってくれて、非常に引き締まったプレーを堪能しました。腐りきった鯛チームの消化試合などではなく、こういった旬のチームの試合を優先的にTV放送することこそが、プロ野球人気の凋落に歯止めをかける最も手っ取り早い手だてではなかろうかという気がします。

2005/10/15
野菜五色炒め、煮豚
 ニンニクの薄切りと鷹の爪を入れた油でジャガイモ、2色のピーマン、アスパラガス、シメジを炒め、酒、鶏ガラスープの素、塩、隠し味ていどの砂糖で味付けした。冷蔵庫に残ってた野菜で適当に作ったわりに彩りよく味もそこそこでした。煮豚は先日の残り。
 今週はどういう魂胆なのか話題の人村上ファンドのオーナーがTV各局に出まくりで、金儲けをする人としては実にまっとうな意見を述べているにもかかわらず、ゲストコメンテーターや司会者までがカッカして噛みつく様子がばかばかしいエンタメとして放送され続けていた。純粋に金儲けだけを追求する人間=悪いヤツという、今どきまるで時代劇みたいな古風な展開に視聴者を引きずり込んで一連の買収劇を片づけようとするTV報道のレベルの低さには唖然としてしまう。で、IT業界はそのTV局を買って今後大いに商品カタログとして利用するつもりのようだが、現時点で完全に広告の媒体と化してる民放TVなんだから、今さら放送の自由とかなんとかいわれても空々しく聞こえるだけだったりして。出版物も同様に今やタイアップやPRページの多い雑誌とカタログ誌との区別はつきにくく、たとえば「ミセス」が「ディノス」に買収されても、あっ、そう、で片づいてしまう。印刷物にしろ放送にしろ何を見ても聞いても、とにかくモノを買え!金を使え!と責め立てられるような感じが露骨にし始めたのはいつ頃からなのか、具体的には何がきっかけだったのか、こうした問題に対する興味はつきませんので、誰方かこれについて書かれたまともな本をご存知なら教えてください。

2005/10/14
静岡の名物
 その昔は東海道五十三次の府中、家康が築きあげた城下町で駿府と呼ばれた静岡市は東京から今や1時間ほどの距離で、近すぎるからかえって旅先にしようという気が起きないのかもしれない。今日は講談社の堀さんと共に取材でこの地を訪ねたが、彼女も私と同様、駅に降りるのは初めてだという。ともかくも駅前からタクシーでまっすぐ安倍川に向かって、橋の手前にある元祖安倍川餅の店「石部屋」で早々とお土産をゲットした。橋を渡って旧東海道を鞠子に向かい、「丁子屋」で鞠子名物のとろろ汁をランチに戴く。
 俗に名物に旨いもんなしなどといわれるが、「丁子屋」はいい意味でこちらの予想を裏切ってくれた。付出しのムカゴの梅和え、ワサビの葉のお浸し、ムカゴの揚げ団子、畳鰯の入ったみそ汁、いずれもこれまでに食べたものの中で似たような味を探しだすのが困難なくらいの珍味であり、且つおいしい。メインの自然薯を使ったとろろ汁は舌触りが非常に滑らかで、浅草のむぎとろとはまったく違った食感に驚かされた。とろろ麦飯共に量もたっぷりで食べ応え十分。この値打ちを知ってか、割合へんぴな場所なのに続々と人が入ってくる様子には唖然とさせられた。広重の版画を彷彿とさせる外観や古風な佇まいを残した内装も見事で、静岡近辺を訪れたらぜひ一度立ち寄ってみられることをお薦めしたい。また「石部屋」の手作り安倍川餅も新幹線の車中で売ってる大量生産の品とは全く別物で、これまた名物にも旨いもんはあった!ことをここにお伝えしておこう。
 「駿河なるうつの山べのうつつにも〜」という「伊勢物語」の和歌や、歌舞伎の「文弥殺し」の舞台として知られる宇津ノ谷峠は鞠子から車で十分くらいの距離にあり、近辺は旧東海道の面影をしっかりと残していた。鬱蒼とした木立の合間を縫う急傾斜の小径は文字通り昼なお薄暗く、東海道で一二を争う難所として知られた雰囲気を今に伝えている。
 安倍川沿いに海に出て海岸沿いに久能山に向かい、そこから旧東海道を再び市中に戻って駿河城址で「駿府十返舎一九研究会」会長の篠原旭氏にお目にかかった。城内の茶室で氏は一九について親切にいろいろとお話を聞かせてくださったあと、その生家跡や菩提寺にもご案内になり、最後に県庁ビルの最上階に昇ってわれわれは静岡市を一望する。穏やかな駿河湾に面し、小高い山々の懐に抱かれ、近くに富士の美峰を望むなんとも素晴らしい景観に見とれ、ここは古代から人が暮らしやすい土地だったにちがいないという実感が湧いた。今でも町なかはずいぶんと賑わっており、近年にありがちな地方都市的な寂れ方は全然していないのがやや意外だったが、これも暮らしやすさの反映なのだろうか。こういう町に生まれ育った人は、きっと人柄が悪くなるはずがないという確信を得たことが、今回の取材旅行で最大の収穫だったかもしれない。
 写真は上から「丁子屋」の前、宇津ノ谷峠の山道、駿河城。

2005/10/13
煮豚
 フジテレビで紹介したレシピで作ってみた。味醂と醤油を同量で煮立ててそこに塩と胡椒で薄く下味したブロック肉(テレビでは肩ロースを使ったがスーパーに無かったのでバラブロックで代用した)を沈め、その上から肉が完全に隠れるくらいどっさりと玉ねぎのスライスをぶち込んで1時間ほどただただ煮込むだけ。煮ぬき卵を加え、青梗菜を添えて、オニオンスープ状になったタレをかける。非常に簡単にできるのでこれはオススメ。
 今日はいよいよ英語が小学校から必修科目になるというニュースが流れたが、これで日本人も英語がペラペラになると素直に思えた人はどれだけいるんでしょうか。私は小中高とフランス系の修道会が経営するミッションスクールで学んだので、小学校1年からフランス語を学び、3年から英語を学びました。小学校の英語の先生は生徒全員に英語名を与えて、ちなみに私はデージーでした(笑)。フランス語なんて結構できたほうで、生まれて初めてもらった賞が仏国領事館賞だったのに、今はIl fait beau temps(好いお天気です)くらいしか言えません。英語のほうも仕事でロンドンに独りで一ト月暮らしたときはなんとか話してたけど、今は単語が全く出てきません。てなわけで語学は所詮手段だから、実際の必要に迫られないと、いくら学んだところでムダになるわけであります。
 「銀座開化事件帳」関係の史料を読むと、維新直後の日本は今よりもっと英語熱が高かったような気がするほどで、英語学校があちこちにできており、京都では丁稚でも英語を話すという新聞記事が見られたりします。にもかかわらず百年たってもこのていたらくは何なの!と思ったものですが、まあよく解釈すれば、その後はさほどの必要に迫られなかった、つまり幸いにも列強の植民地にされず、国内に働き口があって他国に出稼ぎに行かずに済んだということなのでしょう。では今後は一体どうなのか。アメリカの指揮の下で軍事に参加するためにはむろん絶対に英語が必要だし、ひょっとしたら国内産業だけではもう経済がまわらなくて他国にどんどん出稼ぎをしてもらわなくてはならない、というふうに文科省は考えておるのかもしれません。
 で、いっぽう日本人はなぜ英語がうまく喋れないのかというと、主語述語目的語の並びなど文法が著しく違っていることもあるのでしょうが、なんといっても一番大きな理由はメンタル面ではなかろうかと思います。私は芝居を見る目的で初めてロンドンを訪れたとき、現地の知り合いから役者の卵である英国人の若い女性を紹介され、初対面のその女性からいきなりWhat do you think ob〜(あなたそれについてどう思うの?)を連発されて大いにうろたえ、どうしてもI think that……で絶句してしまうのでした。日本では初対面の人からズバズバそういうことを訊かれる想定はしないために、こちらにちゃんとした答えが用意されていなかったわけで、自分がいかに通りすがりの人には当たり障りのない会話しかしてこなかった典型的な「日本人」であるのかを、そのとき私は思い知らされた次第です。ひるがえって現代の日本の若い人や子どもたちは母国語で他人ときちんとコミュニケーションが取れてるのでしょうか。母国語で取れない人間が、他国語でどうしてコミュニケーションが取れましょうか。そんなもんちゃんちゃらおかしうて、アホらし屋の鐘が鳴るわい!と私はいいたいのであります。以上、国内バイリンガルでした、チャン、チャン。

2005/10/12
豚肉と野菜の中華風胡椒炒め
 フジテレビで見た料理。油にまず黒胡椒をたっぷり入れて、ニンニクと生姜のみじん切りを加え、酒と醤油で下味した豚もも肉、玉ねぎ、シメジ、緑と赤のピーマンを炒め、鶏ガラスープ、醤油、オイスターソース、隠し味ていどの砂糖で味付け。シンプルな調理のわりに妙に本格中華っぽい味でイケル。
中華といえば、今日は中国がまたまた有人ロケットの打ち上げに成功したニュースが流れ、打ち上げ自体にはもう驚かなかったが、なんといっても感心させられたのはその宇宙食である。やはりしっかり鮑とかイカ団子とか焼き豚とか八宝飯を食べるらしい。さすが中国人は「食」に対する取り組みが違う!日本人もチキンラーメンとかSMAPカレーとか食べて喜んでる場合ではないのである。

2005/10/11
牡蠣フライ
 付け野菜はベビーアスパラ。タルタルソースを手作りしたらパセリが余って、フライの衣にも混ぜたのに、まだ大量に残っている。亀もどうやら苦手なものらしく、鼻の前にかざしただけでバタバタと逃げていった。失敗だった。

2005/10/10
炒り鶏の煮物
 煮物は下ごしらえが肝腎。というわけでフジTVで紹介していたコツを守って作りました。里芋は酢を垂らした水から煮るとアクやぬめりがとれる。ゴボウも水であく抜きしてから人参と一緒に下茹でする。鶏肉は油で炒めてから煮る。だし汁に酒、味醂、醤油を同量入れて味付けし、砂糖を隠し味ていどに。最後に塩茹でしたインゲンをトッピング。

2005/10/09
海老チャーハン、餃子
 乗馬クラブの帰りに大宮の駅でお腹が空いてたまらず、駅構内のファストフード店で食べてしまう。

2005/10/09
川上のおせち(PR)
 右の写真は川上本店で販売する角型二段重で二百個限定(税込¥20,000)。
 一の段は小鯛の南蛮漬け、平目の求肥巻き、鱒の幽庵焼き、アマゴの南蛮漬け、焼き車海老、青唐の串打ち、イクラの西京漬け、長芋甘煮、ちしや唐の蜜漬け、数の子、栗蜜煮、栗渋皮煮、千代呂木、青味大根の昆布じめ、お多福豆、粕梅、焼き板蒲鉾、羽子板蒲鉾、黒豆、田作り、はじかみ、つくばね以上22品。
 二の段は車海老姿煮、鶏肉巻旨煮、サーモン西京漬け、トコブシ、小鯛笹漬け胡瓜酢、砧巻き、堀川ゴボウ、梅人参、くわい、金柑蜜煮、ブロッコリーの蜜煮、利休麩、紅白梅麩、筍、しめじ、ひろうす旨煮、絹さや以上17品。
 こちらのご注文は川上(電話075-561-2420担当川村まで)にて一応12/20まで承っておりますが、数に限りがございますのでお早めにご予約ください。

2005/10/09
川上のおせち(PR)
 今年も祇園「川上」ではおせちのお重詰めを限定販売致しますのでここにお知らせします。
 右の写真は日本橋高島屋で二十個限定販売(税込¥52,500)の丸型二段重。
 一の段は車海老の姿煮、平目求肥巻き、鮑の旨煮、サーモンの西京漬け、からすみ、数の子、花百合根の蜜漬け、ちちゃ唐の蜜漬け、千代結びの紅白蒲鉾、田作り、黒豆、千代呂木、つくばね以上13品。
 二の段は鴨ロース、鰆の幽庵焼き、アマゴの南蛮漬け、ゴリの甘露煮、イクラの味噌漬け、筍、くわいの旨煮、利休麩、紅白梅麩、笹巻き麩、香茸の甘露煮、栗蜜煮、栗渋皮煮、菊かぶら甘酢漬け、はじかみ以上15品。
 こちらのご注文は高島屋日本橋店にどうぞ。

2005/10/08
鮭のカブラ蒸し
 近所のスーパーのパンフで見た料理。鮭の切り身には塩と酒をふって臭みと水気を抜いておくこと。すり下ろした蕪は網で漉してこれも汁気を抜き卵と混ぜ合わせて塩と味醂で味付けし、ここに椎茸と銀杏(私は枝豆にした)を加えて鮭にのせ、電子レンジで火を通せば簡単にできる。だし汁に酒、醤油、味醂と合わせて水溶き片栗でとろみをつけたあんをかけて食べる。卵を丸ごと一個使ったら写真のようにとてもカブラ蒸しとは見えない色に仕上がってしまったが、蕪のほのかな甘みはうまく活かされて見た目より美味しくできました。

2005/10/07
明太子スパゲティ、春菊のサラダ
 サラダはQPで見た通りに作ってみた。春菊は葉の部分だけをむしって使う。それに白髪ネギを合わせて、シメジをマヨネーズで炒めて酒とレモン汁を加えたソースをかける。香りは豊かだが、口当たりを考えると春菊は新鮮で柔らかいものを選んだほうがよさそうだ。
 今日たまたま夕方TVを見てたら、あのドクター中松がノーベル賞のパロディであるイグ・ノーベル賞を受賞したというニュースが流れ、彼はなんと自分が食べた食事を35年間毎日欠かさず撮影していたという事実を知りました。先日友人に亀をかたどった結構オシャレなジュエリーの写真を見せてもらって、欲しいなあと言ったら、あの井脇ノブ子代議士も大きな亀のブローチを付けてるわよと言われたのと似たようなショックを感じております(笑)。

2005/10/06
レンコンの落とし揚げ、鯛の昆布じめ、茗荷と卵のおつゆ
 人形劇センターの塚田さんがわが家に訪れて一緒に食事。レンコンの落とし揚げは前にQPで見たのを想いだしながら作った。レンコンと大和芋のすり下ろし、卵とツナギの片栗粉を少々を混ぜて塩で味付けし、剥き海老、椎茸、枝豆(TVでは銀杏)を加えて油で揚げる。実にヘルシーでボリューム感もあり、ふわふわした食感がこたえられない。オススメである。鯛の昆布じめは近所の大島さんに教えられて作り始めたが、超簡単(昆布で巻くだけ)にできて、こうするとそれほどいい鯛でなくても食べられます。
 同世代の塚田さんとは、現代の日本社会のマンガチックな感じに対して思うところや、世界全体にある種の絶望感を抱いているところが一致しており、ここには書けない実体験に基づくエピソードを披露し合いつつ、互いにクールに笑って歓談の時を過ごしました。

2005/10/05
大阪寿司、ポテトサラダ
 今日は渋谷のA信託銀行に通帳の書き替えに行って晩ご飯は帰りに渋地下でゲット。 
 数年前にA信託銀行で買ったハイリスク・ハイリターンの投資信託が一時元本割れしてたのに、今日の調べでなんと倍近く戻しているのにはビックリ!ふだんまったく実感はないが、金融面に関するかぎり、日本はどうやら完全に景気回復した様子である。私が買ったのは言うまでもなくお話にならない微々たる額だけど、世間にはこの間スゴク儲けている人が確実にいるということなのだった。小泉が勝って海外マネーがどっと流れ込んできたのが好況につながっていると思えば腹立たしいとはいえ、日本社会はもはや否応なく世界的金融経済に依存しなくてはやっていけない体質に変わりつつあるのだろう。小説を書いたりしてる場合か!という気にもなるわけである。色んな意味で。 
 この銀行で私を担当してるSさんは、見かけまるで時代劇に出てくる薄幸な町娘といった感じの古風でおとなしそうな美人だが、実際はかなり仕事のデキル女性で、世界経済の動向を私に教えながら資産運用(なんていうほど大した額じゃありませんけど)のアドバイスをしてくださる。BRICsなんて言葉(近年経済成長の著しいブラジル、ロシア、インド、中国)も彼女からかなり以前に教わったものだ。 私は個人的には金銭に淡泊なほうだけれど、経済の話(それは一方で地球環境の変化を物語る情報でもある)にはとても興味があるので、年に何度か彼女と会っていろいろと教わるのを楽しみにしている。で、彼女のほうは以前から意外にも時代小説ファンだったそうで、私のも何作か読んでいただいているらしい。今日は「これ買いました」といって最新作の『家、家にあらず』を差しだされて妙に喜んでしまいました。

2005/10/04
鮭の照り焼き茸添え
 フジテレビで見た秋らしい簡単料理。醤油、酒、味醂を合わせてレモンの輪切りを入れたタレに鮭に切り身を1時間以上漬け込んで焼く。そのタレで茸と青唐辛子のソテーも味付けする。鮭は焼いている途中で刷毛でタレを塗ると照りが出る。

2005/10/03
栗と茸のクリームパスタ
 QPの秋にふさわしい提案である。オリーブ油で玉ねぎのみじん切りとベーコンの細切りを炒め、栗と数種の茸をさらに炒めて白ワインで煮てから生クリームを加えて塩、胡椒で味を調える。パスタは幅広のフェットチーネを使う。生クリームを入れてからは火を弱めて煮立たせないように注意すること。栗の皮を剥くのが大変なだけで、あとは簡単にできた。
 このHPはほぼ完全な日記なので、自分の過去がすぐに確かめられる。で、ちょうど一年前の10月3日、私はバリ島のホテルで海外のミステリーを読みながら丸一日のんびり過ごしていたのがわかった。10/1〜6日まで滞在したホテルは今度のテロが起きたクタ地区やジンバラン地区とは反対側の海岸沿いヌサドウア地区にあった。ホテルに入る車はすべて探知機がかけられるなど、警備はそこそこ厳重だったものの、去年はすでに3年前のテロの傷は完全に払拭されて、まさか再びテロが起きるなどとは想像もつかない雰囲気だった。今年は仕事が詰まっていて無理だが、来年か再来年あたりもう一度訪れたいと思っていた土地だけにショックである。なにせ観光収入に頼って暮らしている人が大半の土地だったから、今後当分のあいだ経済的ダメージは計り知れず、現地のガイド兼ドライバーで親切にしてもらったマンガさんやロビンス君のことを想いだすと胸が痛む。もっとも現地では必ずしもいい思いをしたばかりでなく、現在の世界は色んな矛盾と混乱に満ちて大変だなあというようなことを、脳天気な日本人のひとりとして、深刻に考えさせられもしたのだった(詳しくお知りになりたい方はNEXTマークを12回ほどクリックして過去の記録をどうぞ)。
 スマトラ沖地震から立て続けで不幸な出来事に見舞われたインドネシアが早く立ち直ることを祈りたいと同時に、地震やテロに関してはこの日本も決して他人事ではないと思わざるを得ない。愛知博から失踪した人びとのニュースを聞いて、だれもそんな発想はしなかったようだが、私はテロ要因が潜伏したのではないことを真っ先に願ったものだ。

2005/10/02
鉄板焼き
 新潮社の方々から戴いた肉がまだあったので、スラッシュのふたりを招いて食事。写真はすでにあらかた食べて淋しくなった鉄板で、食べる前に必ず撮るってのもなかなか大変なのです(笑)。

2005/10/01
レンコンとソバのすいとん汁
 近所のスーパーで配ってるパンフに「血圧を安定させるレシピ」として載っていた。私は血圧に何の問題もないけれど、レンコンが好きなので作ってみました。ニンジン、ささがきゴボウ、油揚げ、糸コンニャク、シメジを入れた汁にレンコンのすり下ろしとそば粉を混ぜたものを加えるだけ。味醂と醤油で味付け。レンコンのせいだと思うが食べるとかあっと熱くなって汗が噴きだす。寒い時期にオススメしたい。
 昨日今日と立て続けに自分のエッセイが載った雑誌が届いたが、頼まれた時期が一ト月以上違ったのと、枚数にもかなりの開きがあったので、似たような話を書いたところ、刊行時期はバッチリ重なってしまった。全く系統の異なる雑誌だし、切り口も変えてはいるが、同じ史料を使ったので、二誌とも目にされる方が少ないことを祈りたいものであります。
 私は基本的に書評の類はすべてお断りして、エッセイはなるべくお引き受けするようにしているが、出来上がった雑誌を見てつねづね興味深く思うのは執筆者の人選です。専門誌はともかく、一般誌は、これってどういう基準で選んだんだろうと思うことが多い、なんて書くとまるでイチャモンつけてるようですが、決してそうではありません。純粋に不思議な気がするのです。たしかに今ならこの人だろうな、というような類のエッセイとは違い、何人かに同じ文字数で書かせて、さりげなく載せる場合、沢山の人が頼まれて、なぜ私なの?なんて別に誰も思わずに(私もむろんそうです)書いてるのだし、読むほうだって誰もそんなことを気にしないで読むのだけれど、自分が執筆したのと同じコーナーに、思わぬ人の名前を発見して、今日はちょっぴり嬉しくなりました。
 「潮」11月号の「波音」というコーナーには木村尚三郎先生や辺見じゅん氏も書いておられるのだけれど、私が見つけて嬉しかったのは尾車浩一という名前。だれ、その人?とお思いの方が多いと思いますが、これぞ大相撲の尾車親方、現役時代のしこ名は琴風といって、私の大好きな関取でした。ぽっちゃりした童顔だけど、現役のときは豪快な取り口で観客を魅了しました。とにかくケガに泣いて非常に苦労した人だけあって、人柄が実に練れてるし、頭もよくて相撲解説も実に巧い方です(なのに舌たらずのしゃべり方がまたカワイイ)。あの琴風様とコーナーでご一緒できたなんて!と、バカみたいに喜んじゃったのであります(笑)。ちなみに私は昔から人でもモノでも偏愛する向きがあって、その対象となるのは他人がたいがい何故???と絶句するようなケースが多いのですが、いったん偏愛すると、愛は冷めることなく、とことん追求してしまいます。最近たまたま映像を見てそそられているのはハシビロコウという鳥です。

2005/9/30
鶏肉とカボチャの甘味噌炒め
 QPで見た料理。下味して軽く粉をまぶした皮なしの鶏もも肉とカボチャを炒めて、味噌、酒、きび砂糖で味付けし、最後に大きめに切った万能ネギをちらす。カボチャは電子レンジで熱してから切るといい。万能ネギがヌタのようになって美味しいので、欠かせないトッピングである。

2005/09/29
水菜とお揚げの煮物、ちりめん山椒ご飯、コンニャクの味噌田楽
 ここんとこずっとご馳走続きだったので、今日は胃休めの食事を取りながら阪神の胴上げを見る。といっても別に阪神ファンだったことは一度もない。
 わが家は屋号が「川上」というくらいで、昔は大の巨人びいきだった。九連覇のときは川上監督以下選手たちがよく店を訪れ、私は王選手の大ファンだったので、店で握手してもらって大感激!その手を二、三日洗わなかったものだ。思えば私は当時から自分が会いたい人には必ず会えるという強運に恵まれていたようで、今まで会いたいと思ってどうやら会い損ねてしまいそうなのは宮沢喜一氏くらいである。
 で、甲子園の巨人阪神戦はよく見に行って、巨人選手が乗る球場バスにも同乗させてもらったが、当時は阪神ファンがそのバスにガンガン石をぶつけて窓硝子が割れるような騒ぎがあった。観客席でも阪神ファンのガラの悪さは大変なもので、巨人ファンとわかるとビール缶を投げられたため、今でも阪神ファンになる気はしないのであります。
 ともあれ今年のトラの立役者JFKのひとり藤川球児の顔を見ると、中学生のころの私にそっくりなので、他人のような気がしません(笑)。

2005/09/28
オイル焼き、アーサーと鯛の汁椀
 たぶん関西だけの名称で、今はあまり使われていないような気がするが、私は子どものころ上等の牛ヒレ肉と野菜を鉄板焼きにして、おろしポン酢で食べる「オイル焼き」というものが大好物だった。で、きょう冷蔵庫を開けたら、きのう新潮社の方々がご持参になり、うっかり私が出し忘れてしまった(ゴメン!でもわざとじゃありません。許せ姐さん、クスノセ、サノッチ、範央さん)霜降り牛肉がびっくりするほど大量に残っていたので、それを使って久々にオイル焼きを楽しみました。アーサーとは沖縄のあおさ海苔の乾物で、これは妹の沖縄土産。きのう拵えて余っただし汁とこれまた鯛の刺身の残りと併せて美味しい椀物ができました。オイル焼きは掲載した写真の分量をダブルで戴き、いやー、とにかく飽食の二日間であります。今日は気づいたのが遅かったので人を誘えませんでしたが、肉はまだたくさん残ってるので誰方か食べにいらっしゃいませんか?

2005/09/27
鯛の刺身、焼き松茸、土瓶蒸し、松茸と霜降り牛肉のスキヤキ、サンマと茄子の南蛮、松茸ご飯ほか
 例年9月28日の誕生日前後には実家から国産の松茸が送られて来るので、親しい友人の中から二人ずつお招きして拙い手料理を披露していた。
 ところが今年はたまたま新潮社の小林姐さんが新担当を紹介しがてら食事しませんかというお誘いが早くにあって、日取りがななか決まらず10月半ばに持ち越しとなりそうだったのに、私がこの松茸の話をしたらたちまち全員の予定があいたそうで(笑)、姐さん、佐野氏、楠瀬氏、新担当の田中範央氏の4人が打ちそろって、極上の霜降り肉や尾頭付きの鯛などをご持参でお越しになりました。てなわけで、お花を頂戴し、シャンパンの乾杯に始まって蝋燭を立てたバースデーケーキ入刀に至るまで、五十を過ぎた私は恥ずかしながらしっかりと誕生日を祝われてしまいました(笑)。で、日付変わって最後は『銀座開化事件帖』の今後の展開についてのご意見も続出し、さすが新潮社の方々は仕事の押さえもしっかりとなさって(泣)お帰りになりました。

2005/09/26
お好み焼きほか
 お茶の稽古のあと例によって三村さんと「文字平」で食事。三村さんと共通の友人である元ペヨトル工房主宰の今野裕一氏がたまたまこのHPにヒットして「松井さんはなんで食べたことばっか書いてんの?」と言われたそうだが、タイトルをちゃんと見るべし!このコーナーはあくまで私が晩ご飯に何を食べたかを記すのが基本なのであります(笑)。

2005/09/25
寿司弁当、レンコンと茸のサラダ
 京都から昨日戻って来た理由は、何を隠そう、今日に予定していた乗馬です。馬は毛並みや顔や気性はもちろん、体格もさまざまで、今日は一鞍目が小柄な牝馬、二鞍目はビックリするほどデカイ牡馬でした。体格によって当然歩幅が違ってくるから揺れ方のリズムも変わり、馬を見て乗り方を臨機応変に変えられるようでないと外乗はできないわけであります。クラブには120頭ほどいて、私がすでに乗ったのは20頭足らずですが、その中でも相性の良い馬、悪い馬があり、今日は幸い2頭とも利口な馬だったので助かりました。晩ご飯は帰りに東横のれん街でゲット。

2005/09/24
だし巻きほか
 肝腎の打ち合わせは2時からなので、せっかく京都に来たのだから少しは観光もしようということになり、修学院に住む妹の勧めで叡山電車で鞍馬に向かう。大河ドラマの影響もあるのだろう、叡山電車は満員で、紅葉のまだ全く見られない鞍馬山があまりにも大勢の人出で賑わっているのにビックリ。だがそれにもましてスゴイ!のは下界の祇園界隈で、「辻利」にズラーっと並んだ行列や、一力亭の前で舞妓の出待ちをする人びとの群れを見ると、わが実家はまさにテーマパークのど真ん中に置かれた状態で、何ともいえない気分になる。ともかく久々にオン・シーズンの京都にどっと疲れて食事場所を探す気にもなれず、またしても「川上」で賄い飯を食して京都をあとにした次第である。

2005/09/23
鱧焼き、鱧鍋ほか
 急な所用で岡野さんと京都に行かなくてはならなくなり、連休中でホテルさがしはが大変だったものの、晩ご飯は余裕で「川上」のフルコース(笑)。トウモロコシ豆腐の付出、川魚を主とした八寸に始まり、松茸の土瓶蒸し、お造りは鯛や鱧の落としの盛り合わせ、柳川風の鱧鍋、冬瓜の田楽、鱧焼き、鮑の酢の物、無花果のコンポートに至るまで、わが実家ながらやっぱり本当に美味しい!写真の上段は、あの冬瓜がどうしてこんなに美味しく炊けるの!と初めての味わいに驚かされた田楽。中段は、コレを食さずして鱧焼きを語る無かれ、且つ「川上」を語る無かれと言いたいわが家の逸品。下段は舌でとろけそうなほどに柔らかい蒸し鮑の酢の物仕立て。

2005/09/22
〈花の会〉20周年パーティ
 二十年前にPTAで知り合った世田谷在住の主婦、池田孝子さんと杉浦邦子さんは能の世阿弥について学びたいという思いで100名近い同志を募り、狂言の善竹十郎師を講師に招いて二年がかりで「風姿花伝」を読了。以来〈花の会〉と称する勉強会を継続し、途中で杉浦さんが名古屋に引っ越されたあとは、池田さんを中心に赤尾さんや橘和さんといった新たなメンバーが世話役に加わって、なんと同会を二十年間も継続維持!今日は初台にあるオペラシティ最上階の「ロゼリアン」で祝賀パーティが行われ、それにご招待を頂いた。
 私が初めて講師に招ばれたのは善竹師の直後ぐらいで、近松門左衛門についての講義を皮切りに、そこから十年近く専属講師的な扱いで歌舞伎や浄瑠璃に関する講座をもたせて頂き、職替え(笑)をした今でも一年にいっぺんは招かれている。最初はまだ三十五歳の若造(小娘とはいいにくい(笑))で、全員年上の方々に「先生、先生」と呼ばれるのが実に面映ゆかったのを想い出す。
 それ以上に怖かったのは、この会のメンバーがどういうわけか、これはお世辞でもなんでもなく、非常に博識かつ聡明な方々が多かったということである。たとえば近松の作品を声に出して読んでみてくださいといえば、かなり難解な古文をすらすらとお読みになる方がいくらもあるし、「源氏物語」の五十四帖全部を原文で読み通された方はいらっしゃいますか?と尋ねたら、即座に十人くらいの手が挙がったという恐ろしさだ!
 私は結婚をしていないせいもあって専業主婦の友だちはほとんどいない。昔は研究者や演劇関係者、今は編集者が周りに多くて、つまりはずっといわゆる文化的なお仕事のプロに取り巻かれてきた人生である。この会のメンバーのほとんどはそういったプロではないのに、プロの方より文化的教養が幅広く、見識の高い人が多いのは何故なの!との思いを常々抱かざるを得なかった私である。
 世間は決してナメてはいけないということを〈花の会〉は若年の私に教え、日本の文化はこういった人たちの手で持ち上げられているのを確信させたが、この会にも当然ながら高齢化の波が押し寄せている。今後こういった形で日本文化を支えてくれる層が果たしてあるのかどうか、演劇人や出版人は大いに憂慮すべき点だろうと思われた。ともあれ最後は二十五周年パーティの開催を祈りつつ、世話役の人たちと記念撮影をしてお別れした(ピンク色のドレスを着てられるのが発起人の池田さん、左端の女性が同じく発起人の杉浦さん)。

2005/09/21
弁松の白二重弁当、レンコンと海老の挟み揚げ
 今日の昼間は講談社の堀さんと一緒に築地の東陽院にある十返舎一九のお墓にお参りをした。勝どき橋の近所にあるこのお寺は門のすぐ脇に十返舎一九の文字が書かれた大きな石碑があるが、「これはお墓ではないんですよね」と、既にリサーチ済みの堀さんは余裕の発言。ところが境内は車が四、五台置ける駐車場になっていて、その奥正面に本殿があるばかりで、墓場らしきものはまったく見あたらない。仕方なく本殿の硝子戸を開け、そこにおられた年輩の女性に一九の墓を拝見したい旨を告げたところ、廊下を奥のほうにどんどんと案内される。で、目の前にあらわれたのが室内にある墓場だったのにはビックリ!最新流行のマンション型墓地に似ているが、墓石が古いものばかりなのでいささか異様な景観だった。一九の墓石は表面が相当に傷んでおり、戒名も判別が難しいほどだが、とにかく二人でお線香をあげて掌を合わせた。
 私は十返舎一九を主人公にした作品(仮題『そろそろ旅に』)を今秋から新聞に連載し、二年後に講談社から出版する予定で、登場人物のひとり小田切土佐守のお墓にはすでに参っているが、肝腎の主人公には遅ればせで本日ようやくご挨拶を申し上げた次第だ。
 このお寺はもともと浅草にあって、関東大震災で被災して今の築地に移転し、その後も戦火に見舞われたりして過去帳も何も残ってはいないという。ただ新潟には一九が宿泊した旧家が今も続いているらしく、墓に案内してくださったこのお寺の女性にはそこの訪問を勧められた。ともあれ長丁場となりそうなこんどの仕事で、今日がまずは芝居なら「顔寄せ」といったところである。帰りに銀座三越で夕食をゲット。

2005/09/20
ひよこ豆のチリ煮
 ニンニクと玉ねぎのみじん切りと合い挽き肉を炒めて塩胡椒し、フレッシュトマトにひよこ豆を加え、ハーブのオレガノ、白ワインで風味をつけ、チリペッパーを足してぐつぐつ10分程度煮込めば出来上がり。オレガノは是非ともフレッシュなものを、ひよこ豆も乾燥したのを戻してお使いください。おいしさがゼンゼン違います!とQPの先生は力説した。しかしながら今日は連休明けとあって、朝から煩雑な仕事がどっと舞い込んで私にいつもの余裕はなく、ひよこ豆は缶詰を、オレガノも乾燥したのを使い、それでも結構おいしくできましたよ、先生。

2005/09/19
エリンギの肉巻き
 QPで見た料理。縦に割いたエリンギを塩胡椒で下味した薄切り肉で巻いてバタソテーし、醤油で味付けするだけ。肉には薄く粉を振ってノリにし、斜めに巻くのがポイント。付け野菜のほうれん草を私はアスパラに変えた。ワンプレートにして食す。

2005/09/18
月見団子汁
 今宵は中秋の名月があまりにもみごとなので久々にお供えをしました。写真は使用前と使用後(笑)。けんちん汁にお供えのしんこ団子を入れただけです。

2005/09/17
塩鮭、空芯菜のオイスター炒め
 今日はお昼を遅めに食べたのでイマイチ食欲が湧かずにおざなりな晩ご飯となった。
 で、またしても選挙ネタで恐縮だが、京都にいる妹の家の真向かいに昔から前原誠司が住んでいて、真面目な人柄みたいなので(笑)妹はずっと彼を応援し続けて、結党以来民主党に票を入れているのだという。今日は民主党の代表選でその前原氏が党首となり、夕方ごろは自宅の前がごった返していたらしい。で、夜になったらまるで引っ越しちゃったみたいに真っ暗だそうである。

2005/09/16
ちゃんこ鍋ほか
 シアターコクーンで今秋演劇界最大の話題作「天保十二年のシェイクスピア」をぽぷら社の矢内さん、文春の内山さん、そして守部さんの友人の小川さんと一緒に観劇。終演は十時半で、それからゆっくり食事ができる場所として、情報通の小川さんにこれまた話題の(笑)ちゃんこダイニング「若」に案内してもらい、御三方ともほぼ初対面に等しい面子ではありましたが、共に夜中の3時過ぎまで歓談。芝居から話は先日の選挙や出版界の状況に及び、いずれもきわどい本音トークの続出で、たとえば若手ナショナリスト系評論家として売りだすF氏を評して「ここだけの話、あんたみたいなデブに何も言われたくない!という気持ちだ」とのサベツ発言や、性描写に定評のある某有名作家に対して「小説に出てくる女性のファッションがみんなヘン!で、モデルにした女の二流度が知れる」といった悪口には笑えました。
 で、芝居は30年以上前に書かれた井上ひさし氏の戯曲で、氏のパロディ精神と言葉遊びが極限に達したものではあるが、戯曲としてそう優れているとはいえない。しかしながら芝居はやはり戯曲だけが完全な決め手にはならないのである。蜷川幸雄のダイナミックな演出で、贅沢なキャスト陣がパワー全開で演じれば、先日見た「小林一茶」がいかに戯曲として優れていても、舞台の面白さは段違いでこちらに軍配があがるのだった。それにしても蜷川さんが70歳でなお今度の多士済々の役者たちを力業でねじ伏せて、且つ実に楽しそうに演じさせていることはスゴイ!としかいいようがない。もっとも役者たちが楽しそうに演じることの一端は戯曲に与るところもあるのかもしれない。
 「リア王」の幕開きから「ロミオとジュリエット」「マクベス」「ハムレット」「リチャード三世」「オセロ」といったありとあらゆるシェイクスピア作品のモチーフが「天保水滸伝」のヤクザの抗争にからめてミュージカル仕立てで(宇崎竜童の音楽もイイ!)綴られるこの異常な作品の中で、たとえパロディであってもシェイクスピア戯曲の主人公を演じられるのは、ひょっとすると役者という人種にとっては実に気持ちの良い体験なのではあるまいか。そんな風に思わせたのは「リチャード三世」と「オセロ」のイヤーゴを匂わせる成り上がりの猥雑なヤクザに扮した唐沢寿明で、多彩なキャスト陣の中でも、また彼のこれまでの舞台の中でも出色の出来映えではないかという気がする。「リチャード三世」はパロディだけでなくぜひ本役でも見たい!と蜷川さんにお願いしたくなりました(市村さんには悪いけど)。すでに本役でロミオとハムレット演じている藤原竜也もまたパロディとホンキを行きつ戻りつして、若年ながら演技力のしたたかさを見せつけてくれたし、「マクベス」と「オセロ」の二役ががおいしく演じられた勝村政信も今回はかなりの力演。男優陣ではほかに吉田鋼太郎(リア王)や壌晴彦、木場勝己、女優陣では夏木マリ、高橋恵子、白石加代子といった蜷川チームのベテランが脇をしっかりと固め、いずれもホンキのハイテンションでやってるからこそパロディの面白さが際立つのだった。で、役者たちからそのホンキを引き出したのはいうまでもなく蜷川さんの力であり、幕が開いて何日かしてからダメ出しで抜き稽古までしたという秘話を制作の大宮さんから聞いて、心から脱帽した。
 ただこの四時間の上演時間をものともせず立ち見する観客が大勢いて、カーテンコールにスタンディングオベーションが出る客席を前にしたら、役者もますますテンションはあがって、芝居は完全に勝ち組スパイラルに突入する。で、近年はこうした圧倒的な勝ち方をする芝居もあれば、大敗を喫するのもあって「ここんとこの蜷川さんはまるで小泉みたいな勝ちっぷりですよね」なんてもし本人に言ったら、さぞかしイヤーな顔をされるにちがいありません(笑)。

2005/09/15
牛肉と里芋のピリカラ煮
 久々のQPです(笑)。里芋を豆板醤で炒め、砂糖、酒、醤油、ニンニクのすり下ろし、ごま油で下味した牛肉を入れてさらに炒め、長ネギのぶつ切り、インゲンを加えて出汁、醤油、味醂で調味して煮込む。里芋は塩もみしてぬめりをとってから炒めるのがポイント。里芋のねっとり感がおいしい。
 今日は新装オープンしてきれいになったジムにも久々に行って、新たなマシンを試したあとに、マッサージ器を利用。最近のマッサージ器は異常な進化を遂げているのは知ってたが、今度ジムに入ったのはたぶん最新型なのだろう、あまりにも意表を突かれる連続技で、からだが休まるどころか逆に緊張してしまいました(笑)。寝る前にミステリーを読み出したら神経が立って寝られなくなったようなものです。ものには限度というものがあって、マッサージ器のようなものは、やはりどこかにワンパターン的要素を残すべきだろうと思った次第。これは別に小説のメタファーとして言ってるわけではありません。誤解のないように願います。

2005/09/14
麻婆茄子
 レシピは不要だと思うが、私は茄子を縞目に剥くのが好きです。紹興酒と花椒をきかせるとかなり本格的な味になって満足。
 今日はさすがにもう衆院選のことは書かないでおこうと思ったが(苦笑)、TVで棚ぼた当選の人がいろいろと紹介されて爆笑してしまった。家族にもご近所にも知らさず、自民の武部幹事長に名義貸しみたいな感じで立候補して、議員バッヂをつけるはめになったスーパーのご主人とか、もうホント怒る気にもなれない、三谷幸喜も真っ青のスラプスティックコメディーであります。

2005/09/13
サンマの塩焼き、焼き茄子、冷や奴オクラがけ
 この期に及んでの厳しい残暑は応えます。で、こんなフツーの食事になりました。
 きょうは案の定、郵政民営化に反対した参議院議員が雪崩を打って賛成にまわるというTVの報道で、しゃあしゃあと「民意を尊重します」と言ってのける某二世議員の顔を見ながら、ああ、私がこの男の妻だったら、九寸五分の短刀を載せた三方を黙って目の前に置く。もし嫌がるようだったら自らの手を持ち添えて腹にブスッと突き立てるだろう、なんて(笑)。こんな時代小説作家的ギャグを飛ばしたくなるほど(小泉を信長になぞらえるマスコミも相当にひどいギャクだけど)、一体こんどの選挙って何が原因でやることになったんでしたっけ!といいたくなります。今さらながらに上から下まで議会制民主主義を維持するだけのロジックを欠いた国民性に絶望的な気分になるいっぽうで、大政翼賛的傾向(なんて大げさな表現よりも「長い物には巻かれろ」的気分とでもいったほうがふさわしいのかも)が今後どんどん強まりそうで実に嫌な感じです。ことに若い世代に与える影響を考えると一段とその気持ちが強まります。
 私は若い頃にお目にかかった方々の中で大正初期に生まれた方がみなさん驚くほどリベラルな思想の持ち主で、私とでもお互いちゃんとした会話が成り立つのに、そのあとに生まれた方のほうがよほど遅れてて話の通じない感じの人が多かったのが不思議だったものです。これは何も職業によって違いがあるようには感じられませんでした。で、あるとき、その大正初期生まれのおふたり木下順二先生と武智鉄二先生の会話をそばで聞いていると「僕らの下の世代はダメですねえ。論理的にものを考えることのできない連中が多くてねえ」というような発言があったのに驚いて、ああ、上の世代から見てもそうなんだ!ということに気づかされたのです。思えば大正リベラリズムの直後に昭和の暗黒時代が始まるわけで、木下武智先生の世代はちょうどその境目でリベラリズムの生き残り世代だったのでしょう。その人たちをして「論理的にものを考えることのできない連中」と嘆かせた下の世代が青春を謳歌しはじめたころから、日本は一気に軍国主義へとなだれ込んだのですから、下の世代を若いうちからあまり情緒的に流れさせないで、論理的に物事を考えることの重要性を説くのもやはり上の世代の義務であろうかというふうに私は近ごろ思っております。

2005/09/12
獅子唐とソーセージのジョン、ジャガイモの千切りサラダ
 二品ともQPで見た料理。ジョンは卵に小麦粉を多めに混ぜた衣をつけてごま油で焼くだけ。酢醤油をつけて食べる。千切りしたジャガイモはさっと湯通しして、油でカリッと炒めたシラス干しと万能ネギを和える。TVでは当然ながらQP製のドレッシングを指定していたが、フフフ、そうは問屋がおろしません。私はごま油と酢醤油と胡椒を混ぜた自家製のドレシングを使いました。
 昨日の選挙結果を受けて、いつもこのHPを読んで戴いている方々から今日は朝から暗い内容のメールが
相次ぎました。ことにお子様がいらっしゃる方は切実に心配しておられて、それは実にもっともだという気がしております。
 民主政治が陥りやすい危険性については、早くにプラトンが「国家論」の中で述べていますが、昔読んでこれは実に面白かったのでオススメします。人間はギリシャの昔から今に至るまであまり変わってはいないようで、ポピュリズムの恐怖は為政者自身をも脅かすのでしょうか、自民党員でさえいささか怯んだ表情の窺える今日のTVでした。
 とにかく、そうそうお馬鹿な連中に負けてはいられないので、まず私はガンガン食べて体力をつけることにします(笑)。

2005/09/11
中華弁当
 東横のれん街の「過門香」でゲット。ここの弁当はわりあい淡泊な味付けでおいしい。のれん街ではイチオシです。
 今日は乗馬クラブに行く前に投票所に寄ったが、出足が鈍い感じだったので、事前調査のわりには伸びないだろうと見ていた。TVで50%くらいと知って今回は逆に救いを感じるほどで、これが7,80%の投票率で自民300議席突破なんて結果だったら余りにも恐ろしくて、私はこの国を脱出したくなったにちがいない。(と、この時点では書いたが、最終的には67%にもなっていたと知ってショック!)

 民主惨敗は当然とはいえ、地元の支持が期待された郵政反対派の意外なまでの苦戦は、マスコミが伝えるように果たして日本人のメンタリティーが大きく変わった証拠なのかどうか。
 明治維新直後に京都から天皇が鳳輦に乗って江戸の町にあらわれたとき、江戸の民衆が狂喜乱舞して出迎えたという記録が残っていて、この史料は私が江戸っ子なるものを、要するにおめでたい連中なんじゃないの(笑)と、大いにバカにする根拠となっている。今回も実はその当時とちっとも変わっとらんのじゃないのか(怒)と思えるふしが多々ある。郵政民営化は「錦の御旗」であり、選挙カーに乗った小泉は全国で熱狂的に迎えられた。法案の内容も深く吟味もせずに、とにかくそれが根本的な「改革」なのだと素直に信じ込んでしまえる民族のおめでたいDNAは今も脈々と受け継がれているというだけなのではあるまいか。
 で、これからの問題はその明治維新なみのドラスティックな改革に日本がもう一度チャレンジして成功するのかどうかなわけだけれど、見るからに馬鹿面した二世議員が増える一方だし、前にもHPに書いた通り年齢別人口比率が維新当時とは段違いに高齢化してるし等々の状況を鑑みれば、トロイアのカサンドラならずとも不吉な予言を口にしたくなるのは私ばかりではあるまいと思う。
 ともあれ、今後これにはきっとまた揺り戻しが来ないとウソで、そのときは政権選択の対立軸がもう少し鮮明になってほしいと願って今回は投票行動を見送ったという人もいたのかもしれません。

2005/09/10
浅蜊のキムチ炒め
 先日QPで見た料理。生姜のみじん切り、豚肉、浅蜊、キムチの順で炒め、酒、醤油で味を調えて最後に万能ネギをさっと炒め合わせるだけ。浅蜊はフライパンにフタをして蒸し炒めにするのがポイント。
 今日の昼間スラッシュの進藤さんに、世田パブで例の野村萬斎の芝居を見るけど、終演が4時なので終わってからお茶しないという電話をもらい、「世田パブの前で3時から小泉の演説があるみたいよ。来るついでに見てれば」と言われてノコノコ出かけた私です(笑)。別に小泉を見たいわけではないけど、観衆の様子に興味がありました。で、行って見れば物凄い人出にびっくり!やばい時代だよなあーと思いながら、演説カーが駐まってる真ん前のドトールがガラ空きなので、そこに入って前座とおぼしき候補者の応援演説に耳を傾けておりました。候補者は見るからにバカっぽい2世議員なのですが、笑えたのはその応援演説で「〇〇君は〇〇先生の子息ですが、すぐに国政に携わろうとしたわけではありません。大学を卒業後、銀行に勤められてしっかり経済についても勉強を……」って、オイオイ、結婚式で新郎を紹介してんじゃないんだから。自民党の政治家って地方じゃいつもこんなレベルの演説してるわけ(怒)と、私は本当に愕然と致しました。
 小泉はTVでやってるのと同じ演説を繰り返してるだけでしたが、集まった人数のわりに意外と反応は冷ややかで拍手もまばら。世田谷区民が熱狂して拍手するようだったら、日本はもうおしまいだという心配で出かけた私も少しはホッとした次第です。
 とはいえ与党過半数は堅いような情勢で、選挙のたびに一票の無力さをひしひしと思いますが、こんどの選挙ほどそれを強く感じることはないような気がします。で、また与党以外のどの党に入れたらよいのかを迷うのもいつもと同じパターンなのは困ったもの。二大政党時代の幕開けといわれながらも、民主党の失墜は覆うべくもなく、今回は策士の小沢が負ける肚でやってるとしか思えない戦いぶり。消滅の危機がささやかれていた左派政党のほうがしぶとく生き残るどころか、意外に躍進するのではないかと思えるほどです。 ともあれ自民単独過半数の圧勝だけはなんとか避けられないものか、と、この期に及んで私は強く念じずにはいられません。今回投票率が高ければ公明党の後退は確実ですから、自民の極右派閥中心の単独政権を許すことになり、勝てば官軍的な勢いに乗っかる連中によって大政翼賛的な動きがどんどん強まって、軍事色が一気に表面化する恐れは多分にあります。
 いくらなんでも戦前みたいな軍事体制になるわけはないと思う人も多いでしょうが、確かに私もそんなふうになるとは思いません。戦争は昔よりはるかにソフィストケートされた局地戦であり、いわば資本主義をミッションする活動なのですから、それに巻き込まれるのは資本主義社会を拒絶するか、脱落した若者たちであります。アメリカで職に就けない貧困層の若者がイラク戦争に駆り出されている現実を見ればそのことがよくわかります。
 さすれば私たちは高度資本主義社会に積極的に与し、自分たちは快適に暮らしながら、それを拒絶乃至脱落した若者たちを戦場に追いやっているわけですから、その罪の深さを思うとき、テロに巻き込まれるのは嫌だなどとは決していえないはずなのであります。
 自分の国に金がまわるようになるんだったら、よそんちで戦争が起きるのはバンバンザイという意識のもと朝鮮戦争特需によって日本は戦後の復興を成し遂げました。その時期に青春期を送った人びとが元気なお年寄りとなって明日の投票日を迎えられます。自分勝手な国ニッポンがどこに向かうのか、大陸の方々が気が気でないのも当然のように私には思われるのです。

2005/09/10
海老とアボガドのカクテルソース、まこガレイのソテーほか
 世田パブで野村萬斎構成・演出の「敦」を見た帰りに「クロワッサン」の副編集長船山さん、スラッシュの守部さんと一緒に近所の「プロヴァンス」で食事。船山さんとは色んな人を介してお互いによく知っているような気がしていながら、実際にはこれまであまりお目にかかるチャンスがなく、今夜はたまたま客席で隣になり、ほとんど初めてにひとしい会食と相成った次第。
 中島敦は戦前に無名に近いかたちで死んだ作家であり、且つまたその文体も相当に古めかしいはずなのに、ふつう本を読む人なら私の世代でも「山月記」と「名人伝」くらいは誰でも知ってるはずだと思えるくらいにポピュラーな作家なのは何故だろう。今日の舞台を見ながら強く考えさせられたのはそこである。若いころに「山月記」を読んで私が妙に感動したのは何故だったのだろう。舞台を見て、その感動が少しも蘇ってこないのはまた何故なんだろう、というようなことばかりが気になるのだった。それは皮肉にもこの舞台が、小説のカタルシスと舞台のカタルシスは根本的に違うことを立証してみせたからなのかもしれない。
 舞台はプロローグで中島敦の履歴を紹介した上で、敦に扮した萬斎はじめ何人かの敦クローンと「山月記」の主人公李徴を演じる野村万作とが群読するかたちで李徴の思いを語るかっこうになる。つまり李徴の自尊心や鬱屈や失意を敦自身のそれと重ね合わせる極めてオーソドックスな仕掛であり、萬斎にとってはたぶんこうする以外の舞台化は考えにくかったのだろうが、これって余計なことなんじゃないのか!と、私は見ながら率直に思ってしまったのであった。
 小説はあくまで個のカタルシスが個に伝わるものである。私が「山月記」を読んで感動したのは、敦が自身の鬱屈や失意を李徴を通して伝えたからではない。敦は李徴を書くことによって自らを昇華できたことがこちらに伝わったからこそ、感動できたのである。人は虎になって吠えたい気持ちになることがあるという真実だけがこちらの心に響いたからこそ、こちらもまたひっそりと自らの心の中から虎になって吠えたい気持ちを取り出してみることができたのだった。
 小説はすべてそうとも言えるが、なかんずくこの小説は説明されてはいけない最たるものだろうと思う。かりに舞台化するにしても、こんな説明的なものではなく、もっと内省的な演出と演技で見せる方法もあったはずで、「冥の会」で演じた故観世寿夫の李徴などはちょっと見たかった気もするが、なまじな舞台化でしないで戴きたいと今回は切に念じたくなった次第だ。
 もう一本の「名人伝」のほうはスクリーンを活用した軽妙な仕掛がきいて、狂言師の持ち味が(もっぱら万之介と石田幸雄によって)もうまく発揮されており、なかなか楽しめる舞台に仕上がっていたのは救いである。

2005/09/08
フレンチトースト、くきわかめスープ、煎餅、いちじく
 紀伊国屋サザンシアターで井上ひさし作『小林一茶』を観る前後に自宅で食事ともいえないようなつまみ食い。
 とにかく客席は関係者以外の人って来てるの?ってな感じで、私は演劇評論家の並ぶ席に座っていたのですが、幕間に客席で「松井さーん」と声をかけられたのは、なんと明日原稿をお渡しする約束をしてた講談社新担当の堀さんだったからギクッ。で、一緒にロビーに行ったら文春「オール」の内山さんがいて、同じく文春の懐かしい元「オール」編集長勝尾さんにもバッタリ。勝尾さんは堀さんともやけに親しそうに話すので、なぜなぜ?と思ってたら、堀さんのご父君と大学ボート部の仲間だったんだそうで、ああ、世間てなんて狭いんだろう!
 で、肝腎の芝居の話。この作品を私は初演時に見て大いに感動し、幕切れには泣いたほどで、世評はこれより前の「薮原検校」や直後の「イーハトーボの劇列車」を推すようだが、私の中では断然これが井上戯曲の最高峰となっていた。今回久々の再演で見て、やはりこの作品には私自身が物を書いていく上で大いなる影響を受けたことを改めて感じた。
 史実のピンポイント(この作品でいうと一茶の「七番日記」に書かれている俳諧のパトロン夏目成美の家でお金が紛失した事件)を突いて、その謎解きをしながら大きく日本の文明批評を行うという手の作品は、井上戯曲でたぶんこれが最初だった気がする。昔の「表裏源内蛙合戦」などは史実を使っても拡散した使い方だし、時代が下がるとこんどはどんどん史料の垂れ流しっぽくなり、メッセージ性が浮き上がってしまう作品が多いなかで、この作品はまだ作者にそれらを抑えつけるだけのパワーがあるのを見せつけた作品のように初演時には感じていた。しかし正直いって今回は演出家木村光一の衰えや、役者陣の力量不足が目立ち、残念ながらそれほど満足できる上演ではなかったせいか、どうもこの作品に流れる二つのテーマはそれほど噛み合っていないような気がするほどだった。
 この作品に流れるテーマの一つは文芸を職にしようとする人間の業というものだが、初演時はまさか自分自身が物書きでメシを喰っていくなんて思ってもいなかったので、まったく興味をひかれなかったらしく、この点は記憶の中からスッポリと抜け落ちており、今回改めてへーこんな場面があったっけと思ったくらいなので私の観劇体験もいい加減なものである(笑)。
 初演時に私を非常に感動させたテーマは、俳諧という文芸を通じて日本社会のありようを鋭く突いた点にほかならない。連歌から出発した俳諧は本来、発句に付句を重ねていくなかで、いかに相手に合わせて全体の調和をうまく保つかということに腐心する文芸である。作者はそれこそが日本社会のありようで、表面的には美しく整って見えるが、中身は腐りやすいと説き、ラストでは一茶にそうした腐りやすい調和の世界から離脱して、発句のみで立つ人生を選ばせるのである。
「発句で立て」という名ゼリフに私は打たれ、江戸を離れる一茶の後ろ姿をシルエットで見た瞬間に涙したのだが、今回は役者陣の滑舌が悪い上に、舞台転換のキレも鈍くて、芝居はやはり戯曲だけでは成り立たないことを強く感じる結果となった。
 だがそれだけでもない。この日本社会のありようを批評したテーマそのものの受け取り方が、初演時の時代と、今日の時代とでは微妙にズレていることも感じた。今の日本社会の怖さはもうこれじゃないよな、別の怖さだよな、と思ってしまったのもたしかである。

2005/09/07
キャベツの酒蒸し、オレンジパン
 今朝は絶不調で頭がガンガンしてまた吐いてしまう。からだを縦に保つのもしんどくて、ちょっと原稿を書いては横になり、また起きあがりといったことの繰り返しで、この期に及んで夏風邪か…と憂鬱になりつつも、夕方にはなんとか少し復調して「ダ・ヴィンチ」誌で杉江松恋氏のインタビューをお受けした。杉江氏は今は無き「鳩よ!」で同時期に連載していてお名前は存じていたが、担当も同じ中田さんだったのはご本人から聞いて初めて知りました。
 怖いことに食欲はがぜん復調してQPで見たカルボナーラを作りたくなるが、さすがに自粛して病明けの定番メニューにする。今日はレッドキドニーを加えてみました。

2005/09/06
メイプルシロップパン
 低気圧が長引くせいか体調は最悪。肩こりがひどくて昨日マッサージしたら今朝は吐いてしまい、とはいえお腹がすいて甘い物が食べたくなったので近所のパン屋で買って食べた。ずっと過食気味だったので、まあ、そろそろこんな日があってもいいと思ってました。私は年齢のわりに日常の食事量が多いほうだと思うけれど、こうやって適当に調節しております。物書き商売はどうしても運動不足になりがちなので、積極的にスポーツもしてるし、まだボテボテにはなっておりません(笑)。
 一昨日こんどの衆議院選のことについて書いたら元マガハの中田さんからさっそくお便りを頂戴した。「なんで当時のドイツ人はヒトラーなんかについていったんだろうと思いましたが、今ではよくわかる気がします」と書いてこられたが、これと全く同じセリフを人形劇プロデューサーの塚田さんの電話でも聞きました。解散直後の小泉演説をTVで見てぞーっとしたそうですが、逆にあれでステキだと思った人もまたこの国には沢山おいでになったわけであります。
 この小泉という人に関しては「変人伝説」が非常に功を奏していて、ごく冷静になれば、要するに彼は強烈なナルシストで、骨抜き法案に命を張って「殺されてもいい」と時代錯誤的な英雄気取りで自己陶酔してる、ただのアホではないかという見方もできるのですが、アホだからこそステキに見えるのはナガシマさんも同様で、「ものぐさ太郎」や「三年寝太郎」を生んだこの国には古来アホに聖性を認める伝統があるのでしょう。
 もっとも、どうやら海の向こうのMr.ブッシュもアホだから人気があるんだとアメリカの友人は言っておりまして、となるとこれは地域限定ではなく、意外にコンテンポラリーなことなのかもしれません。その根っこには消費社会という問題が大きく横たわっているような気がします。
 消費社会がもたらした一つにわかりやすさの追求というものがあります。とにかく物はどんな人にでも買って戴かなくてはならないわけで、あたし面倒くさいのイヤよ!という人にでも買ってもらうわけですから、わかりやすければわかりやすいほうがいい。買う人にあたしバカなんじゃないか、なんてゼッタイ思わせちゃいけない。アメリカも日本も今の人はそういう社会に生きているわけです。これは小説なんぞ書いている人間にとってはかなり辛い社会でもあります。
 まるでバックに一貫してどこか外資系の大手広告代理店がついているのではないかと思うくらい(ホントそうかも)、小泉自民党はこれまでわかりやすいすい選挙に徹することで完璧を期しております。もしそれで自民党が圧勝するならば、この国はもはや完全にアメリカと同病で同程度の重傷に陥っているわけで、アメリカと同じ暗黒が訪れても決して文句はいえないわけです。

2005/09/05
蛸ミンチとキノコのパスタ
 近所のスーパーのパンフで見た料理。とにかく簡単。粗みじんにした(これがポイント!)タコとシメジをニンニクと炒めるだけ。市販の茹で蛸は塩気があるので、味付けはほとんど要らず、胡椒をきかせる程度。大葉はベビーリーフをトッピングするといい。

2005/09/04
オムライス
 衆議院選まであと一週間に迫った現在なお新聞各紙が自民圧倒的優勢を伝えることについて、今日はさすがに民放各局のコメンテーターが全員困ったなあという顔つきで話をしてました。
 現政権が勝利するのは過半数の人びとがそれによって恩恵をこうむり満足していると解釈するのが民主政治の原点なわけでして、これまで利益誘導していた地方の地主とか土建屋とかその配下にある人びとが、今後は金融・保険・外資系企業関係者が支持するのはごく当然で何も非難するには当たりませんが、別にそうでもない人びとが支持するのは、政党の立場が曖昧だということもむろんあるけれど、この国の多くの人びとがある時期から自らの立ち位置をリアルに認識できなくなった証拠といえるのではないでしょうか。
 こんどのハリケーン災害で貧民層が見捨てられた状態に置かれていることについて、アメリカにいる友人は「さすが共和党!」と書いたメールをよこしましたが、現在の自民党は結党以来きわめて共和党よりの極右保守派閥(岸派→福田派→安倍派→森派)が牛耳っておるわけでして、家庭の年収が少なくとも五千万円くらいはあって、ちゃんとした結婚をして子どもがいて、専業主婦でただ地域のボランティア活動は熱心にしているというような人間とはほど遠い私は、もちろん支持を致してはおりません。
 大きな歴史的視点から申しますと、日本がいま明治維新以来のドラスティックな転換を求められているのはたしかで、現政権を支持するということは、明治維新と同様にアングロサクソン民族中心の国にくっついて生き延びるのが得策と考えることにほかなりません。で、近代の日本は産業革命による工業化社会をアジアのどこよりもうまく成し遂げて戦後の復興も果たしたわけで、つまり均質な物の大量生産には実に長けていた民族でした。が、今後はその生産をロボットか低開発諸国の人びとにゆだね、自分たちは居ながらに金を動かしてその金をどんどん増やす能力が求められるのです。それって日本人は中国人やユダヤ人やインド人ほど得意なんだろうか?と私は思うわけであります。もちろんホリエモン君のようにそうした能力が高い日本人もいるし、だから彼が現政権を支持するのはもっともなわけですが、果たして皆が努力すればそうなれるのでしょうか?かりにそうなれたとして楽しいのかどうか、この点については意見がいろいろと分かれるでしょう。
 私の場合はどうかというと、最近ちょっとした小金で株を買ったら、何もしないでちょっとした配当金が入ったのですが、そのとき偏屈だと言われそうだけど、少なからず腹が立ったのは、お金がもっとある人は何もせずにもっと大もうけができるんだ!と思えたのと、私だって原稿を書く時間を惜しんでずっとチャートをにらんでいたら、もっともうかったのに!という現実に愕然としたからなのです。
 生産そのものに価値が置かれなくなった社会では、作家であれ、料理人であれ、学校の先生であれ、政治家であれ、とにかく芸能人のようにどんどん露出をして営業活動に励まないと、生産そのものが成り立たなくなったという現実があります。そんな社会に生きていて楽しいのか?と言われたら、私はまだそうではなかった社会を知っている人間なので、あまり楽しくはないと答えるしかありません。それにまた若いうちに株を動かして大もうけして、四十代で引退して悠々自適している人生って極楽のようだけれど「生きることは死ぬまでの暇つぶしだ」というのがメチャリアルに感じられるだけのような気がしないでもないのです。できない人間のひがみと取られても仕方ありませんが、私は根がマゾヒストなので、そういう幸福を追求することには不向きであります。生産を向上させることだけにひたむきだった社会を取りもどすのはもはや不可能だとしても、ならばひっそりと自己の生産性だけを自閉的に追求して参りたいと思うわけであります。
 最後に小泉政権が唱える「改革」について、これも実感を伴った話をしておきます。以前、三流官庁といわれる文科省のそのまた窓際族が天下った某独立行政法人の審査委員を委嘱されて会議に出たところ、山のような資料を手渡されて、そこには何ら具体的な金銭出納が示されない上に、とにかくちゃんとやってる風のご意見を頂戴したいとあからさまに言われたのにはビックリで、この話は前にも激怒してHPに書いた覚えがあります。小泉政権下では、これも文科省下の某有名行政法人でそうした意味ナシ委員会が500もできたそうで、資料を作る費用だって馬鹿にならないと思ったものです。世の中には肩書きほしさにそういう委員を引き受けて役人にアリバイを与えることに嬉々とする人もいるわけで、とにかくこの間、役人にごまかす機会を増やし続けているのが小泉政権だという野党の主張は当たっている気がしております。それこそ包装紙万能の時代にふさわしい政権といえるのでしょう。
 で、役人が本当に賢い人たちなら、それはそれで全面的にお任せしておいてもいい気はするのですが、人口動態予測でさえ当たらないようでは、何をさせても安心できません。戦後の受験勉強がもたらした役人の著しい劣化は、この国の将来に大きな影を投げかけているのは周知の事実です。 
 今これを書いていたら外は急になんだか天変地異的な豪雨が始まっていて、今や本当に地球全体が狂っちゃってるよなあという感じがひしひしとします。天変地異は為政者に対する天の怒りだと昔の人びとは思ったのですから、アメリカのハリケーンもアラブの方々にはそう思われているかもしれません。日本には大きな災いがないのを祈りたいものです。
ちなみに誤解のないよう言っておきますが、今日のメニューがオムライスなのは別に私が社民党支持を表明することのメタファーではなく(笑)、きのうの「チューボーですよ」を見て食べたくなっただけなのであります。

2005/09/03
お焼き
 進藤さんと大島さんがあらわれたのべ久々にわが家定番のお焼きを作ってみた。前にも紹介しているが、これは簡単に作れて美味しいので皆様もやってみて下さい。とろろ芋に卵とご飯を混ぜてベースにし、そこに小口切りした青唐辛子、ちりめんじゃこなどを加え、好きなものをトッピングして鉄板焼きにする。刷毛で醤油を塗れば出来上がり。今日のトッピングはイカ、海老、サーモン、キムチ。醤油は実家から美味しいといって送ってきた広島呉市の「きぢ醤油」製「誂え」を使ったが、確かにマイルドでほのかな甘みのある美味しい醤油でした。

2005/09/02
鶏肉と長芋のマリネ
 QPで見た料理。下味して粉をつけた鶏肉と輪切りにした長芋を少なめの油で揚げて漬け込むだけだが、マリネ液が美味しいのでレシピの材料だけ紹介しておく。レモン汁、蜂蜜、酢、塩、醤油、胡椒、鷹の爪、オリーブ油で、蜂蜜が決め手かと思う。
 ところでアメリカにいる友人にメールでハリケーン被害のことを訊いたら、なんと百十万人!も亡くなったという返事が来てびっくりしたが、これは本当なんだろうか。竜巻が起きて被害が拡大したらしいというのだが、日本では被災地と避難した人びとの現状しか報道されていないし、数千人の死者が出た模様(それでも大変な惨事だけど)と言ってるだけだけど、何か向こうではひどいデマが飛んでたりするのだろうか。それとも百十万人が何らかのかたちで被災したというニュースを友人が勘違いしてるのだと思いたいけれど。ともあれ北部では曇りがちだっただけだそうで、それでも子どもの学校には避難してきた子がいるという話でした。
なお再度問い合わせたところ9/3に友人から慌ててメールがあり、百十万人は英語の一万二千人を読み違えたものとのことです。

2005/09/02
タイ風春雨サラダ
 前にQPで見たのを想いだしながら作る。レモン汁とナンプラー、砂糖、唐辛子粉を合わせてタレを作る。鶏肉と海老は湯がいておく。キュウリと玉ねぎの薄切りを加え、香菜の代わりに三つ葉をのせた。美味しく作れたので調子に乗って春雨を丸ひと袋分を全部残さずに食べてしまったが、今になってお腹が張って非常に苦しい(笑)。

2005/08/31
茹で豚とスープ、ツルムラサキのキンピラ
 QPで見た料理。豚ロースのブロックは生姜の皮とネギの葉を入れた水で50分ほど煮る。きれいなピンク色になる程度に煮ればOK。味噌、ネギのみじん切り、すりゴマ、砂糖、味醂、酢を合わせたタレで食す。このタレは結構イケル。豚を茹で汁にはネギの薄切りとトマトを入れて塩胡椒で調味すれば簡単にスープができる。

2005/08/30
牛肉とレタスの炒め物
QPで見た料理。牛肉は酒醤油で下味して片栗粉と油を混ぜておく。レタスは先にさっと炒めて酒をふり、いったん取りだして余熱で火を通すのがポイント。味付けはオイスターソース、ケチャップ、醤油を混ぜたもの。最後にネギのみじん切りをトッピング。

2005/08/29
五目キムチ焼きうどん
 これって別にTVで紹介するほどのことかなあと思うような、QPがときどきやる手抜き料理だ。ネギ、豚肉、キムチ、椎茸、茹でた海老、うどんの順番で炒めて酒、醤油少々で味を調えるだけ。キムチは汁気をきってから、うどんは電子レンジで温めてから炒めるというのがポイント。キムチの絞り汁は炒めたあとに味付けとして加える。

2005/08/28
弁松の幕の内、大根とジャコのサラダ
 今日は涼しいので久々に乗馬クラブに行って帰りに渋谷東横のれん街でゲット。病院でレントゲン撮影までした左肩と腕の痛みは心配するほどのこともなく、野口式整体でほぼ治ってしまった。
 馬に乗るのはひと月ぶりだが、頭で覚えたことよりもカラダで覚えたことのほうが忘れないもので、意外に難なく乗れてホッ。
 ところでTVの2時間ドラマなんかだと乗馬をする人って結構わがままお嬢のイメージがあったりするが、乗馬クラブに来てる人にまずそんな人はいない。老若を問わず、皆さん実に礼儀正しく、控えめでおとなしい方ばかりである。そういうわがままお嬢系乗馬族ってのは慶応の幼稚舎から馬術部に入ってるような連中なのかと思うと、実際そういう人が私の親友にいるが、これまた所謂わがままお嬢とは程遠い人である。で、別に乗馬族に限らず、私は過去に相当な金持ちで且つ美人で優秀な女性というのを何人か知ってるが、天は二物も三物も与えて、どなたも性格が本当にいい人ばかりだった。大体そういう方々は人生の初期に屈折する要因が少ないから、性格も悪くなりようがないのである。
 というわけで、今話題になってる「女刺客」と呼ばれてる方々も性格はそう悪くはないのだろうと思うのだけれど、揃いもそろってファッションセンスがああも戴けないのは何故なんだろう。ホントはパンツスーツか何かでびしっと決めたいところなのに、地方で立候補するんだから絶対スカートをはいてくれとか言われて変に見えてるのか、それとも根っから自民党のオヤジに好かれそうなセンスの持ち主なのか。いっそ緋牡丹博徒風に着流しで決めるとか、黒田杏子風に作務衣ルックで決めるとかしてくれたほうがまだましでしょう。どんなに優秀な方々でも、私より若い人たちの中でまだあんなにイケテナイ感じの人がいること自体ちょっと許せない気がしております。なにせ野田聖子がステキに見えてくるのだから恐ろしいが、これってかつて女流作家の中で曾野綾子がスゴイ美人に見えたのと同様の原理だと思います(笑)。
 で、お断りしておきますが、これはあくまでファッションセンスのことを問題にしてるのであって、決して政治的なセンスについて発言してるわけではありません。政治的な問題に関しては選挙がもっと近づいてから改めてちゃんと書きます。

2005/08/27
鮨「あら輝」
 父が東上して久々の「あら輝」である。ここを初めて訪れたのは2年ほど前だが、その後大ブレークして、たまたまTVの「情熱大陸」を見てたらご主人が出てきたのでビックリしたものである。てなわけで、ご主人も前より貫禄がついてこられたが、熱っぽいところは相変わらずだし、美味しいのも変わらない。というか、さらにうんとグレードアップしている。そのわりにお手ごろなお値段で抑えられているのがウレシイ。なんちゃって自分で払ったわけではありませんが、ここなら自分でも払えそうなので、今度どなたかご一緒しませんか?もちろんワリカンで(笑)。
 ネタはもちろん全国からの仕入れだが、今宵は初っぱなから島原の星鰈と茂魚(「あこ」と読む。料理人である父に言わせると夏場は鯛より優れた魚だそうである)という白身のダブルパンチが素晴らしかった。恵山の鮪も赤身、中とろ、大トロ、づけ、と四者四様の味わいが堪能できたし、スミイカの子どもというのが「数寄屋橋次郎」で大いに感動した大人のスミイカの美味とはまた別種の甘い味わいでGOO!新物のイクラもこれだけのものは汐留に進出した札幌の名店「すし善」でも食べられませんでした。うち(川上)と一緒の担ぎ屋さんから仕入れた播州の穴子でシメルまで、とにかく間然するところなき直球勝負であった。
 以前はご主人と奥さんのお二人だけだったが、今は若い見習いさんが二人。一人はご主人と同じくりくり坊主にしているこぎれいな青年で、もう一人はなんとフィジー諸島の人!で、二人との出会いをご主人は熱っぽく語られました。

2005/08/26
岩塩と野菜のスープとカレーのセット
 広尾の中央図書館で調べ物をした帰りに近所で食事。近年流行りだしたスープ屋に入ってみたが、まずいのでビックリ。それにしても近ごろ外食産業が異常に増えてるけど、数に反比例してどんどんまずくなってるように感じてるのは私だけだろうか。
 開架式の書庫で調べ物をして、学術書の類を見ても同じようなことを感じてしまった。小説は言うもさらなり、なんて言われないようにしたいもんである。
 で、今日の収穫は図書館のある有栖川公園で布袋寅泰が子連れで散歩してる姿を見たこと。こういう日々のちょっとした発見がウレシイ(笑)。
 

2005/08/25
豚肉とレンコンと青唐辛子の中華風塩炒め
 今日スーパーで良さそうな食材を見つけて作ったオリジナルメニューです。レンコンは新鮮なものを見つけると買わずにはいられません。黒豚のバラ肉をじっくりと炒めて脂をだし、それから生姜とネギとニンニクのみじん切りを入れてレンコンの乱切りと青唐辛子を炒め、塩胡椒と酒で調味。隠し味に砂糖と酢を少々足してごま油をかければなんとか中華風の塩炒めに仕上がりました。

2005/08/25
夏野菜のペペロンチーノ
 品川プリンスのそばにできたアミューズメントパークで3D映画「オーシャンワンダーランド」を見てから友人と食事。そのあと水族館を見て、さらに映画「皇帝ペンギン」を見る。なんて書くと一日中遊んでいたみたいだけど、決してそうではありません。仕事をちゃんとして、出かけたのはアフターファイブです、と、留守電に「銀座開化」の感想をしっかり吹き込んでくれてた集英社の栗ちゃんに言い訳をしときます(笑)。
 「オーシャンワンダーランド」は海亀の目線で珊瑚礁の生き物をとらえたドキュメント映像、「皇帝ペンギン」もこれまたご存知今夏大ヒットの動物ドキュメントである。本当に流行りものに乗っかりやすいと言われそうだが、今年の私は水族館もペンギンも見るのはこれでもう何度目?と言いたいくらい妙に縁がありまして、今宵はそれをダブルどころかトリプルで満喫した半日でした。夜でも見られるというのがウリのここの水族館は狭いとはいえ、まだ出来たてで水槽もきれいだし、魚やペンギンたちも活き活きしてるので人気があるのか結構人が多いのにびっくりした。
 映画「皇帝ペンギン」はもっと込んでるかと思いきや、もうみんな見ちゃったせいなのか意外にガラガラでした。で、これはさすがアムールの国フランスが制作したドキュメントだけあって、ペンギンの求愛が実に濃密でエロチック(?)な映像に仕上がっているのがなんと言ってもおかしい。日本の情報番組なんかだとペンギンの涙ぐましい子育てを描いてる風に紹介してるけど、本当は子育てよりもカップルのあり方に重点を置き、それもひと冬だけの愛であって、私たち次の冬もまた会えたらいいわねといって夏には別れてゆくカップルたちを描いたドキュメント映像なのでした。それにしても夥しい数のペンギンがぞろぞろ歩いている姿だけでも一見の価値はあり、ブリザードをしのぐために卵を抱いた雄ペンギンたちがうなだれてかたまってる様子は満員電車で通勤するお父さんたちの姿を彷彿とさせる。とにかく人間がペンギンを好きなのは自分たちと同じように「立ちあがって」るからなのだろう。人間は自分たちが動物の中で「立ちあがって」しまったことに孤独を感じるからこそ、レッサーパンダが立ちあがっただけで、あれだけコーフンして大騒ぎしてしまったのだろうと思われるのだった。
 でもペンギンは強烈な撫で肩なので、あれで立つのは相当無理があるだろうなあと思ってしまったのは、左腕の神経を痛めて昨日形成外科に行ってレントゲンを撮り、「まあ、こんな撫で肩で長年立ってることそのものが原因ですね」と医者に言われた私だからだろうか。

2005/08/23
フレンチトースト、イタリア風サラダ
 今日はちょっとヘンな献立である。サラダの中身はルッコラ、オリーブ油で炒めた茄子、プチトマト、生ハム、玉ねぎ、レタス、ドレッシングはオリーブ油にバルサミコ酢、塩、黒胡椒を合わせたもの。

2005/08/22
刺身、コロッケほか
 青山円形劇場でマメット作・長塚圭史演出の「エドモンド」を見てから近所で食事。
 長塚圭史は長塚京三Jrで最近は常盤貴子との熱愛発覚で一躍「時の人」になったが、以前からその演出には定評があるにもかかわらず、私は今日まで見るチャンスを逸していた。作品は実にアメリカンなリアルタッチの不条理劇だが、円形舞台に切り穴を沢山あけてそこからモノを出し入れしてスピーディに場面転換をする点はなかなかのもの。音の使い方、照明もスタイリッシュに決めてるのだが、全体に今ひとつ物足りなさを感じたのは戯曲がストレート過ぎる点と、何よりもキャスティングのせいだったかもしれない。
 ストーリーは夫婦間がしっくりいかないところから自分の満たされない現状に苛立ちを募らせたサラリーマンが、町を彷徨う内に抑圧された自己を解放する形で殺人者となり、刑務所で黒人にレイプされるというどん底まで一気に転落するというものだが、彼の抑圧はアメリカのWASP(白人でアングロサクソン系でプロテスタント)が抱える問題として語られる分、その恐怖が日本人には今ひとつリアルには伝わらない憾みもありそうだ。もっともそれは表面的なことで、戯曲の本質はキリスト教をベースにして人間の実存が問われるという古風なくらいに典型的な不条理劇である。作者が若書きなためかセリフもストレートに過ぎる気がした。ただ知的職業に従事する現代の男性が性的に自信がもてず、自己を解放して女性と接触するのがとても難しくなっている現状は日本もさほど変わらず、その点で今日にこの作品の上演を企図した長塚の気持ちはわからないでもない。ただあくまで男の子の視点で貫かれた作品ではあった。
 主人公エドモンドに扮した八嶋智人はガラはぴったりだし、また彼なりに戯曲を理解して等身大に手繰り寄せては見せてくれるが、演技そのものはナマっぽい点が否めない。問題なのは彼の妻役と、もしかしたら彼が人生を共にもう一度やり直せるかもしれないという期待を抱かせて殺されてしまう女の二役を演じた小泉今日子で、この人の演技の物足りなさが、ことに殺される女の役では致命的だった気がする。彼の関心をひいた女の魅力というものをキョンキョンがわざとかと思うくらいに出さなかったのは、ひょっとするとこの戯曲では敢えてドラマチックな盛り上げをしないほうが望ましいとする長塚圭史の解釈なのかもしれないと後から思えるくらいだが、戯曲の後半でもなぜ彼女を殺したのか何度も問われるからには、殺される場面をやはりハイライトにしたいところだ。なんだかごくふつうの人としてのオーラすらさっぱりなかったキョンキョンて一体どうしちゃったんだろう?演出家とうまくいかなくて、おまけに稽古中に常磐ショックがあったりして女としての自信をなくしちゃったんだろうかとか、つい色々考えちゃいました。

2005/08/21
すきやき丼
 この残暑はさすがにこたえますが、今日は風があるのでかなりまし。うちは小さなビルのワンフロア丸ごと借りてるカタチで、とにかく窓が沢山あって風通し抜群なので、冷房をつけないとまるで海の家状態です。仕事休みの今日はその海の家状態で過ごし、ちゃんとした料理を作る気にもなれなくてコレ。牛肉以外の具は長ネギ、しらたき、舞茸、三つ葉、そして卵。

2005/08/21
焼肉 チヂミほか
友人と渋谷で食事。

2005/08/19
茄子と茹で筍と豚バラ肉の甘味噌炒め
 原稿を書いているうちにうっかりQPを見損ねてしまい、昔の定番メニューになった。別に今日だけ特別に集中して原稿を書いていたというわけではありません。集中はいつもしてます(笑)。レシピは記すまでもなかろうが、味付けはテンメンジャンと酒、醤油、味醂。テンメンジャンが無い場合はふつうの味噌に砂糖を加えてもOKである。豆板醤を加えてもいい。炒める際にはお好みでニンニクも。

2005/08/18
棒々鶏涼麺
 フジテレビで見た料理を参考に作る。棒々鶏のタレは味噌と練り胡麻、酢、砂糖、出汁を合わせれば簡単にできる。鶏ののササミはパサパサにならないよう、塩と酒でしめてから表面をさっと焼いて半生くらいで火を止めて余熱で仕上げるといい。火を通してから生姜の千切りと併せておく。麺は茹でて氷水でしめてからごま油と醤油で軽く下味しておくのがポイント。トッピングはお好みで私はキュウリと大葉の千切り、白髪ネギにした。

2005/08/17
バジルボールとズッキーニのスープ煮、ガーリックトースト
 この暑いのにスープ煮?と思いながらもQPに従った。牛挽肉とベーコン、バジルのみじん切り、牛乳に浸したパン粉を混ぜ合わせて塩、黒胡椒、チリパウダーで味付けしてボールにしたものを市販のスープでズッキーニと一緒にじっくり煮込み、さらにトマトの薄切りも入れて塩、黒胡椒で味を調える。煮込む際にはベイリーフも忘れずに。バジルがよくきいて清涼感のある夏向きのスープに仕上がるので夏場の弱った胃腸にオススメしたい、といいながら別に私は胃腸が弱ってはおりません(笑)。

2005/08/16
薫製の盛り合わせほか
 九品仏の「お面かぶり」で知られる二十五菩薩来迎会を二宮さんらと見た後、自由が丘で食事。
 三年に一度行われるこの来迎会は都の無形文化財にも指定されてTVでもときどき報道される。江戸の文政年間に始まった行事だといい、元は奈良の当麻寺の練供養から伝わったらしい。私は早稲田の演劇科で日本芸能の原点の一つである「伎楽」の名残だと教わった憶えがあり、一度見たかったのだが今日まで機会がなかった。今回は二宮さんの友人で寺旅研究家の吉田さらさサンがこの行事に参加されるというのでいいチャンスだと思って拝見した次第である。
 まず驚いたのは舞台となる九品仏浄真寺が相当に大きなお寺だったことで、本堂と向かい合わせにある上品堂の間に長さ約65メートルある橋を渡し、彼岸と此岸に見立て、文字通り二十五菩薩と阿弥陀如来が迎えに来て、人びとが往生するというシーンを見せる。菩薩には檀家の人びとがそれなりの寄進をして扮するらしく、どの菩薩になるのかはくじ引きだという。
 二十五もあれば観音、文殊、普賢、地蔵といった誰でも知ってる面々から聞いたことのないような菩薩までいて、お面は地蔵を除いてどれもほとんど変わらないが、持ち物や手のポーズが違っている。目の部分に小さな穴があいてはいるものの、それだけでは全く前が見えないので、横に手を引く人が連れ添って、この人が菩薩を団扇で煽いだりもする。その様子がなんとも現世っぽくておかしい。もっとも橋で菩薩を先導する僧侶が笙、篳篥など雅楽楽器を生演奏するのは迫力満点で、宗教芸能としてはなかなか面白いものに仕上がっている。この笙篳篥の楽団に先導された菩薩たちによって、輿に担がれた開基の座像と、紙で作った蓮華の花びらを見物人に撒く僧侶の集団と、お稚児さんの行列が本堂から上品堂に渡って開始から終了までわずか30分。この妙に粘らない短時間のイベントだという点がステキだ。
 出演者のひとりに孫かひ孫かに手を引かれた91歳のお婆さんがおいでになって、今にも倒れそうな足取りだったのでひやひやした。が、無事に往復されて、最後はみんなに手を振って応えられていたのがご立派でした。
 橋の上に白くて細長い布が張ってあるのは恐らく「縁の綱」であろう。端は本堂の阿弥陀如来の手に結ばれていた。本堂の阿弥陀様は金ぴかでお顔はかなりワイルド。ほかに文殊菩薩の巨大な絵などがたくさん飾られていて、全体的に私がイメージする浄土宗の寺とは雰囲気が違い、妙に密教系みたいにゴテゴテした感じなのは江戸の寺だからなのかもしれない。近所の世田谷観音も京都で見るようなお寺のイメージとはまったく違って、宗派が何だかパッと見ただけではわかりにくいのが東京のお寺だという気がする。九品仏の本堂では江戸時代の来迎会の様子を描いた絵も飾ってあったが、それを見ると当時から庶民的芸能化された行事だったようで、宮芝居の興行などもあったようだ。
 ところで吉田さらさサンは集英社「ノンノ」の編集者やベネッセの「たまごクラブ」の編集長として鳴らした方で、最近はお寺の宿坊めぐりをして本も出されているが、今回は取材を兼ねて菩薩に扮したそうである。お面はけっこう重いらしく、金色の靴下に手袋まではめなくてはならない扮装は、今日はまだ最高気温28度で涼しいほうだったからよかったものの、35度を超せば拷問となるにちがいない。とにかく本当にお疲れ様でしたと申し上げたい。

2005/08/15
エスニック冷や麦
 フジテレビで見た料理。鶏ガラスープに細切りした鶏もも肉とナンプラーを入れてつけだれを作る。麺と一緒に少し時間差をつけてニラ、モヤシ、三つ葉を茹でれば出来上がり。実に簡単でオススメの一品。
 60年前の8月15日、私の母親は特攻隊の兄の出撃を見送るために敦賀に行って敗戦を告げる玉音放送を聞いた。放送直後に飛び立って、覚悟の自害だったのだろう、そのまま海に突っ込んだ飛行機を目撃したという。飛び立たなかった伯父も一度死を覚悟したからだろう、その後どうしても堅気な暮らしができずに最期まで浮き沈みの多い人生を送った。母の友人は軍需工場で放送を聞いたが、とにかく実に聞こえにくて、「日本が勝ったんや」と誰かが叫んだために全員で万歳三唱をしたというから笑える。 
 父は京都の生家にいて、ちょうどお盆なのでお坊さんをお迎えしていたが、お経をあげてからうちで放送を聞いたその坊さんが「こら、えらいこっちゃ。こんなことしておれんわ」と慌ただしく帰ってしまい、「和尚さん(おさっさん)、お布施持って帰んの忘れはったがな」と母親がぶつぶつ呟いていたそうである。
 以上が私の最も身近な人の中にある「戦争の記憶」である。

2005/08/14

 友人と渋谷で食事

2005/08/13
トムヤムクンほか
 お台場に友人と花火を見に行って食事。
 ああ、日本にもまだ若い人はいるんだ!と久々に少しほっとさせられた空間であり、とにもかくにも男女を問わずこんなにユカタを着る人が増えちゃたんだ(着方むちゃくちゃだけど)という驚きもありました。

2005/08/12
エスニック鍋
 昨日からだがガチガチでマーサージにかかったら、芯から温まるものを食べてくださいと言われたので今日のメニューと相成った。このHPで何回も紹介してるのでレシピは省略。
 このところTVのニュースはずっとバカバカしくて政治劇ともいえないような劇画じみた衆院選報道を続けているが、私はNHKBS2で全48作連続放送の「男はつらいよ」シリーズにハマっている。当時としてはナンセンスな喜劇映画だったはずだが、これを今見るとなんてちゃんとしたドラマなんだろうとびっくりするくらい、世の中のほうがナンセンスでちゃちで薄っぺらになってしまったのがよくわかるのだった。
 シリーズ初期は日本の社会構造が第2次産業中心から徐々に第3次産業に移り変わる70年代初頭の風景の中で展開し、額に汗して堅気に働くことがまだギリギリ善とされていた時代を想いださせて、そうはなれない寅さんのアナーキーぶりを際立たせてくれる。考えてみるとこれは股旅物とホームドラマという全く相反する要素を一つに収めた異常なシリーズであり、だからこそまた異常なウケ方をしたのだろうと思う。もちろん渥美清という逸材なくしては成立しない映画でもあった。妹のさくらから「お兄ちゃんあまり飛躍してものを考えないでね」と注意される寅さんの妄想癖は、たしかこのシリーズの前だったかと思う、私が大好きだった「喜劇急行列車」シリーズでも彼がさかんに発揮して、爆笑させてくれた想い出がある。
 というわけで、むろん私はおじちゃん役が森川信だった初期のころから公開時に見ているが、松竹に入社したときはすでに作品に翳りが出ていたにもかかわらず、会社はコレだけが頼りで、ほかの映画は全部コケて、演劇部も赤字で、社員全員がコレの興収14,5億から制作費を引いた分で食べていたのであった。入社後3ヶ月間経理部にいた私は、定年を1年後に控えた経理部員がどうぞ自分が辞めるまで会社が潰れないでほしいと祈っていたのを知っているが、いまだに潰れていないのだから、どうぞ各出版社の皆様もご安心くださいと申し上げたい(笑)。それにしても興行会社がしぶといのは土地を持っていることと、日銭が入るということの強みだろう。松竹は戦後の一時期、日本で一番現金を持っている会社といわれた時期もあったので、当時は社員がみな妙におっとりとしていて、この会社に3年以上勤めたら社会復帰ができなくなると噂されており、私は3年目に慌てて辞めたのであった。

2005/08/11
中華サラダ麺
 前にQPで見た料理、中華麺にキュウリ、セロリ、ニンジンの千切り、玉ねぎのスライス、ハム、クレソンをトッピング。練り白胡麻、砂糖、酢、レモン汁、生姜汁、醤油、マスタードを併せたタレをかけて食す。

2005/08/11
夏野菜の揚げ浸し
 QPで見た料理。付け汁に梅干しを加えるのがポイント。野菜と鶏肉のササミはそれぞれほぼ同じ大きさに切りそろえ、赤ピーマンとアスパラガスは200度の高温の油でさっと揚げ、茄子とズッキーニは色づくまでじっくり揚げ、肉は下味をして粉をまぶして軽く揚げるという風に、それぞれ揚げ方を変えるのがうまく仕上げるコツです。

2005/08/09
サンマの塩焼き、茄子のみそ汁、青獅子唐とシラスのあまから煮
 さすがにこのところ夏バテぎみというか、軽い冷房病で、仕事の能率は下がっているし、食事に対する取り組みもおざなりになってきたわりに、食欲はありすぎるほどあるし、よく眠れて太り気味。困った躰であります。

2005/08/08
和風パスタ
定番の生姜じょうゆ風味。今晩の具は牛肉、イカ、玉ねぎ、茄子、ミョウガ、しめじ、大葉。
 それにしても今日ついに衆議院の自爆解散が決定したが、日本は今後一体どうなるんだろう。
 森喜朗が小泉に解散の回避を求めて、君は自民党の仲間を路頭に迷わせるつもりかと迫ったそうだが、それを聞いて、政治家なんかみんな路頭に迷っちまえ!と思った人もいるだろう。自分が路頭に迷わないためだけに政治家をやってられたら、国民はたまったものではない。一国の元首を務めた人がこういうセリフしか吐けない国のレベルなんだから本当に困ってしまう。
 私が新潮社で『銀座開化事件帖』のシリーズを立ち上げたのは、いわば外圧で開国を余儀なくされた日本が維新を迎えたときの混乱ぶりと、現代の状況とにどこか相通ずるところがあるように思えたからなのだけれど、数々の史料を読むに、当時は庶民レベルまでドラスティックな改革をみごとに乗り切っていたが、現代は果たしてどうなんだろう?と不安に思えなくもないのであった。
 これは最近「銀座百店」に頼まれたエッセイにも書いたのだが、明治8年12月6日付の「東京日日新聞」に載った人口統計表を計算したところ、当時約3千3百万人の日本人のうち、60歳以上の男性はなんとわずか4パーセントに過ぎなかったという事実に私は愕然とした。以前ババア不要論を唱えて物議をかもした石原某には、60歳以上の男性も十分に世の中の場所ふさぎになっているという事実をきっちり認識して頂きたいものである。
 さて、こんな高齢化社会でドラスティックな改革を肚をくくってホンキで望んでいる人ってどのくらいるの?とか思ってしまうが、とにかくこの際、もう封建時代じゃないんだから、世襲議員をこれ以上はびこらせることだけは何とか食い止めるべきではないか。若手の改革派だと称しても、世襲でなってる政治家なんて自己撞着も甚だしいことに自身で気づかないくらい鈍感な人間だと考えて間違いないのである。小泉にしても安倍晋にしても、三代目の政治家になると発言が高飛車で妙に確信ありげに聞こえるから、こういう確信なき時代の人びとには妙に耳ざわりが良かったりするのも、歴史的視点に立てば、非常に危険な兆候だと思う。ブッシュ政権が続くアメリカの異常な状況をCNNやABCで見ていたら、一国の元首なんて所詮お飾りだから誰でもいいじゃないかとはとても言えないように、私は思っています。

2005/08/07
トルコ風冷製茄子とポテトサラダ
 QPのおかげでわが家の食卓はどんどんグローバル化してゆく。てなわけで、ついにトルコである。名前が難しすぎて覚えられなかったが、冷製茄子は「坊さんが食べたらひっくり返った」とかいうような意味のネーミングだそうで、確かに美味しい。縞目に剥いた茄子をしばらく塩水に漬けておき、水気をぎゅっと絞ってフライパンに並べ、ニンニクと玉ねぎのスライス、皮を剥いたトマト、塩、砂糖、オリーブ油、水を入れて4、50分蒸し煮にする。トッピングにはイタリアンパセリを。作り方は簡単だが、火を通す時間が結構かかるので、今日みたいな日曜のまだ暑くならないうちにたっぷり作って冷蔵庫で冷やしておくといいです。これはホントおすすめします。
 で、トルコの一般的なポテトサラダはイタリアンパセリと万能ネギ(てな名前の野菜がトルコにあるわけないのでたぶんチャイブのことだろう)を混ぜて塩、レモン、オリーブ油で味付けするらしい。

2005/08/06
鶏ソテーのプチトマトソース
 これは久々のオススメQPである。鶏は塩胡椒でしっかり下味して粉を薄くつけてソテー。ニンニク、玉ねぎのみじん切りをじっくり炒めてからプチトマトをたっぷり入れてはじけるまで火を通し、白ワインと隠し味に蜂蜜、醤油で味付けしスイートバジルを加える。このソースが美味しい。付け野菜はズッキーニ。

2005/08/05
カレー
 森下スタジオでインドの古典舞踊「クーリヤッタム」を見た帰りに食べたのがカレー。物凄くわかりやすい精神構造であろうかと思う。
 クーリヤッタムはサンスクリット・オペラともいわれている南インド・ケララ州の伝統舞踊劇で、同州のカタカリが歌舞伎だとすれば、こちらはお能だと聞いて、塚田さんから招待状を頂戴しながらもさすがに見に行くのを躊躇していた。ところがこの暑さである。こりゃもう行くっきゃないという気になったのは、こう暑いと、いっそトランス系の芸能に浸ってぼーっとなるに越したことはないと思われたからであります。
 おっ、やっぱりお能か、という気がしたのは開演前にミラーヴという銅製の壺に皮を張った太鼓を奏者が打ち始めたときで、これが大鼓(おおかわ)の音に似ていたのである。しかしミラーヴは小鼓の音にもなるし、金属的な音にもなって、これだけで旋律も奏でられそうなくらい多彩な音色で、実に耳を楽しませてくれる演奏だった。
 舞踊のほうは前に見たカタカリの原型といわれているだけに基本は似ている。カタカリのほうが衣裳やなんかがもっとキッチュで、身振りが些末的に肥大化しているという点でもたしかに歌舞伎であろう。クーリヤッタムのほうがシンプル且つ端正な芸である。もっとも能のように晦渋な芸かというと全くそうではなくて、こちらは演者がパントマイムばかりでなく朗唱するせいもあってか、内容が非常にわかりやすいし、表現自体がカタカリよりむしろリアルである。ただしこの点は、向こうの国立養成所の若手メンバーが新作を上演したということが大きいのかもしれない。演者すべて芸能特有の猥雑な感じが全くしない極めてクリーンなメンバーだが、主役をやった女優男優ともに相当な美形だったので、こちらでは目を楽しませて戴きました。

2005/08/04
トムヤムクンヌードル
 近所のエスニック食材店でキューブをゲットしてこれを作る。ヌードルは前に買ったベトナム麺フォーを代用。海老のほかの具材は実に適当で、カリフラワー、赤ピーマン、マッシュルーム、もやし。
 今日はさすがに暑かったせいか、ベランダで放し飼っているリクガメに夕方の餌を与えようとしてガラス戸を開けたら、とたんにバタバタバタバタと2匹が足並みをそろえて走り寄ってきた。直に水を飲まないカメなので、この時期はプチトマトや西瓜といったなるべく水分多め餌をやっている。

2005/08/03
和風冷製パスタ
 要するに冷やしうどんのスパ版である。トッピングは何でもいいとQPがいうので(最近の私はもうQPのいいなりです)、オクラ納豆メカブのねばねばトリオと冷蔵庫にあったミョウガ、辛味大根、温泉卵、大葉と盛りだくさんにのせました。

2005/08/02
イカとアスパラと新生姜の炒め物
 またまたQPである。味付けは鶏ガラスープ、酒、塩、胡椒と至ってシンプル。イカは皮をむいて炒める前にさっと湯通しする。新生姜は皮をむかずに使うのがポイントで、かなり太めの細切りにして使う。

2005/08/01
茄子とインゲンの煮物、豆腐ステーキ
 2品ともTVで見た通りの献立にした私は「QP3分クッキング」のまわし者です。煮物は干しエビで出汁をとるのがポイントで、あとはレシピを書くまでもあるまい。豆腐のトッピングはオクラ、ミョウガ、おかか、と、これもQP通り。

2005/07/31
鮭ちらし、かき玉汁
 すし酢にシラスとミョウガの薄切りをを漬けて昆布だしを入れて炊いたご飯に振りかけ、塩鮭の焼いたのをほぐして混ぜ併せ大葉をちらす。
 かき玉汁は友人にもらった枕崎産の鰹節で出汁を取ったが、シャープと表現したくらい実にキレのいい味わいで美味しく味わえた。

2005/07/31
スープ野菜カレー
 近ごろ流行りだしたスープカレーをスーパーのパンフを参考に、先日買ったコリアンダー、ターメリック、ガラムマサラの粉末を併せてオリジナルに作ってみたら、これは行列ができる!という味に仕上がって大満足。具は茄子、トマト、玉ねぎ、ニンジンのみ。ニンニクと生姜のみじん切りをたっぷり加えて炒めた。キューブスープを使って砂糖を隠し味にしたのがポイント。

2005/07/29
魚貝のパスタほか
 青山スパイラルホールで「フキコシ・ソロ・アクトライブ」を二宮さんと見たあと近くを適当に探してイタ飯「トラットリアモンステラ」に飛び込んだが、ここが意想外にGOOな店で、特にコッフェなんたらいう煎餅状のパスタが非常に美味しかったので近くに行かれた方にはオススメする。
 今回のフキコシライブは「MR.モーション・ピクチャー」というタイトル通り、バックに映像を流して連鎖劇風に見せたり、映画のタイトルをモチーフにパロディ化したコントを見せたり、と、こう書けばある程度のことを想像されると思うが、そうしてふつうに想像できるものとはおよそ違った意表をつくコントの連続で、意味不明の自閉的シュールギャクがやはり吹越満の身上だろう。なかでも青年の一室におけるさりげない日常をホラー映画のノリで誇張した映像と音響を時折はさみながら描くコント(たとえば水道の蛇口をただひねり忘れたというだけのシチュエーションに、鈴木光司作品の映画みたいなシーンと音楽がバックに流れる)などは二宮さんも大受けだった。吹越のパワーと才人ぶりは健在といったところだが、「エレファント・バニッシュ」による2年間のブランクが響いたのか、客入りは前回より格段に落ちている。こういったことは何にでも言えそうで、現代の薄情な消費者は怖いと思わなくてはならない。この人の場合、ほかにあまり見あたらないパフォーマンスなので、マニアは追っかけるだろうが、ギャクの内容が自閉的な点でも、また本人の完全主義的な凝り方においても、あらゆる意味で自己完結的に過ぎるためにメジャーにはなりそうもない。「ぴあ」初期の副編集長として野田秀樹を世に送り出した二宮さんは「インテリっぽいてのともまた違うんだよねえ。やっぱりワハハ本舗だから下ネタ多いし」とはいうものの、吹越の才能とパワーには大いに感じ入ったそうで、私としてもお誘いした甲斐があったというものである。

2005/07/28
鰻とモヤシ炒めの卵かけ
 QP3分クッキングで見た丑の日の料理。ニンニクの薄切りと鰻、モヤシ、きゅうりの細切りを炒め合わせて塩胡椒でシンプルに味付けし、別に炒めた卵をのっける。溶き卵には塩と一緒に酒を加えてふんわり仕上げるのがポイント。調理が簡単で、野菜に鰻のタレがからむから味付けはほとんどしなくてもそこそこ食べられる。邪道だけど鰻丼に飽きた方にはオススメだ。

2005/07/27
ヂンギスカン
 アメリカから帰国したモリこと古沢さんと地下の「寅々」で食事。
 私は小さなビルの3階ワンフロアを借りて住んでいるが、2Fは大家さん、1Fは薬局で、地下は今をときめく焼肉チェーン「牛角」発祥の地であった。
 「牛角」が自社ビルを建てて引っ越したあとに、このヂンギスカンの店が入った当初はお客さんも少なくて、「ここは『牛角』発祥の地ですから繁盛にあやかれるといいですね」なんて経営者のママを慰めたものの、何せヂンギスカンじゃマニアックだし「牛角」みたいになるのはとても無理だろうと見ていた。ところがどっこいブーム到来で、またもや行列ができる店となり、この前幻冬舎のヒメと一緒に入ろうとしたら、なんと満員で断られてしまう始末。こんど来られるときは電話で予約をどうぞなんて言われたので、昨日からしっかり予約しておいた。ま、これはもう家相が良いとしかいいようのないビルであります。 
 古沢さんはダンナが外交官なのでロス、NY、サンフランシスコ、そして今のワシントンDCとアメリカの東西を渡り歩いて、どの都市もそれぞれに大きく違い、ことに西海岸と東海岸では全く別の国のようだという話を面白く聞かせてくれた。今最もしたい仕事はアメリカに多い超肥満体の研究だそうで、何を食べて、どういう暮らし方をしてそうなったのか、一人一人にマジに訊いて歩きたいそうである。原因ははっきりいって食生活の崩壊、つまりは家庭崩壊で、だからこそ米国で家庭回帰を叫ぶ保守派が勢いづいているのだとも教えてくれた。なんたって建国200年そこそこの稚い国なので、もちろん優秀な人も沢山いるけど、困った人も多くて、物事が極端にあっちに振れたりこっちに振れたりすることの怖さは、なんとなく想像がつく。でも今や日本にとって色んな点でアメリカの問題はもはや他国の問題ではないような気もするので、これまでは敢えてを避けてきたが、死ぬまでに一度くらいは訪れておきたいように思う。

2005/07/26
蒸し茄子と豚シャブのピリカラ胡麻ダレ
 ピーラーで縞目にむいて電子レンジで蒸した茄子と湯通ししたシャブシャブ用の豚肉に練り胡麻、豆板醤油、だし汁、醤油、ごま油、ラー油を併せたタレ(私は好みで味醂を加えた)をかけて食す。
 QP3分クッキングのレシピを参考に作ったが、実を言うと、今日はプリンターの故障で執筆の始動が遅れたためにTVをうっかり見逃してしまい、ホームページでレシピが見られないかなあと思ってMSNでウェブ検索したのであった。すぐにヒットしたものの、「3分クッキングお料理レシピ満載!」のすぐ下になんと「今朝子の晩ごはん」が表示されているのにはビックリ仰天!たぶん私が「QPのまわし者か」と友人にいわれるくらい、このHPでやたらに取り上げているので、検索システムにひっかかってしまったのだろうが、これでまさかお料理のセンセイだと思ってる人はいないだろうなあ。もし間違ってこのHPを開かれた方がいらしたら申し上げておきますが、私は一応「小説」を書いて生活している人間であって、決してお料理のセンセイではありません(笑)本当のお料理のセンセイが怒って文句を言ってきたらどうしようとも思うが、別に盗作してるわけじゃなくて、モニターとして作っているということはタイトルでお断り申し上げております。
 

2005/07/25
鶏手羽元とインゲンのサワー炒め煮
 ニンニク、ショウガ、鷹の爪を入れて熱した油でインゲン、玉ねぎ、手羽元を炒めて酢、砂糖、醤油、水でじっくり煮込む。圧力鍋があれば簡単にできて、夏向きさっぱり味の煮込みなのオススメしたい。野菜が美味しい。手羽元は一度よく洗って臭みを抜くのがポイント。
 ニュースで江戸漫画と考証で知られた杉浦日向子さんが46歳の若さで亡くなったと知って驚いた。この方とは結局面識が一度もなかったのが不思議な気がするほどだが、友人であった劇作家岡本蛍と親しかったので話はよく聞いていた。そもそも岡本蛍にこの人の存在を教えたのは私であり、私自身はたまたま近所のセブンイレブンの書棚にこの人の「ゑひもせす」を発見したのである。まだコンビニが近所にはセブンイレブンくらいしかなかった当時のことで、まったく無名だったこの人の、江戸期の黄表紙がそっくり現代に蘇ったかのような漫画を発見したときの驚きは相当なものだった。その後「マンガ歌舞伎入門」を作るに当たり、蛍を通じて一度はこの人を口説いたが、歌舞伎には手を出したくないというご返事だったので、ご縁は生じなかったのである。
 踊るビジュアルこと安達紫帆さんと一緒にロンドンにひと月滞在して仕事をしていたときに、彼女のご主人の翻訳家高見浩氏からの手紙によって、日本で杉浦さんと荒俣宏さんの結婚が話題になっていることを知ったときの驚きも凄かったし、スピード離婚でもまた驚かされた。そして今度……。杉浦さんには最初から最後まで驚かされっぱなしだった。陰ながらご冥福をお祈り申し上げたい。

2005/07/24
てん茶
 きょうは午前中比較的涼しかったので、久々に乗馬クラブに行って、帰りに渋地下でいつも込んでて気になっていた出汁茶漬けの店で食事。何種かのお茶漬けに小鉢が2品ついて七百円前後という値段設定が人気を呼ぶ秘密と見た。小腹が空いたときにちょっと立ち寄るという人が多いのだろう。かなり塩気の強い出汁で食べさせるのがいいのかもしれない。小鉢がついてるのもお得感があるのだろうが、これは無いほうがいいくらいの代物でした。

2005/07/23
茸の和風スパゲティー、鮪とアボガドのワサビ醤油和え
 きょうはベランダで何だかやたらに亀が鳴いてるなあと思っていたら、いきなりグラグラッと来て、一瞬これでもうダメかと思ったくらいの強い地震があった。地震と関係があったのかどうかは不明だが、オスの亀はギュッギュッとほおずきの実を鳴らすような音で鳴く。鳴くのは地震と関係はなくとも、生殖活動とはたぶん大いに関係していて、大きな声で鳴いているときにベランダを覗くと、たいてい雄がヤラシイ行為をしているが、まだ成功に至ってはいないようだ(笑)。

2005/07/22
豚肉とパイナップルのブレゼ
 QP3分クッキングで前に見た料理。フライパンにキャベツを敷いて、塩胡椒で下味した豚肉とパイナップルを載せ、白ワイン、バター、ベイリーフを加えて蒸し焼きにする。パイナップルには肉を柔らかくする成分があるそうで、とくに豚肉とはとても相性がいいし、簡単にできるメニューなのだけれど、主菜にこういう甘い味はゼッタイ許せないと思う人がいるかもしれません。

2005/07/21
海老とジャガイモのエスニックサラダ
 前にQPで見たレシピを参考にして作ってみた。千切りにしたジャガイモと塩茹でした海老を砂糖、ニンニクのすり下ろし、レモン汁、酢、ニョクマム、鷹の爪を併せたタレで和える。タレに市販のさきいかを加えて旨味を出すのがポイント。千切りしたジャガイモは何度も水にさらして、サッと湯通しすること。仕上げに香菜と松の実を加えた。

2005/07/20
銀座 いまむら
 ニナガワ歌舞伎を見に来た両親と銀座の「いまむら」で食事。ここは故・池波正太郎氏がごひいきになさっていた割烹として池波ファンの方に知られた店なので、味にうるさい両親を誘ってみたが、入るのは私も今回が初めてである。
 実にオーソドックスな割烹料理で「最近はこうしたまっとうな料理を出す店がだんだん少なくなってきた」というのが父の弁。アイナメのお椀、里芋とずいきの炊き合わせはシンプルながら味は大変いいとお互いに見解は一致した。ただし昆布で締めた鯛を使うあたり、ウチ(川上)とはお造りの考え方が違うと父はバッサリ斬り捨てたが、締めた魚を使うのは東京の割烹にわりあいよくあるカタチだと私は思う。鮎の塩焼きは焼きが甘くて塩が強すぎると父はこれもバッサリ。私は子持ち鮎の天ぷらが結構いけると思いました。酢の物の代わりに鱧の落としが出てきて、これはウチのほうがずっと美味しいと母がバッサリ。ああ、もう勝手にせい!こういう両親だから私はどこにも連れて行けないのであります(泣)。
 ともあれ銀座の一等地にありながら、ご主人と息子さん奥さんの三人だけでなさってるからでもあろうが、料金はかなり低めに抑えられていて、非常に良心的な仕事をなさっているし、御三方とも意外なほど気負ったところのない職人肌で、嫌みな感じは少しもないのが今回よくわかったので、次はだれか友だちを誘って気楽に食べようと思う。

2005/07/19
ナシゴレン、シーフードサラダほか
 ホテル・オークラで島崎夫人と久々にお目にかかってご馳走になる。島崎夫人は「生きる」や「七人の侍」で知られた名優志村喬の未亡人で、早や御年92歳になられたが、今なお矍鑠という言葉がぴったりくる。同席したわが両親のほうがよっぽど老いぼれに見えたもので、たぶん第2次大戦下の影響があるのではないか、明治末から大正初期までの日本人と昭和ヒトケタ世代を比べると前者のほうが断然元気であり、しかも日本の美意識に適う人が多いような気がするのは私ばかりでしょうか。
 ともあれ年上の女性で素敵な人とか、やさしい人とかは結構いらっしゃるが、カッコイイという表現がふさわしいと思えるのはこの島崎夫人をおいて他にない。女性には珍しいダンディズムを感じさせる方でもあることは前にも書いた気がする。毎日死支度をしながら、それでも近ごろは朝起きると必ず、ああ、淋しいなあ、切ないなあ、やるせないなあとかって一度は思うようにしてるのよ、と、陽気に笑って仰言れるところがニクイ。股関節の軟骨が壊死して骨盤と大腿骨がゴリゴリいう激痛に堪え、杖を突きながらでも背筋をぴんと伸ばして毅然と歩かれる姿のかっこよさにはシビれてしまう。こうしたやせ我慢を張ることの中にこそ存在し得た日本人の美意識と、昨今の和物ブームを支える精神構造とは全く別種の観があって、日本人の日本回帰といわれている現象が私はどうにもウソ臭い気がしてならないのである。古き良きニッポンを本当に知る老人は90代以上でしかなく、少年期に軍事教育を刷り込まれた劣化せる80代70代の老人が唱える日本回帰には要注意であることを、近ごろの教科書問題などでも強く感じるのであった。

2005/07/18
トマトとコッテージチーズのパスタ
 QPで見た料理。すり下ろした玉ねぎとニンニクをアンチョビと一緒にじっくり炒めてトマト、スイートバジルを入れてさらに煮込む。仕上げにツナ缶とコッテージチーズを入れればソースの出来上がり。パスタはアルデンテよりもっと芯を残した感じで引き揚げてソースにしっかりからめるのがポイント。簡単にできるのし調味もほとんど要らないのでオススメ。

2005/07/17
五目キンピラ
 ジャガイモ、にんじん、ゴボウ、コンニャク、インゲン、豚肉をそれぞれ細切りにしてキンピラ風に味付け。
 今日はさすがに朝から蒸し暑くて乗馬は断念しました。

2005/07/16
小アジの南蛮漬け、辛味大根おろし蕎麦
 QPで見た料理。小アジは内臓を取ってから塩をしてしばらく置いて水気と臭みを取るのがポイント。6、7分時間をかけてじっくり揚げる。南蛮酢をかけて獅子唐と白髪ネギであえる。

2005/07/15
イチジクと水菜のサラダ、子羊のソテーほか
 ミュージカル通の内山さんと誘い合って「プロデューサーズ」来日公演を見た帰りに近所で食事。
 この作品はかのメル・ブルックス監督の作品とあって、映画「ヤング・フランケンシュタイン」以来彼のファンである私はけっこう満足して見たのだが、意外にふつうのミュージカルを想像していたらしい内山さんは、これがなぜトニー賞最多なの???といった感じだったらしい。たしかにミュージカルというより音楽劇仕立てのコメディーといったほうが当たりかも。とにかく下ネタ満載、偏見とサベツに充ち満ちたギャグで大いに笑わせるあたりはやっぱりメルの作品である。
 なにせブロードウエイのミュージカル制作そのものをパロディにしているので、ホモの裏方集団(演出家も、振付師も作曲家も装置家も照明家も全員がゲイ!ってホントにありそうなのがこわい)が出てきて、そのとてつもない美意識を発揮して作りあげる劇中劇が、「これ見てドイツ人怒りませんかねえ」と内山さんのいうナチスドイツを徹底的に茶化したミュージカル。これがユダヤ人観客に大受けするというエピソードそのものが多大な毒をふくんでいる。ドイツ人もさることながら、ゲイの人びとも相当に茶化されていて怒りそうなもんなのに、内山さんは客席でめざとく何組かその手のカップルを発見して私に教えてくれました(笑)。
 で、私のほうは喫煙所で安部譲二氏を発見!頭は金髪、青の派手なアロハシャツ姿で奥様とおぼしき美人とご同伴。先日角川事務所の原さんたちと話題にのぼって、私が昔からファンだったことをこのHP上にも書いたが、なんとバッチリ目が合ってしまい、目が離せずにいたら向こうが不審そうにじろっとにらんだので慌てて軽く会釈し、向こうも同様にして立ち去られた。よほどご挨拶申し上げようかと思ったけど、スジを通さないといけない方のような気がして、やはり角川事務所の村松さんがセティングしてくださることをお待ちしようと思った次第。
 

2005/07/14
冷や奴、オカヒジキの辛子醤油和え、シラス大根、ミョウガと卵のお吸い物
 ああ、われながらなんと質素な食事だろう。たまにはこういう日も必要だとは思うが、きょうはなんとパリ祭で、S氏のご存命中は例年「マキシム・ド・パリ」でご馳走になった日である。嗚呼……。
 それにしても、最近はパリ祭というコトバを滅多に耳にしなくなったけれど、思えば私が若いころはフランス文化が世界中を席捲して、日本でも思想哲学、文学、絵画、演劇、映画あらゆるジャンルにおいて、フランス語をしょっちゅう耳にしていた気がする。「レゾン・デートル」なんてコトバを聞いても今の若い人は何のことだかさっぱりわからないだろうが、当時の知識人は皆こぞってこのコトバを使いたがったものだ。
 石亀(失礼、石原でした)慎太郎が「フランス語は数をかぞえられない言語だ」というまたまた笑える暴言で、フランス語の教師に訴えられた事件に関連して、最近フランス語を習う人が激減しているという話を知って、むべなるかなと思った次第。今やビデオ屋でもアメリカ映画がほとんで、かつてフランス映画が隆盛を誇ったことすら想い出せな状況である。
 ちなみに私は通っていた学校の関係で小学一年生のときからフランス語を習っていて、小学校の卒業式で生まれて初めてもらった賞が「仏国領事館賞」というものでした。運動会には日の丸と共に三色旗を掲げ、君が代と共にラ・マルセイエーズが流されるというふしぎな学校でした。
 今にして、小学校から高校まで12年間通ったこの学校は私の人格上に意外に大きな影響を与えたのではないかという気がします。Ce n′est pas claire n′est pas francaise(明晰ならざるものはフランスにあらず)という国と、曖昧の国ニッポンとは相当な懸隔があるせいか、私は時々この国についていけない気がするのでした。

2005/07/13
夏野菜とツナの炒めカレー
 QPで見た料理。ラタトイユ風のカレーで、まずニンニクのみじん切りと茄子をじくりと炒めるのがポイント。あとは玉ねぎ、赤・緑ピーマン、トマトとツナ缶の汁を足して炒め煮に。そこへコリアンダーとクミンの粉末を加える(こんなもの簡単に手に入るのだろうかと思っていたら、近所のスーパーにあった。比較的食材に恵まれた土地柄のせいで、うちの台所は実に多国籍である!)。最後にツナ缶の中身を加えて塩胡椒で味を調える。カレーといっても全然辛くないので、物足りない方はガラムマサラを加えればよい。で、私は加えたのだが、これなら最初からふつうのカレー粉を使っとけばよかったじゃん、という結果になりました。

2005/07/12
ホタテ貝とクレソンの炒め物、豆腐サラダ
 QPで見た料理。ホタテ貝は塩胡椒で下味して、あらかじめ片栗粉とサラダ油をからめて炒めるのがポイント。生姜の千切りとクレソンをたっぷり加えて酒、塩、胡椒で味付け。クレソンは軸と葉の炒め方に時間差をつけること。実に爽やかな味わいで夏向きの炒め物である。豆腐はマユネーズ、豆板醤、レモン汁、醤油を混ぜたタレにからめる。TVではこれにトウモロコシの粒を加えていた。

2005/07/11
カマスの干物、スタミナ豆腐
干物は大家さんから頂戴した小田原産。スタミナ豆腐のタレは近所の大島さんから教わった通り、オクラと納豆を刻んで卵の黄身と和えて醤油で味付けしたもの。

2005/07/10
フォー(ベトナムうどん)
 急に暑くなったので近所のエスニック食材屋でゲットした麺とスープでコレを作る。具は適当に海老、シメジ、ネギ、三つ葉を入れた。ニョクマムと鷹の爪、レモン汁も加える。
 昼間は吉祥寺シアターで内山さんご推奨の若手劇団「桃唄309」長谷基弘作演出の「ブラジャー」を見た。タイトル通りブラジャーの歴史(なんて考えたこともなかったけど、この芝居を見て知りました)を通じて現代の社会状況を綴った作品で、私もいろいろと芝居を見てるけど、こういう作風は初めてで、だれに影響を受けたのかちょっとわからないユニークな作家である。
 ストーリーの大枠は商店街で暮らす脱サラのニートっぽい若者や仕事に倦んだキャリア女性がモノツクリに向かうというきわめてリアルな現代劇だが、その中でフリマで廃品として売られた手動型ミシン(役者が演じている)が過去の歴史を物語ることで、コルセットに代わって台頭したブラジャーが象徴する女性解放の流れと、戦後日本の下着メーカー(ワコールがモデル)の販売方法を通じて物流経済の変容が綴られてゆく。いささか盛り込みすぎの観は否めないが、閉塞的な状況に置かれた現代の若者たちを被害者意識を持たせずに、軽妙に明るく描いているという点において頗る好感がもてた。一口でいうと、現代人にとって過去の「歴史」がどんな意味を持つのかを極めて前向き捉えた作風で、時代小説を書く私にとっても考えさせられる点が多々あったといえる。

2005/07/09
鶏肉と山芋のピリカラ炒め
 スーパーで配ってるパンフで見た料理。鶏胸肉は塩胡椒してサラダ油と薄力粉を混ぜておき、ごま油で焦げ目がつくまで火を通して取りだしておく。山芋は薄い乱切りにして炒める。鶏肉を戻してさらにネギの薄切りと生姜、ニンニクのみじん切りを加えて炒め、豆醤油、オイスターソース、醤油で味付け。ネギ生姜ニンニクを後から加えるのがポイントで、このレシピの順序通りにこしらえるとかなり美味しく仕上がるので、オススメします。

2005/07/09
鉄板焼きほか
 ニナガワ歌舞伎「十二夜」を萩尾望都さんとMGの城さん、ポプラ社の矢内さん、講談社の国兼ブチョーと堀さん、文春の内山さん、現代人形劇センターの塚田さん、スラッシュの守部さん、進藤さんとで観劇したあと近所で食事。劇場に入るなり蜷川さんとお会いして、計10人で見に参りましたといったらえらく怯えられてしまった(笑)。
 で、結論からいえば、これは役者も演出家も大奮闘の力作であり、色んなことを考えさせられた舞台であった。いい意味で予想を覆されたのは、衣裳や大道具から、下座や竹本に至るまで(チェンバロなどの西洋古楽のBGと交互に聞こえるのがちょっと不思議な感じ)、歌舞伎の演出をふんだんに摂り込んで、しかもセリフまで歌舞伎調に翻案しながらも、これはやはり完璧なまでにシェイクスピア劇であり、歌舞伎ではなくニナガワ演出の芝居に見えたという点である。そのことの成否が今後どう問われるかは難しいところかもしれない。ただ私としては、歌舞伎とシェイクスピア劇がストーリーの組み立てやなんかでは座付き作者が書いた芝居特有の共通点を多く持ちながら、実は似て非なるものというべきか、全然性質を異にする演劇であることが判明したという点で、頗る面白い観劇体験だった。
 とにかくシェイクスピア劇はセリフが洪水のように溢れ出すコトバの演劇であることが、ふだん量においても質の上でもコトバにそこまで全面的に頼ることのない歌舞伎役者に演じられたことで、より鮮明になったといえる。それにしても短い稽古期間でここまでコトバの演劇を克服した役者たちには拍手喝采を送りたい。今回の企画を率先した主役の菊之助が健闘したのはある意味で当然とはいえ、ふだんはよく手抜きをする父菊五郎が二役早変わりの大奮闘で、しかもシェイクスピアのセリフをそれらしく聞かせてくれたのは意外な収穫だった。役をふくらませることにおいて抜群の冴えを見せた市川亀治郎、果敢に道化方の役作りに徹した尾上松緑なども特筆に値する。
 最近の蜷川さんが得意とする全面鏡張りの装置やサスを多用した照明などは、歌舞伎の衣裳や化粧の妨げになりはしないかと案じられたが、その点の心配はまったく要らなかった。見終わった今、ひとつ案じられるのは、こんなにちゃんとしたシェイクスピア劇に仕上げた結果、いわゆる歌舞伎の観客はどの程度満足できるのだろうという点である。たとえば野田秀樹の戯曲を上演するよりもはるかに難しいことを、高い水準でやりとげながら、野田戯曲は歌舞伎として見えたのに、今回は歌舞伎ではなくあくまでもシェイクスピア劇に見えたということで納得できる観客がどの程度いるのか。興行的な成否はそこにかかっているといえる。歌舞伎を見慣れた観客にはシェイクスピア劇の人間関係やシチュエーションが呑み込みにくいだろうと思うし、蜷川さんの観客にとっては歌舞伎調のセリフがやや難しくて、途中で長い休憩が二度も入る上演に唖然とするかもしれない。
 ともあれこうした実験的な公演をやれば、歌舞伎役者がだれでも生き生きしてくることはきちんと認めて、絶やさない方向で進むことを望みたい。

2005/07/07
ラムしゃぶほか
 角川事務所の原重役、モノホンイケメン編集者の村松氏、文芸評論家の細谷正充氏、スラッシュの進藤さんと神田の龍水楼で会食。ここの名物ラム肉のしゃぶしゃぶと三不粘のことはすでにさんざん書いたので今日は写真だけを載せる。
 細谷さんとお会いするのは初めてだが、蔵書5万冊なかでコミックス1万冊以上という驚異的な数字もさることながら、時代劇のビデオの収集はむろんのことゲームにも詳しいし、明日私が会う予定の萩尾望都さんのLPまで持ってるというのにはもうびっくり!とにかくオタクの王道をまっしぐらに突っ走ってる方のお話を大変に面白く伺わせて戴いた。
 村松さんは作家安部譲二氏の担当をなさっていて、安部氏が武智鉄二師と浅からぬ縁があったという話を聞かせてもらって、これにもびっくり仰天。何を隠そう私は「塀の中の懲りない面々」が出た直後に読んで、以来ずっと安部譲二氏の大ファンなのである。
 もともとこの業界に入る前も後も、作家という人種には全くといっていいほど興味が持てなくて、誰にも会いたいと思わなかったのだけれど、唯一の例外が安部譲二氏で、これは別に作家としてというわけではなく人間として、オトコとして魅力的に思えるからです。ちなみにこの人は三島由紀夫の「複雑な彼」のモデルでもある。
 作家という人種にほとんど魅力を感じないのは、なんだか芸能界よりもっと女々しい男が多そうだなあとか、性格が素直な人って絶対いそうもないなあとか、イケメンとか美人とか言われてても所詮は「鳥無き里のコウモリ」に過ぎんのだろうなあ、などという単に一方的な思い込みによるものなのだが、安部譲二氏だけは、私の頭の中でこれも勝手に「作家で例外的に男らしくてステキな人」に分類されていて、やっぱりオトコは一度くらい警察やムショのご厄介になってるようじゃなきゃ面白くない、というのが武智鉄二を師と仰いだ私の持論であります。折角同じ業界にいるのだから何かの折に一度でもお会いできないものかしらと思っていた安部譲二氏に、村松さんがそのうち会わせてくださるというので、今宵は大喜びで帰宅しました。

2005/07/06
海老とジャガイモの中華風塩炒め
 フジテレビで見た料理。ジャガイモとピーマンの千切り、縦半分に切って塩茹でした海老を炒めて塩と酢で味付け。隠し味に砂糖少々。炒める油にかなり多い目の鷹の爪とネギの輪切りを入れて香り付けするのがポイント。
 ここんとこずいぶん食欲があるなあと思ってたら、ジムの体重計で2キロ近くもオーバー。しかしきょうはまた先日の人間ドックの最終通知が来て、ペプシノゲン検査で今のところ胃ガンの恐れが全くないと判明しましたので、これからもドンドン食べます。

2005/07/06
和牛ハンバーグステーキ
 お茶の稽古の前に麹町で食事。

2005/07/04
ミョウガの豚ロール
 QPで見た料理。縦半分に割ったミョウガをしゃぶしゃぶ用の豚肉で巻いて油で炒め、蜂蜜、酒、醤油、水を合わせたタレで味付けする。たっぷり目の油で炒めて、タレを入れる前にその油をしっかり拭き取るのがポイント。夏向きの爽やかな味わいで、作り方も簡単だし、これはかなりオススメである。

2005/07/03
おろし蕎麦、アスパラと豚肉のサラダ
 スーパーで辛味大根を見て急に蕎麦が食べたくなった。サラダの写真は昨日に似ているが、それもそのはず、アスパラガスが加わっただけであとは同じ。
 今日はこんなに涼しくなるとは思わなかったので、乗馬クラブは午前中に終えて帰宅。といっても場所が遠いから帰ってきたのは2時過ぎで、近所のマッサージに直行しました。
 早朝に出かけたせいで夕食はいつもより早い目になり、見るともなしにプロ野球巨人VS広島戦を見てしまう。今日はあのナガシマさんが脳梗塞で倒れて以来の観戦で、初めて大勢の人前に姿をあらわす試合とあって、広島リードで進むなか、いつ「メイクドラマ」が始まるのかしらと思っていたら、結局一度も逆転せずに負けてしまったのには唖然。これって誰かの責任問題になったりしないのだろうか。
 試合前にナガシマさんが入場したときの映像が何度か流され、その天覧試合並の物々しさと、観衆の異様な昂奮を伝えることでしか、もはや巨人戦の視聴率は稼げないのを自ら証明ししているみたいで、なんだか選手たちが気の毒になってしまった。こういう「伝統」あるチームに属するのって、ちょっと前まではともかく、今の若い選手にとって果たしてどんなメリットがあるのだろうか。
 ともあれナガシマさんを見ると、私はいつも江戸時代の市川団十郎人気ってこんなもんだったんだろうなあと思ってしまう(出身が千葉ってのも同じだし)。なんだかこの人が好きかどうかは、日本の庶民であるかどうかの踏み絵のようにも思えるのだけれど、はっきり言って私は別に好きではありません。ただこの人が「肉離れ」を「ミート・グッドバイ」と珍訳した話には大爆笑で、やはりただ者ではないという気はしております。

2005/07/02
豚冷しゃぶ
 タレは生姜のみじん切り、酢、砂糖、醤油、ごま油、すりごまを合わせたもの。付け野菜はさっと塩茹でしたオクラ、トマト、レタス。

2005/07/01

 世田谷パブリックシアターで「MANSAI解体新書VOL7」を見た帰りに近所で食事。今回は文楽の竹本咲甫大夫と実弟の三味線弾き鶴澤清輝、最近「人形浄瑠璃に没頭中」のいとうせいこうをゲストに招いて日本演劇を「語り物」の視点で斬る企画であった。咲甫大夫は天然ボケキャラで、最初はどうにも話が噛み合わずにハラハラさせられたが、いとうせいこうが割って入って、自らの好奇心をストレートにぶつける形で斬り込み始めてから話はがぜん面白くなった。
 文楽の大夫、三味線弾き、人形遣いの三業はそれぞれが互いに合わせようとしないどころか、むしろある意味で反発するようなところもありながら(たとえば大夫の語りは決して三味線の旋律通りであってはならないとされることなど)、舞台上で瞬間的にピタリと合致する快感をフリージャスにたとえながら、いとうせいこうは義太夫の語りを音楽用語的になんとか解明しようとする。義太夫節ににおける「息(いき)」や「音(おん)」や「風(ふう)」はかつて杉山其日庵の「浄瑠璃素人講釈」等をもとに武智鉄二が初めてタームとして取り上げ、以来、それを一般にわかりやすく言語化する作業は多くの研究者もパフォーマーもこれまで成し遂げられなかったことである。いとうせいこうは自らが得意とする音楽的な切り込みで咲甫の言葉から果敢に抽出しようと試みるも、むろん容易に出来るはずもなく、観客の多くはチンプンカンプンだったにちがいない。とはいえ、せいこうの義太夫に対する興味のホンキ度が伝わってきた点と、それが義太夫節の核心をついた興味の持ちようだという点において、今回はなかなかに意義深い好企画だと思われた。
 とにかく日本の伝統芸能における最大の問題点は、それぞれのジャンルにおいて、タームの定義づけがほとんどない状態にあることだといえる。それは日本の伝統芸能に携わってきたこれまでの人びとの知的水準のありようや、和モノ文化に魅せられる研究者、評論家の多くがきわめて情緒的で論理性に乏しいという現状を反映したものでもあって、そもそも日本文化と論理性は馴染まないという考え方も一方にはあるかもしれない。ただイギリス留学経験を経た野村萬斎は、それが日本演劇のグローバル化を阻むものと見ており、この解体新書シリーズにおいて、まずはそこを顕在化しようとしていることが、今回はあらためて強く感じられた。

2005/07/01
串揚げ、豚角煮、サラダほか
 42歳で初産を成し遂げた政田さんから内祝いにお取り寄せフードが贈られてきたので、近所の大島邸でいつものメンバーと会食。

2005/06/29
出汁お好み焼きほか
 幻冬舎のヒメこと木原さんが来訪。『星星峡』で連載中の「吉原手引草」の打ち合わせを兼ねて、同社で創刊された『パピルス』をご持参になる。20代30代の作家を中心にして、表紙写真に中山美穂を起用した、若い読者層を広範囲に狙う新感覚の文芸誌(?)だが、カラーページが多いのに驚かされた。
 きのうの講談社の神保さんの話とも考え併せて、文芸がどうやらひと昔前に比べると若い人たちの間でけっこう需要が高まっているらしい。この業界に疎い私はヒメにここぞとばかり若い作家群についての質問を浴びせた。ひところ話題になってた[J文学]ってどうなったの?とか、[ライトノベルズ]って一体どんなものをいうの?とか、セカチューとか一連の小学館系の本て何て呼ばれてるの?とか。他社の編集者諸氏は私が全く興味を持っていないとでも思っているのか、意外にだれも教えてくれなかったことをヒメは非常にわかりやすく答えてくれた。しかし当該作家の名前をいわれても誰も知らないので、とどのつまりはわかったようで何もわからないのだが(笑)、それでも五里霧中よりはほんの少し見晴らしがよくなった気がする。
 どうやらこの業界も、世の成り行きからして当然だが、今後は世代別の棲み分けがどんどん進んでいきそうな塩梅で、いわゆる文芸誌は判形や表紙からして若い人が手にするところを想像しにくいから、『パピルス』のようにスタイルを変えた文芸誌の登場は(ほかにもいろいろあるのだろうが)十分理解できる。
 日本文化は何事によらず、古いものに手を加えてアップツーデートするよりも、伊勢の遷宮ではないが、古いものは放っておいて、別の場所で新たに一から築く傾向にある。そのほうがウザッタイことがなくていいのであろう。演劇界でいえば旧いほうでは能や狂言がいまだに残っていて、以後は歌舞伎、新派、新劇、アングラ、小劇場等々と、新旧の様式がアウフヘーベンすることなく、あちこちに小さな山が出来てしまった状況で、時折その中でたとえば歌舞伎にアングラや小劇場を取り込んでいく近ごろの動きのようなものが見られるわけだが、これまではそうした動きは一過性のもに終わって定着はしなかった。ただ今後の行方は全くわからない。なぜならば時代環境の激変が人間そのもを変えてゆくなかで、同じ国家とか民族とかいうタテ系列のグルーピングがかつてほど有効ではないと思われるからである。
 文芸の場合はコラボレがそう簡単に出来るわけでもないから、ただその時代、時代に新たな作家があらわれて、どんどん消えていくという単純な仕組み(たとえば私が名前を知ってる作家と、担当の若い編集者が知ってる作家とでは全然ちがう!のを見ても、いかに儚い職業であるのかがわかる)で済んだのだろうが、時代の流れに加速度がかかる一方で高齢化が異常に進むという、なんとも皮肉な状況が、同時代にいながら世代別に分離してゆく方向に進まざるを得ないのだろうと思う。そのうち「ブログ文壇」てなものも成立しそうだが、「淀みに浮かぶうたかた(泡)は、かつ消え、かつ結びて、久しく止まりたる例なし」というような時代の中で、取り敢えずまあなんとか仕事ができて食べていられるのは有り難いことである。

2005/06/28
菊乃井の弁当
 講談社文庫編集部の神保さんが今夏に刊行を予定している『似せ者』のゲラを取りに来がてらお弁当をご持参になって会食。
 神保さんは中学生の息子さんが「山下」と名付けたミドリガメを飼ってられるので、わが家の俊寛と千鳥を紹介したら写真を撮って帰られた。18年間女性誌ひと筋の編集者だった方なので、急に「文芸編集者」になって何かと戸惑いが多いというお話を(ご本人はそれなりに深刻だったりもするのだろうが)大変おもしろおかしく聞かせて頂いた。聞いてびっくりしたのは、近ごろの出版社の新入社員は文芸編集者を希望する人が非常に多いという話で、神保さんが新人の頃はもちろん雑誌編集希望が圧倒的だったという。どのギョーカイにも人気の流行廃りがあるというのは、当事者に聞いてみないとなかなかわからないことであります。

2005/06/27
水茄子でお茶漬け
 水茄子は実家から送られてきた本場泉州の品。
 きょうは渋谷の某クリニックで人間ドックにかかり、同ビル内にあるレストランでランチを取ったら驚くようなボリュームだったため(ビーフカレーと海老クリームコロッケがワンプレートでなく別々の大皿にサラダも添えて盛られてきた!)、夜は軽めに済ませました。
それにしても毎度大変な思いをするのはバリュウム検査で、激しく動く台の上で色んなポーズを取らされてると、段々おかしくてたまらなくなり、笑い上戸の私は苦労します。で、結果は即日判明して概ね異常ナシとのことで一安心。ただしこれは「やっぱり!」というべきか、胆石がありました。胆石は小さなものが胆管に詰まると痛むらしく、わが父親が大変に痛がって手術したときは、細かな胆石がびっしり詰まっていたといいますが、私の場合はデカイ石が胆嚢にデンと収まっているので幸いまず動くことはなく「溶かす薬もありますが、放っておいても大丈夫でしょう」とのことでした。よく「爆弾抱えてる」なんて表現をしますが、これって核爆弾はまず使わないという感じに似てるのかも。

2005/06/26
いさきのアクアパッツァ
 前にやったのでレシピは省略する。とにかく水煮だから簡単。きょう一緒に煮込んだ野菜はアスパラ、プチトマト、パブリカ。
 昼間は世田谷パブリックシアターでドイツ年に当たっての招聘公演『火の顔』を観た。招待の段階ではパスしたのだが、先日観たスラッシュの進藤さんが「本年度の舞台ベストワンはやっぱりコレで決まりでしょう」とまで言ったから、わざわざチケットを買い求めて観たというわけ。ベストワンと言い切ってしまうかどうかは別として、近年では珍しいともいえる、久々に観る値打ちのある作品だったことはたしかである。
 内容は実にコンテンポラリーな家族崩壊劇で、もろに「親殺し」を扱っているが、戯曲、演出共にリアルに見せながら、極めて抽象度が高いという点は恐らくドイツ演劇の特質であろう。日本の舞台を観るような甘いカタルシスは得られないが、その分人間存在の危うさを深いところに及んで考えさせてくれたといえる。
ところでここ数日ニッポンのTVでは少子化の問題をやたらに取り上げていたが、コメンテーターのほとんどが(これは驚くべきことに男女を問わず)とにかく子どもが生まれないと社会が成り立たない、つまりあからさまにいえば将来の税金や年金の担い手として、労働者や消費者として、子どもは絶対に必要なのだと説くのだが、ではそうした身勝手なオトナの理屈で生まれて来た子は、将来にわたる膨大な国の借金を返すためにこの世に生まれて来たことを果たして喜べるのかどうかという点は、当たり前だが、誰も考えていないのがスゴイ!と私には思えるのだった。
 『火の顔』は、子どもはこの世に生まれて来たくなかったかもしれないという視点が明解に貫かれて、そこがまさにコンテンポラリーな挑発としてこちらの心に強く響いたのである。
 共に思春期を迎えた姉と弟はセックスを通してこの世から逃れる術を得ようとする。姉は「家族という泥沼」から抜け出したいためにセックスはしても、子どもを作るのは自分と同じ「嫌悪感の繰り返し」を生むことに他ならないと考えている。一方この世に生まれたことの意味を求められない弟は、セックスの喜びで気を紛らす方法を姉から直に教わって近親相姦にのめり込み、自らを燃やしてもう一度誕生からやり直そうとする。ふたりの両親は子どもたちが何に躓いているのか理解できない善良な市民で、もし彼らが子どもたちに殺されるような罪があるとすれば、それは彼らが人間として余りにも凡庸でつまらないということでしかない。だが子どもたちははそうした凡庸な二人から生まれて来たことそのものを深く恨み、憎んでいる。そこには社会の存続のために子どもが必要だというオトナの理屈の対極にある子ども側の論理が透けて見えるのだった。
 現代における「親殺し」のメカニズムをこんな風に抽象的に見据えた演劇を生み出す能力は、残念ながら「笑い」や「癒し」に逃避している今の日本にはとてもありそうには思えません。

2005/06/25
鰻丼
 近所の大島さんちに行って話し込んでしまい、夕食を作るのが面倒になってコレ。
 大島さんは永井荷風の従弟の孫で、叔父さんは永井荷風の養子になられた方である。この永井永光氏が最近白水社から出版された「父荷風」という本を頂戴して、すぐに読み始めたが、荷風の皮肉な人生の所産と言えなくもない養子縁組の経緯とそれによる死後の混乱ぶりが割合赤裸々に書かれていてなかなか面白い。

2005/06/24
キムチのオムレツ
 QPで見た料理。刻んだキムチとツナ缶、粉ふきイモを炒めて具にしたオムレツで味付けは不要。具にはすり白胡麻を加え、溶き卵には水溶きカタクリを加えてまとまりやすくするのがポイント。

2005/06/23
ゴーヤと豚肉の混ぜご飯、茎ワカメのスープ
 QPで見た料理。豚肉の細切れを炒めて酒、味醂、醤油で濃いめに味付けし、ゴーヤ、赤ピーマン、椎茸を入れて出汁を足し、驚くほどたっぷりの針生姜と塩を加えて煮詰めたものをご飯に混ぜて出来上がり。清涼感のようなものがある混ぜご飯で夏向きの味。これは久々にオススメである。スープは贈り物で尾道特産のインスタント食品だが、お取り寄せしたいくらいに美味しい。

2005/06/22
アルトウロ・ウイの興隆
 お昼に講談社の国兼ブチョーと新担当の堀彩子さん、スラッシュの進藤さんと渋谷セルリアンタワーの「金田中“草”」で会食。「金田中」の経営なので多少侮っていたが、ここは意外といける。碗物の味付けが悪くない。食後のデザートを洋風形式で選ばせるのもいいアイデアだと思う。
 新担当の堀さんは30そこそこの方で真面目そうな、またしても美人!この文芸業界は、周りを見る限り、女性編集者がいずれも優秀で、しかも美人ぞろいである。前に新潮社の小林姐さんが冷めた口調で言ってたように「やっぱ入社の面接で選んでるのがオトコなわけですから」ということなのかも。男性編集者は一体どういう基準で選んでいるのか謎である(笑)。
 昼食をたっぷり取ったあと、なおかつ進藤さんと渋谷で暇をつぶしてボリュームのあるバナナフレンチトーストを食べたために、晩ご飯はヌキで新国立劇場の招聘公演「アルトウロ・ウイ」を見た。
 今年は日本におけるドイツ年に当たって数々の招聘公演があるなかで、これだけはどうしても見ておきたかった。ヒットラーの台頭とそれを生んだ社会の歪みをシカゴのギャングに仮託して戯画的に描いたブレヒトの傑作で、ハイナー・ミュラー演出と共に名舞台の誉れ高い作品である。
 ちょっと腹立たしかったのは、字幕がないために、とにかく嫌でもイヤホンガイドを借りるしかなかった点。しかもそのイヤホンガイドも無いよりましという程度で、セリフの内容をごく大ざっぱにしか伝えない。こんなんならケチらずに字幕作れよ!と栗山民也にいいたい。
 ともあれ作品そのものはやはり見る価値大いにありで、まず主役のアルトウロ・ウイ=アドルフ・ヒットラーを演じるマルティン・ヴトケのパワフルな演技に圧倒されて、この俳優を見られただけでもよしとしたい。
 ブレヒト戯曲のセリフが完全にはわからないし、ハイナー・ミュラーの刺激的演出にも時折???となったとはいえ(プログラムを読むと、かの岩淵達治先生でさえ謎のシーンがいくつかあるらしい)、ヒットラーが貧困と無知が支配する社会に「信念」を掲げて、旧権力のまずは「犬」となり、時代の「道化師」として登場したという描き方を見ていると、まんざら現代ニッポンにも無縁な話とは思えない不気味さが感じられた。不健全なナショナリズムは常に貧困と知的劣化から生まれる。最近の若い人たちを見ていると、別にそう貧しくもなく、ある程度の知的環境に育った人でさえ自らの「確信」に乏しい人が増えているのは実に困ったもんで、こんな時代にファナチックな「信念」を掲げた人間が演劇的な身振りで登場して、非理知的な人びとがそれに引きずられたら、歯止めをかけるだけの力があるのかどうか疑わしいように思う。80年代以降、消費社会の全面肯定と共に「思想」が問われなくなってしまったことは、現代ニッポンの大いなる闇であり、小泉や石原のような「道化師」をかつぎあげて、引きずりおろすにおろせない現状がいかなる方向へと導くのか。今後少子高齢化に応じて貧しくなっていくことだけは確実な日本であるだけに不安は大きいといえる。
ただ日本の過去の歴史においてヒットラーは出なかった。にもかかわらず自然と大政翼賛的な動きが強まって、マズイと気がついたときは、もはや知識人がどうにもできなくなっていたことの怖さを肝に銘じておくべきだろう。近ごろの靖国合祀問題でも、A級戦犯に関して、戦争に負けたために勝った側の一方的裁判で裁かれた気の毒な人びとという捉え方をTVでわざと口にするコメンテーターがあらわれたのはビックリだった(桝添要一さん!あなたのことです。これだからホント全共闘世代は信用できない)。ヒットラーと東条英機はもちろん違うのだけれど、その違いがどこにあるかも明確にされないまま、結局戦争に負けたから責任をとらされた人ということで片づけたのでは歴史に学ぶ意味がない。今マスコミで自然と醸成されていきつつあるナショナリズムとそれに乗っかる連中には要注意である。
 歌舞伎に関わったり、時代小説を書きながらこんなことをいうのもなんだけれど、一連の和物ブームと洋物文化の退潮も私はなんだかちょっと心配で、これぞ若年層の知的劣化の象徴のような気がしてならない。というような話をお昼に国兼ブチョーとしていたのだが、それでも私は七月のニナガワ歌舞伎を誘ってチケットを取ってあげたのである。新国立劇場の客席ではなんとその蜷川さんご本人とバッタリ。「七月楽しみにしてます」と言ったら「いやだなあ。まだ稽古が何にもできてないんですよ」とやや自信のなさそうな口ぶりでした。

2005/06/21
ラタトイユ
 材料はナス、ズッキーニ、生トマト、生バジル、豚挽肉。ニンニクのみじん切りと鷹の爪を炒めて塩胡椒した豚挽肉を入れ、あとはナズ以下の野菜を加えて炒め煮にしただけ。味付けは塩、胡椒と白ワインと至ってシンプル。

2005/06/21
焼き鳥、釜飯ほか
 世田パブにドイツ年の招聘公演シャウビューネの「ノラ」を見に来た進藤、守部さんに呼ばれて近所で食事。私はパスしてしまった公演だが、美術音楽ともに洗練されていて結構だったという二人の評を聞いて残念に思う。イプセンの「人形の家」をスタイリッシュにした上演で、ノラがシロガネーゼ風の奥様みたいに描かれていたという話がおかしい。

2005/06/19
新じゃがと鶏肉の炒め煮、アスパラとイカの中華風炒め、タイ風春雨サラダほか
 乗馬クラブの帰りに近所の総菜屋でゲット。
 馬に乗ることをようやく楽しめるようになってきたが、ここまで来るのはけっこう大変で、乗馬はただカッコイイからやってみようなんて気持ちでは続けられない意外とハードなスポーツである。ことに今の季節は全身汗だくで、ただ馬上で涼しい風に吹かれていると、ああ、私って幸せだなあ……と、しみじみ思ってしまいました。
 乗馬は子どもの頃からやりたいと思っていて、亀もまた子どもの頃から飼いたかった生き物である。亀は子どもの頃にも飼っていたが、大きくなると近所の寺の池に放すよう親にいわれて、最後まで飼わせてもらえなかった憾みがある。
馬も亀も手に入れて、人生でもうこれ以上に望むことは何もないように思えるのだから、本当に私の人生は安上がりにできております(笑)。
 思えばふつう女性によくあるらしい、着飾りたいという欲求が私には昔から欠如していた。幼い頃は子供服専門店なんて銀座の「ヤングエイジ」くらいしかなかったもので、男のくせして着飾りたい欲望のカタマリであるわが家のピーコック親父は、わざわざその銀座で洒落た子供服を買い求めたが、着せられる私はそれが嫌で嫌でたまらなかった。今でも人前に出るときは一応ちゃんとした格好をしなくてはならないのが苦痛であるからして、パーティの類はなるべく避けるようにしているし、ナントカ委員とかいった名誉職の類もすべてご辞退させて頂いた大きな理由のひとつは、正直なところ、人前で着るモノに金をかけるくらいなら、もっと自分の好きなことに費やしたいという気持ちである。これについては金銭面ばかりではなく、むしろ時間のほうがもっと大切で、社会的な時間はなるべくどんどん減らしていきたいという欲望が強まってきたからにほかならない。事ほど左様に、人間の欲望というものは、各人が自らに問いつめれば、実に千差万別なはずであります。
 消費社会の申し子である近ごろの若い人を見ていてちょっと気の毒に思うのは、本当に自らがそれを欲しているのかどうかもわからないままに、他人が欲しがるものだからきっと自分も欲しいはずだと思い込んでしまうところで、これを私は「飼い慣らされた欲望」と呼んでいる。かくしてブランド品がやたら売れて、手に入りにくいチケットの芝居だけを見たがる観客が増えるといった浅薄な社会ができあがった一方で、自分はいつも何か満たされていないと感じる人が多くなったのは当然だろう。しかし自らの純粋な欲望が何であるのか気づくのは意外に難しく、人生が終わりに近づくにつれて次第に明らかになっていくことなのかもしれない、とも思う今日この頃であります。

2005/06/18
イカとスナップエンドウの中華風塩炒め
 ニンニクと生姜のみじん切り、鷹の爪を入れた油でするめイカ、青ネギ、スナップエンドウ、シメジを炒めて塩胡椒で味付け。隠し味に砂糖少々。最後にごま油をまわしかける。これはまったくのオリジナルレシピです。中華って大体こんな感じ?てな風に作ってみました。

2005/06/17
ツナとベーコンとオクラのおろしスパゲティー
 お茶の稽古の前に麹町のTEA SHOPで食事。
 今日から濃茶の稽古が始まって、薄茶よりずっとややこしい段取りに戸惑っていたら、稽古場の前に街宣車が停まって大音声でがなりはじめたので余計にわからなくなった。稽古場はイスラエル大使館の敷地内にあって、というよりも、本当は稽古場のオーナーがイスラエル大使館に土地を貸しているのだが、考えてみればかなりヤバイ場所である。どうやらパレスチナ支援派の街宣車だったようで、なぜ今になってという気がしないでもない。来るなら過去にもっといくらでも来たほうがいい時があったように思うのだが……。それとも最近イスラエルVSパレスチナ情勢で何か決定的な事件が起きて、それを私が知らないだけなのだろうか。ニュース番組だけは毎日わりと熱心に見ているつもりなのだけれど。

2005/06/16
深川どんぶり、梅キュウのタタキ
 フジテレビの番組を参考に作ってみた。鰹昆布出汁に味噌、味醂、砂糖、酒、醤油を合わせたやや甘めのだしベースで白ネギと青ネギ、浅蜊のむき身をさっと煮て最後に卵をまわしかける。非常に美味しくできて満足しました。キュウリと梅肉をビニール袋に入れて麺棒でガンガン叩くだけでもう一品が仕上がった。

2005/06/15
梅干しジャコ入り納豆どうふ
 きのう車麩を一袋全部あけて作った料理を昼夜に分けて二日間で食べたが、麩は見かけによらずお腹が張る。そんなわけで、連日の暴食を癒すために今宵はコレにしました。スーパーのパンフに載っていたレシピ通り、ワサビを混ぜた納豆と叩いた梅干しとジャコを豆腐にのっけただけ。美味しい豆腐を買ったのでお味はGOOです。

2005/06/14
揚げ麩とアスパラガスとレタスの煮物
 前にQPで見てまたもフシギに感じて作ったメニューである。もどした車麩を油で揚げて、それを鰹出汁と酒、味醂、薄口醤油で煮込み、アスパラガスを加えてさらに煮込み、最後にレタスをさっと煮てできあがり。アスパラもレタスも香味が出るのでビミョーに優しい味わいが楽しめる。ただ車麩をもどしてから揚げるのか、そのまま揚げて出汁でもどすのか、途中から番組を見たので不明のまま今回はもどして使ったが、もどした車麩を色づくまでしっかりと揚げるのは思ったより時間がかかる。ひょっとしたらもどさずにそのまま揚げるのかもしれない。車麩は見た目より食べるとボリューム感がある。

2005/06/13
北京ダックほか
 「家、家にあらず」単行本化と「非道行ずべからず」文庫化の打ち上げで集英社の八代さん、栗原さん、伊藤さん、スラッシュの進藤さんと共に赤坂の「白碗竹筷楼」で会食。ここは中国にワープしたような空間(向こうの建築物を解体してそっくり移築したかと思しき一軒家)で、メニューにもあまり他ではみたことのない珍品が並ぶのでワクワクする。写真は上からレンコンの海胆挟み揚げ蟹あんかけ、鮑とアスパラの青梗菜巻き、ご存じ北京ダックで、穴子と蛸の炒め物、黒酢の酢豚も非常に美味しかった。ほかにも中華風鰹のタタキ、海老と姫筍と猫耳(ニョッキ)の炒め物、ニラ饅頭、揚げ渡り蟹入りチャーハンなどなど、調子に乗って食べ過ぎたので日にちが変わった今もまだ苦しい私です。

2005/06/12
すし
 友人と渋谷で食事。

2005/06/11
ウニのスパゲティ、サラダ
 ウニソースは生ウニを味醂と醤油で味付けしてオリーブ油を垂らしたもの。レタス、アスパラガス、トマト、ベビーリーフにオリーブ油、塩、黒胡椒を合わせたドレッシングをかけて食す。

2005/06/10
鶏つくねのトマトあんかけ
QPで見て、なんだか妙な料理だなあと思って作ってみたが、やっぱりちょっとふしぎな妙わいだった。鶏つくねは挽肉、卵のほかに味噌と胡麻を入れること。あんかけは鰹出汁を酒、味醂、醤油、塩で味付けして水溶きカタクリでまとめてそこに湯むきして細かくしたトマトを入れる。最後に青ジソをたっぷりトッピング。つくねは多めの油で炒めるのがポイント。トマトを入れる前のあんかけは堅めに作っておくこと。

2005/06/09
もんじゃ焼きほか
 世田谷パブリックシアターで伊藤キムの「禁色」を見た帰りに近所で食事。
 立ち見に長蛇の列ができているのにはビックリだが、「アエラ」の表紙にもなったダンサーだから、この人気は当然なのかも。今回は特に三島由紀夫の豊饒な言語の世界を舞踊で一体どう表現するのだろうという興味で見に来た人も多いだろう。冒頭エレキなミュージックに乗って共にスッポンポン(陰部だけは薄いパンスト状のもので覆っているがほとんど全裸に等しい)で登場した伊藤キムともう一人のダンサーが激しい自慰行為にふける振付を見せたときは思わず笑ってしまい、ほんま相変わらずオモロイやっちゃでーといいたくなる。私は小学校6生のときにたしか「禁色」(「仮面の告白」だったかもしれない)を読んで、そこに自慰だの手淫だのといった言葉がやたらに出てきて、それをやると何やら非常に神に対して罪悪感を覚えるというような内容だったのがミッションスクールにいて妙にひっかかり、気になって、気になって仕方なくて辞書をひいても当時はわからなかった想い出があります(笑)。以来読んでないので今やどんなストーリーだったかもさっぱり想い出せずに見たのだが、それはそれなりに面白かった。まるで宇宙遊泳をするようなポーズになっても絶対にバランスが崩れない天性のダンサーキムは、自らバランスを崩していって、なんとかまたバランスを取り戻そうとするフリを執拗に繰り返す。それが「禁色」の根本に横たわる禁欲のテーマとうまく重なるような気がした。後半になって同性愛のモチーフを舞踊化した場面は妙にコミカルで、妖しい感じが少しもしないのがキムというダンサーの身上だろう。同行した友人は「愛のない現代の『禁色』」だと評したが、三島本人も本当のところは「愛」なぞなかった人ではないか。だからこそ私は彼の小説が面白く読めるのだろうと思う。キムは舞踊家としては批評性が強すぎるのではないかとも、友人は指摘したのだが、だからこそ彼の乾いたダンスは私にとって面白いともいえるのだった。

2005/06/08
鶏手羽元とゴーヤの味噌炒め煮込み
 QPで見た料理。手羽元は先に炒めて皮目をカリッとさせる。ゴーヤは白い部分をしっかり取り除くのがポイント。ネギと味噌を加えて炒め、酒、水、砂糖、生姜の薄切りを入れて煮込む。味噌は先に入れて焦がす分と最後に入れて香りを出す分とに分けて入れるのがポイント。ゴーヤに爽やかな風味が感じられて意外とおいしいのでオススメする。
 今宵はもちワールドカップ予選日本VS北朝鮮を見ながらの食事。無観客試合はやっぱり芝居の舞台稽古を見せられているようなヘンな感じで、特にゴールの時が物足りなかったけど、まあ、とにかく勝ててよかった、よかった。

2005/06/07
茸のカレーほか
 帝国劇場で「ラ・マンチャの男」を見た帰りに近所で食事。
 幸四郎の「ラ・マンチャ」が35周年を迎えたというので久々に見てみようという気になった。思えば私もこれを見たのは30年以上前で、当時染五郎を名乗っていた彼が幸四郎を襲名してからは見ていないような気がする。むろん今回のキャストは幸四郎と上條恒彦を除いて、見るのが全員初めてだった。
 改めて見ると、このミュージカルはきわめてコンパクトに作られた、どちらかといえば小品に属するだろう。が、展開は間然とするところなく、音楽も今聞いてそう古くさく感じられないし、まずもって劇中でフィクションというもの効用を語るというメタシアター的なテーマが設定されているから、決して腐らない作品だというのがわかる。二十代でこの作品と出会ったことは幸四郎という役者の人生にとって実に決定的なものだったにちがいないと、今回これも改めて強く感じた。
 「事実は真実の敵だ」「人生が狂気じみてるとしたら、一体本当の狂気とは何だ……一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わないことだ」などの青臭いセリフを今聞くとさすがにちょっと気恥ずかしいけれど、若いころの私はこれに少なからず影響を受けたのだった。思えば「見果てぬ夢」は当時英語で歌えたし、何かここぞというときには「ラ・マンチャの男」のテーマ・ソングが頭の中で鳴り響いた。あげく風車に挑んだドン・キホーテとなり、時にはサンチョパンザやアルドンサともなって、とんだ負け戦の人生にまっすぐ突き進んでしまったのだから、幸四郎さん、あんた責任取ってくれ!といいたい。
 それにしても、二十代でこれを見て素直に感動したときと、五十代の今見るのとでは、自分の気持ちがあまりにも違っているのにショックを受けた。同時に、この作品をやり続けていられる役者という職業に嫉妬のようなものを覚えた。役者という存在に嫉妬を感じた、というよりも、他人にこういう気持ちを抱いたこと自体、私にとっては初めての経験ともいえる。二十代でこの作品と出会った幸四郎はこれを演じるかぎり永遠に「見果てぬ夢」見つづける老いた青年でいられるのだった。同じフィクションの世界に生きるといっても、作家はこんなふうにはいかない気がする。
 三十年も前に見た幸四郎と、今見る幸四郎とでは、外見がそう違っているように見えない点も驚きだったが、カーテンコールでぐったり疲れて現れた彼は、当然だが、もはやかつての染五郎ではなかった。それまで青年のからだつきで老人役を演じていたひとが、すっかり本物の初老の人のからだに変貌していた。いやはや役者の芸とは恐ろしいものである。幸四郎はこの作品を演じている限りにおいては日本で一二を争う名優だとすら思えてしまう。歌舞伎さえやらないでいてくれたら、私は彼のファンになったかもしれないのに。
 松たか子のアルドンサを見るのは今回初めてだったが、草笛光子(ああ、なんて古い)と比べてやはり少し子どもっぽい感じはするものの、今風のアバズレには見える。ただなにせ実の親子だから、ドンキホーテ老人との交情が微妙にちがってしまうのは致し方ないだろう。老人にピュアな愛を捧げられて自らの誇りに目覚め、老人に惹かれるという気分は草笛のほうがもっと強く出ていたように思う。歌はしっかり歌っている。ほかのキャストは名前の知らない人が多かったが、全員手慣れたもので安心して見ていられた。
 私は見ていてやっぱり泣いた。それはこんどの上演に感動したからではない。三十年前に見ていた自分の気持ちを想い出して、泣いたのである。

2005/06/06
鰹の芥子醤油漬け、茄子とオクラの炒め煮
二品とも近所のスーパーのパンフで見た料理だが、簡単すぎてレシピを載せるまでもあるまい。鰹には玉ねぎスライスをさらして添える。茄子とオクラはごま油で炒める。パンフでは麺つゆを使っているが、私は鰹だしと味醂と醤油で味付けした。火が十分通ってからシラス干しを加えて一煮立ちさせる。

2005/06/05
焼き鯖弁当、水菜とゴボウのサラダ
 乗馬クラブに行った帰りに渋地下でゲット。
 きょうぐらいの暑さでも乗馬はかなりハードで汗ぐっしょり。人も馬もバテバテである。最初に当たった馬はすぐ手抜きして馬場をちゃんと回らずに横切って近道するので参ったが、人間でいうと80歳くらいの老齢だとあとで聞いて大変気の毒に思われました。

2005/06/04
和風パスタ
生姜汁と醤油味醂で味付けするだけのパスタで、三村さんに習って以来、あまりにも簡単なので忙しいときに作るようにしている。具材はいつも適当にしているが、今日はホタテ貝、剥き海老、茄子、アスパラガス、ミョウガ、しめじと実に具だくさんである。

2005/06/04
豚肉の蜂蜜醤油炒め
 塩胡椒で軽く下味して片栗粉を薄くつけた豚肉を炒め、蜂蜜と醤油で味付けした。付け野菜はもやしとニラの炒め物。

2005/06/03
キャベツの梅酒蒸し、鰺の干物
鰺の干物は大家さんから頂戴した。キャベツの梅酒蒸しは以前のレシピを参照。伊勢京都旅行で食い過ぎたせいか、何か手の込んだものを作って食べたいという気持ちがいまいち起こりません。もう一日二日すれば完全復活でまたガシガシ食べることになるでしょう。

2005/06/01
牛肉の佃煮、鰺の干物、ズッキーニの醤油炒め
 肉の佃煮は「和田金」でゲットしたもの。鰺の干物は大家さんから頂戴したもの。

2005/05/31
京都から
 きのう伊勢から京都に帰って今日は昼間京都オークラでフレンチのフルコースを食べたので晩ご飯はなし。写真は伊勢の続きで御祓い町の風景、アワビのバター焼き、てこね寿司の有名店

2005/05/30
伊勢旅行続き
写真は上から伊勢河崎の町並み、古市の油屋跡、宿泊した麻吉旅館

2005/05/29
伊勢旅行続き
写真は上から伊勢神宮 外宮の入り口、御師福島みさき太夫の屋敷の門、内宮の橋から見た五十鈴川

2005/05/28
伊勢旅行
 本日から伊勢に取材旅行に出かけました。申し訳ありませんが、原稿の締め切りに追われておりますので、ここには写真とその説明だけを記します。詳しい旅行記は「オール読物」の来月号をご笑覧戴ければ幸いです。写真は上から松阪の町並み、「和田金」の霜降り牛肉、二見浦の夕景

2005/05/27
新じゃがの煮物、アスパラガスのサラダ、筍の土佐煮、おにぎり、
明日から取材旅行なので今日は近所の総菜屋でゲット。

2005/05/26
海鮮ビーフン
 フジテレビで見た料理。アサリと海老を酒蒸しにして、いったん身と汁を分けて取り出しておく。キャベツと玉ねぎを炒め、先の汁に水を足してビーフンに浸み通らせ、ナンプラーで味付けしてよく混ぜてからアサリと海老を戻す。仕上げに胡椒をきかせる。

2005/05/25
麻婆蒸しナス
 QPで見た料理。ナスを電子レンジで蒸す前にごま油をまぶしておくのがポイントで色つやよく仕上がる。火が通ったらすぐにラップをはずすこと。ニンニクと豚挽肉、赤ピーマンを炒めて、豆板醤、テンメンジャン、鶏ガラスープ、紹興酒、砂糖、醤油で味付け、花椒をふりかけて水溶きカタクリでまとめる。この肉餡は簡単に作れるわりにけっこうイケます。

2005/05/24
塩もみキャベツと豚バラ肉の炒め物、カリフラワーとトマトのサラダ
 炒め物は前にQPで見た通りに作った。塩で揉んでしんなりしたキャベツときゅうり、同じく塩をした豚バラ肉に針生姜を加えて炒め、胡椒で味を調えるだけ。簡単にできるし、使う油が少なくて済むからヘルシーである。サラダは冷蔵庫に眠っていた野菜に塩胡椒オリーブ油を混ぜた自家製ドレッシングをかけただけ。

2005/05/23
鱸のソテーサフラン風味ほか
 新潮社の小林姐さんと渋谷の南伊料理「ピノサリーチェ」で会食。女性だけでやってる店らしく、アンティパスタを少量ずつ組み合わせるかわいいメニューがあるかと思えば、セコンドは意外とボリュームたっぷりで満腹しました。
 姐さんが文庫編集部に移動してから会うのは初めてで、文庫はなにせ会議がやたらに多い部署だと聞かされてナルホドと納得する。文庫は広告も一括なので、商業演劇のポスターやチラシを作るときと同じような配慮が要るであろうと想像し、つい自分の立場を忘れて「並びとか、活字の大きさとか、けっこう大変でしょう」なんて言っちゃいました。興行界と文芸出版界は若干似たところのあるギョーカイだが、作家を扱うのと役者を扱うはどっちがどう厄介なんだろうと考えてる自分って一体ナニモノなわけ?

2005/05/22
鰻丼、お揚げと小松菜の煮浸し、レンコンの練り胡麻マヨ和え
 乗馬クラブの帰りに渋谷東横のれん街で蒲焼きをゲット。
 乗馬もクラスが上がって馬場が広くなり、少しはカッコよく乗れるようになったかと思ったとたん、落馬してしまいました(笑)。むかし何かの映画で落馬して死ぬシーンを見たせいか、乗馬を始めてからずっと恐れていたのが落馬だが、クラブの馬場は砂地にしてあるので落ちてもそう痛くなかったし、ああ、こんなもんかって感じで却って怖さが消えた。人生なんでも早いうちに転んだほうがいいのである。

2005/05/21
冷麺、めざし、レンコンの練り胡麻マヨ和え
 今日は急に暑くなったので何だか支離滅裂な献立になってしまいました。

2005/05/20
お好み焼き
 新国立劇場で井上ひさしの新作「箱根強羅ホテル」を見た帰りに近所で食事。
 初日4日前にようやく脱稿したという井上戯曲、もう慣れっこであろうが、毎度役者泣かせではあった。想い出せば私が「ぴあ」の嘱託で演劇ライターだったころ、井上氏に取材を申し込んだときに原稿がまだ仕上がらないので代わって演出家に取材してくれと言われて、演出家の小林裕氏に会ったものの、やはり台本がなくては詳しい話が聞けず、とにかくこちらの想像で補ってなんとか記事を書き上げたが、結局その台本は出来上がらずに公演中止!印刷の差し替えは間に合わず、幻の公演情報を「ぴあ」に載せてしまった張本人は何を隠そう私である。
 当時としては前代未聞、演劇界では決して犯してはならない過ちであったため、井上氏はもはや劇壇追放になるかと思われたほどだったが、その私が取材した幻の紀伊国屋公演「パズル」こそが「落ちた」嚆矢となって、以後「落とし」まくりながら今日に至る井上さんて本当にスゴイ方だとしか申し上げようがない(笑)。
 で、近年ますます狂躁状態に突入している仕事ぶりのなか、膨大な史料収集に基づきながら近代史にメスの入れる着眼点だけはいつも素晴らしいと思う。今回は日ソ間の和平交渉をめぐる終戦秘話を軸に、日本が敢えて本土決戦を避けた理由は敗戦後の「国体維持」あったというナゾが解き明かされていき、こうした壮大なテーマをこんなにもチャチな設定で展開するのかと驚かされるのもまた井上戯曲の本質であろう。たとえば近代を代表する劇作家木下順二先生ならば、こんな無茶苦茶なテーマ性と設定の乖離を引き起こすはずもなく、そういう意味で井上氏はまぎれもなく脱近代の作家であり、唐十郎や野田秀樹がいわば現代カブキ系の劇作家だとすれば、こちらは現代人形ジョウルリ系の劇作家という見方ができるのかもしれない。人形浄瑠璃がメディア的(つまり人形はあくまで浄瑠璃の内容を伝えるための手段でしかないという意味)であるように、井上戯曲もまた実にメディア的であるにもかかわらず、近年は芸達者な役者たちに支えられて見るに堪えるものとなっているのはなんとも皮肉。今回もまた辻萬長、梅沢昌代、段田安則、大鷹明良、藤木孝といった芸達者の面々に加えて花のある麻美れい、内野聖陽らがいずれも顔に貼り付けたイヤホンでプロンプターの声を聞きながらの大奮闘で、観客をひやひやさせながらも最後まで面白く見せてくれた。ともかくも役者たちには熱い拍手を送らずにはいられない舞台でした。

2005/05/19
春キャベツの梅蒸し、明太子パスタ
 QPで見た超カンタン料理。キャベツと玉ねぎの薄切りと梅干しを鍋に入れ、酒と水で蒸し煮にして最後にツナ缶を加えるだけ。要するに私がいつもやってるキャベツの酒蒸しに梅干しを加えただけだが、味わいが変わって思ったより美味しくいただけた。胃腸が弱ったときなどにオススメである。

2005/05/18
豚挽肉と野菜のピリカラ炒め
 フジテレビで見た料理。ニンニク、生姜のみじん切りと花椒、豆板醤を入れた油で豚挽肉を炒め、さらにアスパラ、茹で筍、コンニャク、鶏ガラスープを加えて炒め煮にして醤油、テンメンジャン、砂糖少々で味を調える。花椒をうまく効かせるのと、コンニャクだけ先にしっかり炒めてから使うのがポイント。
 京都の妹からの電話で、三日前に載せた料理が「どう見てもカリフラワーのパスタなのにブロッコリーと書いてある」との指摘があり、今日あわてて書き直す始末。「お姉ちゃんボケたんとちゃうか」と言われてショックは隠せません。

2005/05/17
あぜくら弁当
 国立劇場で前進座公演の幕間に食事。
 近代の劇作家で捕物帖の元祖「半七捕物帖」の作家でもある岡本綺堂の「権三と助十」を中村梅雀が主演するというのに惹かれて見たのだけれど、芝居全体があまりにもサラサラと流れすぎて、ドラマチックな感じが全くしない仕上がりに頗る不満を感じた。旧作といえど、やはりこうした近代以降の作品には明快な演出が不可欠で、しかもたわいのないストーリーだけに、ドラマの核を絞り込んだ演出で見せてくれないと、いくら梅雀や梅之助が芸達者でもそれだけでは楽しめないのである。
 昼間は松濤の吾妻花舟師が主宰する香席を見学して、組香の体験をさせて頂いた。花舟師は日ごろエッちゃんと呼んでる吾妻徳弥さんのご母堂だが、香道御家流の達人で、名木名器を多数所持なさって門弟も大勢おいでになるなか、私はまったくの門外漢ながら、今回ご厚意甘えて香席に連なるという好運を得た。これもこんどの新聞連載に関わる取材の一環で、いずれ小説のかたちで詳しく書くことになるとは思うが、二時間あまりで香道の面白さにすっかりはまってしまい、今や時間が許せば本格的に習ってみたい気がしております。

2005/05/17
鉄板焼きほか
 元マガジンハウス社の編集長大島さんと担当編集者だった中田さんがわが家を訪問。「非道、行ずべからず」の文庫化と「家、家にあらず」の刊行を祝って会食。「非道」はもともと大島さんが「鳩よ!」の編集長時代に連載を開始してマガハ社で刊行されたが、マガハ社には文庫がないのと大島さん中田さん共に退社なさったので姉妹編の「家、家に」ともどもこのたび集英社で出して頂くことになったという経緯がある。で、お二人には久々にお目にかかって深夜に至るまで愉快な歓談の時を過ごしたわけであります。大島さんにはまたしても衝撃!の文芸業界裏話を聞かせてもらって大いに笑い、中田さんには荒俣宏氏の裏話を聞かせて頂いてビックリしました。

2005/05/15
カリフラワーとベーコンのパスタ
 適当に作ってみたが、そこそこイケル味なのでここにレシピを公開。ニンニクと鷹の爪を入れたオリーブ油でベーコンをカリカリになるまで炒め、それを一度取り出してから、さらに玉ねぎのみじん切りを炒めて、アンチョビと胡椒で味付け。若干の時差をつけて塩ゆでしたスパゲティ、カリフラワーと併せ、仕上げに胡椒を振る。玉ねぎを甘みが出るまでじっくりと炒めるのがポイント。ベーコン、アンチョビとゆで汁で調味できるので仕上げに塩は不要。

2005/05/14

 高円寺の光武さんを訪ねて近所で食事。光武さんはかつて神南で編集事務所を開いていたときの仲間で、現在は園芸ライターとして活躍されている。で、今年の春、私は向島で見た桜に限らず、どの花もなんだか異様にきれいに見えるので、ひょっとして自分の寿命が尽きる前触れではあるまいかと不安に思っていたのだが、某園芸家の先生の話によると、今年は例年にましてどの植物も異様に花芽が多いのだそうで、その先生も何らかの異変の前触れではないかと仰言った由。今年たくさんの花を咲かせたってことは、まあ、今年いっぱいは無事だと思っておきたいのですが……。

2005/05/13
鉄板焼きほか
 お茶の稽古の帰りに近所で食事。

2005/05/12
大根あんかけチャーハン
 卵チャーハンに大根とホタテ貝を併せた餡をかけて食す。餡ははじめに長ネギを炒めて甘みを出すのがポイント。ホタテ貝は缶詰のほぐし身を使う。味付けは缶詰の汁と塩、胡椒、酒、隠し味に砂糖少々で。病人食としても使えそうな優しい味のチャーハンである。大根の葉があれば塩ゆでしてチャーハンに入れるとさらに彩りがよくなる。

2005/05/11
春キャベツと鶏ササミのサラダ、トースト
 スーパーのパンフで見た料理。塩茹でしたキャベツとささみ、薄切りで塩もみしたタマネギ、青ジソをあわせてレモン汁、醤油、砂糖少々、ごま油をあわせたドレッシングで食す。今日は昼にしっかり食べたので夜は軽め。
 昼は広尾の都立中央図書館に行く前に恵比寿の松泉寺にある小田切土佐守のお墓にお詣りをした。時代小説を書くようになってから、作中に実在の人物を登場させるときはその墓所を捜しだして、できるだけお詣りするようにしている。これは別に誰にそうしろと言われたわけでもないが、歌舞伎役者がよくモデルになった人物のお墓詣りをしているのを見ていたので、影響されたのかもしれない。
 小田切土佐守は大坂と江戸の町奉行を務めた人物で、今秋から連載を開始する作品に登場して頂く予定である。言うまでもなく中央図書館での調べものもその仕事に関連している。ここはかつて日比谷図書館にあった「加賀文庫」がそっくり移されて近世古文書の宝庫となっている。国会図書館等に比べて貸し出しが実にスムースにいくので、多少不便な場所ではあるが、最近はもっぱらここを利用するようになった。

2005/05/10
ポークジンジャー
 QPで前に見た料理。ただの生姜焼きではない。タマネギとリンゴと生姜のすり下ろしに豚肉を漬け込んで焼く。味付けは味醂と醤油だけだが肉が柔らかくなって非常においしい。オススメである。生姜汁を再度仕上げにかけるのがポイント。
 今日もまた昨日に引き続いてパソコンとの格闘に丸一日つぶしてしまった。自分のドジを棚に上げて思いっきり大げさに言うと、日本の悪しき文化的風土についてつくづく考えさせられた二日間でありました。そもそもの原因は私の買った某社のパソコンが不必要な付属ソフトをたくさん載っけて販売する戦略を取っているために、バージョンアップの段階でそれらのソフトが新OSに対応できなくてダウン。結局元の状態に戻してひとつひとつしらみ潰しに要らないソフトを削除してからでなくては正常にインストールできないことが判明。削除の度に再起動するのも大変で、気がついたらまたもや日暮れを迎えていたというわけ。この某社の戦略って大手の旅行代理店がやってるパックツアーで、見たくもないものを見せられたり、寄りたくもない免税店に連れて行かれるのと根っこは同じだと思う。こういう国で生きていくには何も考えないで言われたままに行動すると問題は起こらないけど、独自に何かをするのは別にたいしたことじゃなくても非常に大変になってしまうのでした。
 で、今日からだか昨日からだか、ラッシュ時の都内の電車に女性専用車両ってのができたようですが、別にわざわざ先頭まで行ってこれに乗りたくないという女性もたくさんいるはずだけど、普通車両に乗ってるとヘンな目で見られたりする風土がこの国にはあるような気がしてなりません。女性専用車両に乗って痴漢する女性だって決していないとはいえないと思うのですが。

2005/05/10
お茶漬け
 以前からパソコンのOSを変えたいと思っていたが(ウインドウズMEをXPに)、OSを変えるとなると付属ソフトのバージョン変更も余儀なくされて、下手をすると半日がかりとなる恐れもあるのでおいそれとは実行できずにいた。夏からの新連載を控え、近々の締め切りがない今このときしかないと覚悟を決めて朝10時から取りかかって、案の定というべきか、いや、もっとヒドイ!日付が変わって今ようやく何とか一段落というところ。それでもまだ怪しいところがいくらかある。
 まずXPのCD-ROMがどういうわけかうまく立ち上がってくれず、最初のインストールではやけに鈍い動きだったので再インストールを何度も試みるも今度は立ち上がりもしない。仕方なく円盤の表面を眼鏡拭きの布できれいに拭いて挿入したら、なんと今度はスンナリ立ち上がるではないか!パソコンというものは時々こうしたとんでもなく原始的なことでご機嫌が左右されるから不思議である。
 で、次に悩まされたのがウイルス対策ソフトの競合。既に入っているソフトを削除して新たなソフトを入れたいと思っても、先行ソフトがどうしても削除できない。で、結果ウイルス対策ソフトを二種類も買わされるはめになった。このウイルス問題に関してはウイルスを作るヤツもいかんが、対策ソフトを作ってる各社もそれぞれ実にアコギな商法をやってて、ユーザーは皆しつこくてたちの悪い男女の美人局(つつもたせ)にひっかかって金を巻き上げられてあげられているようなものである(怒)。
 そんなわけで料理をしてる暇もなく、お菓子類のつまみ食いとお茶漬けでしのいだ一日でした。

2005/05/08
弁松の白二重弁当
 乗馬の帰りに渋谷東横のれん街でゲット。セパ交流戦で球界一のイケメン岩隈の華麗な投球フォームに見とれながら食す。
 写真は乗馬クラブの風景。オプチパース君という優秀な馬のおかけで私も今日でなんとかビギナーコースを修了。九十九里浜での遠乗りを目指してさらにガンバリます。
 

2005/05/07
すいとん
 昆布鰹出汁ベースに鶏肉、大根、にんじん、ごぼう、長ネギ、コンニャク、舞茸、セリを入れて味付けは酒、味醂、薄口醤油。すいとんは薄力粉と水を混ぜるときに塩少々と煎りゴマを加えた。これだけ具だくさんにすれば美味しくて当然かも。
 食事しながらNHKの「世界に駆ける日本料理」という番組を見ていたら、フランスで日本料理のワークショップをする「瓢亭」のご主人高橋氏が跡継ぎの息子さんと画面にあらわれて、ああ、この方も年を取られたなあ……と感慨ひとしお。「瓢亭」はわが実家の遠縁に当たって、高橋氏に初めてお目にかかった時はまだご自身が後を継がれたばかりのういういしい頃だったと思う。

2005/05/06
厚揚げと筍とインゲンの煮物
 このところ油ものが続いたので今日はあっさりした煮物。レシピは不要かと思うが、厚揚げと筍はしっかり湯通しをしてから煮るべし。
プロ野球初のセパ交流戦を見ながらの食事で、ええっ!あの関川も山崎も今は楽天にいるんだ……と感無量の面もちに。

2005/05/05
山菜の天ぷらほか
 次作の準備に広尾の中央図書館で古文書を閲覧して、帰りに近くのスラッシュに立ち寄り、進藤さん、守部さんと会食。進藤さんの郷里秋田から送られてきた山菜はタラの芽にしろウドにしろコゴミにしろ、東京のスーパーで手に入るものに比べて味わいが深い。シドケというこちらでは手に入らない山菜はクレソンとフキノトウを併せたような刺激的な味で実においしかった。

2005/05/04
レタス餃子
 QPで紹介したキャベツ餃子のレシピを参考に、冷蔵庫で寝ていたレタスで作る。レタスは茹でてからしっかり水切りするのがポイントで、みじん切りにして白菜の代わりに使う。餡の味付けは塩、酒、醤油のほかに味噌を隠し味に少々。ニラ、長ネギ、椎茸のみじん切り、胡麻油に水を少し加えるとふっくらと仕上がる。レタスの香りがきいて、あっさりした味わいの餃子ができた。

2005/05/03
ラザニア、キッシュ、サラダほか
 スラッシュの守部さんの友人小川さんのそのまた友人に「自宅で巨大なリクガメを飼っている人がいる」という話を聞き、今日は小川さんのお誘いを受けてその方のお宅を訪問。一面識もない方のお宅をいきなりお訪ねするのはちょっと図々しいかなとは思いつつも、「巨大なリクガメ」に会えるという誘惑には勝てません。で、大きいと言ってもたぶんアフリカケヅメリクガメか何かだろうくらいに思っていたら、なんとリクガメ最大級のアルダブラゾウガメ!が2匹もいたのでした。
 相模原市にお住まいのこの桐生ご夫妻のお宅にはほかにアメリカンミニチュアホースが4頭、アヒルが1羽、ゴールデンレトリバー1匹、ダックスフンド3匹、驚くべきは水槽にアロワナが14匹もいて、まるでムツゴロウさんち状態。これだけたくさんの動物がいても家は頗るきれいに保たれていて、なおかつ動物も実に幸福そうで、見ているこちらも幸福になれた嬉しい一日でありました。

2005/05/02
鰹の酢じめ、筍とアスパラの味噌マヨネーズ和え
 鰹の酢じめは前にQPで見た料理。鰹に塩をして10分以上おいて酢で洗い、さらに酢に漬け込んで15分くらいおいて新玉葱の薄切り、生姜の千切りを薬味にして食す。塩が十分効いていたら胡麻油につけるだけでいいが、薄味だったら醤油をたらして食べるといい。味噌マヨ和えは前にレシピを載せたので省略。

2005/05/01
鰹のタタキほか
 下北沢のOFF OFFシアターで中村まり子作・演出の『ボラボラ』を見た帰りに友人と食事。
 中村まり子さんは古い友人で、かつて三島由紀夫作の「近代能楽集」を彼女と中村京蔵の共演、私の演出で上演したこともある。思えば当時はまだ私も元気でしたというしかないが、彼女は私と同い年で、私よりずっと華奢な体格なのに、いやーいまだに元気というか、ここ十年以上ずうっとパニック・シアターと銘打った自主公演を年に2、3回の割で続けていて、本業の女優のほかに制作からいつしか作演出まで手がけるようになっている。今回はこれも私が以前に演出でお付き合いして現在「リリパット・アーミー」で活躍中の及川直紀クンが出演するとあって久々に見に出かけたのだけれど、昔は閑散として見えた客席が今日は千秋楽とはいえ超満員で、この間確実に観客が定着していたのがわかって喜ばしい限り。
 もともと役者さんはコトバを扱う職業だけに文才の豊かな方が少なからずいて、彼女の父君である故中村伸郎氏もそうだったが、彼女もまた筆が立つほうだということは公演案内の手紙などにも感じられる。エッセイ風に書かれた手紙を読むたびに、ああ、やっぱり同年代の人間が近ごろの世の中を見て感じることは一緒なんだなあと思うことがしばしばあった。で、彼女が去年唐突に独りでタヒチに行ってしばらく暮らしたという話を聞いて、その気持ちもなんとなくわかるような気がしたのである。
 タヒチでの経験をもとに書かれた『ボラボラ』は「家族」とは何かをさりげなく問いかけながら、タイトルにふさわしい長閑でハートウォーミングなタッチで現代人の魂を癒やす佳品であった。リストラに遭って妻子と共に実家に舞い戻って弟との同居を余儀なくされた冴えない中年男の元に、なんと彼の胤を宿したタヒチ出身のショーパブダンサーが訪れて、そこから始まる珍妙なせりふのやりとりは、ダンサー役の山口智恵と妻役の真田薫の抜群の好演も手伝って、近ごろこんなに素直に笑った芝居はないというくらいに笑わせてもらった。山口智恵という女優はどこの所属なのかまったく知らないのだが、今回は役にぴたりはまったのか本当に恐れ入るといいたいくらいに巧くて、今後他の芝居でも見てみたい気がする。

2005/04/30
鰺の開き、コンニャクの味噌田楽、納豆
 ジムの体重計でまたもやショックを受けてこのメニュー。

2005/04/29
浅蜊と納豆のパスタ、生ハムとルッコラのサラダ
 パスタはスーパーのパンフで見た料理。味付けは白ワインと醤油と塩。納豆は水洗いして使う。ニンニクと鷹の爪を忘れずに。自家製サラダドレッシングはオリーブ油とレモン汁、塩、黒胡椒を合わせたもの。

2005/04/28
牛肉と春雨の炒め物
 フジテレビで見た料理。牛肉、斜め薄切りにした茄子、薄切りの生椎茸、万能ネギ、ニンニクと生姜のすり下ろし、豆板醤、砂糖、酒、塩、醤油をすべて一つのボールに入れて混ぜ合わせたものをフライパンで炒め、春雨を加えてさらに炒めて最後に切りゴマをふりかける。非常にザツな料理で、こんなんでおいしく出来たらめっけもんだと思って作ってみたが、味はまあまあ。

2005/04/27
鰺のひらき、筍とアスパラガスの味噌マヨ和え
 茹で筍と茹でアスパラの味噌マヨネーズ和えはこの時期の定番。ニンニクのすり下ろしを少し加える。

2005/04/26
海老と筍の揚げ出し
 QPで見た料理。海老は低温の油でふっくらと揚がるようにして、筍は一度茹で直してから醤油で下味して高温の油でカラッと揚げるのがポイント。テレビは2種の具材だったがスーパーでフキノトウが安かったのでこれも加えてみました。かけつゆは味醂をたっぷりきかせると美味しい。

2005/04/25
鶏手羽中と切り干し大根の炒め煮
 QPで見た料理。醤油で下味した手羽中と生姜の薄切り、切り干し大根、干し椎茸を炒め合わせて、それぞれの戻し汁で煮て、オイスターソース、砂糖、酒、醤油で調味。チンゲンサイを加えて煮汁がなくなるまで炒め、仕上げに胡麻油をまわしかける。切り干し大根の中華風でご飯によく合う。切り干し大根をあまり戻しすぎないことがポイントかも。

2005/04/25
幕の内弁当
 乗馬クラブに行った帰りに渋谷東横のれん街でゲット。
 家に帰ってきてすぐに電話があって近所の大島さんちに行って食事。関西出張から戻ったばかりの人からさまざまな情報を聞く。とにかくしょっちゅう仕事で関西に出かけている人なのに、近年の京都や大阪の様変わりの激しさには驚くそうで、ミナミの宗右衛門町は今や一時の歌舞伎町なみにふつうの人は歩けないようなヤバイ雰囲気になってるとか。京都の観光化はますますひどくなって、町の変貌もさることながら、なんと祇園に舞妓のニセモノが出現!あきらかに素人とわかる若い女性が何人も舞妓のかっこうをして祇園をぞろぞろ歩いており、それを見抜けぬ観光客がカメラにパシャパシャ収めている様子にあきれたのだとか。地元に古くからある有名なN珈琲店に入ってその話を訊いたところ、すでに町でも問題になっていて、「都踊り」の総踊りの衣裳を着た子まであらわれて祇園町中がビックリしたのだという。「その衣裳が一体どっから流れたんかが謎ですわなあ」と珈琲店主Nはいい、それよりも別に写真を撮らせて金を取ってるわけじゃないから「やってる動機が謎じゃないの」だと大島さんは応酬して、まるで山村美紗のドラマみたいなやりとりだったそうな。まあイマドキの京都ならその手のコスプレ娘が出没しても不思議はないかもしれない。
  いやー、今やこの国にはこうしたひと昔前の日本人には考えられないよう珍事件が至る所で起こっているのだろうと思う。同時に、なんだかどんどん胡散臭いテーマパーク化していくわが故郷に気色の悪さを感じてしまう。そりゃ全国の人がどっと押し寄せて故郷の風景を完全に奪われた東京人もいれば、経済がたちゆかずに過疎化する地元を見捨てなくてはならなくなった地方人もいて、それを思えばまだましなほうなのだろうけれど、近年のブームは確実に京都人の魂をむしばみ、長い目で見れば町を崩壊に導く気がしてならない。
 京都は本来、手工業を基盤として成り立ち、いわゆる職人気質の気むずかしさを備えた土地で、嫌みなところも多々あるのだけれど、プライドと見識の高さを誇る町としての存在意義は大いにあった。モノツクリの文化が衰え、観光という他人に媚びる産業に従事する感覚が支配的となり、気むずかしさとプライドを捨てた京都はもはやかつての京都ではない。京都がかつての京都でなくなったのは、日本が日本でなくなってきたことの端的な証左に
他ならないのである。

2005/04/23
そら豆と筍のスープ煮、冷や奴のニラダレ
 前にQP(フジかも?)で見た料理。賽の目切りの筍とハムとそら豆を炒めて鶏がらスープで煮ただけ。ハムがいい味だしになるので、塩、隠し味の砂糖少々と胡椒で簡単に調味。そら豆の皮を剥くのが面倒なだけであとは超カンタンな料理だが、色も味わいも実に春らしく優しい感じなのでオススメしたい。ニラダレは先日作ったもの。

2005/04/22
ツブ貝と茸のソテー、日向鶏のパスタほか
 木場公園で「ジンガロ」を見た帰りに守部さんとそのお友だちとで銀座に行って食事。
 騎馬オペラというキャッチフレーズの「ジンガロ」公演は確かにサーカスの曲馬とも少しテイストを異にしたまさに人馬一体のパフォーマンスで、バックにテーマ音楽を生で流すことで騎馬オペラというネイミングも生まれたのであろう。こんどの日本公演はなんとそのテーマがチベット密教の声明ということで、本物の僧侶によるそれは素晴らしいものではあったが、疾走する馬2頭の上で6人が人間ピラミッドを作るという離れワザにも、たくさんの鵞鳥がガアガアいって一頭の白馬を追い回すというギャグみたいなシーンでも、拍手してはいけないし、笑いもできないという異様にものものしい雰囲気で、ちょっとビックリさせられた。まあ民族舞踊も含めてチベットの芸能は堪能できたものの、サルティンバンコやアレグリア風に発散できないもどかしさがあって、ゲージツ性の高さは認めてもウーンこれを他人にはうかつにオススメできないなあという感じでした。

2005/04/21
鯖のソテーニラ醤油ダレ、大根と梅のサラダ、浅蜊の唐辛子味噌
 フジテレビで見た料理。鯖は5分ほど塩水につけてから粉を振って胡麻油でソテー。ニラ、醤油、生姜汁、胡麻油でニラダレを作る。ニラを一束使うとビックリするほど大量のタレができるが、日持ちするのでほかの料理にも利用できるとのこと。大根の千切りと梅干しを丸ごとビニール袋に入れて揉むだけで漬け物風味のサラダが超簡単に出来るのでオススメ。浅蜊味噌は千葉でゲットしたもの。

2005/04/20
鶏団子のネギダレ
 フジテレビで見た料理。ネギと生姜のみじん切りを混ぜたものに塩と隠し味の砂糖少々を加え、熱した油をまわしかけてネギダレを作り、鶏肉団子、豆腐、茹でたチンゲンサイにかけて食す。油がぬるいとネギの辛みが残り、あまり熱いと焦げるので熱し加減がポイント。

2005/04/20
新刊の宣伝
 きょうは集英社の八代さん、栗原さん、伊藤さんのお三方がそろって「家、家にあらず」の単行本、「非道、行ずべからず」文庫本の見本をご持参になった。
 「非道」3年前にマガジンハウス社から刊行して、このたびは集英社で文庫化。「小説すばる」で連載してこのたび単行本となった「家、家にあらず」は「非道」の姉妹編で、共にタイトルは世阿弥の花伝書に拠り、登場人物も何人か共通しているものの、一冊だけ読んでも、またどちらを先に読んでもわかるように書いています。
 「非道、行ずべからず」の文庫本はあさって21日に、「家、家にあらず」の新刊は来週25日から店頭に並びますのでどうぞよろしく。表紙写真とあらすじは近々HPに掲載する予定です。

2005/04/18
 千葉旅行の続き
 ああ、カメラが壊れたのは実に残念無念!と犬吠埼灯台に昇って叫びたくなり、さらには屏風ヶ浦をドライブしながらますますその感は強まりました。肝腎のヒゲタ醤油の取材(なぜココを取材したかは今後書く予定の小説であきらかにいたします)を順調に済ませてこんどは佐原に直行。佐原はご存知伊能忠敬の出身地であり、江戸の風景を今にそっくり残した町として知られ、ああ!ここでなぜカメラが……と、またしても思わずにはいられない私でした。しかし町の人は出会う人みな実に親切で、伊能家本家の人からも直にいろいろな話が聞けて収穫は大。これらもいずれ小説に活かしていくつもりです。
 佐原は水がいいから名酒があると熊谷氏に聞いていたので酒屋に立ち寄り、たしかに驚くほどほどフルーティーで美味しい大吟醸を試飲して、原さんはこれをゲット。さらに昔ながらの醸造法で製した味醂はまさしく和製リキュールの味わいで、もったいなくてふつうの料理には使えない感じですが、私はこれをお土産にして佐原をあとにしました。
 今回の旅行でいささか意外だったのは、銚子にしろ、佐原にしろ、地元の方がいずれも非常に丁寧で、親切で、上品な方ばかりだったという事実で、失礼ながら千葉のイメージが完全に覆されました。千葉というとなんとなく荒々しい気風のように勝手に思い込んでいたのは不明のそしりを免れないところ。やはりどんな土地にも実際に足を運んで現地の人と話してみることは必要だとつくづく感じた2日間であります。
原さんから後日頂戴した写真で佐原の町並みを紹介します。中段の写真は橋が樋になっていて定期的に水抜きが行われてビックリさせられます。

2005/04/17
舟盛りの刺身ほか
 角川春樹事務所の原さんのお誘いを受け、「並木拍子郎シリーズ第3弾」の取材をかねてスラッシュの進藤さん共ども3人で千葉に一泊旅行することになりました。まず品川からアクアラインを通って木更津に到着。上総博物館及び旧安西家住宅を見学し、ランチは美味しいお鮨でランチして木更津海岸をゆっくり散策したのち特急で銚子に。銚子では本州最東端の犬吠埼にある老舗ホテルに宿泊し、部屋の窓から望む絶景に驚嘆しました。
 夕食はご当地ならではの魚づくし。ちょっと意外に思われるかもしれませんが、私は今まで舟盛りというものを食べたことが一度もない(!)ので、初物にコーフンしつつ、流石に活きのいい刺身を堪能させて戴きました。
 遅咲きの桜が花びらを降り注ぐ情趣満点の露天風呂を満喫。そういえば先月は北海道で雪中の露天風呂を体験したので、今年はあと何がなんでも十五夜の満月に入らなくてはと思った次第。

2005/04/16
タコとアスパラのパスタ
 スーパーでなんとなく選んだ食材を使ったのだが色合いも味も悪くない。ニンニクと鷹の爪を入れたオリーブ油で炒めて白ワイン少々と塩、黒胡椒で味付け。

2005/04/15
韓国チヂミ風お好み焼き
 薄力粉に片栗粉を混ぜて水と卵で溶いてベースを作り塩で味付け、具はニラ、長ネギ、豚もも肉、紋甲イカの切り身。ニンニクのすり下ろし、コチュジャン、酢、砂糖、醤油、すりゴマを混ぜたタレで食す。

2005/04/14
レンコンと牛肉の炒め味噌煮
 QPで見た料理。牛肉は酒醤油で下味して粉をまぶし、先に炒めていったん取り出しておく。レンコンは繊維にそって棒状に切り、じっくり炒めてもっちり感を出すのがポイント。炒めたところに水と味噌少々加えてしばらく煮込み、最後に味噌、酒、醤油、味醂を混ぜたタレで肉と一緒に炒め合わせる。ご飯によく合うおかずとしてオススメ。

2005/04/13
ナスの挟み揚げ中華風
 フジテレビで見た中華風天ぷら衣の作り方は薄力粉に片栗粉とベイキングパウダーを混ぜて油を少々加えるのがポイント。餡は豚挽肉に長ネギと生姜のみじん切りを加えて塩と黒胡椒で味付け。酢醤油にニンニクのすり下ろしと砂糖、ラー油を加えた付けダレで食す。衣はしっかりと混ぜてパリッと仕上げる。和風の天ぷらを作るより簡単かも。

2005/04/12
豚肉と春キャベツのパスタ、アボガドの刺身
 フジテレビで見た安上がりメニューだが、作り方がシンプルなわりに期待以上の旨さが味わえたのでオススメしたい。まずニンニクのみじん切りと鷹の爪を入れたオリーブ油で豚バラ肉をしっかり炒めて白ワインを少々垂らす。豚肉は炒める前に塩をもみ込んでおくと臭みが抜ける。パスタをひきあげる直前にキャベツを入れてさっと湯がいておくこと。仕上げにパルメザンチーズを振りかける。

2005/04/11
豚と新玉ネギとワカメの煮浸し
 QPが紹介した超お手軽メニュー。酒、味醂、塩、醤油で味付けした出汁で材料を煮るだけ。豚はしゃぶしゃぶ用の肉を使って最初に煮て取り出しておく。新玉ネギを煮すぎずにシャッキリ感を残すのがポイント。
 TVニュースで中国の反日デモを見ながら、ああ、これが彼女の言ってた困った子どもたちかと思う。3年前に中国に旅行したとき、ガイドさんはとても親切な人ばかりで、私は独り旅だったせいもあって個人的にいろいろと国情を尋ねたところ、思いのほか自由に率直に話されるのでビックリしたものである。そのうちの一人が若い女性で、「一年遅かったら私は生まれてきませんでした」と仰言ったのが印象的だった。要するに彼女にはお兄さんがいて、一年遅かったら「一人っ子政策」が始まっていたというお話だったのである。
 私は以前から他国のことではあるが「一人っ子政策」には疑問を感じていたので、そのことを率直に言ってみたところ、「そうなんです。大切に育て過ぎてみんなわがままなんで、今では本当に政府も困っていて、一人っ子同士が結婚したら二人生んでも構わないというふうに法律が改正されました」とのこと。「小皇帝」とも呼ばれるそうした一人っ子が大きくなったらヤバイいことになるだろうなあと、そのとき話を聞いて思ったのだが、考えてみれば彼女の一つ下からということは、とっくに大きくなっていたわけである。こんどの暴動をまるで中国政府が焚きつけているように報じるTVもあって、国内の不満をガス抜きさせようとする意図も多少は感じるけれど、実のところは政府もけっこう手を焼いてんじゃないかなあと思った次第。
 しかし一方、日本も日本で、アジアで感じ悪く思われているのは戦後処理のまずさだけが原因でもなかろうという気がする。とにかくTVに出てくる外務官僚あがりのコメンテーターはそろいもそろって感じ悪い人ばかりなのだけれど、そのうちの一人が今問題になってる教科書の記述にからんで、日本はインドネシアにとっては解放軍として大変に歓迎された云々と発言していたが、向こうでは本当にそう思われてるのかどうかはすこぶる怪しい。
 これも去年バリ島に旅行したとき、現地の人と色んな話をしているうちに、インドネシア解放の話になって「そういえばオランダと戦争をしたんですよね」と私が言ったら「日本とも戦争をしましたよ」と言い返されて絶句した想い出がある。事実がどうであれ、現代の若い人たちに日本がどう思われているのか、外務省の役人あたりも実状をしっかり把握していないのではないかという不安がある。

2005/04/10
ゴイクンほか
 乗馬クラブの帰りに渋地下でベトナム料理をゲット。 
 「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ」なんて言うけれど、馬の性格は実にさまざま。私のような初心者は馬しだいで上手に乗れる日もあれば、全然ダメな日もあって、今日は久々の稽古にもかかわらず、割合上手に乗れた気がしてご機嫌だった。馬に上手に乗れると、執筆が快調に進んだのと同じような自己満足が得られる。
 で、乗馬クラブに集まる人は、こちらと同じいわば自己充足タイプが多いような気がしないでもない。趣味の集団には、何かをやるよりそれを通じて仲間と知り合いになることのほうに魅力を感じる人が必ずあるもので、ことに女性の趣味集団にはそうした傾向が強いように思われるが、乗馬クラブにその手の連中がいないのは実にありがたかった。
 むろんカップルや家族ぐるみ友達同士で来ているのが大半とはいえ、独りで来ている女性が意外と多いのはまず驚きで、中には見るからに上品な中高年の主婦といった感じの人もいるのに、皆そろいもそろって女性に比較的珍しい独立独歩不干渉型とでもいうべきか、休み時間にもあまりおしゃべりをせずにベランダに座ってただぼうっと馬を見ているひとが多い。要するに人付き合いで日ごろウンザリしてるから、ここに来たときくらいは人間以外の動物と交流したいという気持ちなのだろう。間違ってもバーゲン会場に群がったり、ヨン様のおっかけとかはしなさそうな女性たちであります。

2005/04/09
もんじゃ焼き
 元PHPの編集者熊谷弘之氏とは今やまったく仕事を離れて只のお友だちです。氏はもともと向島生まれなので、前から一度地元を案内してよとお願いしてたのですが、近年同じジモティーの女性と再々婚されて向島に新居を構えられており、今日はご夫婦と一緒に墨堤の花見を堪能させていただきました。
 同じ隅田川縁でも向島までくると人出が意外に少ないのにビックリ、お花見の穴場といってもよいくらいでしょう。歌舞伎の舞台によく登場する三囲神社から旧水戸藩邸跡地、牛島神社を辿って墨堤に進み、言問橋から桜橋に至るまでの絶景は、今日が絶好のお花見日和だったことも手伝って、なんだか現実のものではないような不思議な気持ちにさせられました。空の色がまずどう見ても歌舞伎の舞台で使う浅葱幕の色にそっくりで、その空をバックにして川風にあおられた花びらが舞い散るさまは、まるで昭和三〇年代の時代劇映画のタイトルバック、つまりはクサイほどに出来過ぎなのでした。
 江戸時代から有名な「百花園」は人も少なくて、全体にたるーい感じの庭園でほっとした気分にさせられます。そこから寺島の「鳩の町」(吉行淳之介が小説の舞台にして有名になった赤線地帯)を散策したあと、曳舟の「美好」でもんじゃ焼きをご馳走に。熊谷氏の奥様はデザイナーで、同じ東京っ子のデザイナーみるきぃイソベさんと感じが似たとても素敵な方ですが、さすがジモティーだけあってもんじゃの味付けも抜群でした。 
 お土産に「じまん草餅」までゲットして最高の休日でしたが、水戸街道の大通り横断中にけつまずいてバッタリ前にコケてしまい、危うく顔面をぶつけるところを両手で支えて無事に済んだものの、掌は擦り傷だらけ、脚は青あざだらけで、なんとも情けないやら恥ずかしいやら。子どもの頃はしょっちゅうコケていたけれど、まさかこの年で道路横断中にコケるなんて!熊谷氏もさぞかしビックリされたことでしょう。 

2005/04/08
田舎そば定食
 新国立劇場で「コミュニケーションズ」を見る前に近所で食事。
 日本には今プロ野球界にしろ、放送業界にしろ、今後ここは一体どうなることやらと思わせる先行き不安ギョーカイが山盛りあって、現在わたしの属する出版界なんてむろんその最たるものだけれど、きょうの劇場では他人事ながら演劇界の先行きを深刻に考えさせられてしまいました。
 まず近ごろ非常に気になるのは観客の高齢化で、これは高齢化社会の反映であって、出版でも似たようなものなのだろうけど、劇場の場合は白髪頭が目につくので激しく実感されてしまいます。わたしは結構な年齢のわりに白髪が全然ないので、劇場に行くたびに、ええっ、もしかしてココでは若いほうなの?なんて喜んでしまったりするのですが、歌舞伎や商業演劇の観客ならともかく、かつて小劇場を支えていた観客がいつの間にかこんな年寄りになっちゃったの!というのが、近ごろの劇場でよく思うことです。近年はむしろ歌舞伎や狂言や落語の観客のほうがずっと若い気がします。別に年寄りの観客が悪いといってるわけではないけれど、パワーダウンと先細り感は否めません。それとまあ、古典芸能はすでに一度死んでるというか、どん底をかいくぐった強みがあるために、日本全体の文化的劣化が目立つ中ではまだ勢いがあるよう見えます。これとても昔を知る人間には目や耳を覆いたくなる点がいっぱいあるとはいえ、昔を知らない観客から若さのパワーをもらって活性化しているところに救いがあるといえそうです。また古典の場合は演題でなく演者に左右されるところが大きいために、芸は未熟でも若くて魅力的な人材があらわれたら当然そこに観客が集まることにもなります。
 片や現代劇は演者よりもやはり演題に興味がひかれるものです。「現代劇作家たちによるコント集」と銘打たれて、大御所の別役実以下、ケラ、綾田俊樹、いとうせいこう、土田英生、さらには劇作家協会セミナー出身の超若手まで含めた11人の劇作家が不条理コントで「笑い」を綴るというこの公演の企画自体にひかれて、わたしは劇場に足を運んだのですが、結果、深刻な劇作家不足の問題を目の当たりにしたというわけでした。不条理というなら今時のお笑い芸人のネタのほうがよっぽど不条理に思えるくらい、全体的に理に落ちたコントにはがっかりというかビックリに近いものがありました。小説でもつまらない短編集は決してあってはならないのと同じ理屈で、面白くないコント集はナシです。

2005/04/07
鉄板焼きほか
 例年近所の大島さん家でやる花見の宴に今年は集英社の栗ちゃんが参加。大島さんは現在上方落語の桂米朝事務所のマネージャーだが、それ以前は歌舞伎役者中村鴈治郎のマネージャーであり、さらに昔を遡ればなんとタカラジェンヌ!現参議院議長扇千景を親代わりに入団したところから、ヅカ時代の芸名は扇千花だったというからおかしい。で、一時某カルチャーセンターで宝塚の実演セミナーの講師を務めていたこともあって、タカダヅカメイク扮装で遊ばせてくれる。毎年集まるメンバー5人はすでに全員それをやって楽しんでいて、今年は初参加の栗ちゃんが挑戦。許可を得てお写真を掲載させて戴く。写真は上段が大島家の窓から見た桜。中段下段は栗ちゃんの娘役と男役であります。
 鉄板焼きに、お寿司に、各種オードブルにデザート等々盛りだくさんに食べ過ぎて今宵はなかなか眠れそうにありません。

2005/04/06
お好み焼きほか
 お茶の稽古の帰りに三村さんと近所の「文字平」で食事。
 稽古場に近い日テレ通りの坂道をぶらぶら歩く道すがら、絶好のお花見ポイントを発見!番町の武家屋敷をそっくり今に残したかと思える間口十間近くありそうな広壮なお屋敷で、門脇に植えられた桜の大樹が素晴らしいの一語に尽きる。この近くを通りかかったら、ぜひ足を止めてご覧になることをオススメしたい。
 門外から見るに桜はずっと奥のほうまで続いていそうで、毎春こんな絶景を独り占めしてるのはどんな方なのかと気になって表札を見たら「小林」さんであった。「小林」さんと知り合いになって中で一緒にお花見をしたいもんだなんて思っていたら、お茶の稽古場で話を聞くと、その昔はなんと吉屋信子女史のお住まいだったとかで、ひええーと驚いてしまった。戦前からの女流作家で少女小説家として超売れっ子だった方だから、まあ、あり得ない話ではないけど……。麹町の一等地でこれほどの大邸宅が構えられた時代なら、流行作家にも成り甲斐があったわけよねえ……と、帰り道で高い桜の枝を見上げながら思わず呟いてしまった私です。

2005/04/05
海老とスナップエンドウと卵のマヨネーズ炒め
 QPで見たレシピは絹さやだったが好きなスナップエンドウに替えた。卵は先に塩と黒胡椒を振ってマヨネーズで炒めておいて、あとで加える。スナップエンドウは軽く塩ゆでしておく。海老はニンニクの薄切りを入れてやはりマヨネーズで炒める。すべてを合わせてさらにマヨネーズと塩胡椒で味付け。全国のマヨラーにオススメしたい料理だが、私は別にマヨラーではありません。

2005/04/04
笹鰈とハタハタの干物、菜の花の芥子和え、ワカメのみそ汁
 なんの変哲もない晩御飯だが、このところずっと写真がなかったので敢えて載せることにしました。干物は実家から送られたもの。みそ汁は矢内さんから頂戴した本場の八丁味噌を使用。昨夜の会食はそこそこ豪華なメニューだったのに、食べるのに夢中で撮りそこなったのが残念。

2005/04/03
春野菜の天ぷら
 友人と会食。

2005/04/02
干物いろいろ、ほうれん草のお浸し
 実家から笹ガレイとハタハタの干物が送られてきて、大家さんから鰺の干物をもらって今宵の食卓は日本海と太平洋のてんこ盛りであった。

2005/04/01
カレー
 ああ、あまりにもワンパターンな一昨々日からの流れ……。

2005/03/31
ポトフ
 例によって絶食明けのポトフ。まだ完全に風邪が抜けきった感じはしないものの、食欲は早くも復調の兆し。ボールに3杯も食べてしまいました。

2005/03/30
鯛茶漬け
 風邪で頭痛が激しくて午後4時まで蒲団にもぐり込んでいたが、ここは浮き世の義理もあって国立劇場に「徳弥の会」を見に行って帰りに近所のホテルで絶食明けの軽い食事。思い切って出かけたのがよかったのか少し気分は楽になった。今晩は胃がこのまま食べたものを消化してくれることを祈るのみ。
 で、今夜の吾妻徳弥は落ち着いて芸がひとまわり大きくなって見えたのが何より。もともと花があるから、自信をもって落ち着いてやれば文句なく今後の日本舞踊界を担うひとのはず。「長恨歌抄」は梅津貴昶の振付がようやく板についてきた感じ。「娘道成寺」も「山の段」以降やや流れた感じがしたが、前半はたっぷり踊って見応え十分。「道行旅路の嫁入」の壱太郎は化粧もうまくなったし素直な芸ぶりが今は何より。そのうち場数をこなせば見せ場をたっぷり作る工夫もつくであろう。
 ロビーで大騒ぎしてるので何だろうと思ったら、話題のひと紀宮が来ていた。なぜ吾妻流の会に藤間流の紀宮が見に来たのかは謎。黒田さんは一緒じゃなかった。
 結局バーレーン戦は見られなかったが、とにかく勝ったようなのでヨカッタ、ヨカッタ。
 

2005/03/29
絶食
 今朝も嘔吐してとても食事ができる体調ではない。鼻喉とも大丈夫だが、悪寒がするのでどうも風邪ではないかと思う。昼間ずっと寝んでいて、夜にTVを見たらまたもやスマトラ沖で地震のニュース。
 シムシィーという都市を作り上げるシミュレーションゲームでは、都市づくりに飽きるとわざと地震や火災を引き起こしてメチャメチャにするオプションが用意されているが、今の地球もなんだか神様がその手のオプションに手をかけたと思えなくもない感じです。

2005/03/28
味噌串カツほか
 歌舞伎座で桂枝雀七回忌追善落語会を見た帰りにお誘いをした国立劇場の矢内氏、岡野夫妻と近くの「舌呑」で食事。
 追善興行というのは歌舞伎でもよくやるが、何せ25日間にも及ぶ興行だから、単に興行のキャッチフレーズに過ぎないが、一日だけの落語会だとホンキで追善をしているという雰囲気がひしひしと伝わってまずはそれにびっくりさせられた。枝雀の弟弟子ざこばは枝雀の想い出話をマクラに振ってさんざん笑わせながら自身は泣いて肝腎のネタをやらずに引っ込んでしまう始末。ゲストの柳屋小三治は枝雀を最初に見たときの衝撃から語り起こして、その後何度か楽屋ですれ違いながらほとんど話もせずになおかつ自他共に認める肝胆相照らす仲だったというエピソードをさりげなく訥々と情を込めて、しかも自身でいうように「陰気」に聞かせて笑いを誘った。こんな陰気な芸で笑わせるのだから小三治はやっぱり名人だと改めて思った次第。桂米朝御大は体調の不良を感じさせてひやひやしながら聞かせてもらい、ゲストトークでは早坂暁氏の枝雀談に納得させられた。ハイライトは故人のビデオを舞台上の巨大スクリーンに映して一席を語らせるという趣向で、これに観客は大喜び。今後はもしかすると歌舞伎でもこうした追善のやり方が成功するかもしれないと感じさせた。最後は桂南光以下枝雀一門が超満員の客席に向かって(前売り1時間半で完売したとのこと!)涙ながらにお礼を述べて私もついホロリとなり、落語会にいって泣くとは思わなかったが、それなりに満足をした一夜であった。
 で、矢内氏、岡野夫妻と深夜まで食事をしながら急に気分が悪くなって、矢内氏とタクシーでの帰り道、途中でタクシーから降りて嘔吐をするというぶざまさ。帰宅後も激しく嘔吐して不安ながら眠りに就く。たぶんこのところの疲れか風邪だろう。

2005/03/28
すき焼き
 わが家で友人と食事。

2005/03/26
菜の花寿司
 スーパーのちらしで見た料理。塩ゆでした菜の花と、炒り卵、味醂と醤油に漬け込んだ鯛の刺身を酢飯にのっけただけの簡単メニューだが、色鮮やかな春らしい一品としてパーティーなどにオススメしたい、などと独りで食べながら書いてる私でした。

2005/03/25
シジミと筍とグリンピースのリゾット、アボガドの醤油サラダ
 QP料理。グリンピースと長ネギと茹で筍の粗みじんをオリーブ油で炒めて、シジミの煮汁を加えて炊いたご飯を入れて煮込めば出来上がり。シジミは昆布と煮てアクをひき、酒と塩で調味。仕上げにコッテージチーズを削ってトッピング。春らしいリゾットで、しじみを大量に使って出汁をとるとうまみが出て薄い
味つけでも美味しい。

2005/03/24
豚肉と白滝と三つ葉の炒め物
 前にQPで見た料理。豚肉は生姜汁と酒、醤油で下味してじっくり焼いておく。白滝の湯通しを忘れずに。全体の味付けは塩と酒で。最後に香り付けで胡麻油をたらす。三つ葉がいい香りを放って春らしいダイエットメニューにはなるが、それほど美味しいものではない。

2005/03/23
鶏手羽中とザーサイのスープ煮、酢辣菜
 共にQPで見た料理。ザーサイはしばらく水に浸けて塩気をうまく抜くのがポイント。鶏手羽と煮て酒と醤油で適当に味付けするだけ。トッピングにアサツキをちらす。酢辣菜はキャベツ、セロリ、キュウリ、アスパラガス(TVは人参)をあらかじめ塩ゆでしておく。花椒、鷹の爪を入れて熱した油に砂糖を溶かし入れ酢を加えたものを塩ゆでした野菜にまわしかけて出来上がり。油を長く熱していると砂糖が焦げるので要注意。熱した油に酢を入れると爆発するので要注意。私は最初失敗して作り直しました。

2005/03/22
ほうぼうのアクアパッツァ、桜海老と菜の花のパスタほか
 三軒茶屋のスタジオシアターで桂吉弥の落語を聞いたあと、岡野夫妻と近所の「クッチーナ」で食事。
 歌舞伎役者のマネージャーから落語家のマネージャーに転身した友人大島さんのおかげで、近ごろ落語を聞く機会がどっと増えたが、入場料の点を考えると落語のエンタメお得感は非常に高いと思われ、昨今の落語復活ムードもうなずける気がする。全体に高水準を保つ桂米朝一門のなかでも巧者な点では一二を争う吉朝の弟子、桂吉弥の会はこれで二回目だが、前回にまして吉弥が溌剌とした芸を披露してくれた。「ふぐ鍋」はネタそのものが今後難しくなるような気もして吉弥自身もノリがイマイチだったが、「崇徳院」は話自体もマクラも古風だったわりに大いに楽しませてくれた。現代人的な頭のよさを感じさせる芸人はとかく嫌みな芸になりがちだが、吉弥は現代的なセンスのよさもありながらどこかに古風な味わいを残して、本来的な人柄のよさを窺わせる芸人として魅力的である。今後とも応援していきたいと思う。

2005/03/21
ホッケの開き、レンコンのキンピラ、アスパラのゴマ和え
 ホッケは北海道土産。今晩は写真もレシピも不要だろう。

2005/03/20
幕の内弁当
 乗馬クラブの帰りに渋谷の東横のれん街で調達。帰りのバスで福岡沖地震のニュースを聞いてびっくり。帰ってすぐにテレビを見たら、震度6のわりには人的被害が少なそうでほっとした。なんだかトラヒゲの入った樽から剣を一本ずつ引き抜いていくような感じで日本各地で地震が起きている気がするが、この東京が剣を引き抜いてしまう日を思うと恐ろしい。

2005/03/20
黒ゴマ担々麺、白雲豚ほか
 俳優座劇場でE・オールビー作「海辺のお話」を見た帰りに近所で食事。
 オールビーといえばちょっと前の米国劇壇を代表する劇作家とはいえ、私は「ヴァージニアウルフなんか怖くない」を映画版で見たくらいである。自転キンの演出家鈴木裕美が今時なんでまたオールビーを取りあげるの?といった興味と木内みどり、花王おさむというキャスティングに少し惹かれて見に行ったのだが、今時そんなひねった観客は少ないようで、いやはや劇場の半分は空席という惨状でした。
 芝居の前半は人生でなすべきことはすべて成功裡に終えた中高年夫婦が浜辺にピクニックに来て、やがて迎える「死」の恐怖に向き合いながら互いの人生観についてシリアスにかつニヒルに語り合うという「ヴァージニア」的展開だと思っていたら、急にそこへ緑色したトカゲの夫婦(ナントかぶりもので演じる)が海からあがってきてドッヒャー!!!。ナニこれ???って感じで、どうやらオールビーが不条理劇に最大限傾斜した作品らしい。人間の夫婦は山の手インテリ風で、対するトカゲの夫婦は下町人情風。双方の夫のディスコミュニケーションと妻の親和性をギャグ風にからめながら、結局のところ「死」を知覚するまでに進化したということこそが人類の悲劇だというような話になり、なんだかテーマがあまりにも壮大すぎて、作者が誇大妄想にでもなったかと思うような妙ちきりんなお芝居でした。それにしてもこの作品が米国で初演されたときはどんな風に上演されてどんな反響を呼んだのか、とても知りたい。今回は花王おさむにトカゲ夫婦の小松和重、歌川雅子を起用してかなりコミカルな演出で上演したが、前半のシリアスな展開からして、こんなにコミカルにせずにむしろ不気味な感じを漂わせる上演方法もあったのではないかと思わせた。ともあれ、私のけっこう長い観劇人生においても、こんな変なお芝居を見たのは初めてで、そういう意味では貴重な体験でした。

2005/03/18
天ぷらそば定食
 世田谷パブリックシアターで野村万作、萬斎親子の狂言を見る前に近所で食事。
 まず黒幕で覆ったホリゾントの闇に向かって3本の橋懸かりを放射状に伸ばし、宙に大きな注連縄を浮かべた能舞台が魅力的に映じた。この空間はことに萬斎がシテを演じた「節分」にうまく活かされていたように思う。人間の女に切ない懸想をしてだまされる愚かな鬼の役を萬斎が意外に色気を感じさせる好演で楽しませてくれた。面をつけてもシャープに聞こえ、それでいて艶っぽい声はこの人の大いなる武器だろう。面をつけたほうがむしろ過剰な鋭さを減じてふくらみのある声に聞こえた。ただし動きのほうはもっと修行が必要かもしれない。ピタリと腰が決まった父万作の安定感にはまだまだ及ばないものの、その万作も若かりしころの理に勝ちすぎて面白みのなかった芸に比べて、今はずいぶんとまろやかになられたものだと思う。亡父先代万蔵が演じた「木六駄」を想い出しながら見ていたが、印象はかなり違って、やはり万作のほうがはるかにふつうの演劇に近く見える。枯れた味わいを目指すよりも劇的内容をしっかり伝える点に重きを置くこの人の姿勢は変わっていないことを改めて認識させられた次第。