2016年07月27日

蒸し鶏と蒸しナスの辛子酢和え、ゴーヤのおかか炒め

和え物は先日のQPで見た料理。鶏胸肉、茄子、エリンギ、万能ネギいずれも電子レンジで火を通して練り芥子、酢、塩、砂糖少々、胡椒、サラダ油を混ぜ合わせたドレッシングで和える。鶏肉には酒を振って火を通してからむしっておく。茄子はヘタを取ったあとに切れ目を入れて裂きやすくしておく。エリンギは拍子木切りしてからチンする。ネギは軽く温める程度。ゴーヤは乗馬クラブのオーナから頂戴した有機野菜。とても新鮮で柔らかいのので塩もみもせずに胡麻油で炒めて酒醤油砂糖少々で調味し、おかかをからめて美味しく戴きました∈^0^∋
昨日会食したメンバーは私を除いて全員またもや都知事の選び直しをしなくてはならない人たちだったので「50億も税金使われてお気の毒だよね〜誰にするか困るでしょう」と私が振ったら「そうなんですよ〜でも折角ある投票権を使わないのもなんだし」とのこと。「小池は何しろ日本会議のメンバーなんだから怖いよね〜」「増田は東電の取締だったわけだしね〜」「鳥越さんも政策の中身なさそうなんだけど、いっそ宇都宮健チャンを副知事にします!って言ったら安心して投票する人が増えるのかも」てな会話を聞くに及んで、都知事選のような直接選挙は日本の場合毎度のことながら、誰ソレに投票したいというよりはむしろ誰ソレには絶対なってほしくないから別の人に投票する消極的参政権の行使という形になるようだった。もっとも米国の大統領選も今回はどうやらそのパターンに陥りそうなのだけれど。私が思うに、今回は当初へたなユーメー人を避けてきちんとした仕事をする人を選ぼうという気運が事前に高まっていただけに、自公の与党推薦でなければ増田氏が案外あっさり当選したのかも、という気がするくらいである。とはいえ、あのイシハラでさえ務まっていたのだから、実際ところ都知事には別に実務なんて必要とされていないのだろう。都知事選でも国政選挙と同様に、野党候補は与党に勝たせたくない人たちの受け皿に過ぎない点がイマイチというべきか。国民が消極的参政権行使に留まってそれに野党が縋っている限り、政権交代が起き得る本当の民主主義政治は達成できないことを改めてもう一度きちんと認識すべき時期なのかもしれない(-.-;)y-゜゜


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2016年07月26日

養老豆腐、八寸、葛打ち鱧のお椀、お造り、鮑のステーキ、丸茄子の揚げ煮穴子添え、鮎ご飯ほか

上野の韻松亭で装幀デザイナーのミルキィ・イソベさん、小説すばる編集長の横山さん、文庫担当の伊藤さん、単行本担当の伊礼さん、小説すばる誌担当の眞田さんと『壺中の回廊』文庫本刊行の打ち上げ。ついでに次回作の連載に関する打ち合わせをして、連載時期は来春スタートと決まった次第(^_^;
久々にお会いしたミルキィさんには単行本と文庫本の装幀コンセプトの違いをナルホド!と伺った一方で、ポケモンカードの製作に当初からデザイナーとして携わった方ならではのポケモン観をお聞かせ戴くと、この10 ~ 20 年間に世の中のさまざまな有り様が激変したことを改めて考えずにはいられなかった。ミルキィさんに言わせると、電子画面が常態になる中で人間は脳の刺激される部分が以前とは相当に異なるらしいとのこと。国や民族を超えて、人類全体が別次元の生命体に変容を余儀なくされる感じなのかもしれない。世界中で頻発するテロにも単に宗教的な問題とは説明できない部分が多すぎるように思える。今日未明に相模原市で起きた衝撃的な事件も同断で、正直いうと私はこの手の事件がもっと早くに高齢者施設で起きても不思議はない気がしていました。


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2016年07月25日

冷製バーニャカウダ、イカ墨のパスタ、鹿肉のロースト

お茶の稽古の帰りに三村さんと麹町のイタ飯「ビアンカーネ」で食事。いつもは「文字平」でお好み焼きを食べるのだが、今日は満席で振られてしまい、仕方なく麹町の裏通りで探したところ、そこはイタ飯通りともいえそうなくらいとにかく次々とイタリアンが現れて、闇雲に飛び込んだ一軒で思いのほか美味しく食べられました∈^0^∋
今日のお茶のお稽古は「絞り茶巾」という、茶巾を絞って建水にしたたる水音に涼味を持たせたお点前で、青い切り子細工のようなフランス製グラスの水差しにも盛夏らしさが感じられた。
三村さんには先週に引き続いてポケモンgoの遊び方と共にポケモンゲームの発祥と変遷について伺った次第。先週は「ピカチューをゲットしたからもう止めちゃった」と聞いていたはずなのに、なぜか今週は大画面のiPadまで携えて再びすっかり夢中の三村さんでした(゜;)


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2016年07月24日

焼き野菜の胡麻酢和え、ひじき詰め高野豆腐、鮨

乗馬の帰りに大宮エキュートでゲット。
手術後一ヶ月未満で早くも乗馬を開始したワタシ(^^ゞ もっとも今週末は曳き馬で常足するだけでもいいように思って心優しいデカ鹿毛オー君に騎乗したにもかかわらず、S先生はオー君の速歩がタラタラし過ぎだというので調馬索とムチを使って結構スピード感のある速歩に調整され、私には片手手綱でバランスを取るような乗り方を指示。やはりひと月近くも騎乗から遠ざかっていると、速歩でもマジ走りしたら大柄なオー君のスピード感についていけず下半身がグラつく始末 に「こんなんで来週の外乗は大丈夫でしょうか?」と訊いたら「ボクのほうが訊きたいですよ」とのこと(-。-;)実は来週はクラブのイベントで小淵沢のホースショーを見たあと外乗する予定になっていて、私は最初ホースショーだけ見るつもりだったのだが、意外と快復が早いので外乗を追加して申し込んだはいいけれど、久々に乗ってみると筋力の衰えもさることながら、馴れたはずの馬でも乗る感覚をカラダが忘れていることの不安でイッパイになった次第。最後は何とか独り速歩で三湾曲までこなしたとはいえ、外乗で初対面の馬に騎乗するのは、たとえ速歩止まりのゆったり外乗でも、こんな頼りない感じでは余計に心配になり、今週は1鞍だけにするつもりがレッスンをもう1鞍追加したのだから世話がありませんf(^ー^;2鞍目は小柄な優等生鹿毛ボー君で、今度は2頭立ての部班レッスンとなり、速歩で三湾曲やら横木通過をこなしたあと、もうお一方が輪乗りの駈歩レッスンをしてらっしゃる間に、その方の邪魔にならないよう、20×60mの馬場イッパイを使って随所に巻乗りを入れながらの速歩を。すると最初は反動が大きくて乗りづらかったボー君も途中から自主的にハミウケして屈頭してくれたから急に乗りやすくなり、ボー君も取り憑かれたように広い馬場をグルグル回っていつ果てるとも知れない感じに(!_+)何しろ今度のクラブの馬たちはみんな若いのと、ふだん余り沢山の人に乗られていないので馬力が有り余っているのか、オー君にしろボー君にしろいったん調子づくとドンドン面白いように走るのである。とにかく今日はもうお一方の駈歩が一通り済んだようなので、これでレッスンは終わりになるかと思いきや「松井さんも少しだけ駈歩もやっておきましょう」とS先生にいわれ、それから輪乗りで少し駈歩をしたものの、さすがに馬を抱く力が萎えて騎座が不安定になってきたため「今日はもうこれぐらいにしてください」とお願いしたら「う〜ん、ここをもうひと踏ん張りしたらもっと早く上達するんだけどなあ。ご本人がもういいというなら、残念だけど仕方がないですね」と、常に人にも馬にも要求高めのS先生(@_@;)「でも松井さんはスゴイですよ〜内蔵の手術したばっかりで乗れたんですから」と慰めて下さったのはちょうど同時期にわりと軽い手術を受けて今日から復帰されたMさんでした(*^^)v今週はクラブのオーナーに「うちで採れたんです。どうぞ」と沢山のお野菜を頂戴し、さっそくうちで茹でて頂戴したのが写真のトウモロコシ。有機肥料すなわちオー君やボー君のボロで育った野菜だから甘みたっぷりでとても美味しく戴きました∈^0^∋


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2016年07月23日

牛肉ともやしの焼きそば、トマトとレタスのサラダ

焼きそばはQPで見た料理。中華蒸しそばを両面フライパンに焼きつけるようにして先に火を通しておく。塩胡椒で下味した牛肉を炒め、焼きそばを戻してもやしを加え、オイスターソース醤油少々柚胡椒で調味する。脂身の少ない赤ウシの肉を使って油も少なめに作りながら、胆嚢を切除してからこうして結構まめに油脂分を控えるクセが付いたので、却って健康になるかもと思われたのでした(^^ゞサラダは自家製フレンチドレッシングで食す。
電車内で斧を振りまわした少年に続いてのミュンヘン銃乱射事件はとうとうドイツでも本格的なテロが起き始めた出来事として暗然とさせられた。近年はキリスト教的理想主義を実践するメルケル体制下で欧州のどこよりも多くの移民難民を受け容れてきたドイツも、それに猛反発する層を抱えているだけに、今後は内向きに舵を切る政権に交代するかもしれず、そうなったらなったで内部的な締めつけに反発する形でさらにテロが増える可能性も出て予断を許さない状況ともなろう。欧州で最も安定して頼り甲斐があるかに見えた国だけに、仏国のテロ頻発、英国のEU離脱に増して影響が大きいかもしれない。これで米国大統領がアメリカ・ファーストを連呼する人になったら反グローバルの化の波も本格的となり、人類は大きな後戻りを余儀なくされることになるのだろうか。
私は高校生の頃に学んだA.トインビー博士の「歴史はらせん状に上昇する」という史観が心に浸みついていて、つまりは前進と後退を繰り返しながらも長い目で見たら徐々に全人類にとっての理想的な世界に向かっているように思い込んでいたのだけれど、今日買い物に外に出て、そんな楽観主義が吹っ飛んでしまったのは、スマホ画面に目が釘付けで黙々と氷川神社方面に向かう大勢の若者を目撃したからだった。これからは多くの人が目先の対応で人生の暇つぶしをいくらでも出来るので、脳が若い頃から余り物事を考えなくて済むようになり、結果、営々とらせん状に上昇してきたはずの人類の歴史は終焉を迎えるのではないか、と思った次第であります(-.-;)y-゜゜


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