2016年05月27日

鯵の南蛮漬け、アスパラガスのピーナッツ和え

南蛮漬けは今日見たQPのやり方通りに作ってみた。塩して粉をまぶした鯵を揚げずに胡麻油で焼きつけるようにして火を通すことと、薄切りにした玉ネギをさっと湯通しして味が浸みやすくするのがポイント。生姜の千切りと輪切りした鷹の爪と砂糖醤油を加えた合わせ酢に漬け込んで、仕上げに貝割れ菜を散らした。ピーナッツ和えは茹でたアスパラガスに市販のピーナッツ和えの素をまぶしただけ。
米国滞在が長かった旧友のモリに言わせると「スピーチの巧さで大統領になった」オバマ氏が、任期切れが視野に入ったレームダックに近い状態とはいえ、やはり現職の地位で広島を訪れたことや、意外なくらいホンキ度の感じられたロングスピーチにも意味深いものがあったように、リアルタイムで映像を見て素直に思えた。内容自体は謝罪うんぬんとかを超越した、人類全体とその歴史や文明に関わる壮大なテーマを示唆したもので、これが米国大統領のスピーチでなければ単なる誇大妄想発言と一蹴されるかもしれないほど大上段に振りかぶった印象を受けつつも、最後までそれをちゃんと聞かせられるだけの話術は確かにお持ちで、それはコトバに気持ちを乗せられる天性の才能みたいなものなのだろうと思う。スピーチでは人類が暴力を正当化する戦争や科学技術の進歩が生んだ鬼子としての核兵器を徹底的に否定しながらも、ついこないだは中国の海洋進出を念頭にベトナムへの武器輸出を拡大する約束をしたというような実際的には自家撞着しちゃってるオバマ大統領ではあるが、スピーチで人を動かすのが政治家の才能であり本義でもあるからして、大統領職を退いた後も核廃絶に向けてのパワーはそれなりに発揮するのかもしれない。彼の後に続いたアベスピーチがなんとも空疎に響いたのは内容的にほとんどかぶってしまっていたからで、ある程度わざと合わせたにしても、人類全体を包含したオバマ氏のスピーチを日米同盟の強調のみに矮小化した印象が拭えないのはスピーチライターの腕のなさが響いているに違いない。それにもまして憶えるのと滑舌の悪さを隠すので精一杯といった感じの話し手にも問題があるのだろう。この人がコトバに気持ちを乗せられるのは嫌な質問をされて怒った時くらいじゃないかと思うくらいで、どんなスピーチをしてもフシギと空疎に響くのは、これも一種の才能というべきかもであります(-.-;)y-゜゜


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2016年05月26日

刺身の持ち合わせ。山芋と烏賊真丈焼き、桜豆腐、とろろそば他

渋谷の「春秋」で中村京蔵丈、元松竹の前川さんと会食。武智鉄二師門下の3人が顔を揃えたのは久々で、この間に武智師の義子に当たる二代目川口流家元小枝さんが亡くなり、つい先日は蜷川幸雄さんが亡くなったこともあって、他の方々も含めて何かと追慕追悼の話題に終始した。京蔵さんには「 NINAGAWAマクベス」で魔女の役が振られた経緯を伺い、「何せ初演で徳三郎さんがなさった役が来るなんてホント嬉しくて感激したんですよ〜」とのこと。去年の八月に稽古が始まって、その時は車椅子で鼻にチューブを付けた状態でも「蜷川先生はとってもお元気だったんですよ〜市村さんや田中裕子さんとかスターさんにも聞いててびっくりするほど厳しいダメ出しが出てて、ああ、これが蜷川流なんだ〜ってすっかり感心してたんですけどね〜」まさかこんなに早く逝かれるとは思わなかったそうである。来年には海外公演を経てさいたま芸術劇場で再演の予定だったそうだから、何とか予定通り進行してほしいものだ。予定といえば国立劇場もオリンピック後に建て替えの話があるそうで、いずこも先々まで色んな予定が組まれているわけだけれど、人間誰しも明日のことさえ全くわからないのが本当で、たとえば私たちが若い頃に見ていた役者さんも、まさかあの人があんなに立派な役者になるとは!と驚いたケースもあれば、もっと良くなると思ってたんだけどね〜というザンネンなケースもあって、中でもショックなのはやはり同世代の勘三郞と三津五郎の早世に尽きるという話になりました。


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2016年05月25日

尺には尺を

今日はさいたま芸術劇場で故・蜷川幸雄の遺作演出となったシェイクスピア作品「尺には尺を」のオープニングで、満員の客席には大竹しのぶや藤原竜也ら俳優を含めた関係者の姿も多く、カーテンコールで舞台に巨大な遺影が降りてくると目頭を押さえる姿があちこちで見られ、私もまた思わず涙ぐんでしまったほど、とにかく俳優陣みな緊張感に溢れて熱のこもった舞台を披露し、遺作の名に恥じない初日を迎えたのは何よりだったかと思う。
この作品は一応喜劇の体裁を取りながらもいささか苦みのある幕切れで「問題劇」とされるらしいが、シェイクスピア作品はなまじコンテンポラリーに読めてしまうセリフが多いために、ここに見られるような時代劇ならではの設定、たとえば婚前交渉が淫行罪に問われるだとか、生娘が身内の命を救うことよりも自らの純潔を尊ぶとか、支配者が一種のいたずら心で水戸黄門的な隠密行動を取って悪事を暴くとかいった展開に何だかついていけない感じを抱く向きがあったりするのかもしれない。いずれも歌舞伎だったら別段そんなにひっかからないような、むしろありがちな設定であるため、登場人物の一人が幕切れ近くで「異常な展開に開いた口が塞がりませんなあ」と楽屋落ちめいたセリフをつぶやくほどには私は驚かなかったし、むしろこうした極端な設定だからこそ人間の本質がくっきりと見えてくる面白さを十二分に楽しめる戯曲として受け取れた。中でも良く出来た人として自他共に認めていた人物アンジェロが一時的に権力を委譲されたことで「ひとたび正道を踏み外すと何もかも巧く行かなくなる」状態に陥り、自らの人間性を破綻させていく過程は非常に面白いだけに、この役を演じる藤木直人には故人の目がもっと細かく厳しく注がれていたらという、無いものねだりをついしてしまうのだった。この種の役は場面毎にがらっと変わるようなあざとい演技術が案外と有効であり、そういう点では古典劇的な素養が必要となることを故人なら指摘できたのではなかろうか。一方、権力を笠に着たアンジェロの心を大いに惑わしながら純潔を貫くために断固相手を拒絶するイザベラ役の多部未華子は直球勝負の演技で聖女の残酷さを遺憾なく表現し、出色のデキといえそうだ。アンジェロとイザベラが丁々発止とやりあう場面は紗幕を隔てたやりとりとなって、最後に紗幕を切って落とすことでアンジェロが自らの人間性に気づく瞬間とする演出は買うが、その前に両者が何度も紗幕を出たり入ったりするため、折角の振り落としが有効に働かないのはちょっとザンネン。幕切れでイザベラが舞台奥に引っ込むシーンなどもきっかけをもっとキッパリとすればさらに際立つはずで、そうした細かい点を練りあげるのが故人不在の中での課題であろう。一時的に権力を委譲して隠密行動を取るヴィンセンショー公爵を演じるのはベテラン辻萬長で、この人の存在が舞台全体の重石となり且つ軽妙な演技でリードしている。他にも大石継太ら蜷川チームのベテラン勢が気の入った演技で初日の舞台を盛りあげていた。


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2016年05月24日

ぬた、大根のそぼろ煮、だし巻き玉子、高野豆腐

大宮ルミネの総菜売り場でゲット。
今日は早朝に新宿のJR東京総合病院に行って消化器外科のM先生と面談の上、入院と手術の予約を済ませ、そのあと様々な検査を受けてから代々木の整体治療院へ。そこからさらに四谷へ向かって左門町の於岩稲荷と陽運寺にお参りをした次第。於岩稲荷にお詣りしたのは、小説すばる誌で「四谷怪談」に関するエッセイを依頼されて、その〆切りがたまたま手術の直後ぐらいだったのでいささか気になって、今日は代々木まで行ったから少し足を延ばして立ち寄り、用事がすべて新宿区で片づいた半日でした。東京総合病院のM先生は人間ドックの先生のご紹介だったのだが、病院自体もテキパキしていて検査にそう暇取らないのには感心しきり。新宿駅から徒歩3分くらいだから行くのも超ベンリだし、ここと麻布十番の病院を推薦されて、私がこちらのほうを選択したのはやはり立地の利便性が大きい。利便性に加えて、新宿周辺は都内でも地盤が固くて関東大震災の際に比較的被害が少なくて済んだという歴史的事実に頼るところもある。手術中に地震が起きたらどうしよう、なんてことを私は常に考えてしまうほど昔から地震フォビアみたいなところがあって、大宮に引っ越す時も、東日本大震災の前年だったのに、わざわざネットで埼玉県の地層図を取り出して台地であること確認してから決断するような真似をしている。それはひとえに半世紀ほど前の当時まずめったに地震で揺れるようなことのなかった京都から東京に出て来て、余りにもしょっちゅうグラグラするのに泡を喰ったからにほかならない。ところが今や南海トラフの危険性が声高に語られて、京都といえど昔ほど安穏とはしていられないモードに入っちゃったようだから、もはや日本全国逃げ場のない感じでさすがに開き直るしかないとは思いつつも、手術中に地震(@_@;)なんてことをつい考えちゃうあたりは我ながら杞憂ここに極まれりといった感じでしょうか。で、その手術日は与市兵衛の命日といってわかる方はそこそこの歌舞伎通だと思われます(^o^)


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2016年05月24日

鯵のカルパチョ粒マスタードソース

これは5/23のブログで、なぜかこの日にアップできなかったものです!

前に見た久々の QP 料理。いくら「川上」の娘でも鯵を三枚におろすのは面倒なので、サクで買って薄い削ぎ切りにし、塩を馴染ませて皿に並べ、これに粗みじんにしたセロリ、八つ切りにしたミニトマト、小口切りにしたチャイブの代わりに万能ネギをちらして、粒マスタード生姜とニンニクのすり下ろしレモン汁オリーブ油を混ぜ合わせたソースをかけて仕上げた次第。
これを作りながらテレビの報道番組をちらちら見てたら、今や「看取り士」という職種があるのを知り、文字通り人生の終末期を看取ってくれるこの仕事を既にご存じの方が勿論いらっしゃるのだろうが、初めて聞いた私はいささか驚きつつも、昔の大家族制度や地域社会が消滅した今は確かにこういう仕事が必要になって来たどころか、自身イチバンお世話になりそうな気がしたものである。いずれは国家資格にでもなるのかもしれない。
ところで伊勢志摩サミットも早や三日後に開催が迫るなか、警備強化されて何かと煩わしい事に遭遇しがちな都内はなるべく避けたほうがいいにもかかわらず、その件が全く頭から飛んでいたせいで、よりにもよって開催日に都内で友人と会う約束をしたのは我ながらウッカリポンでした。それでも京都に帰る予定を立てたよりはましかもしれず、妹は開催期間中に京都でテロが起きるのを以前えらく心配していて、その心配を聞いた時はまだまだ先の話だと思っていたのに、ホント一年なんかあっという間だから、きっとオリンピックもすぐに来ちゃって、その後の大不況が目前に迫っているのかと思うとコワイもんがあります(-.-;)y-゜゜


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